今年は自分へのクリスマスプレゼントに、便秘薬を買った。

年末恒例ライブの準備などもあり、不規則な生活が続いていたせいで、気づいたらお腹の中に漬物石があるような状態になっていたのである。寒天を食べたり、食物繊維をいつもより意識して摂ったりしていたのだが、今回はだめだった。ライブの前日までなんとか自然の力を信じてねばったのだが、うんともすんとも言わなかった。薬の力に頼るのもなあと思いつつ、とにかくライブの前にどうしてもドカンとハッキリスッキリしておきたかったので、わたしは泣く泣くピンクの小粒に頼ることにした。

ピンクの小粒には、少し苦い思い出がある。

遡ること一年ほど前だろうか、同じような状況に陥って、ライブの前日に都内某所のドラッグストアに駆け込んだ時のことである。便秘薬の棚の前でぼーっと立っている私に、ある店員さんが話しかけて来た。


「何かお探しでしょうか?」


イケメンである。

その白衣はまだ真新しく、清潔感あふれる黒髪に、ツルツルの肌を携えていた。綺麗。豪華。尊い。ありがたい。

しかし、相手がどんなに美しくても、この状況で見栄を張ることも嘘をつくこともできない。その時の私は、乙女心よりもこのお腹の中の漬物石を駆逐することを優先したかった。


「便秘薬が欲しいんです。もう長い間、ずっと出て来てくれなくて。」


私はその店員さんの目をまっすぐ見つめながら、正直にそう言った。すると店員さんはとても優しい口調で、こんなことを聞いて来た。

「なるほど、それは大変ですね。具体的に何日間ぐらいとか、ありますか?」

優しい。優しすぎる。しかし、他人に"具体的な停滞日数"を聞かれたのは初めてだったので、少し面食らってしまった。しかし、すべては明日のライブに最高の状態で臨むため。ここはプロの意見が欲しいところである。
 

「5日です。」


私は一点の曇りもない目で、そう告げた。そして、もうここまで来たら恥も何もない。とことん相談に乗ってもらおう。私は赤裸々にすべでをさらけ出すことにした。

明日はずっと立ち仕事が続く日であるということ。たくさんのお客様と接する日なので、その日の朝にはできる限りスッキリした状態でいたいということ。つまりそこそこ即効性があって、一発でドカンとなんとかなる、便秘薬界のアルティメットウェポンが欲しいということ。

するとその店員さんは、「でしたら、こちらの薬をおすすめ致します。今飲んでいただいたら明日の朝にはちょうど良い感じになるかと。」と、ピンクの小粒を差し出してくれた。ありがとう、あなたが言うなら間違いない。ピンクの小粒、君に決めた! というわけで、私は棚からピンクの小粒の箱を一つ取り、レジへと向かった。

顔を上げると、先回りしてさっきの店員さんがレジに立ってくれていた。「お会計、僕がしますよ。」なんという至れり尽くせり。なんだか申し訳ない気もしつつ、ありがたいなあと思いながら、レジを打ってもらった。

その時である。突然、その店員さんがこう言った。


「いつもよくきいてます。」


予期せぬタイミングで急に話しかけらたので、焦った私は、


「あ、そうなんですね!お兄さんもよく飲むんですか?ピンクの小粒。よくきくんですね、よかった!いやあ、ほんと、困ったもんですよね。アハ!」


などと、あわあわしながらヘラヘラと答えてしまった。


「あ、いえ、あの、関取花さんですよね?」

……


「明日、ライブですよね?僕、行きます!」

………


「いつも聴いてます!応援してます!」

…………

まさかの

そっちの"きいてます"だったとは
 

もうやだ
 

つらい


穴があったら入りたい


明日のライブ、どんな顔をしてステージに立てば良いのだ。一生懸命歌を歌うと、人は誰でも力んだ顔になる。それは仕方のないことだ。だけど明日その顔をしたら、この店員さんは何を思うだろうか。でも逆に、爽やかな表情でクールに歌ったら、それはそれで、「ああ、心なしか今日はスッキリした顔をして歌っているな」と思うのではないだろうか。いろんな考えが頭を巡った。いろんなことが恥ずかしくなって、思わず顔を覆ってしまった。残されたライフを振り絞って、「あぁああぁあありがとうございます……」と言うのが精一杯だった。

