先日、ATMでちょっとしたタッチミスをしてしまった。インターネットだったらブラウザの「戻る」ボタンですぐに一つ前の画面に戻れるのだが、ATMだとそうもいかない。大抵の場合、「始めに戻る」のボタンを押さなければいけなくなる。

たしかに、振込み金額など重大なタッチミスをしてしまった場合なんかは、一度始めからやり直すことで冷静になれてありがたい。でも本当にただの小さなミス、たとえば「お預け入れ」と「お振込み」のボタンを間違えたとか、そういう初歩もいいとこなミスだとこれが結構重荷なのだ。それはなぜか。

「始めに戻る」ボタンを押した後の、「申し訳ございませんが、もう一度始めからやり直してください」の画面に出てくるイラストが重々しすぎるのだ。

もうね、とにかくめちゃくちゃいかにも申し訳なさそうな顔をして頭を下げてくる。画面の中のスタッフさんが。二人で。男性一人、女性一人だ。わざわざ二人で謝罪するなんて由々しき事態である。

画面のイラストでは全身が映っていなかったのでわからなかったが、たぶんあれは下の方に実は菓子折りでも持っていたと思う。でかい紙袋に入ったやつ。伊勢丹で買ったなって感じのやつ。もうそれくらいの空気なのだ。

しかもスーツというか、たぶんその銀行の制服をきちんと着ている。ネクタイももちろん上までぴっちりしめて、髪型もキュッとタイトにまとめて。その隙間から覗くのはハの字の眉毛としっかりと閉じたまぶた、唇をかみしめるような口元。全力である。全身全霊で謝っておられる。

…なんかごめんな。

タッチミスをしたのも「始めに戻る」を選んだのも私なのに。すべての原因は私なのに。あなたたちは何も謝ることないのに。まるで自分がモンスタークレーマーになってしまったような気分だ。そんなはずないんだけどな。いやでも、なんか感じ悪かったかな。などと思いながら再び画面に視線を戻す私。

…いない。

なんと彼らがすっかり姿を消してしまっているではないか。画面はもうとっくに一番最初の操作画面に戻っている。きっと謝るだけ謝って、サッと次の現場に向かって行ったのだ。そして道中ではこんな会話が繰り広げられていたのだろう。

「先輩、あんな感じで大丈夫でしたかね」
「いやあもう、お前の謝罪も立派なもんだよ」
「ありがとうございます。これで次のクライアントからは私一人でまわっても大丈夫ですね」
「待て待て、二人で行くことに意味があるんだ。二人だから変えられる空気がある。二人だから変えられる未来がある。そうだろう?」
「センパイッ…!」

…ハッハーン、なるほど。あの二人デキてやがったな。

だからあんなに真剣だったのか。あそこの謝罪が上手くいかないと、二人の関係も「始めに戻る」可能性があったというわけだな。やかましいわ。

それならそうと言ってくれればいいのに。 知っていたら、私だってこんな野暮なこと思わなかったぞ。

まあいいや、仲良くやってくれよ。進展があったら教えてくれよ。でももしそうなったら、あまりお互い謝りすぎるなよ。とりあえずのごめんねは、後々の争いの元だぞ。

…私、何様だよ。

先日、もう20年以上の付き合いになる地元の親友と久々に会った。彼女は数年前に結婚し、今は一児の母である。


前に会ったのはたしか昨年の冬だった。その時はまだつかまり立ちしかできなかった親友の娘は、もうすっかり歩けるようになっていた。少しでも目を離せば、目に映るものに興味を奪われて、すぐにどこかへ行ってしまう。彼女の好奇心のままに突き進んでいく様子を見ながら、私は色々なことを思った。

 

その日は雨が降ったり止んだりの中途半端な天気だった。ちょうど昼食を終えて店を出ると小雨が降っていたので、私はすぐに折り畳み傘を取り出した。親友は娘に雨がっぱを着せようとした。しかし、何度着せようとしても脱いでしまうので、結局途中であきらめてそのままにさせていた。雨がっぱを脱ぎ去った彼女は、空から降ってくる雨を指差しながら、「あめ、あめ!」と嬉しそうにしていた。

 

