ここまでのお話、続・東京美容院ライフ①はこちら
 
お洒落に敏感な友人たちに話を聞くと、最近はみんなインスタグラムで良さげな美容院を探しているという。ハッシュタグで検索したり、お洒落なモデルさんやインフルエンサーさんがタグ付けしている美容師さんのアカウントに飛んで、そこから直接予約したりするのだそうだ。なるほど、たしかに世はS N S時代である。美容師さんは自分の手がけたスタイルのヘアカタログとしてもS N Sを駆使しているのだろう。
 
とはいえ一体何のハッシュタグで検索すればいいというのだ。#お洒落 #隠れ家サロン #ショートヘア #透け感 #ナチュラル そんなところか。いざ検索してみたところ、ものすごい数のお洒落ヘアが目に飛び込んできた。眩しい。眩しすぎる。どこで撮ったらそんなに立体的な日差しが当たるんだというくらいみんな髪がツヤツヤしているし、揃いも揃って肌がとんでもなく白い。そしてなんだかみんなして色素が薄い。儚い。細い。カワイイ。いわゆるお洒落なナチュラル系「映え」というやつである。
 
作品としては申し分ないほどに素晴らしいし、間違いなく目の保養になるのだが、こんなことを言ってはあれだが、この「完成されすぎたナチュラルさ」はもはやナチュラルではないのではないか、と思ってしまった。なんという邪な考え……と自分で自分に呆れつつも、そうか、とあることに気付いた。
 
このS N S時代に、S N Sをそこまで器用に活用していない美容院、美容師さんの方が、きっと自分には合っている。なぜなら私自身が、仕事柄S N Sを上手く使った方がいいにも関わらず、全然上手く活用できていないタイプの人間だからである。

現にインスタグラムやツイッターといった今を生きるツールよりも、このブログというややオールドスクールなツールに命をかけているくらいだ。(LINEブログさんごめんなさい)ちなみにS N Sまわりについては、最近は仮の身体であるどすこいちゃんに色々と頑張ってもらっている。ありがとう、どすこいちゃん。
 
大体、私のインスタグラムのサムネイルのごちゃごちゃ感ったらない。

ご覧の通り、写真のサイズも画角もまちまちである。ご飯の写真に至っては、まったく食欲をそそられない。

こだわる人はそういったところはもちろん、余白も全写真統一させて載せていたりするらしい。もはやインスタグラムは、その人の立派な作品集なのだ。撮ってすぐアップするという時代ではもうないのである。これはお世辞でも皮肉でもなんでもなく、私はそういうことをきちんとできる人を心から尊敬している。どんなものであれ、ものづくりにこだわりを持てる人は素晴らしい。
 
ちなみに、そんなどうにもSNS下手な私だが、逆に、「曲は聴いたことなかったんですが、インスタのサムネの感じで親近感が湧いて会いにきました!」と言ってくれてライブに来てくれた子だっていたんだぞ。めちゃめちゃ素敵な女の子だったぞ。本当だぞ。親近感って大事でしょ。

……話を戻すと、そもそもこの原宿・表参道・渋谷・青山といった美容院・戦国時代エリアで美容院を構え生き残っているお店ということは、ある程度の技術は補償付きと言っていいはずである。そして私の場合は、特に髪色や髪型を奇抜なものにするわけでもないし、どこのお店に行っても大失敗ということにはおそらくならない。であれば、スタイル云々とか有名だとかフォロワー数がどうとかと言うよりも、まずは自分にとって居心地のいい場所という点から攻めて行った方が、早くお店が見つかるのではないか。そう思った私は、元祖美容院検索ツール、ホットペッパービューティーを使ってみることにした。
 
まずはエリアを選択し、次に予約したい日付と日時を選択。そのあとは「こだわり条件」の欄を選択し、「4席以下の小型サロン」を真っ先に選択した。これは私にとって超重要ポイントである。大型店舗には色々とトラウマがあるので、少数精鋭は必須条件であった。

そしてもうひとつ、「一人のスタイリストが仕上げまで担当」という条件を追加した。ただでさえ行くだけで緊張するというのに、何人もの美容師さんとお話するなんて、それこそ想像するだけでクラクラしてしまう。「関取花/享年30歳/死因:お洒落の過剰摂取」そんなの絶対にごめんである。だったら食べ過ぎとかの方がまだいい。そんな感じで色々と選択して行くと、日付が迫っていることもありかなり候補数が絞られた。
 
あとは一つ一つのお店のページをチェックして、なんとなく自分に合いそうな雰囲気のところを選ぶだけである。男性の美容師さんだとより緊張してしまうので、女性の美容師さんで歴の長そうな方がいるお店となると、もう片手で数えるほどしか出てこなかった。そして私はその中から、レコード会社から歩いて最も近いとある美容院を予約することにしたのである。
 