会計を済まして、丁寧に紙袋に包まれたピンクの小粒をかばんにしまい、店をそそくさと立ち去ろうとした時、最後にその店員さんがこう言った。


「あの、明日、いろいろ、頑張ってください!!」


"いろいろ"とは


もうやだ


なんかお腹痛い


穴があったら入りたい



いや、トイレがあったら入りたい


そんなわけでその日は、結局ピンクの小粒に頼ることなく、予期せぬ形でスッキリとしたのであった。

ちなみに今年は、きちんとそのお力を借りることにした。さすが、あのお兄さんが勧めてくれただけあって、とても良い状態で今年のライブを終えることができた。

\出すって大切ー!!/
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ほら、この通り。

はじめての3日連続ワンマン、急遽ドラムレス編成でのライブとなったが、結果的には大成功であった。どんなハプニングも大丈夫だと思える強さは、2018年にやらせていただいた様々なお仕事やライブのおかげで、少しは身についたのかな、と思った。しかしそれもすべて、支えてくださるスタッフや関係者の方々、最高のサポートメンバーの皆さん、そして温かいお客さんがいたからこそである。あらためて、いつも本当にありがとうございます。

そして、今年最後のライブとなった12月26日に、来春メジャーデビューすることを発表させていただきました。決して驕らず、感謝の気持ちを忘れずに、皆さんの自慢の花ちゃんになれるように、いつだって全力を出して、頑張るのみです。なお、事の詳細については先日発行されたどすこい新聞(特別号)をご参考いただけますと幸いです↓

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そういえば、ピンクの小粒も丸いよね。やっぱ丸いやつに悪いやつはいないな。丸そうなやつは大体友達。

とは言え、年末年始でゴロゴロしずきて丸くなりすぎないように、気をつけなければ。

そんな感じで、今年もお世話になりました。来年も、よろしくお願い致します!

まさかなのである。未だかつて、こんな気持ちに陥ったことはなかった。27歳にして抱く、はじめての感情である。

そう、とにかく私は今、とてつもなく貢ぎたいのである。

見返りなんて求めていない。ただとにかく、その人に何か「あげたい」のである。なんでもいいからその人の笑顔が見たい。少しでも幸せになってほしい。でも、その人に自分ができることは、物をあげることしかできない。だって、その人の一番近くにいられるわけじゃないから。もっとふさわしい人がいるから。でも、それでいいの。あたい、それでもいいの。少しでもその人の記憶に焼き付けたぃの。あたぃ、ここにいるょ?って。ぃっか思ぃ出してね?って。(何これ

まあ、何があったかと言うと、つい一週間ほど前に、親友のRちゃんの子供が生まれたのである。それはそれは可愛い女の子で、毎日写真を送ってもらっている。出産後すぐに連絡をくれたのだが、その時は涙が止まらなかった。おめでとう、ありがとう、頑張ったね、いろんな感情がぐるぐる回って、胸が苦しくなった。

もう、本当に可愛い。小さい手のひらをぎゅっとしながら眠っている姿なんか、天使そのものである。この子にこれから良いことだけが降りかかってほしいと、心の底から思う。

写真を見る限り、鼻の形なんか、私の親友そっくりである。優しげな目元は旦那さんにも似ているような気がする。ああ、愛しい。息が苦しい。とりあえずもらった写真全部保存。とりあえず速攻で待ち受け。尊い。

それからというもの、私はどこかへ出かけると、ベビー用品売り場に自然と足が向いてしまうようになった。自分のTシャツを買いにGAPへ行ったはずなのに、気づけば店員さんに、「gap babyはどこですか」と聞いている。S字フックを買いに100円ショップに行ったはずなのに、気づけば同フロアの西松屋にいる。化粧品を買いに百貨店に行ったはずなのに、なぜか子供服フロアのファミリアにいる。そして思う。ああ、貢ぎたい、と。お金持ちになったら、ここにあるもの全部くださいって言いたい、と。

とはいえ、もちろんこれまでにも、友人やお世話になっている方のお子さんが生まれたことはあった。ならばどうして、今回ここまでの気持ちになるのか。それは、彼女が特別な存在だからです。(何このヴェルタースオリジナル感


親友のRちゃんは、このブログにも何回か登場しているので、いつか説明したこともあるかもしれないが、もう20年来の付き合いであり、唯一の地元の友達である。

Rちゃんとは小学校で出会ったのだが、とにかくずっと一緒にいた。修学旅行も同じ班、バスの座席も隣、お家にもよく遊びに行った。中学からはお互い別々の学校に進学したが、こまめに連絡をとっては遊んでいた。高校生からは、同じところでバイトをはじめて、大学を卒業するまで続けた。シフトを合わせられるところはなるべく合わせていたので、週2、3回くらいのペースで会っていたと思う。

二人してクロスバイクにハマって買った時期もあった。結局バイト帰りはお喋りしたいから、いつも手で押しながら帰ってたけど。成人式はもちろん、前撮りも一緒に行った。お互いの家族が高島屋の写真屋さんで大集合して、もう20歳か〜あっという間だったね〜なんて話をした。100均のつけまつげとアイテープで、ギャルメイクごっこした時もあった。楽しかったね。

