寒い。

こうも寒いと、ただでさえ出不精なのに、ますます部屋から出たくなくなる。最近はゴミ捨て場までゴミを捨てに行くだけで、深くため息をついてしまう。そして部屋に戻って布団に再びダイブをして、こうつぶやくのだ。「遠い……」と。(その距離、玄関を出てわずか5歩)

さすがにこのままではいけないことくらい分かっている。より良い歌を歌えるようになるためにも、体力をつけなければならない。かと言って、ジムやヨガ教室なんかに通うようなお金はないので、選択肢は限られてくる。まず真っ先に浮かんだのはランニングだったのだが、以下のような理由で、多分続かない。

_var_mobile_Media_DCIM_127APPLE_IMG_7771.JPG


いやあ、我ながらこの手の言い訳なら、本当にいくらでも出てくる。(歌詞は全然出てこないのにな!!!)

さて、そんなある日、「区民プール良いよ」と、ある人に勧められた。たしかに、屋内だから冬でも寒くないし、夏でも日に焼けることはないし、春秋の花粉も心配いらない。レッスンがあるわけでもないから、行きたい時に行けば良い。月会費もいらないし、何より安い。水着さえ自分で準備をすれば、すぐにでも行けるよ、と。素晴らしい、これは良いことを聞いた。テンションとモチベーションがわかりやすく急上昇した私は、その日の夜、早速ネットで水着を購入することにした。

いろんなサイトを見て回っていると、思っていたよりかなり安く一式揃えられることがわかった。たいして泳げるわけでもないし、いきなり高くてしっかりしたものを用意する必要もないと思ったので、私はとにかくお手頃なものを選ぶことにした。しかし、在庫の関係なのか、色によって少しずつ値段が違うようだった。まあべつに誰に見せるわけでもないし、形が変じゃないならあとはどうでも良いか、と思ったので、私はその中でも一番安くなっていたものを購入した。(画像は一番シンプルな黒いデザインのものしか載っていなかったので、あとの色はどれも詳細はわからなかった)

数日後、宅配便でその水着が届いた。ダンボールを受け取った私の胸は躍っていた。早速今日から、区民プールに通い始めよう。水着も買ったことだし、必要な条件は全て揃った。もう言い訳なんてしない。生まれ変わるの。私、生まれ変わるの。

そんな気持ちで、クリスマスプレゼントを心待ちにしていた少年の如く、私は飛びつくようにダンボールを開けた。


……

まぶしい


目に飛び込んできたのは、私が想像していたものとはだいぶ違う、とんでもなく鮮やかな色だった。


……


なんという

圧倒的オレンジ


そしてウエストあたりには黒っぽいラインが入っているではないか。なんだろう、この既視感は。少し気になったが、とりあえずまずは着てみることにした。そして鏡に映った自分の姿を見た私は、すぐに確信した。





_var_mobile_Media_DCIM_127APPLE_IMG_7770.JPG




……





これは



完全に孫悟空 (少年期)




もしかしたら、長身の綺麗なお姉さんが着たら、スポーティでかっこよく決まるのかもしれない。しかしこちとら149cmである。生まれてこの方、なんていうかこう、ギュッとしているフォルムなのだ。昨年たしかに以前よりは少し痩せたが、ちっちゃいものクラブ特有の、このギュッっとした感じは、どんなに痩せても多分一生変わらないのだ。少年期の孫悟空のフォルムなのだ。

想像してみてほしい。


区民プールで、孫悟空みたいな水着を着た私が、ストレッチをしているところ。


孫悟空みたいな水着を着た私が、平泳ぎをしているところ。


孫悟空みたいな水着を着た私が、水から上がって、プールサイドをペチペチ歩いているところ。


無理だ。わたしが他の区民プール利用者だったら、絶対に笑ってしまう。「人生はネタ探し」とは自分でよく言ったものだが、さすがにこれは、全然HEAD-CHARAじゃない。全然へのへのカッパじゃない。恥ずかしさだけがSparking!して終了である。

そんなわけで、その水着は一度も活躍することなく、今もクローゼットの奥底で眠っている。もちろん、区民プールにも行っていない。だったらまた新しい水着を買って、仕切り直せば良いじゃないかと思うかもしれないが、私みたいなダメダメ人間は、一度タイミングを逃すと、再び重い腰をあげるのがとてつもなく難しいのである。

ああ、どうか、きちんと毎日運動しているそこのあなた。


オラにやる気をわけてくれ!たのむ!








