月別アーカイブ / 2016年06月


東京は新宿、雨上がりの曇天、華の金曜日。

今日は朝からバイトだった。パソコンに半日向かっていたので、身体がどうしようもなく重い。それでもこの石のようになった肩に、私はユニクロで買ったセール品をぶら下げてとぼとぼと大都会・新宿を歩いていた。(パンツ2本とTシャツ3枚で5000円くらい。激安。)

スーツを着た社会人の人々とすれ違う度に、色んなことを思う。私はどんな仕事をしている人に見えるのだろうか。プー太郎に見えるのだろうか。それとも、社会人らしく見えているのだろうか。楽器を持っていないと、いまいち自分がわからなくて、思わずうつむいてしまう。

街の端々では、これから飲みに行くのであろう新卒1年目と思しき集団が、居酒屋のキャッチにつかまっている。きっとどこに行っても楽しいよ、と思いながら、眩しすぎる彼らに目が眩みそうになり、私は逃げ込むように紀伊国屋書店に入った。

店の前に置かれたワゴンには、又吉先生の新作がズラリと並んでいた。可愛らしいお洒落な女性が、パネルの写真をスマホで撮っていた。ファンなのだろう。その横では、待ち合わせをしているのであろう、高級そうな着物にルイヴィトンのバッグを持ったホステスらしき女性が2人、何やら談笑をしていた。すれ違うと、良い香りがした。女の香りだった。

店内に入ると、一人の小綺麗なお爺さんが立ち読みをしていた。新宿飲み歩き散歩、みたいな本を、食い入るように見つめていた。妙にホッとして、私もその本を手に取ろうと、お爺さんの斜め後ろに立ったその時である。









「ブッ」







…屁であった。



それは、清々しいほどに美しい、なんの濁りもない、絵に描いたような屁の音であった。

私は感動した。こんなにも美しい屁の音があるのかと。何しろ清潔感があった。健康的なスタッカートだった。匂いもなかった。何よりお爺さんの動じなさが凄かった。確実に、誰に聞いてもそのお爺さんがこいたのに、全く動じないのである。よく見ると、若干尻が後ろに突き出ていたような気もするが、もともとややや腰が曲がっていたことあり、そんなこと今更どうでもよかった。

そして何より、私はなぜか妙に安心した。名前も知らなければ、話したこともない。何にも彼のことは知らないけれど、あぁ、きっとあのお爺さんは長生きするなぁ、と思ったのだ。本当は何かの大病を抱えているかもしれない。奥さんが亡くなっているかもしれない。それでも、私が見たお爺さんは紛れもなく人として健康だった。周りのことを気にせず、好きなことをするその姿勢は、今日の私には、どうしようもなく輝いて見えた。カッコイイと思った。


よく、友人達と飲んでいると、好きなタイプはどんな人か、という話になる。私はいつも、「心身ともに健康で、サバイバル能力のありそうな人」と答えている。しかし、「例えば?具体的にどんな人?今まで出逢ったことはあるの?」と聞かれると、うーん、となってしまっていた。しかし、今なら言える。あのお爺さんがタイプだと。というか、ああいうお爺さんになれる人がタイプだと。


華金の新宿に怖気付きそうになっていた私に、お爺さんの屁が勇気を与えてくれた。まるで音楽のようだ。思わぬところで耳にした誰かが、勝手に元気になったのだ。最高にPOPだ。これこそJ-POPだ。いや、J-PUPか。









J(爺さんの)-PUP(プップ)








うわー、全然うまくないわー、面白くないわー。でも許して、華金だし。





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今週も皆様お疲れ様でした。




電車内で本を読むのが好きである。
自宅よりも、カフェよりも、なぜか集中して読むことができる。
時間が永遠にあるわけじゃないのが良い。周りがちょっとうるさいところが良い。ここを心地良いものにしようだとか、ゆっくりくつろぐ場所にしようというおしつけがましい気概が無いのが良い。あくまでも乗客を目的地まで運ぶための空間であり、だからここで何をするかは適度なモラルを持ってあとはお好きにどうぞ、というあの無関心さが良い。家だと色んなものが目についてあれこれやりたくなってしまうし、カフェだと滞在時間と飲み物の残量とのバランスをとるのが難しい。とにかく私にとって、本を読む空間として電車内は何かと「ちょうどいい」のである。

