嗚呼、「マクドナルド」が食べたい!

マクドナルドのメニューのどれそれが食べたいとうわけではない。
もう、あのマクドナルドのマクドナルド然としたものであればなんでも良いのである。
油っぽくていかにも体に悪そうな感じがどうしようもなく恋しいのである。

そして私がマクドナルドを猛烈に欲する時は、大抵部屋が汚い。
部屋が汚いときは心に余裕が無いときだ。
心に余裕がないときほど、食べ物で何かを発散したいという欲が強くなる。
しかしそれは量や質で満たせるわけではない。やややけになっている自分に寄り添ってくれるような味が欲しい。美味しすぎてもいけない、食べたあとに少しの罪悪感を感じたい、楽をしたい(自分で作りたくない、これ以上ない組み合わせで食べたい)…結果、マクドナルドというわけだ。

最寄り駅のマクドナルドが閉店してから、もう1、2年は経つのだろうか。
それ以来私は自然とマクドナルドに足を運ぶ機会は減って行った。
だけどたまに道ですれちがう人があのお洒落な紙袋から油と炭水化物の最高にデリシャスな匂いを漂わせようものなら、忘れかけていた私の中の何かが大きな音を立ててゴゴゴゴゴゴゴと走ってやってくるのがわかる。
もうこれは他でもないマクドナルド欲である。この場合はモスでもバーガーキングでも満たせない。
どんなに美味しいクア・アイナのハンバーガーを食べても満たせないのである。
それは、あの赤と黄色のマークのお店でしか手に入らない。
あの紙に包まれていないと意味がない。
あの入れ物にポテトが入っていなければ意味がない。
あの赤と白と黄色のストローで飲まなきゃ意味がない。
そう、それはマクドナルドじゃないと意味がない。

嗚呼マクドナルド、いと恋し。