(次回に続く)
 
 

先日、久しぶりに初めて行く美容院で髪を切ってもらった。ここ5、6年ほどは撮影でお世話になったヘアメイクさんに髪も切ってもらっていたのだが、なかなかスケジュールが合わず、やむなくどこか他のところへ行かねばならなくなったのだ。
 
いつもはヘアメイクさんに直接LINEをして、「いついつの何時ごろって行けますかね?」「大丈夫だよー!」と言う感じでお願いしていたのだが、初めての場所となるとそうもいかない。まずはお店に予約というやつをせねばならないのだ。
 
美容院に電話するあの瞬間の緊張感ったらない。大体受付のお姉さんの声がもうすでにお洒落なのだ。絶対家にドライフラワー吊るしているし、かわいい小瓶にお花をちょこちょこと生けている。日差しのよく入る部屋に住んでいて、低めのテーブルでヴィンテージのマグカップで毎朝コーヒーを飲むのだ。誰に見られるわけでもないのにちゃんとコースターを引いているだろうし、そんなに寒くもないけどブランケットを膝にかけている。そしてなんと言っても自転車だ。かわいいクロスバイクに乗って通勤している。嗚呼、絵に描いたような憧れの東京ライフ。マガジンハウスの取材今すぐ来ちゃうやつ。
 
そんなことを想像するだけでも私の心臓はバクバクである。しかも仕事の都合上急遽髪を綺麗にしなくてはならなかったため、レコード会社で打ち合わせをする前に美容院に行くしか私の方もスケジュール的に無理だった。レコード会社があるのは原宿である。
 
……HARAJUKU。コンビニよりも美容院の方が多いと言われるあの街である。徒歩圏内で他の駅も利用することはできるが、それも表参道か渋谷だ。なんてこった。都内でも一番の激戦区である。つまりどういうことかと言うと、関東圏はおろか、全国各地からお洒落な美容師さんたちが集まっているということだ。これはやばい。大きめの店舗にでも行ってみろ、私はそのお洒落な空気に完全に圧倒され飲みこまれて、間もなく窒息するだろう。
 
だいぶ前、あれはまだ学生の頃、渋谷と原宿の間くらいにある有名な美容院に行った時のことである。当時はそういうところへの憧れがだいぶ強くて、雑誌で見たお店に実際に行ってみたのだった。そしてシャンプー台に通されて、顔に布をかけられた瞬間、その日シャンプーをしてくれた男性のイケメン美容師さんは私にこう言った。
 
「緊張してます?(笑)」
 
お湯加減でもなく、椅子の高さでもなく、緊張しているか否かを聞いてきたのである。布の下で私は顔を真っ赤にした。それは、「イケメンが私のこと心配してくれている、優しい、キュンッ!」なんてそんな可愛い感情ではない。単純になんだか惨めで恥ずかしくてたまらなくなったのだ。嘲笑を含むあの笑み。お前にはまだ早いぜと言わんばかりの言い方(偏見)。仮にそう思ったとしても、言ってくれるなよ。そりゃ緊張もするだろう、だってここ、東京の美容院だぜ!?
 
しかし私はその時思わず強がって、「いや、緊張はしていないと思うんですけど……」と言ってしまったのである。それに対して美容師さんは髪を流しながら、「あ、そうですか。すみません。僕だったら緊張しちゃうなと思って(笑)」とか言っていた。精一杯寄り添ってくれたフォローだったのだとは思うが、もう完全にその時は自信も尊厳も失っている花ちゃんである。「僕だったら、あなたみたいな雰囲気でこのお店来るなんて、緊張しちゃって無理だけどな」みたいな意味に捉えてしまって、もうその後の記憶はない。どんな髪型になったかも覚えていない。どうせボブだったとは思う。ボブはいいぞ。「ボブで」って注文すればなんとかなるからな。最小限の会話で済む。
 
そんな感じで東京の美容院にはなかなかのトラウマがある私である。(その他にもあるのだが、それについては「どすこいな日々」というエッセイ集に書き下ろした『東京美容院ライフ』という話でたっぷり語っているので、よかったらぜひ)しかも渋谷、原宿、表参道エリアのお店となっては、魔境というかラスボス達の根城というか、とにかく心に鎧をまとっていないとその扉をとてもじゃないが開けられないのである。
 
しかし時は迫っていた。前日の夜までには予約をしておかないと、次の週髪の毛がプリン状態で収録をする羽目になる。どうしたものか。私はスマホを手に取り、必死で検索を始めた。こんな私でも行けそうな美容院はどこかないかと……。
 