今日は成人の日である。毎年この時期、街中で素敵な振袖姿のお嬢さんたちや初々しいスーツ姿の青年たちを見かけると、自分が二十歳だった頃を思い出す。 

私は当時大学生で、特にまだ将来やりたいことが決まっているわけでもなく、とりたてて熱心に勉強に励むわけでもなく、かといって他に打ち込むものがあるわけでもなく、なんとなくで毎日を過ごしていた。(音楽の方も、主にサークルでコピバンをワイワイやるくらいだった)

そのせいか、二十歳の頃にあった出来事は、そんなに細かく覚えていない。というか、具体的なことなんてほとんど覚えていない。ただ流れに身を任せて、今日が楽しければ良いや、という感じで日々を過ごしていたんだと思う。でも、毎日楽しかった。

友達がいて、好きな人がいて、欲しい服があって、したいメイクがあった。将来それが役に立つのかとか、自分の人生にとって果たしてそんなに重要なものなのかとか、何も考えずにいられた。だから、毎日楽しかった。

その反面、私は家では反抗期をまだまだ爆発させていた。両親、特に母に対しては、何を言われても「私のことなんて何も知らないくせに」と思ってしまっていた。おはよう、いってらっしゃい、おかえり、おやすみ、そんな言葉に対してでさえもだ。ごめんなさいとありがとうなんて「言ったら負け」くらいにどこかで思っていた。ちっぽけなプライドを、自分でもよくわからないうちにナイフのように振り回していた。別に誰かを傷つけたいわけでも、守りたいものがあるわけでもないのに。

そんな中迎えた成人式の日、私も振袖を着た。たしか私は、前撮りとか成人式とか、めんどくさいしお金かかるし、着物なんて準備しなくて良いよ、と言った。すると母が、「あなたのために着てほしいとかは言わないけど、私のために着てほしい」と珍しく真剣な目をして言ったので、私は渋々着ることにした。でも、その着物を母が見せてくれた瞬間、「わあ、綺麗」と思わず声が出た。

決して奇抜じゃないけれど誰とも似ていない、何十年も前のものだけれどまったく古くない、心から素敵だと思えるものだった。可愛くて、でもたしかに凛とした強さみたいなものも感じた。それは、かつて祖母が母に買ってあげたものだった。母が自分の成人式の時に着たものだった。

着付け会場に着物を持って行くと、スタッフのお姉さんがすごく褒めてくれた。本当に素敵なお着物ですね、と。もしかしたら優しさでみんなに言っていたのかもしれないが、それでも嬉しかった。自分を褒められたからというより、自分の母や祖母が褒められているような気分になって、嬉しかったのだ。でもそんなことを素直に母に報告できるわけないので、私はお姉さんに「ありがとうございます」と言うことしかできなかった。なんでお姉さんには言えるのに母には言えないんだろう、と思った。

そんなことを考えているうちに、されるがままにしていたら、着付けが完了していた。はじめて着た振袖は、想像よりもはるかにずっしりしていた。深呼吸をしたら、これまでの色んなことが頭の中を駆け巡った。

一人の人間をここまで育てるって、どれほどのことだったのだろうか。一緒に笑って、泣いて、怒って、ひどいことも言われて、都合の良い時だけ甘えて来たりもして、それでも投げ出さないで育ててくれた、親の二十年。自分のことをたくさん犠牲にしてきたであろう二十年。振袖を着てはじめてわかった、たしかな重みだった。

あの時の感覚は、それからもいろんな節目で思い出した。大学を卒業する時、音楽の道に行くと決めた時、一人暮らしをはじめた時。そしてきっとこれからも、度々思い出すのだろう。

あれから八年が過ぎた昨日、私は両親とごはんを食べに行った。真面目な話も少ししたが、基本的にはどうでもいい話をたくさんした。別れ際に、当たり前のように「ありがとね、またね!」と言った。二十八歳になった今、何の恥ずかしげもなくその言葉が言えるようになったのは、ひょっとしたらあの時の振袖のおかげかもしれない。


