私は、スカートが嫌いだ。

動きづらいからである。
パンツ見えちゃうよ、とすぐ注意されるからである。
お股がスースーするからである。
脚が太いからである。

とまぁ今になれば理由はいくらでも挙げられるわけだが、
どういうことかそんな事を考えるほど頭のしわが増えていない頃から、私はスカートが嫌いだった。

幼稚園の卒園式では、どうしてもズボンがいい、ズボンじゃないと嫌だ、と言って母を困らせたものである。
(結局母は最高にお洒落な紺のベアロア地でできた水兵さんみたいな半ズボンのセットアップを準備してくれた。)

時期を同じくして習い始めたピアノも、発表会のない先生じゃないと嫌だ、と言ってこれまた母を困らせたものである。
決して人前に出るのが恥ずかしかったというわけではない。理由はたったひとつ、発表会で必ず着させられる、フリフリのワンピースをどうしても着たくなかったからである。
(母は発表会のない先生をなんとか探し出してくれて、私は何の不満もなくピアノを習うことができた。しかし未だに手が小さすぎて、どんなに頑張っても一オクターブは届かない。)

幼稚園の頃、私はいつも兄と遊んでいた。
友達はたくさんいたけれど、兄と遊ぶのが一番楽しかった。なんでも兄と同じことをしたかった。
兄が戦隊モノのロボットで遊びはじめたかと思えば、私はシルバニアファミリーで応戦した。
親戚からセーラーマーキュリーの人形を貰ったかと思えば、とりあえず服を全部脱がして四つん這いにさせて、シルバニアファミリーの家を攻撃しに来た敵という設定にして遊んだ。
母が実家から昔自分が遊んでいたリカちゃん人形をたくさん持ってきたかと思えば、次の日には全員ショートカットにした。(セーラーマーキュリーの仲間という設定にするため。)
子ども用の爪切りばさみで切ったから髪がひどいことになっていたらしく、母が綺麗なショートカットに整えてくれた。

何をするにも兄と一緒が良くて、スカートを履くとなんだか急に「兄弟」が「兄妹」になってしまう気がして、嫌だった。なんとなくそんな感覚は覚えている。


小学生になると、学校の友達と遊ぶことが増えた。男の子の友達も、女の子の友達も、たくさんいた。小学校低学年を過ごしたドイツと中国の学校は、男女の境目がなく、皆とっても仲が良かった。

しかし、小学校3年生になるかならないかの頃、日本へ帰国して日本の小学校に通い始めた私は愕然とした。

仲が悪いのである。

当時、「エキス」とかいう今考えるとナンセンスすぎて笑ってしまうくらいのよくわからない遊びが流行っていて、「女子の持ち物に触れたら女子エキスがうつるぞ!」とか言って、掃除の時間に机を動かすのさえ、男子は男子の机、女子は女子の机しか運ばないような、そんな感じだった。
それでも女の子の友達はいっぱいいたし、体脂肪率38%で、風呂にも入らず歯も磨かず平気で10日間過ごしていたような私でも毎日楽しく過ごしていた。
今考えると、関取という名字でこんな状態でよく友達に囲まれた学校生活を送れていたな、と思う。
(ちなみに当時の私は「朝青龍の顔真似」という持ちネタがあって、これは、「花、朝青龍やって~!」と言われたら満面の笑みを浮かべるだけ、という最高に安易なものだった。)


まぁとにかく、まともに男子と喋らないまま小学校を卒業し、中学生になった。
いつまでたっても「エキス」だなんだと言っている男子が私は大嫌いだったし、中学生になってからも、小学校の同級生の男子がやっぱり嫌いだった。

しかし、中学一年生のいつだったか、同窓会をやるだのなんだのという噂を耳にしたのである。
バカヤロー、誰がいくか!あんな半ば差別みたいなことをされておいて今更どんな顔して会おうってんだ、と思ったのだがどうやらそんな頑固者はあまりいなかったらしく、皆あっさり「久しぶり~」なんて言って同窓会で安っぽい感動の再会をしているのであった。(ひねくれ)

ちなみに、私の一生で一番の親友であり、小学生の頃から一番仲の良かったRちゃんは、このことを受けて中学一年生当時こんな名言を残している。





「頑固者なんて私たちくらいなもんで、皆もう男女交際を求めて集まる年頃になったんだよ。」





とまぁそんなこともありつつ、ここらへんから私はなんというかあっさり手のひらを返す男子よりも、それにあっさりと乗っかる女子に妙な嫌悪感を覚え始めたのであった。

中学二年生の時にも、男子が「女子全員にあだ名つけようぜ」とかなんとか言って、女子全員あだ名をつけてケラケラ裏で笑っていた。(ちなみに私のあだ名はピクミンだった。理由は知らない。)
何もしていないのにちょっとすれ違いざまにぶつかっただけで舌打ちされたりシネだの言われた。女子ってだけでだ。
だけど文化祭になると妙に張り切って男女の距離が縮まってカップルが増えたりするのだった。通称文化祭マジックというやつである。

そこでもやはり私がイライラしたりするのはなぜか女子に対してであった。
女子は妙に賢い。妙に賢いというのは妙に怖かった。
変な話、どんなに仲良くしていても、たとえばクラスのガキ大将的なやつと私が溺れかけていたら、ガキ大将的な方を結局助けるんじゃないか?とか、そんなことばかり考えていた。
そして私は一人で勝手にどんどん心を閉ざして行った。(被害妄想も甚だしい)

