ずっと聞かないままでいた留守番電話のメッセージがある。もう何ヶ月も前にかかってきた、知らない番号からの電話である。

メッセージを残されたその日、気づいたときには着信から12時間ほど経ってしまっていたので、なんとなくもう良いか、と思ってしまったのである。そしてそのまま月日は流れ、約半年が経った。

先日、昼にインストアライブがあって、そのあとは移動のみの日があった。ホテルに着いて、いつも通り本を読んだりラジオを聞いたりギターを弾いたりしていたのだが、いよいよやることがなくなってきた時、ふと思い立って留守番電話のメッセージを再生してみることにした。

これを再生するのは、「今聞くべきだ」と思った時にする、とずっと決めていた。特別な理由はない、ただ、少し期待していたのだ。もしかしたらドラマのようなロマンチックな出会いが、サスペンスのような展開が、あるいは漫画のような馬鹿げた物語がそこから始まる可能性が、無きにしも非ずだと。タイミングはいつだってよかった。それがたまたまその日だった。

メッセージは30秒ほど録音されていた。大事なことを話すにも、くだらない話をするのにも、どちらにも適した長さである。いずれにせよ、すべては話しきれない長さであることは間違いないと思った。聞いたあとでもっと知りたくなることが出てきたらどうしようと思うと、胸が少し躍った。


再生ボタンを押した。何も聞こえない。

10秒が経った。ガサゴソと音がする。

20秒が経った。相変わらず雑音が聞こえるだけである。

30秒が経った。切れた。


何のことはない、何の面白味もないただの間違い電話だった。間違ってかけてきた相手の声さえわからない、ただの雑音だった。それでも、十中八九そうだとわかっていながら、私はこの雑音を大事に半年間もあたためてきたのだ。
推理小説的な展開や、SF的な展開も考えていた。もしかしたらもしかして、このメッセージを聞いたら何か世界が回りだすんじゃないかと、本当に少しだけど、でも確実に期待していたのだ。だけど、何もなかった。何もなかったけど、そんなくだらないことを想像している自分が、痛くもあり、可笑しくもあり、でも案外悪い気はしないな、と思った。

それは例えば、道に落ちている片方だけの靴下、便所の落書き、落し物の鍵。見つけた時に、「事件の香りがする」と未だに思ったりする。心の中でちょっとガッツポーズをしたりする。とっかかりはなんでも良いのだ、面白くなるなら。予感が欲しいのだ、当たらなくても良いから。    

先日、「傷つかないためにはあまり何かと期待しない方が良い」とある人に言われた。 なんだかなあ、と妙に嫌な気分になった。多少傷ついても良いから、私はやっぱり期待していたいのである。

歌は好きだ、作るのも、歌うのも。だけど、歌が上手な人や楽器が上手な人、音楽に詳しい人は星の数ほどいる。そういう人たちに負けないためには、上手くなる努力をすることも、音楽を知ろうとすることも、良い歌を作るのも多分当たり前で、それ以上に何か、私にしかできないことをするしかない。だから私は私自身を全力で面白がっていたい。ちっぽけな自分に少しでも期待してやるために、今日も何かを見つけたい。

人生なんて壮大なネタ探しみたいなもんだと思う。傷ついたって、最後は笑い話に変えれば良い。

私は今、リリースのキャンペーンで全国をまわっている。そして行く先々で、記念写真を撮っている。思い立って、去年や一昨年の同じ時の写真と見比べてみた。今が一番楽しそうだと思った。いい顔してるな、と思った。そりゃそうだ、去年より一昨年より、今が一番楽しいのだから。

だからみんな、一度ライブに遊びに来てくれよ。良いライブするよ。

11/20は東京でワンマン、12/7は大阪でワンマンです。よろしく!

人間というのは時に、考えなくても良いことを考えたくなる生き物である。


例えば、出先のホテルの浴場で、湯船に浸かるとしよう。身体の疲れをとるためには、多少時間をかけて浸かった方がいい。しかし、やることがない。かと言って、他の人の裸をジロジロ見るのも申し訳ない。本当に考えるべきことはのぼせた頭では処理できないし、良い答えが見つかっても、お湯と共に流れていきそうで、ここで考えるにはやはりふさわしくない。そういう時、ぼんやり天井を眺めて、私は「考えなくても良いこと」を考える。


そんなわけで今日は、「略称」について考えていた。


私は今日、羽田空港から徳島阿波おどり空港まで、「JAL」に乗ってやってきた。「JAL」は日本航空、JAPAN AIRLINES」の略称である。対して「ANA」は全日空、 All Nippon Airways」の略称である。