とは言っても、「ちょうどいい」という感覚は主観によるところが多いので、必ずしも共感していただけるとは限らない。しかし、「ちょうどよくない」という感覚、つまり「間違ってはいないけれどなんか違う」という感覚は、共感していただけることもあるのではないだろうか。


少し前、都内の某お洒落タウンの服屋に入った時のことである。
ビンテージ風の重い扉を開けると、アロマオイルだろうか、今まで嗅いだことのないような香りに包まれた。上手く言えないが、なんというか強烈にお洒落な香りである。

そして、私を出迎えてくれるのは勿論香りだけではない。にこやかな店員と目が合った。



「ようこそ」



…強烈なディズニーランド感である。


無意識にいらっしゃいませを期待していた私が悪かったのかもしれない。常識にとらわれすぎていたのかもしれない。客を出迎える時はいらっしゃいませと言わなければならないなどと法律で決められているわけではないのだ。そもそも、この店員だけかもしれない。いかんいかん。

数歩進むと、他の店員と目が合った。



「ようこそ」


…ほう。お前もか。どうやらここでの挨拶はこれで決まっているらしい。「いらっしゃいませようこそ~」の略だろうか。半端ない違和感ではあるが、出迎えていただいていることだし、まぁ良い。


しばらく店内をプラプラと歩いていると、気になるシャツがあった。とは言っても広げるところまではいかず、さっと手を触れたか触れないかくらいの感じである。するとわざわざ遠くから店員がこちらへやってきて横に立ち、話しかけてきた。



「どうぞ」




…何をだろう。


わざわざ遠くから歩いてきて、にこやかに一言だけつぶやいてくれたその言葉。伝えたいことの大体の予測はつく。「どうぞ広げて見てみてください。」「どうぞ気になったらご試着もできますので。 」「どうぞゆっくりご覧になってください。」

わかる。わかるのである。めちゃめちゃ感じもいい。でも、「どうぞ」とだけ言われると、もう何が何だかよくわからないのである。とにかく半端ないムズムズ感。この妙な空間から一刻も早く抜け出したい、さもなければ発狂しそうである。こいつはひょっとしてヤバいところに来ちまったかもしれない、そう思った私は、足早に出口へ向かった。そしてあのビンテージ風の重い扉に手をかけた時である。





「お願いします」




…何をだろう。



恐らく、「またお願いします」の略だと思う。わかる。わかるのである。間違ってはいないのかもしれない、でも、でも。ちょうどよくない。そんなわけで、ろくに店内を見ることもなく、私は逃げるように店を出た。



群雄割拠のお洒落タウン、ここTOKYOで生き残るには、こうした行き過ぎた個性が必要なのかもしれない。確かに、マニュアル通りの接客が嫌になることもある。しかし、それを避けるために工夫をこらし過ぎた結果、空回りしてしまうこともあるのだと知った。何が皆にとってちょうど良いかはわからないが、あれはやっぱりどう考えても、誰にとってもちょうどよくなかったのではないかと思うのである。


先日、ふと思い立ってこのちょうどよくない店に寄ってみることにした。内心かなりドキドキであった。あのままでも嫌だし、普通過ぎる接客になっていたらそれもそれで寂しい。私は戦いを挑む気持ちで、扉に手をかけた。あの日と同じ店員がいる。私の心はもう、完全にようこそ待ちである。来い、ようこそ。ようこそめっちゃ聞きたい。アイワナようこそ。