そしてそんな「フツーの女子」と「アタシ」は違うのだ、ということを明確にするために、なぜか私は白いヘッドホンをつけるようになった。
白いヘッドホンをしてバスに乗って、窓の外を眺めながら、ちょっと遅刻気味で登校するアタシ。「花って変わってるよね」と言われるのが何よりのステータスだったのだと思う。
つい二年前まで「花☆CD MIX」とかいうラベルを律儀にMDに貼って、ツタヤで借りたヒットランキング1~10位の曲をいつも聴いていた可愛い純粋な私はどこへやら。
KinKi Kidsはシガーロスに、浜崎あゆみはビョークに、バンプはキングクリムゾンに…私の音楽プレーヤーはどんどん白いヘッドホン仕様に塗り替えられて行ったのであった。


そんな暗黒の高校生の時期、ヘッドホンをしながらいつも思っていた。
男子はいいなぁ、と。
取っ組み合いの喧嘩をしたり、気に入らないことがあったら同じグループのやつでも容赦なく文句言ったり。
男子はいいなぁ、男子はいいなぁ、とずっと思っていた。
考えすぎて、勝手に悩んで、ふさぎ込んで、変わってるなぁって言われたくて、男子に憧れて、私ってまるっきり女子だなぁ、と思った。


大学生になってからは、バンドサークルに入って、男女の関係もフラットになり、特にそのことについて考えることはなくなった。
それでも、学祭のステージでSUPER BUTTER DOGのコピーバンドのステージ中に、テンションが上がって3mくらいの高さの塀から飛び降りて骨折した先輩や、ギターソロで急に暴れ始める先輩を見ていたりしたら、やっぱり男子っていいなぁと思った。
私も真似をして、なぜかサンボマスターのコピーバンドでボーカルをやった時に、床に寝転びながら「ラブアンドピース!ラブアンドピース!!!!」とシャウトしまくっていたら、当時好きだった男の子から「本当に病気みたいだからやめたほうがいいよ。」とマジレスされたのは今でも覚えている。



とにかく私はずっと男の子に憧れていた。
今でもそうだ。男性ではない、男の子に、少年に憧れている。



ライブのステージを見て感動する時もそうだ。
「あ、この人、この人のまんまステージに立ってるんだ」、とか、「人生で一番楽しい、ここで死んでもいい」みたいな顔をしてステージに立っている人を見ると胸がドキドキする。それが女性であれ、男性であれ、そこに確かに見える少年があまりにも眩しすぎて、涙が出てくる。
私の中にもまだあるかなぁ、という希望と、私はこういう風にはなれないんだろうなぁ、という絶望とで、涙が出てくる。
歌詞で泣く時もそう、本を読んで泣くときもそう。
バカみたいにまっすぐだったり、バカみたいに惨めだったり、バカみたいに必死だったり、バカみたいに夢を見ていたり。そういう文には自然と涙が出る。だからレイ・ブラッドベリの小説が世界で一番好きだ。


私はそういう人に憧れて、そういう文が書きたくて、そういう歌が歌いたかった。
だけど私は少年にはなれない。そんなことわかっている。
そもそも、なりたいと思ってなろうとする時点で、私は少年の才能がないのかもしれない。
でも、そうやって少年に憧れてずるずる来たせいで、自分が女子であることをすっかり忘れてしまっていた。
だから、女の人の書く女の歌に興味がなかったし、聴いても、ふ~ん、くらいにしか思わなかった。


だけど最近はじめて涙した。
女の人が書いた歌に、女として、人生ではじめて涙した。
これまで歌を聴いて流した涙とは違う、なんだか不思議な泣き方をした。
(ちなみに、特に最近何かあったわけではない。我が輩は安定の喪女である。)

とにかくそんなことははじめてで、もうその日から妙に胸がざわついて、いてもたってもいられなくなって、
とりあえず髪を切った。髪を染めた。

この一年くらい、1000円カットか2000円カットにしか行っていなかった私だったが、
思い立って、台風の前日の夜、表参道まで行った。
高校生の時ぶりに、赤茶にして、大学生の時ぶりに、前髪を眉毛の上にした。

気分が変わった。
帰り道はひどい雨と風だったけど、そんなの気にならないくらい気分は最高だった。
真夜中なのに真昼みたいな気分だったし、大雨なのに五月晴れみたいな気分だった。
赤茶にしたからアイシャドウの色を変えた方がいいのかな、とか、せっかくだからトリートメント買おう、とか。
とにかく私の中の何かが終わって、何かが急に始まった気がしたのだ。


所詮私はただの女だなぁ、と思った。


気分を変えたければ見た目から入って、髪色変えれば気分が上がって、化粧を変えればよそ行きの気持ちになる。
少年になりたいけれどなれなくて、本当は少年に憧れている私を誰かに見守っていてほしいだけなのかもなぁ、と思った。
昔好きだった人のことを思い浮かべればやっぱりちょっとおセンチな気分にもなるし、モテたい、痩せたい、恋をしてみたい、少しチヤホヤされてみたいのだ。

私はブスだしデブだし卑屈だしひねくれだし、女子力なんて下の下の下だ。
だけど、自分が女子であるということを否定する理由もないなと、ただふと、思った。


少年になれなかった女って、なんだかそれもそれで素敵だと思う。
憂いがあっていい気もしてくる。

秋だからってさ、こんな恥ずかしいこと書いちゃって。
すぐに季節のせいにして、すぐに芋とか食べちゃったりしてさ。



そういうとこも、所詮私はただの女だ。



考える割に単純で、とりあえず見た目から入って、季節が変われば気分も変わるようなやつだ。
でも、少年も多分そんな感じだろう、そんなところもあるだろう。変身ベルトが化粧品になっただけの話だろう。




何をそんなにこだわっていたんだろうなぁ、女子だってロマンがあるし、それもそれでいいじゃんなぁ。




















あ、全然関係ないけど最近のマイブームはざっくりハイタッチです。