そこで、その他の略称についても改めて考えてみることにした。旅行関連で、旅行会社「H.I.S」が頭に浮かんだ。




 
「H.I.S」








見当もつかない。




しかし、ここまで来たら考えるしかない。私は、一文字ずつ丁寧に紐解いて行くことにした。まずは「H」である。



とりあえず頭に浮かんだのは



「Happy」



そして次に浮かんだのが



「Hot」




いずれにしても非常に頭が悪そうである。しかし、のぼせた頭ではこれ以上の単語は思いつかなかったので、次に行くことにした。次は「I」である。


もうこれは、

「IN」

または

「IS」


の二択以外考えられなかった。もう半ばヤケクソである。


そして最後は「S」である。ここで、一文字目と二文字目を組み合わせてみることにした。

Happy 
In 
S◯◯

Happy 
Is 
S◯◯

あるいは

Hot 
In 
S◯◯

Hot 
Is 
S◯◯


となる。この線で行くと、なんとなく「Happy Is」がしっくりくる気がしたので、これに続く最後の単語を考えてみることにした。


Happy Is S◯◯…


幸せは…



S◯◯…



Happy 
Is 
Subarashii…




H.I.S…


本気でこれしか思い浮かばなかった。正直途中から、「Hana Is Sekitori」とか「Honto Iikagenni Sitekudasai」とかでももはや良いんじゃないか、などと考えてしまっていた。(良いわけがない)


そんなこんなで、「Happy 
Is Subarashii」という素晴らしい答えを一応考えたので、風呂から上がって早速正解を調べてみた。諸説あるらしいが、


どうやら

Highest 
International 
Standards


最も優れた世界標準


の略称らしい。




かっけぇ…



私は己の無知さとマヌケさに辟易とした。


ちなみにもう一説としては、

チケットのブランド名がその昔「Hide International Service」であったからという説もあるらしい。「Hide」は創業者である澤田秀雄の「秀」を意味すると言う。さすがに「Hide」は頭に無かった。
いずれにしても、インターナショナルな会社であるということに違いはない。

(※私のリサーチ不足かもしれませんが、公式サイト内で略称説明を発見できなかったため、どちらもwikipediaや知恵袋的なものを参照。なのでこれが正解かはわかりません)


そんなこんなで、のぼせた頭は一気にクールダウンしたのであった。しかし、考えなくても良いことを考えるのはなんだか健康に良い気がした。近年の私たちと言えば、わからないことはとりあえずすぐにスマホで検索してしまっている。考える余地も与えずに、答えを手っ取り早く見付けてしまうのは、楽ちんではあるが味気のないもんだよな、とあらためて考えさせられた。どうでもいいことを考えて、意外と良いことに気づかされたので、今夜はそろそろ寝ることにする。






私は今、東京へ向かう新幹線の中にいる。

昨日、今日は東北キャンペーンだった。わずか二日間しか滞在できなかったが、東北の空気はとても澄んでいる気がした。キャンペーン中に出会った方々の素晴らしい人柄のイメージが重なったせいもあるかもしれないが、確かにそう感じたのだった。そして、あれ、東京はどんな空気だったかなと考えた。漠然と頭の中にはあるのだが、それを表す良い言葉がすぐに思い浮かばない。人が多いとか、うるさいとか、そういったことは言えるのだが、「空気」となると、少し難しいのだ。皆さんなら何を思い浮かべるだろうか。

私はすぐに、渋谷のハチ公前が思い浮かんだ。更に言うと、ハチ公横の喫煙所の前を通り過ぎた時の空気である。

ハチ公横の喫煙所には、いつもたくさんの人がいる。一人でタバコを吸っている人もいれば、複数人で談笑しながら吸っている人もいる。喫煙所の前を通り過ぎると、タバコの匂いがもわっと漂ってくる。しかし、それも人混みに紛れてすぐに消えてしまう。タバコの匂いと濁った雑踏の匂いが混ざったあの空気こそ、私の思い浮かべる東京の空気なのである。

先日、ハチ公横の喫煙所で、ヤンチャそうなお兄さんが電子タバコを吸っているところを見かけた。男は黙ってタバコだろ、と言わんばかりの、いかにもイカツイタバコを好みそうなルックスなのに、きちんと喫煙所で、しかも電子タバコを吸っているその姿には、違和感を感じた。健康上の理由なのかもしれないが、なんとなくそのお兄さんには、タバコを吸っていて欲しかった。