降ったら傘はさすもの、と当たり前のように思うようになったのはいつからだろうか。小学生、幼稚園、あるいはもっと前からかもしれない。それでもそれくらいの頃は、わざと濡れて帰ったりした記憶がある。なんでそうしたかったのかなんてまったく覚えていない。でもきっと、目の前の雨を楽しみたかった、ただそれだけだった気がする

 

今はそんな衝動に駆られることもない。たとえ駆られたとしても、髪の毛がチリチリになっちゃうからとか、メイクが崩れるからとか、風邪を引きそうだからとか、いろんな理由が考える暇もなく先に立って、そんな発想にさえならない。当たり前のことだ。私ももう子供じゃない。でも、雨に濡れながら走り回る彼女を見ていたら、やっぱりちょっとうらやましくなった。

 

しばらく散歩をしたあと、ちょっとゆっくりしたくなったので、私たちは近くの喫茶店に入った。しかしそこでも彼女は所構わず歩き回った。私はそんな彼女を追いかけてはなんとか席に戻してを繰り返した。何分好奇心旺盛な年頃である。一つの場所やものへの興味はなかなか長続きしない。持ってきていたおもちゃで遊んでみたり、話しかけたり、歌ってみたり、色々やってみてもすぐに視線はどこかへ行ってしまうのだった。

 

そんな彼女観察しているうちに、どうも窓に興味があるらしいことに気付いた。窓の向こうを歩く人々、犬、降っている雨。窓越しに触れようと手を伸ばしたり手を振ったりするその姿を見て、私は思った。そうか、彼女にとって窓は、まだとても新しい存在なのだと。


私にとってはもはや窓はただの窓でしかないけれど、彼女にとってはそれが透明なこと、触ると少しひんやりするということ、その向こう側で動く景色、そのどれもが目新しく、きっとすごく新鮮なものなのだ。

 

私は窓の前に立つ彼女の横に行き、窓にハーっと息を吹きかけた。そして白くなったところにアンパンマンの絵を描いた。窓にはこんな遊び方もあるよというのを久々に思い出して今彼女にどうしても見せたくなったのだ。

 

すると彼女は目をまん丸くして、声をあげ、手を叩いて喜んだ。その日一番の笑顔を見せてくれた。少し時間が経っただけで跡形もなく消えてしまうというのも不思議だったのだろう。何度も描いては消えていく絵を眺めては、もう一回、もう一回とせがむのだった。

 

私は嬉しかった。それと同時に、ただ目の前で起きていることに夢中になる彼女の様子を見ながら、果たして今の自分はそれができているだろうかと考えてしまった。

 

ちょうど10年前、私は「THE」というミニアルバムを出した。これがデビュー作品ということになる。当時はただ自分だけのために、心のに秘めていた思いを歌にしていた。

 

運良く、そしてありがたいご縁があってCDを発売させていただくことになったのだが、「誰にもわかってもらえないと思いながら書いたたち」が、「誰かに聴いてもらうための作品になっていく」様子を見ながら、私はちょっとした違和感を覚えた。


ただ自分のためだけに書いただけだったものに、たくさんの人やお金が動いてくれているのを見て、なんだか申し訳なくなってしまったのである。本気でたくさんの人に聴いてもらおうという意志も決意もまだその頃はなかったから、自分のことなのに自分だけが追いつけていないような感覚になって、怖くなってしまった。だからこの作品だけ出して、私は音楽をいったん辞めた。

 

その時の私は、目の前にいる誰かを喜ばせたいわけでもなく、誰かにわかって欲しいわけでもなく、自分自身だけわかる歌を歌えていればよかった。それが当時の喜びだったし、自分にとっての歌う意味だったし、それ以外の何ものでもなかった。青さ故の頑固さもたしかにあったと思う。でも今よりよっぽど不器用で真っすぐだった。まだあの頃は、良い意味でちゃんと子供だった。今何が起きているのか、そして自分がどうしたいか、どうありたいか、それがすべてだった。その強さや純粋さは今の自分にあるのだろうか。

 

特に最近は、正直迷子になってばかりだ。自分自身が何者なのか、時々なんだかよくわからなくなる。YESにしてもNOにしても、はっきりと言えない。ちょっと「あれ?」と思っても、「とりあえずやってみる」というのを指針に掲げ始めたのは、20代後半になってから。音楽以外のお仕事がちょこちょこ入り始めたりして、「こうありたい」というより、「こうでなければならない」と思うことが増えてきたあたりだ