新成人の皆様、ご成人おめでとうございます!これからの日々が、皆様にとってより素晴らしいものになりますように。

最後に、私からは偉そうなことは何も言えないので、身をもって感じていることをひとつだけ。


_var_mobile_Media_DCIM_127APPLE_IMG_7609.JPG


これマジだから。

八年経ってもあんまり生えてないから。


まずはじめに、あけましておめでとうございます!今年も皆さんがたくさん笑える一年になりますように。年末年始はゆっくりできましたか?私はこんな感じでした。

========

年末年始は、横浜の実家でのんびり過ごした。と言っても、東京の部屋の大掃除をしていたら案外時間がかかってしまい、大晦日の21時くらいに実家に着いた。30歳の兄は、例年通り子供のように紅白に大興奮していたし、食卓に並ぶ母の手料理は、祖母ゆずりの強火でバッと煮込んだであろう、いつもの茶色いものたちだった。(これがめちゃめちゃ美味しい)父は最近ウィスキーや焼酎を炭酸水で割るのにハマっているらしく、自分の好きな割合を見つけては、これだ、これが良いな、と嬉しそうにしていた。たまに実家に寄ることはあっても、家族で食卓を囲むのはかなり久しぶりだったので、私はそれを眺めながら、なんだか安心したり、それでもたしかに白髪の増えた両親の頭を見て、ぼんやり考え事をしたりしていた。

元旦はだらだらと過ごし、2日はふらふらと近所を散歩した。昔住んでいたマンションのあたりを見に行ったり、久しぶりにかつての通学路を歩いてみたりした。近くのドラッグストアは、化粧品のコーナーが以前の何倍もの広さになっていた。毎日遊歩道を掃除していたあのおじさんは、昨年で引退されたらしい。そういえば、野良猫を連れて歩いていた猫おじさんは、今も元気だろうか。街並みは変わっていないのに、目を凝らすと変わっていることがたくさんあって、少しさみしいような気持ちになった。

実家とは言え横浜なので、いわゆる「ふるさと」的な思い入れは、遠くから上京してきた人たちに比べたら少ないのかもしれない。それでも、最近は年々少しずつではあるが、この街に来るたびに何か胸に来るものがある。自分だけ置いていかれているような、自分だけ進んでしまっているような。一人暮らしをはじめてもう何年も過ぎた。気づけば私も28歳である。そりゃそうか。

3日は、毎年母との恒例行事にしている鎌倉散策に出かけた。北鎌倉駅で降りて建長寺に行ったあと、鶴岡八幡宮で参拝をし、どこかでご飯を食べて、鎌倉駅から電車に乗って帰るというコースである。今年は父も一緒だった。

鎌倉駅周辺はまだまだすごい人で、入ろうとしたご飯屋さんも空席待ちだった。外にある椅子で待っていれば順に名前を呼んでくれるとのことだったので、父が店頭にある紙に名前を書こうとした。その時である。


「名前、ちゃんと書いてね」

父「わかったわかった」

「でたー!!いつものやつだ!!」


今更名前を間違えるなんてあり得ないし、何のことかと思うだろう。しかし、我が家にはこの確認が必要なのだ。

しばらくすると、店員さんに名前を呼ばれた。

「お待たせしました、三名でお待ちの、関さま、関さま!


……

そうなのである。我が家は、ご飯を食べるお店で名前を書く際、必ず「関」と書くのである。それはなぜか。

昔、家族でパン食べ放題の店に行った時のことである。きちんと「関取」と名前を書き、私たち家族は四人で店の前の椅子に座って待っていた。すると、

「食べ放題でお待ちの、関取さま!!食べ放題四名でお待ちの、関取さま!!!

と、店中に響き渡るような声で、元気な店員さんが名前を呼んだのである。その瞬間、周囲がざわつき始めたのだ。

「お相撲さんが四人で食べ放題来てるらしい」

「どれくらい食べるのかな」

「どこかな、誰かな、お相撲さん」

ああ……と思いつつ、他にも待っている人がたくさんいたので、伏し目がちに立ち上がる関取家一同。



「はい、私たちです……関取です……」


皆、キョトンとしながらこちらを見ている。何やらこそこそと話している。全部は聞こえなくても、次々に注がれるその視線が物語っていた。

「あれ、普通の人だぞ」

「なんで食べ放題で関取なんて名前書いたんだ」

「期待して損した」


いや、もう

なんかごめんな

びっくりするくらい普通の家族で

でも本名なんだ

あと本当にこれだけは言わせて

ウケ狙いとかじゃないから

それからである。そのような時、「関」と名前を書くようになったのは。ちなみに、「田中」とか「鈴木」にしたこともあったのだが、あまりにも本名とかけ離れていると呼ばれても気付かないことがあったため、「関」がテッパンとなった。すみません全国の関さん。たまに、お借りしてます。