やがてRちゃんは今の旦那さんと出会って、恋をして、どんどん綺麗になっていった。バイト先のロッカーで、おすすめのCDを借りたんだ、っていうから見せてもらったら、私の好みとドンピシャで、なんだかすごく嬉しかった。ちなみにRちゃんの旦那さんは、もちろんめちゃめちゃ素敵な人である。柔らかい雰囲氣で、話しやすくて、Rちゃんととっても似ている。まだ二人が夫婦ではなく恋人だった大学生の時に紹介してくれて、そのあとも、旦那さんのご両親がわざわざ私のライブに来てくれたこともあった。そしてその度に、本当に嬉しかった。世界で一番大好きな友達の周りに、素敵な人がどんどん増えていくのが。

とにかく、Rちゃんは私にとって、一番大切な友達なのである。たった一人の親友なのである。

体脂肪率が38%あった小学生時代の私とも、森ガールが行きすぎて生成りオバケと化していた私とも、とんがって髪の毛ブリーチして眉毛がほとんどなかった私とも、ずっと変わらずどうでも良い話をして笑ってくれた。中身も外見もブレブレな私だけど、Rちゃんといる時はいつも素の自分でいられたし、誰よりも大切な友達だって思っていることだけは、ずっと変わらないです。

そんな親友の子供が生まれたのだ。そりゃ貢ぎたくもなるだろう。もう、なんでも買ってあげたい。つらい。あと、とにかくなんかちっこいものを見ると、赤ちゃんを思い出して胸が苦しくなる。可愛い、尊い、ありがたい、眺めていたい、ってなる。

だからですかね。なんか気づいたら買ってたんですよ。本当に、気づいたら。

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ちっこいサイズの混ぜ混ぜするやつ。

全然使い方わからない。

一応サイズの比較対象としてマッキーと撮ったver.も。

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とても伝わりづらい。

でもこれでさえ可愛い。尊い。ありがたい。でも貢ぎ物としてはまだ早いかな。もっと赤ちゃんが使いやすそうなやつちゃんとあげるからね。

Rちゃん、旦那さん、赤ちゃん、本当におめでとう!ご家族の皆さんも、おめでとうございます!

いつか、あの歌ってる人、お母さんの親友なんだよって自慢できるように、私も頑張るね!

夏休みの少年達が、大好きなのである。

八月になり、夏休み真っ只中と思われる彼らが、昼間から街中に出没するようになった。私は彼らを見かけるたびに、どうにもこうにも涙が出そうになる。ああ、なんて美しいんだ! と。

まだ他の色を知らない髪の毛に、お気に入りの球団のキャップ、裾が絞れるタイプの半ズボンに、マジックテープのスニーカー。変に小洒落てなくて良い、少し大きめのスーパーの二階で売っていそうな服装が良い。そこに小さなリュックなんて背負われたらもう、胸がただただキュッと締め付けられる。大人になって忘れてしまったなにか、忘れてはいけないなにかが、そこにすべて詰まっている気がするのだ。そのリュックの中に、その無駄にパンパンなポケットの中に、それぞれの小さなトムソーヤがいる、そんな気がするのだ。

そんな彼らをみていると、心身ともに夏バテしてしまっている自分が情けなくなる。しかし決してネガティブな感情ではない。私も負けていられないぞ、と思うのだ。

この時期私は、電車はなるべく先頭車両に乗るようにしている。そこには決まって彼らがいて、窓の外を眺めている。ラムネ瓶の中のビー玉みたいな瞳で、小さな手のひらを窓にくっつけて、一体なにを目に焼き付けて、なにを思っているのだろう。同じ景色だとしても、きっと私よりもすべてが青々と見えているに違いない。なにかを取り戻すような気持ちで、私も真似をして窓の外を眺めてみる。すると、毎日通っている道なのに、映画の世界のように見えてくる。

大人になると、色々なしがらみやめんどくささが先に立って、好奇心やら感受性やらに自分で蓋をしてしまうことがある。そんな時に彼らを見かけると、ハッとする。意味もなく俯いたり見下したりするのはやめて、背伸びをして、よじ登って、世界を眺めてみよう、と思うのだ。

彼らこそ、夏休みそのものである。今にも消えてしまいそうだけど、何にも代え難い、強いキラキラを放っている。それは一瞬かもしれないけれど、きっとこの先も、電車の窓の向こうに、それぞれの胸の奥に、永遠に残り続けるキラキラである。

あんまりぼーっとしていると、夏休みはどこかへ行ってしまう。見かけたら、都度都度しっぽを捕まえておこう。いつかそれが、歌のはじっこにひょっこり現れてくれるかもしれない。