すると彼女はにこやかに微笑み、こう言った。







「お待ちしてました」






…こわいよ。




本当、どこまでいってもちょうどよくない店なのであった。



一年の中で一番嫌いな時期が来た。そう、梅雨である。何しろ気を抜けば降る。晴れたと思えば降る。傘を忘れた時に限って降る。しかも、晴れた日とのギャップが凄い。6月の晴れの日は、気温的にも過ごしやすく、本当に気持ちが良い。でも降る。次の日には降る。マジですぐ降る。5月病なんていう言葉があるが、よっぽど6月の方が憂鬱である。そんなわけで最近の私はといえば大抵毎日機嫌が悪い。

機嫌が悪いと人とのコミュニケーションにも勿論影響が出てくる。いつもならどうってことないことにもイライラしてしまったり、めんどくせぇと思ってしまったりする。そんな時でも円滑にコミュニケーションを進めるために私がよく使う言葉がある。それは、「圧」である。

例えば初対面の人との会話や、話すことがなくなってしまった時の会話で、天気の話をすることがある。晴れていれば、


「今日は良い天気ですね」
「そうですね」
「こんなに天気が良いと○○したくなりますね」


といった流れから、○○の中身次第で趣味の話に繋げたりすることができる。しかし雨の日にはどうなるか。


「今日は雨ですね」
「そうですね」
「雨って憂鬱ですよね…」
「そうですよね…」
「ね…」


みたいになって大抵会話が終了してしまうのである。そうじゃなくても、何かと話がネガティブな方向に行ってしまう可能性が高い。かといって逆にここで、


「今日は雨ですね」
「そうですね」
「雨って憂鬱ですよね…」
「そうですか?私…雨って…好きです。」
「え…?」
「なんかほら、少し寂しい気分になれるっていうか…一人で雨の中歩くのとか、好きなんです…」


とか言われても困る。そんなやつ大体ヤバいやつしかいない。女性の場合こういうタイプは大体瞬きが遅くてやり手。多分キャミソールの紐見えてる。男性の場合はよくわからないけど多分「あー、ここハートランドは置いてないんすねー」ってすぐ言う。あと多分家で飲む時にもコロナにレモン刺す。


まぁそんなことはさておき、「圧」を使えばなんとなくそれっぽく話が持つのである。例えば、


「今日は雨ですね」
「そうですね」
「あれですか?結構食らっちゃう方ですか?
「え」
「結構あれですか?気圧系食らっちゃう方ですか?」
「なんですかそれ」
「雨の日ってなんか、圧やばくないですか
「え」
「なんかほら、
「…」

「圧」


すると大抵の人はこいつ何言ってんだという感じで途中から「なんですかそれ」とツッコミながら笑ってくれる。そうすると、憂鬱な気分も吹っ飛ぶしなんだか楽しげな雰囲気になる。勿論誰にでも言って良いわけではないと思うし、言い方なども気をつけなければならないと思うのだが、ここでなんとなく笑い合えた人とは仲良くなれる率が個人的には高い。しかし失敗すると「お前の圧が一番やばいよ」という顔をされてすぐに嫌われる可能性もある。そこらへんのバランスと空気を上手いこと見ながら、是非皆さんにも一度使ってみることをオススメしたい。


話はガラリと変わるが、昨日の夜、自転車で激しく横転して、左ひざを強打した。途中で雨が降り出したせいで滑ってしまい、坂道だったのもあって割と派手に転倒した。誰にもぶつからなかったのと、楽器を触る手の方に怪我がなかったのが不幸中の幸いである。しかし一夜明けても膝を曲げると激しい痛みがあるので、先ほど病院に行ってきた。傷は「縫うほどではないけどわりと深い」らしく、骨や半月板に異常はなかったが、かなりひどく打っているので明日から赤外線治療をするとのこと。階段も一段ずつしか上り下りできないし、足を引きずりながらじゃないと歩くのもつらい。次のライブは足引きずりながらだなこりゃ。本当に何かとめんどくさい。全部雨のせいだ。だから梅雨は嫌いだ。あと包帯がぐるぐる巻きなので、圧やばい、圧。











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