もちろん、私は「関取」という苗字には誇りを持っている。なんだかどっしりしていて安定感があるし、「関取花」という並びも、地に足がついている感じの字面で、とても良い。まあ、「花」がつくことによってより溢れ出る四股名感は否めないけれど。

そんな感じで、我が関家、いや関取家は、例年通りのおだやかさとくだらなさで新年を迎えることができた。他にもいろいろ、年始から家族にはたくさん笑わせてもらった。たくさん食べもしたので、2キロ太ったけど。リアルどすこいにならないように、身も心も引き締めて行かねば。

最後になりましたが、2019年もこんな私ですが、どうぞよろしくお願い致します!!

_var_mobile_Media_DCIM_127APPLE_IMG_7490.JPG


今年は自分へのクリスマスプレゼントに、便秘薬を買った。

年末恒例ライブの準備などもあり、不規則な生活が続いていたせいで、気づいたらお腹の中に漬物石があるような状態になっていたのである。寒天を食べたり、食物繊維をいつもより意識して摂ったりしていたのだが、今回はだめだった。ライブの前日までなんとか自然の力を信じてねばったのだが、うんともすんとも言わなかった。薬の力に頼るのもなあと思いつつ、とにかくライブの前にどうしてもドカンとハッキリスッキリしておきたかったので、わたしは泣く泣くピンクの小粒に頼ることにした。

ピンクの小粒には、少し苦い思い出がある。

遡ること一年ほど前だろうか、同じような状況に陥って、ライブの前日に都内某所のドラッグストアに駆け込んだ時のことである。便秘薬の棚の前でぼーっと立っている私に、ある店員さんが話しかけて来た。


「何かお探しでしょうか?」


イケメンである。

その白衣はまだ真新しく、清潔感あふれる黒髪に、ツルツルの肌を携えていた。綺麗。豪華。尊い。ありがたい。

しかし、相手がどんなに美しくても、この状況で見栄を張ることも嘘をつくこともできない。その時の私は、乙女心よりもこのお腹の中の漬物石を駆逐することを優先したかった。


「便秘薬が欲しいんです。もう長い間、ずっと出て来てくれなくて。」


私はその店員さんの目をまっすぐ見つめながら、正直にそう言った。すると店員さんはとても優しい口調で、こんなことを聞いて来た。

「なるほど、それは大変ですね。具体的に何日間ぐらいとか、ありますか?」

優しい。優しすぎる。しかし、他人に"具体的な停滞日数"を聞かれたのは初めてだったので、少し面食らってしまった。しかし、すべては明日のライブに最高の状態で臨むため。ここはプロの意見が欲しいところである。
 

「5日です。」


私は一点の曇りもない目で、そう告げた。そして、もうここまで来たら恥も何もない。とことん相談に乗ってもらおう。私は赤裸々にすべでをさらけ出すことにした。

明日はずっと立ち仕事が続く日であるということ。たくさんのお客様と接する日なので、その日の朝にはできる限りスッキリした状態でいたいということ。つまりそこそこ即効性があって、一発でドカンとなんとかなる、便秘薬界のアルティメットウェポンが欲しいということ。

するとその店員さんは、「でしたら、こちらの薬をおすすめ致します。今飲んでいただいたら明日の朝にはちょうど良い感じになるかと。」と、ピンクの小粒を差し出してくれた。ありがとう、あなたが言うなら間違いない。ピンクの小粒、君に決めた! というわけで、私は棚からピンクの小粒の箱を一つ取り、レジへと向かった。

顔を上げると、先回りしてさっきの店員さんがレジに立ってくれていた。「お会計、僕がしますよ。」なんという至れり尽くせり。なんだか申し訳ない気もしつつ、ありがたいなあと思いながら、レジを打ってもらった。