 

やるならやりきる、やれないならやめておけばよかったのだが、中途半端にやってみた結果、やっているうちは気付かなかったのだけれど、少し時間が経ってから猛烈な虚しさが襲ってくることが多々あった。中身も意志も伴っていないくせに、たらればの可能性や安心、安全、将来を求めて、対象のない「誰か」のために「とりあえずやってみる」という行為をしたツケである。自分はもっと器用に立ち回れると過信していた部分もあっただろう。みんなに好かれようと思ってあれこれした結果、自分の好きな自分ではなくなって行った。

 

どんなに小さな世界だって、自分に対してきちんと胸を張れていた頃の自分は、どこに行ってしまったのだろう。視野を広げねばと力んだのはいいが、そのやり方を少し間違った。視野をいくら広げたって、目の前の物事や自分の足元、どう進んで行きたいかが定まっていなければ、そりゃあ躓きもするし、迷子にもなる。

 

私ももうすぐ30歳になるいつまでこうもうじうじと、同じようなところにグルグルと考えを巡らせているのだろうと、時々自分でも情けなくなる。でもそうやって迷いながら、少しずつわかってきたことある。ひょっとしたら10年かけて一周ただけかもしれないけれど。

 

私はやっぱり、私の在りたい私で在りたい。その時々の今の自分にとって、一番自分らしいと思える決断をして、進んで行きたい。本当に何にも浮かばなかったら、とりあえずやってみるのだって、きっと間違いではない。違うなと思ったら、辞めたっていい。

 

親友の娘のように10年前の自分のように、誰か遠い未来のためではなく、自分のために、今ただ心が風に乗る方へ、流れ流れて行けたらいい。もうちょい気楽に行こう。これからもよろしく頼むぞ、私。


そして最後に、何をやっても続かない私が、なんだかんだと言いながらここまで音楽を続けられているのは、応援してくださる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。こんな私ですが、10年目以降も温かく見守ってもらえたら嬉しいです。


SNSなどがあまり得意ではないので、こまめに近況報告など特にあげたりはしておりませんが、レコーディングをしたり、はじめてのお知らせのためにいろいろ動いたりとそれなりに忙しくやっております。でも何よりやっぱり、早くライブがしたいです。


どんな形であれ、素敵なお知らせが少しでも早くできるように頑張ります。ということで、これからも関取花をよろしくお願い致します!



58日、今日は母方の祖母の命日だ。

 

私は本当に超が何個ついても足りないくらいのおばあちゃんっ子だったので、亡くなった時は本当に一生分の涙を流したじゃないかと思うくらい泣いた。今でも一ヶ月に一回くらい、祖母とのことを思い出して涙が止まらなくなる時がある。ポロポロと泣くというより、嗚咽混じりに泣く。自分でも不思議なくらいだ。ついちょっと前も、たまらず夜中に母に電話をしてしまった。

 

私は霊感とかはまったくないのだが、祖母に関してはその死後、何度か不思議な経験をした。もしかしたらよくある話なのかもしれない。でも、普段まったくそういったことが起きない自分にとっては、やっぱり特別なことなのだ。

 

一番最初は祖母が亡くなってから、火葬場に向かう途中の車の中だった。涙が止まらず一睡もできないまま車に揺られている私を見て、「そんな顔じゃ安心してあーちゃん(私は祖母をそう呼んでいた)が天国に行けないよ」と母が言ったので、私は目を閉じた。そしてたぶん、夢を見た。でも、夢という感覚とは違う何かだった。今でも鮮明すぎるくらいに覚えている。

 

真っ暗な、穴の底みたいなところに私はいた。すると真っ白いワンピースを着た祖母がやって来て、何も言わずに私のことをギュッと抱きしめてくれた。その瞬間、今までのありとあらゆる思い出を写した写真たちが、竜巻のように私たちの周りをグルグルと物凄い速さで包み込んだ。