暑いのである。

ほんの少し前まで、なんだかんだまだまだ肌寒いなあ、などと話していたはずなのに、ここ数日は寝苦しい夜が続いている。

何をしていなくても汗をかき、どこを触ってもベタつくような季節になって来ると、サラッとした爽やかなものが欲しくなる。洋服ならば白いものが着たくなるし、食べるものも、茶色いもの(揚げ物やカレー、肉など)信者のこの私でさえ、冷たいものや白いものばかり食べたくなる。主にアイスとかアイスとかアイスとかだが、それ以外で言うと、私は昔からそうめんが大好きなのである。

ただでさえ暑いのだから、この時期はなるべく料理で火を使いたくない。その点そうめんは茹で時間も2分くらいで済むし、見た目も涼しげだし、まさにうってつけの食べ物なのである。先日も、昼ごはんにそうめんを茹でて食べた。その時、私はあることを思い出した。

そういえば小さい頃に一度だけ、流しそうめんをしたことがある。

たしか、夏休みにどこかへ遊びに行った時に、近くで流しそうめん大会があるらしいという噂を聞きつけ、行きたいと兄と共に駄々をこね、連れて行ってもらったのだった。

会場に着くと、SASUKEのセットが組めそうな広大な空き地に、かなり大がかりな流しそうめん台(もはやコース)が、ドカンと一つ置かれていた。こんなに贅沢な環境で、人生初の流しそうめんを楽しめるなんて。胸が踊った。

そうこうしているうちに、雨が降って来た。その勢いはどんどんひどくなり、流しそうめんと私たちに襲いかかった。ウォータースライダーのような速度で流れて来るそうめん達。流しそうめんってこんなんだったっけ、思ってたのと違うぞ、そんなことを考える暇もなく、そうめん達はどんどん流れてきた。うだうだしてはいられない。我々がすくいあげてやらなくては、彼らはゴミになってしまうかもしれない。支給される雨具。薄まっていくめんつゆ。豪雨。とりあえず超豪雨。

しかし、それくらいではへこたれたくなかった。せっかく連れてきてもらったのだ、最後までやり遂げねば気が済まない。(何を)

私たちは何かに取り憑かれたように、ただ黙々と、そうめんをすくってはすすり、すくってはすすった。実に無駄のない動き。もはや業者。その間の表情、おそらく完全に「無」。帰り道も無言だったに違いない。

途中で帰っても良かったのかもしれないが、自分たちでもわからない何かがそうさせたのだった。全部夏のせいだ。あるいはそうめんのせいだ。もしくは、ただの食い意地のせいだ。

それ以来、流しそうめんはやったことがない。機会があれば、またリベンジしたいとは思っている。まあ、次はできれば、晴れた日に。

それにしても、夏はヘンテコな出来事が起きやすい気がする。なんなんだろうね。今年も何か起これば良いなあ、と思う。

流しそうめんの衝撃を超える何か、あると良いなあ。

つい先日、私はめでたく今年の「刺されはじめ」を迎えた。

そう、蚊である。

ここ最近は体質が変わってきたのか、刺される回数も減ったし、かゆみが長続きする事もなくなってきたが、子供の頃はとにかく全身蚊に刺されまくりで、血が出るまで何度もひっかいたものである。

そんな様子を見かねた母は、早く良くなるようにと、いつもキンカンを塗ってくれた。しかしこれがかなり強烈で、めちゃくちゃしみるのである。

太い針で肌を貫かれている感じというか、小さな傷口にデカい雷が直撃する感じというか、もうとにかく、思い出すだけで鳥肌が立つ。子供の頃の私は、蚊に刺されることよりも、そのあとに待っているこのキンカン地獄がとにかくイヤだった。もはや恐怖でしかなかった。(そもそもひっかかなければ良いだけの話なのだが)

そんな私だが、大好きな塗り薬が一つだけあった。母方の祖母が塗ってくれた、謎の薬である。

おそらく、手作りの何かだったのだと思う。祖母はそれを使い終わった牛乳瓶の中に入れていて、蚊に刺されたと言うと、指ですくって肌に塗ってくれた。うろ覚えだが、少しザラついていたような気がする。においもなく、しみることもないのに、これを塗ってもらうと一瞬にしてかゆみがとまるのであった。魔法の薬って本当にあるんだ!と本気で思ったのをよく覚えている。

それにしても、あれは一体何だったんだろうか。祖母はもう亡くなってしまったので、答えはわからない。そもそも本当に薬だったのだろうか。

思えば私の「刺されはじめ」は、毎年決まってこの時期である。そしていつも、あの謎の薬のことを思い出す。遠くへ行ってしまった好奇心が、こちらへ少しずつ帰って来る気配がする。もうすぐ夏がやって来るのだ。

蚊は大嫌いだが、この感じは嫌いではない。

梅雨と夏本番のその間、世界中のあらゆる謎がそわそわしはじめる、六月末!


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