その時である。突然、その店員さんがこう言った。


「いつもよくきいてます。」


予期せぬタイミングで急に話しかけらたので、焦った私は、


「あ、そうなんですね!お兄さんもよく飲むんですか?ピンクの小粒。よくきくんですね、よかった!いやあ、ほんと、困ったもんですよね。アハ!」


などと、あわあわしながらヘラヘラと答えてしまった。


「あ、いえ、あの、関取花さんですよね?」

……


「明日、ライブですよね?僕、行きます!」

………


「いつも聴いてます!応援してます!」

…………

まさかの

そっちの"きいてます"だったとは
 

もうやだ
 

つらい


穴があったら入りたい


明日のライブ、どんな顔をしてステージに立てば良いのだ。一生懸命歌を歌うと、人は誰でも力んだ顔になる。それは仕方のないことだ。だけど明日その顔をしたら、この店員さんは何を思うだろうか。でも逆に、爽やかな表情でクールに歌ったら、それはそれで、「ああ、心なしか今日はスッキリした顔をして歌っているな」と思うのではないだろうか。いろんな考えが頭を巡った。いろんなことが恥ずかしくなって、思わず顔を覆ってしまった。残されたライフを振り絞って、「あぁああぁあありがとうございます……」と言うのが精一杯だった。

会計を済まして、丁寧に紙袋に包まれたピンクの小粒をかばんにしまい、店をそそくさと立ち去ろうとした時、最後にその店員さんがこう言った。


「あの、明日、いろいろ、頑張ってください!!」


"いろいろ"とは


もうやだ


なんかお腹痛い


穴があったら入りたい



いや、トイレがあったら入りたい


そんなわけでその日は、結局ピンクの小粒に頼ることなく、予期せぬ形でスッキリとしたのであった。

ちなみに今年は、きちんとそのお力を借りることにした。さすが、あのお兄さんが勧めてくれただけあって、とても良い状態で今年のライブを終えることができた。

\出すって大切ー!!/
_var_mobile_Media_DCIM_127APPLE_IMG_7368.JPG

ほら、この通り。

はじめての3日連続ワンマン、急遽ドラムレス編成でのライブとなったが、結果的には大成功であった。どんなハプニングも大丈夫だと思える強さは、2018年にやらせていただいた様々なお仕事やライブのおかげで、少しは身についたのかな、と思った。しかしそれもすべて、支えてくださるスタッフや関係者の方々、最高のサポートメンバーの皆さん、そして温かいお客さんがいたからこそである。あらためて、いつも本当にありがとうございます。

そして、今年最後のライブとなった12月26日に、来春メジャーデビューすることを発表させていただきました。決して驕らず、感謝の気持ちを忘れずに、皆さんの自慢の花ちゃんになれるように、いつだって全力を出して、頑張るのみです。なお、事の詳細については先日発行されたどすこい新聞(特別号)をご参考いただけますと幸いです↓

2MNwH_96gP.jpg

そういえば、ピンクの小粒も丸いよね。やっぱ丸いやつに悪いやつはいないな。丸そうなやつは大体友達。

とは言え、年末年始でゴロゴロしずきて丸くなりすぎないように、気をつけなければ。

そんな感じで、今年もお世話になりました。来年も、よろしくお願い致します!

まさかなのである。未だかつて、こんな気持ちに陥ったことはなかった。27歳にして抱く、はじめての感情である。

そう、とにかく私は今、とてつもなく貢ぎたいのである。

見返りなんて求めていない。ただとにかく、その人に何か「あげたい」のである。なんでもいいからその人の笑顔が見たい。少しでも幸せになってほしい。でも、その人に自分ができることは、物をあげることしかできない。だって、その人の一番近くにいられるわけじゃないから。もっとふさわしい人がいるから。でも、それでいいの。あたい、それでもいいの。少しでもその人の記憶に焼き付けたぃの。あたぃ、ここにいるょ?って。ぃっか思ぃ出してね?って。(何これ

まあ、何があったかと言うと、つい一週間ほど前に、親友のRちゃんの子供が生まれたのである。それはそれは可愛い女の子で、毎日写真を送ってもらっている。出産後すぐに連絡をくれたのだが、その時は涙が止まらなかった。おめでとう、ありがとう、頑張ったね、いろんな感情がぐるぐる回って、胸が苦しくなった。

もう、本当に可愛い。小さい手のひらをぎゅっとしながら眠っている姿なんか、天使そのものである。この子にこれから良いことだけが降りかかってほしいと、心の底から思う。

写真を見る限り、鼻の形なんか、私の親友そっくりである。優しげな目元は旦那さんにも似ているような気がする。ああ、愛しい。息が苦しい。とりあえずもらった写真全部保存。とりあえず速攻で待ち受け。尊い。