次回に続く)

私は日焼け止めが苦手だ。毛穴が薄い膜でびっちり覆われて、肌が呼吸できていない感じがいやなのである。でも、実はそれ以上に苦手なのがあの匂いだ。日焼け止め特有の、輝く海とギラギラ輝く太陽を連想させる、いかにも「夏でっせ」という押し付けがましい匂いがどうも好きになれない。
 
夏特有の沸いたテンションというか、そこのけそこのけ夏様が通るといった、あの乱暴なまでのブルドーザー感が名実ともに鼻につく。相手に有無を言わせず「アゲてこ?」と言いながら、スミノフもしくはライムの刺さったコロナビールを海辺で押し付けられているような気持ちになる。いや、私はただのんびり海風に吹かれに来ただけなんですよ……とでも言おうものなら、ネオンカラーのビキニで今すぐぶん殴られそうだ。怖い。夏って怖い。
 
とまあそれは言い過ぎたかもしれないが、肌につけているから仕方がないこととはいえ、どこに行っても日焼け止めの匂いがしてしまうのが残念なのである。夏が近づくと街の匂いは変わる。川の匂いは少し生臭くなり、駆けて行く小学生からはほんのりとまだ柔らかい汗の匂いがする。緑地で息を吸い込めば、暖かい日差しに照らされた緑たちの青々とした匂いと共に、湿度をたたえた生々しい土の匂いもする。マスクをつける日々だからこそ、たまにマスクを外した時に感じる季節の変わり目の匂いがより愛おしい今、不織布を突き破って入り込んでくる日焼け止めの匂いが、いつも以上に気になってしまうのだ。
 
とはいえ私も日頃日焼け止めにはかなりお世話になっている。最近は昔に比べたらいろんな香りのものが出ているので色々試したりもするのだが、やっぱりどうしてもあの「夏でっせ」の匂いは拭いきれない。上から香水を振りかけてみたりもするのだが、混ざったら混ざったでろくな匂いにならない。さてどうしたものかと考えあぐねていたのだが、最近ようやくあれに勝る夏の匂いを見つけた。日焼け止めの夏特有の匂いには、また別の夏特有の匂いで対抗すればいい。そう考えたら、答えはすぐに出てきた。塩素である。
 
プールの匂いが好きだという方は、みなさんの中にも多いのではないだろうか。個人的には、あの匂いには不思議な思い出喚起成分が入っている気がする。ほんのり漂う塩素の匂いを嗅ぐと、小学校の頃を思い出す。そう、体育でプールに入ったあとの教室の匂い。プールから出た気だるさと、教室中にほんのり漂う塩素の匂いに包まれながら聞いた午後の授業。眠くて眠くて仕方がなくて、みんなうとうとしていたけれど、あの時だけは先生もそんなに怒らなかったっけ。
 
夏休み、母の実家近くの市民プールで毎日のように兄と泳いだことも思い出す。迎えに来る祖父を待ちながら食べた17アイス。大好きなグレープ味のその匂いと、頭に巻いたタオルから漂う塩素の匂い。混ざり合うあの匂いこそ、私にとっての夏休みの匂いだった。
 
とはいえ、今は毎日プールに行けるわけでもないし、塩素の匂いに外で遭遇することはほとんどない。でも、掃除をする時にたまに塩素の匂いに出会うことができる。何かと雑菌が増えるこの季節は、定期的にキッチンハイターも使うし、白い無地のTシャツやブラウスを着る機会も増えるので、衣類を漂泊することもしばしばだ。
 
最近は、出かける準備をある程度済ませて、日焼け止めも全身に塗ってから、そういった作業をパッパとするようにしている。その後に出かけると、初夏の風が吹いた時、日焼け止めの匂いの向こう側で、かすかに手先や鼻の奥に残った塩素の匂いが顔を出してくれる。日焼け止めの「夏でっせ」を優しく遮りながら、いつかの思い出たちが「夏なんです」と優しく微笑んでくれるのだ。


もうすぐ5月が終わってしまう。私は5月が好きだ。スーッとやって来てスーッと消えて行く、その感じが好きだ。
 
何年か前の5月、私は高尾山に登った。雲ひとつない晴天で、普通に過ごす分には半袖でも大丈夫なくらい暖かい日だった。高尾山にはここ数年なんだかんだ毎年登っている(世の中の状況がこうなる前までは)のだが、その日はじめて、私はあるものに遭遇した。
 
少し急な坂道で息を切らしている私の横を、そいつは優雅に通り過ぎて行った。木漏れ日から木漏れ日へと、点と点を線で紡ぐように、ひんやりとした空気と温かい日差しを交互に拾い集めるように、春と夏の季節の合間を縫うように、澄んだ空気と穏やかな風を全身で受け止め、そこに身を委ねるように飛んでいた。
 