私は、タバコを吸ったことがない。くわえたことさえない。歌を歌っていく限り、今のところはこの先も吸うつもりはない。だから、タバコのことは本当に何も知らない。でも、だからこそタバコには興味がある。というか、少し幻想を抱いている部分さえある。

学生の頃仲の良かった女の子の友達は、タバコを吸っていた。田舎から出てきたちょっとギャルっぽい子で、下ネタしか話さないし、危なっかしいことするしで最後の最後までよくわからないところもたくさんあったが、それでも私は彼女がとても好きだった。

彼女の家には何度か遊びに行ったことがある。ハート型の、安っぽい無駄にでかい灰皿がベランダにあったのを今でも覚えている。彼女は綺麗好きだったので、部屋の中ではタバコは吸わなかった。吸う時は、窓を半分だけ開けて、身体を半分だけ外に出して吸うのだった。どこともつかないどこかをぼんやり見ながら、フーッと煙を吐き出すその姿が、私は好きだった。

大人に言わせれば、ただ粋がっているだけなのかもしれないが、タバコを吸う時の彼女の横顔は、なんだか寂しそうで、虚しそうで、からっぽで、ちょっと色っぽかった。喫茶店や外で吸うところは何度も見ているはずなのに、部屋で吸う時の彼女は、やっぱり少し特別だった。
 
窓の外、ベランダの宙に浮くタバコの先は、蛍みたいだった。窓の外の真っ暗闇の中で、そいつは赤く光る。少しずつ弱々しくなって、小さくなって、そして灰になる。それがなんだか、普段は強がっている彼女の見せる弱さと重なる気がした。強がりなんて、長くは続かないものなのだ。少しずつ疲れて、いつかは誰かに弱さを晒して、きっといつか消えてしまうのだ。でも、それはなんとも言えず美しかったりもするのだ。今思えば、強がりの彼女が、自分を強く見せるために吸っているタバコの中に、私は彼女の弱さを見つけたような気がして、なんだか勝手に安心していたのかもしれない。

彼女は私と同い年なので、もうすっかり社会人である。社会人になってからは会っていないが、SNSで見る限り元気そうだ。パーティをしたり、美味しいものを食べたり、好きな服を買ったりして、どうやら充実した毎日を送っているようである。写真の中の彼女は、いつだって満たされた顔で笑っている。表情も、柔らかくなった。そんな彼女の写真を見ながら、私はたまに考える。

彼女、今でもタバコを吸っているのだろうか。ひとりぼっちの夜には蛍を宙に浮かべたりするのだろうか。

私はやっぱり何も知らない。タバコのことも、彼女のことも。

ちょっと飲みに行こうぜ、と言ってサクッと会えばそんなことすぐにわかることなのだが、なんだか知らないままでいたい自分もいる。本当に勝手な話なのだが、今でもやっぱり強がっていて欲しいのだ。強がっている姿の中に、弱さを見つけたいのだ。勝手に安心したいだけなのかもしれない。でも、東京の街の入り組んだ空気は、そうやって出来ていると思うのだ。それが東京の空気の嫌いなところで、好きなところなのだ。

新幹線は間も無く大宮に到着する。一眠りして、眼が覚める頃には、東京だ。 

東京は、今日もたくさんの人だろう。私はあいにく荷物も多い。それでも、電車に乗ったら、ゆっくり窓の外を眺めて帰ろうと思う。あの子がどこかで蛍を浮かべているかもしれない。


父の話をしようと思う。

このブログはもちろん、ライブのMCやラジオ番組で、私はよく母の話をする。
母は明るくて天真爛漫、お洒落で茶目っ気があって、娘の私が言うのも難だが、まるで少女のような女性だ。泣いたり笑ったり怒ったり、母はいつも忙しい。だからこそとんでもないエピソードを生む天才でもある。母の無自覚な面白さと可愛らしさは、娘として25年間一緒に過ごした今でも、いつだって新鮮だ。

それに対して、父はそういったタイプではない。男は背中で語る、とでも言おうか、読書と山と卓球が好きで、多分、同じくらい仕事も好きな人である。朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくる。どんなに忙しくても、家には絶対仕事を持ち込まない。休日には必ず家族をどこかに連れて行ってくれる、そんな人だ。
私は心の底から父を尊敬している。娘として25年間一緒に過ごした今でも、恥ずかしげもなく声を大にして言える。「私は結婚するならお父さんみたいな人がいい!」と。