それからというもの、私はどこかへ出かけると、ベビー用品売り場に自然と足が向いてしまうようになった。自分のTシャツを買いにGAPへ行ったはずなのに、気づけば店員さんに、「gap babyはどこですか」と聞いている。S字フックを買いに100円ショップに行ったはずなのに、気づけば同フロアの西松屋にいる。化粧品を買いに百貨店に行ったはずなのに、なぜか子供服フロアのファミリアにいる。そして思う。ああ、貢ぎたい、と。お金持ちになったら、ここにあるもの全部くださいって言いたい、と。

とはいえ、もちろんこれまでにも、友人やお世話になっている方のお子さんが生まれたことはあった。ならばどうして、今回ここまでの気持ちになるのか。それは、彼女が特別な存在だからです。(何このヴェルタースオリジナル感


親友のRちゃんは、このブログにも何回か登場しているので、いつか説明したこともあるかもしれないが、もう20年来の付き合いであり、唯一の地元の友達である。

Rちゃんとは小学校で出会ったのだが、とにかくずっと一緒にいた。修学旅行も同じ班、バスの座席も隣、お家にもよく遊びに行った。中学からはお互い別々の学校に進学したが、こまめに連絡をとっては遊んでいた。高校生からは、同じところでバイトをはじめて、大学を卒業するまで続けた。シフトを合わせられるところはなるべく合わせていたので、週2、3回くらいのペースで会っていたと思う。

二人してクロスバイクにハマって買った時期もあった。結局バイト帰りはお喋りしたいから、いつも手で押しながら帰ってたけど。成人式はもちろん、前撮りも一緒に行った。お互いの家族が高島屋の写真屋さんで大集合して、もう20歳か〜あっという間だったね〜なんて話をした。100均のつけまつげとアイテープで、ギャルメイクごっこした時もあった。楽しかったね。

やがてRちゃんは今の旦那さんと出会って、恋をして、どんどん綺麗になっていった。バイト先のロッカーで、おすすめのCDを借りたんだ、っていうから見せてもらったら、私の好みとドンピシャで、なんだかすごく嬉しかった。ちなみにRちゃんの旦那さんは、もちろんめちゃめちゃ素敵な人である。柔らかい雰囲氣で、話しやすくて、Rちゃんととっても似ている。まだ二人が夫婦ではなく恋人だった大学生の時に紹介してくれて、そのあとも、旦那さんのご両親がわざわざ私のライブに来てくれたこともあった。そしてその度に、本当に嬉しかった。世界で一番大好きな友達の周りに、素敵な人がどんどん増えていくのが。

とにかく、Rちゃんは私にとって、一番大切な友達なのである。たった一人の親友なのである。

体脂肪率が38%あった小学生時代の私とも、森ガールが行きすぎて生成りオバケと化していた私とも、とんがって髪の毛ブリーチして眉毛がほとんどなかった私とも、ずっと変わらずどうでも良い話をして笑ってくれた。中身も外見もブレブレな私だけど、Rちゃんといる時はいつも素の自分でいられたし、誰よりも大切な友達だって思っていることだけは、ずっと変わらないです。

そんな親友の子供が生まれたのだ。そりゃ貢ぎたくもなるだろう。もう、なんでも買ってあげたい。つらい。あと、とにかくなんかちっこいものを見ると、赤ちゃんを思い出して胸が苦しくなる。可愛い、尊い、ありがたい、眺めていたい、ってなる。

だからですかね。なんか気づいたら買ってたんですよ。本当に、気づいたら。

_var_mobile_Media_DCIM_125APPLE_IMG_5706.JPG

ちっこいサイズの混ぜ混ぜするやつ。

全然使い方わからない。

一応サイズの比較対象としてマッキーと撮ったver.も。

_var_mobile_Media_DCIM_125APPLE_IMG_5707.JPG

とても伝わりづらい。

でもこれでさえ可愛い。尊い。ありがたい。でも貢ぎ物としてはまだ早いかな。もっと赤ちゃんが使いやすそうなやつちゃんとあげるからね。

Rちゃん、旦那さん、赤ちゃん、本当におめでとう!ご家族の皆さんも、おめでとうございます!

いつか、あの歌ってる人、お母さんの親友なんだよって自慢できるように、私も頑張るね!

↑このページのトップへ