一緒に行った水族館、買ってもらったらっこのぬいぐるみ、ドイツ旅行、由布院の温泉、夏休みに作ったコロッケ、祖母の飼っていた金魚のむさし、他にもとにかく、たくさんの思い出がそこにはあった。一枚一枚が走馬灯のようにまぶたの裏に映っては消え、映っては消えていった。そして竜巻が穴からさす光の方へ綺麗に消えた時、祖母はいなくなっていた。その瞬間目が覚め、私はまた号泣していた。祖母が最後に会いにきてくれたのだと思う。

 

次は大学生の夏、友人の家に泊まっていた日の夜だった。

午前3時くらいだったと思う。なぜか一人目が覚めてしまった私は、急に祖母のことを思い出してまたしても突然号泣してしまった。友人は寝ているのに、声が出そうになるほどの涙が止まらず、急いでとりあえず風呂場に逃げ込んだ。なんで急に思い出したのか自分でもわけがわからず、母に電話したところ、「そっか、会いにきただね」と彼女は言った。当時の私は自分の毎日を楽しく過ごすことに必死ですっかり忘れていたのだが、その日はちょうど、お盆の時期だった。

 

そして一番最近だと、ちょうど一年前の今日。私はこの日、メジャーデビューをした。メジャーデビューの日は、本当はもう少し早い予定だった。たしか当初は3月、そして少しずついろんな事情があってずれ込んでいき、結局58、祖母の命日になった。これはスタッフさんにもちろん話したことはないし、誰も知らない。本当にたまたま、偶然。でもなぜかそうなった。私はなんだか、勝手に運命めいたものを感じた。

 

そもそもなんでメジャーデビューしたか、しようと思ったかという話は、散々インタビューなどでも話させていただいているのだが、めちゃめちゃ簡単に言うともっとお茶の間の方々に歌を届けられるミュージシャンになりたいと思ったからだ。メジャーにはいろんなチャンスが転がっているし、そこでいろんな経験をして、いい曲書いて、売れたら、紅白歌合戦にもいつか出られるかもしれない。なぜそんなに出たいかと言うと、天国の祖母に届けたいからだ。祖母は紅白が本当に大好きだったいつか紅白に出られたら、その時やっとはじめて、天国の祖母に私の歌が届くような気がしている。


祖母は、私が今こうして歌を歌っているのを知らない。「花ちゃんは将来何になるのか楽しみだ」といつも言ってくれていた祖母は、私が音楽をはじめる前に亡くなってしまった。まだバスケをやっていた頃までしか知らない。歌を歌っているんだよ。ちょっとまだ時間かかりそうだけど、いつか紅白出るから待っててね。

 

この記事を書きながら、私はまた泣いている。涙で画面が見えないとはまさにこのことかというほどに。きっと毎年こうなんだろうな。


58日は、特別な日だ。

 

 


家から出ない日に限って、胸の弾むようなお天気だったりする。

私の住むマンションのまわりは一軒家ばかりなので、ベランダからも青空がよく見える。

そして私は思った。

ああ、ディズニーランドに行きたい、と。

暑くもなく寒くもない、これくらいの時期に行くディズニーランドは最高なのだ。最近はなかなか行けていないが、学生の頃は長期休みのたびに行っていた。その中でも、春休みに行ったディズニーランドの楽しさはよく覚えている。

何せ優しい気持ちになれるのだ。ただでさえ顔がほころぶというのに、気温や天気のストレスがないともう脳内ハッピー大放出で気付いたらニヤニヤしてしまう。夢の国が超夢の国になるのだ。(頭が悪そうな言葉しか出てこないけど許して)

もちろん、今はディズニーランドには行けない。きっとしばらく行けないだろう。でも、行きたい。
だから私はとりあえず、ディズニーランドのホームページを見てみることにした。園内マップを見ながら、ディズニーランドに行った気分になればいい。

想像で行く分には、誰も並んでいないし待ち時間もない。わたしは頭の中で乗りたい乗り物に順番に乗って行った。

ビッグサンダーマウンテン

スペースマウンテン

スプラッシュマウンテン


あれ。


ディズニーランドに実際に行った時にはまったく気にならなかったのだが、私は気づいてしまった。



山、多くね?