今でこそ両親へのこんな気持ちをこうして綴れるようになった私だが、反抗期が長く、相当な迷惑をかけてきた。私の反抗期のあらゆる勝手な怒りの理由は、主に「あなたがそんなに正しいんですか」「私の何を知っているんですか」というところにあった。反抗期あるあると言えばそうなのかもしれないが、まったく理不尽な話である。そもそも、自分を俯瞰して見れていないやつが言えるセリフではない。親の方がよっぽど子供の微妙な変化に気づいていたはずなのだ。しかし親の心子知らず、当時はそれが気に食わなかったのだった。

母は、そんな私に全力でぶつかってくるタイプだった。感情論と感情論でぶつかり合うから、論点がどんどんずれてきて、大混戦、あるいは長期冷戦になることもあった。私と母はよく似ていて、もう来るとこまで来るとただの意地の張り合いで、お互い一歩も譲らないタチなので、本当にどうしようもなくなるのだった。

そんな時に、スッと現れるのが父だった。父は、決して私と母の戦いをただ遠くから眺めていたわけではない。二人まとめて相手にしても埒があかないとわかっているから、一人ずつ呼び出して、論点を整理してお互いの悪いところを気づかせて、最終的には私と母がきちんと二人で解決できるように持って行ってくれていたのだった。勿論それでも上手くいかない時には、父もさすがに、「いい加減にしてくれよ!」となっていたが、そんな父を見ると私も母も、素直に「ごめんなさい」となるのだった。父はいつだってかっこよかった。弱味なんて、見つけようがなかった。

反抗期真っ盛りの高校何年生かのある日のこと、私は小さな嘘をついた。
親類が入院することになり、その日私はお見舞いに行く予定だったのだが、「どうせ死ぬわけじゃないんだし」とか、「ちょっとめんどくさいな」とかそういった理由で、お見舞いに行かなかったのだ。必ず行く、絶対に行くよ、と言って家を出て、横浜の駅でどうしようもなく行きたくなくなって、適当に時間をつぶして、そのまま家に帰ったのだった。 
その日は休日で、帰ると父が家にいた。「お見舞い行ったか?」と聞かれ、私は目も合わさずに、「行ったよ、喜んでた。思ってたより元気そうだったよ。」などとまた嘘で嘘を塗り固めた。病院までの移動時間、滞在時間、そのすべてを計算して家に帰ってきたはずだった。絶対にバレないと思っていた。しかし、ささいなことから、ハリボテの作り話はあっけなく崩壊へ向かったのだった。

私は、何の気なしにその日書店で買った本のレシートをピアノの上に置いた。父がそれをたまたま発見してしまったのである。レシートには、本を購入した時刻が書いてあった。どう考えても、その時間にその本屋にいるということは、お見舞いにきちんと行っていたらありえないことだった。

「ちょっといいか」父に呼び出された私は、父の寝室に向かった。嫌な予感はしたが、まさかバレるはずがないと思っていたので、悪気のない顔で「何さ」と言った。「わかってるだろ」と、言いながら、父はレシートを差し出した。それ以上の説明はいらなかった。ああ、終わった、と思った。もし相手が母だったら、適当なことを引き合いに出して、感情論で戦いに持ち込んで、話をずらしてごまかしていたかもしれない。しかし、相手は父だ。そんな小手先の戦い方したって、敵いっこないのだ。私は半ばヤケクソになりながら、すべて正直に話した。
本屋で時間を潰したこと、めんどくさいと思ってしまったこと、そしてそんなのみんな絶対少しは思っているはずなのに、口に出さないことへの違和感を感じていること。今になって思えば、まさに10代の反抗期らしい感情である。怒られると思った。正しさを押し付けられると思った。

しかし、そんな小娘の私に対して、父は声を荒げることもなく、静かに口を開いて、「俺だってそんなにいいやつじゃないから、そう思ってしまうことも正直あるよ」と言ったのだった。続けて、「そう思うのも人間だし、そこでぐっとこらえて、たとえ形式に思えてもちゃんと行ってあげるのも、それもまた人間なんだよ、うまく言えないけど」と。あまりにも不器用に、うまく言葉にできないことを訥々と話すその様子は、初めて見る父の姿だった。「俺だってそんなにいいやつじゃない」と言い、娘にきちんと弱さを見せられる父の姿は、なんだかとても新鮮で、でも、かっこいいと思った。プライドや正しさを取っ払った、それこそ、うまく言えないけれど、父の、人間を初めて見た気がした。私はその言葉を聞いて、なぜか安心するのやら何やらで涙が止まらなかった。そしてそのあと、これまでついてきた小さな嘘や、疑問に思っていることなんかを、何時間もかけて聞いてもらった。父は同じ目線になって話を聞いてくれたし、理解もしてくれたし、勿論きちんと叱ってくれた。世界一の父親だと思った。