あとから調べてみたら、それはアサギマダラという蝶だった。渡り鳥のように渡りをする蝶で、南から北へと長距離移動するらしい。そのためなのか、常に羽をパタパタさせながら飛ぶ他の蝶と違い、羽を広げた状態でグライダーのように飛ぶこともあるそうだ。(滑空というらしい)5月頃は高尾山でもよく見られるという。
 
アサギマダラのアサギとは、浅葱(あさぎ)色のことで、まさに5月の雲ひとつない青空のような色だ。過ぎて行った季節と来る季節、両方の鮮やかさを抱えたような、なんとも言えない美しい色。緑の景色の中に突然現れた時は、とても神秘的で、時が止まったようだった。スーッとやって来たそいつは、またすぐスーッとどこかへ消えて行った。5月みたいな蝶だなと思った。
 
今年は無理だったが、来年の5月はアサギマダラにまた会いに行けたらなと思う。その時はまた、追いかけることもなく、ただぼんやりと、そいつが通り過ぎて行くのを眺めていようと思う。5月ってたぶん、そうやって楽しむものだと思うから。
 

「隠れ家レストラン」「隠れ家サロン」「隠れ家ホテル」など、世の中にはいわゆる隠れ家○○と言われる店がたくさんある。その中でも都内で最もよく見かけるのが「隠れ家カフェ」だろう。
 
私のイメージでは、メインの通りから一本入った路地にそれはある。住宅街の中でひっそりと、一見店かどうかわからないような感じで佇んでいる。偶然通りかかった人が、なんだかえらく洒落た家だなと窓を覗くと、奥の方に木でできたカウンターがあり、コーヒーを淹れている人影が見える。口周りにヒゲ、フレームだけで3〜5万はするであろうメガネ、ちょっとワークっぽいエプロン、髪はグリースで固めたツーブロック。中肉中背の、さりげないこだわりが隠しきれない、ちょっと熊っぽい男性が立っている。
 
ここは彼の家なのか、それとも。表札を確認しがてらドアの方へ向かうと、小さな看板が立っているではないか。くまのプーさんが住んでいる100エーカー森の所々に立っている、木の切れ端みたいな板に何やら書きつけてある。横文字のそれは名前ではなさそうだし、店名か。
 
などと考えているうちに、私はふと看板のところにぶら下がっている、麻紐の先の一枚の紙に気付く。手書きあるいは明朝体の、さすがにもう少し大きくてもいいんじゃないかと思うくらい小さな文字で、たっぷりの余白を開けて一つ一つメニューが書かれている。コーヒー、紅茶、手作りのチーズケーキなど、数は少ないが定番のいいところが揃っている。なるほど、ここは隠れ家カフェというわけか。


「あ、はい。こう見えて一応営業中なんです。まあでも商業目的というよりは、趣味の延長線上みたいな感じです。コーヒーが好きで色々資料とか機材とか集めていたら、ある日友人から『もうお店やっちゃえば?』って言われて。じゃあやってみるかっていう(笑)。仕事はフリーランスでデザインとかもやっているので、両立も頑張ればできますし」

たぶん彼はどこかの媒体のインタビューでこう答えたことがあるはずだ。パッと見はちょっと気難しそうに見えるが、笑うと柔らかい雰囲気で、こちらの緊張も自然と和らぐ。お酒は弱めで、生ビール一杯で顔が赤くなると同時に鼻がちょっと詰まるタイプ。ちなみに花粉症(スギ)。ネギが苦手で家系ラーメンが好き。あとこの店のお会計はipadでするのだが、「クレジットカード使いたいんですけど」と言うと、慣れた感じが一転、急にオロオロしだす。そういうとこ結構かわいい。(※完全な妄想)
 
……とまあいろいろと脱線しすぎたけれど、とりあえず隠れ家〇〇というと、私はこういう感じのところを想像する(偏り過ぎ)。聞かれたらよく話すけど、あまり前のめりな感じではないというか。あくまでもひっそりとやっています的な、そういうイメージだ。
 
しかし先日散歩をしていたら、自ら店名の前に「隠れ家」を大胆に掲げている店を発見したのである。勢い的にはドン・キホーテの「驚安の殿堂」と同じくらいの圧で掲げていた。しかも入口だからとかではなく、みんなから見える道路沿いの方の外壁にでかでかと、創英角ポップ体的なめちゃめちゃガッツのある感じのフォントで。

あれは果たして隠れ家と言えるのだろうか。そして中ではどんな人が働いているのだろうか。気になって仕方がない今日この頃なのである。

 

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