口に出すとあまり気にならないのだが、なぜか文字で見るとわかることというのは結構ある。特に英語だと気づかない。これもそのパターンか。

これは面白いと思った私は、試しにぜんぶ日本語に変換してみることにした。


「大雷山」

「宇宙山」

「噴射山」


そこはかとない四股名感。大雷山は普通に強そう。

さらに私は調子に乗って、ほかのアトラクションも日本語に変換してみることにした。

イッツアスモールワールドとかはまあ普通に「小さな世界」だろう。

キャッスルカルーセルは、そのまま行けばお城の回転木馬だと思うが、ここは「城の麻紀」で行こう。

トイストーリーマニアは、「玩具物語熱狂者」だろうか。すごい。なんか熱量ハンパない。

ほかにも色々あったのだが、個人的に一番のお気に入りはプーさんのハニーハントだ。まあそのままだが、


「黄熊の蜂蜜狩り」



かっけえ…


なんだかワンピースの世界観ですよね。海賊狩りのゾロ的な。蜂蜜狩りのプー的な。ちょっと怖い。今度この調子でUSJにも(想像で)行ってみようかな。

という感じで、最近はいつも以上になるべく楽しいことを想像したり、バカだなあと思うようなことをしながら過ごすようにしています。そうしないとやってられないよね!あと映画見たり、本読んだり、曲作ったり。案外やることっていっぱいありますね。

でも本当はもちろん、早く手放しでお出かけしたいです。みんなが笑顔で出かけられる日が、一日でも早く訪れますように。

「ちょっとお父さん、何急に立ち止まって」


女性はそう言いながら、隣にいる男性の腕を引っ張った。どうやら二人はご夫婦らしい。二人とも歳は70くらいだろうか。

品のある膝丈のスカートに同色の首元のスカーフが素敵な奥様と、少し肩の余ったジャケットにツイードのハットがよく似合う旦那様。とてもお似合いの二人だ。

 

突然男性が立ち止まったのには理由があった。駅地下に設置されたテレビ画面に思わず見入ってしまったのだ。テレビの横には看板が立っていた。「東横のれん街 69年。感謝の春。」

 

渋谷駅周辺の再開発に伴い、東急百貨東横店は明日の2020年3月31日をもって営業終了となる。その地下の食料品売り場にある東横のれん街も、場所での営業は明日までとなる。4月16日からは渋谷ヒカリエShinQs移転しての営業再開なるらしい

 

テレビ画面で流れていたのは、その昔に放送されていた東横のれん街のCMだった。画質やテイストからして、間違いなく私が生まれる前の映像だろう。(調べてみたところおそらく昭和5代に放送されていたものらしい)私にとっては初めて見る映像だったが、その男性にとっては懐かしの映像だったのだ。

 

「早く行きましょうよ」と今にも言いたげだった女性も、気付くと男性の腕を掴んだまま立ち止まっていた。そして黙って二人で、流れ続けるCMを眺めるのだった。そこにはただただ穏やかな時間が流れていた

 

しばらくしてから、男性の方がポツリと懐かしいな」と言った。女性も静かに「そうね」と言った。やがて二人はどちらともなくくるりとテレビに背を向けてエスカレーターの方へ消えて行った。振り返った二人の顔には小さな微笑みが浮かんでいた。

二人にはこの場所にどんな思い出があのだろう。女性はエスカレーターで上っている間も、ずっと離さずに男性の腕を掴んでいた。

 

これは、少し前に私が見たありのままの光景である。ドラマのような、でも本当の話だ。不安なニュース慌ただしく移り変わる街の中で見つけた、あたたかな光のようだった。

 

べつに何が言いたいわけでもない。ただ、こんな毎日の中にもそれぞれの物語があって、刻まれて行く思い出があるということを忘れたくないと思ってここに書いた。

 

思うように身動きの取れない日が続く中、それでも何かしなくては、こんな時だからこそ何かしなくてはと焦ってしまう方も多いと思う。私だって同じだ。でもだからと言って何からやればいいかわからなかったり、どうにもできないことだってある。そんな時は、ただ立ち止まって思い出を振り返ったらいい。私たちはいつだって、そうやって新しい季節を迎えて来たはずだ。

 

いつもと少し違う春だからこそ、いつもと同じように春に思いを馳せる。そんな過ごし方も悪くはないのではないだろうか。


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