今では、二人で飲みに行ったりもするような仲だ。つい数日前も、ちょっとしたことで電話をしたのだが、結局1時間半くらい話し込んでしまった。私が思っている疑問や、上手くいかないことを相談すると、「ああ、それか。わかるけど、それはね」と、人間らしいアドバイスをくれるから、ついつい話しすぎてしまう。最近では、父の方からたまに相談してくれることもある。こんなに嬉しいことはない。

今月、10月22日は、父の誕生日である。気づけば50歳もとっくに超え、最近では糖質に気を使って、何やらいよいよ本格的に健康を意識し始めたようだが、何分真面目な人だから、もう少し気を抜いても良いのに、と思ったりもする。暇が合えば、また一緒にビールが飲みたい。

ちなみに、母の誕生日は12月22日である。二人の誕生日の間を取ると、11月22日、「良い夫婦の日」になることを、二人は知っているのだろうか。ずっと気になっているのだが、これは聞かないでおこうと思う。うまく言えないけれど。

ある日、電車に乗っていた時のことである。

隣に座っていた4、5歳の女の子と、彼女の母親の会話が聞こえてきた。純真無垢なキラキラの瞳で、彼女はお母さんにこう言った。



「わたしはどこから産まれてきたの?」



で、出たーーー!その質問!!と内心思いながら、私は耳をそば立てた。一体どんな返事をするのだろう。するとその子の母親が、穏やかな表情でこう言った。



「天使が運んできてくれたんだよ」



100点!もう、100点満点!グッジョブ、お母さん!これには女の子も、そうなんだ〜と納得の様子であった。

幼い頃に誰もが一度は持つこの疑問、そして一度は投げかけるこの質問。たとえ真実は一つだとしても、すぐに真実を事細かに話す親はあまりいないだろう。だから、それぞれの答え方で、それぞれの「産まれてきた場所」をまずは教えるのだ。

ご多分に洩れず、私もかつて同じ質問を母にしたことがある。「私はどこから産まれてきたの?」と。あれは小学校に上がるか上がらないかの頃だったと思う。

今でも忘れはしない。私の母は確かにこう言ったのだ。




「首よ」



「首から産まれてきたのよ」




あまりにも自信満々に、あまりにもさも当たり前よといった感じで母が言うので、私はそれを信じた。かぐや姫の竹が首になったような感じで産まれたのか、と思った。今になってみれば、それがどれほどえげつない光景かは想像しただけでなんていうか本当にあれなのだが、何しろ純真無垢な少女の頃である、そうか、首から産まれたのか、と妙に納得してしまったのである。





(当時想像していた図。狂気でしかない。)




それからしばらくして、友達と「どこから産まれてきた談義」になった。
ある友達は「天使が運んできてくれた」と聞いたと言う。また他の友達は、「コウノトリが運んできてくれた」と聞いたと言う。二人は話しているうちに、「きっともともとは天使が運んでいるんだけど、途中でなんらかの事情でコウノトリに預けた場合、コウノトリが赤ちゃんを運んでくる場合もある」という結論に至った。そして、「花ちゃんはどこから産まれてきたの?」と聞かれたので、私は自信満々に、こう答えた。


「首」


「私、首から産まれてきたらしい」



その直後、謎の沈黙と不穏な空気が私たちを包んだことは言うまでもない。しかし、そこは純真無垢な少女たち、なんとかして穏やかな結論に持っていこうと頑張ったのだった。色々考えた結果、


「もう、花ちゃんのお母さん天使だったんじゃね説」


に辿り着いて、一件落着した。

それからしばらく、私は天使から産まれた天使の花ちゃんのキャラだったが、その中身があまりにも天使っぽくなかったので、あっという間に忘れ去られたのだった。


もしも私に子供ができたら、どんな風に伝えるだろう。電車に揺られながら色々考えてはみたものの、自分の母親を越えられるパンチのある答え方は、未だに見つかっていない。

それにしたって首はひどい。今度会ったら母親になんであんなこと言ったのか聞いてみようと思う。しかし、私があまりにもブログやラジオで母親のネタを話すので、最近ちょっとわざとウケを狙って話してくる傾向がある。だから、あれで聞いてみようと思う。




そう、LINEでね (どや)



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ということで、ブログがLINEブログになりました。と言っても特に変わったことはありません。(過去の記事もこのブログで読めます。)

これからも気ままに更新して行きますので、何卒よろしくお願い致します。

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