我が家の給湯器が壊れてから、ちょうど一週間が経つ。災いは忘れたころにやってくるとはよく言ったもので、そいつはあまりにも突然の出来事だった。 


私はその日もいつものように、前日の夜に無駄にたくさん設定したiphoneのアラームが鳴ること6つ目くらいで目を覚ました。目を覚ましたと言っても、漫画やドラマでよくあるような、窓から差し込む朝日がまぶしくて、少しずつまぶたを開ける……といった感じではない。私でいう目を覚ました、というのは、どちらかというと、呪いから解き放たれる、といったような感じである。  

私は幼い頃から、うつ伏せで寝るのが癖である。日によっては、起きると枕に土下座でもしているかのような体勢のこともある。そんな風に寝てしまった日には、枕カバーのしわのあとがつき、顔面はつぶれたメロンパンのようになっている。前髪はといえば、よくわからない分け目でぺったりとはりついたようになって、さながら往年の水前寺清子のようになっている。そんなやつがむくりと枕から顔を上げる様は、端から見たら呪いから解き放たれる何か意外の何者でもないだろう。

奇しくもその日の私は、メロンパンと清子のダブルパンチであった。こういう日には、いつもより朝の準備に少しだけ時間がかかる。温水で顔を洗って血行を良くし、メロンパンの編み目を消し去らなければならないし、清子ヘアーを流行りのふんわりショートにするためには、一度シャワーを浴びてリセットせねばならない。予定よりも遅く起きてしまった私は、とりあえず風呂場へと急いだ。

洗面所で服を脱ぎ、生まれたままの姿で風呂場へ駆け込む。暖かくなってきたとはいえ、早朝の風呂場は少し冷える。はやくあたたかいシャワーにあたりたいと思いながら、いつものようにシャワーのハンドルを上げた。




出ない。



少し待てばいずれ温水になるだろう、少しだけ水を出して様子を見てみる。




……出ない。




こいつはおかしいぞ、と思いながらも、もしかしたら蛇口の方ならお湯が出るのではないかとハンドルを下ろしてみる。







……水である。




いつもであれば湯気ですぐに曇る鏡も、今日は一点の曇りもない。鏡の中には、若干顔色が悪くなりつつあるメロンパン清子。実に滑稽である。




「オッカアーーーサーーーン!」




デパートで迷子になった子どものように、私は大声でリビングにいる母に助けを求めた。母はいつも通りのんびりとやってきた。



「何よ、どうしたの」

「お湯が!でないんだけど!」

「ああ~」

「ああじゃないよ!お湯が!お湯が出ないんだけど!」

「なんかねぇ、そうそう、給湯器が壊れちゃったみたいなの」

「いつ直るの!」

「う~ん、早くてゴールデンウィーク明けかも、って業者さんが」


「あと一週間以上もかかるの!?無理!無理だよ!拷問だよ!軍隊だよ!」

「そうねぇ」





たった一枚風呂の薄いドアを隔てただけなのに、この時の私と母のあらゆる温度差と言えば相当なものだった。寒さと焦りとが相まって、とにかく私はヒステリックになっていた。それに反してこの落ちつき様、やはり母は偉大である。母は相変わらずののんびりした口調はそのままに、とても嬉しそうに話を続けた。




「あ、そうそう、ずっと前から言ってたけど、今日からお母さんとお父さん旅行行ってくるから」


「あ、そうなの!?そうだっけ!?」

「そうなの、私ずっと旅行行きたいって言ってたでしょ~」

「そうだね!どこに!どこにいくの!!」




「温泉」







その瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れ去った。なんだか負けを認めざるを得ないというか、もう色んなことがどうでもよくなってしまった。この人には一生かなわない、そう思った。まるで給湯器が故障するのを予想していたかのようなこのタイミングで温泉旅行とは、やはり母は何かを持っている。母は偉大なり。何かというと「いやぁ、結局人生ってなんだかんだタイミングだよね~」とか言ってた自分が急に恥ずかしくなった。 


母と父が温泉旅行に行っている三日間、私は冷たい水を浴びて過ごした。大小3つの鍋とやかんにお湯を沸かし、少しずつ水で薄めながら体を洗ってみたりもしたが、せいぜい20分あればなおるメロンパン清子のために、1時間も前から準備をするのがなんだかめんどくさくなって、一日でやめた。残り二日はなんとか冷水で乗り切り、意外とイケるかもしれない、お湯がなんだって言うんだ!と思った頃に、母と父が旅行から帰って来た。



「ただいま~こっちは大丈夫だった?お湯出ないの大変だったでしょう~」



そう言いながら、母はなんの悪びれもなくお土産の温泉まんじゅうを机の上に置いたのであった。



ちなみに、私は今京都に来ている。今朝、タクシー代600円と入浴料850円を払い、オープンと同時にスーパー銭湯へ行った。一週間ぶりのお湯、湯気、湯船。天国かと思った。浴場にいるお母さんたちが、全員ミロのヴィーナスに見えました。


家に帰ったらまた水風呂かぁ。









嗚呼、「マクドナルド」が食べたい!

マクドナルドのメニューのどれそれが食べたいとうわけではない。
もう、あのマクドナルドのマクドナルド然としたものであればなんでも良いのである。
油っぽくていかにも体に悪そうな感じがどうしようもなく恋しいのである。

そして私がマクドナルドを猛烈に欲する時は、大抵部屋が汚い。
部屋が汚いときは心に余裕が無いときだ。
心に余裕がないときほど、食べ物で何かを発散したいという欲が強くなる。
しかしそれは量や質で満たせるわけではない。やややけになっている自分に寄り添ってくれるような味が欲しい。美味しすぎてもいけない、食べたあとに少しの罪悪感を感じたい、楽をしたい(自分で作りたくない、これ以上ない組み合わせで食べたい)…結果、マクドナルドというわけだ。

最寄り駅のマクドナルドが閉店してから、もう1、2年は経つのだろうか。
それ以来私は自然とマクドナルドに足を運ぶ機会は減って行った。
だけどたまに道ですれちがう人があのお洒落な紙袋から油と炭水化物の最高にデリシャスな匂いを漂わせようものなら、忘れかけていた私の中の何かが大きな音を立ててゴゴゴゴゴゴゴと走ってやってくるのがわかる。
もうこれは他でもないマクドナルド欲である。この場合はモスでもバーガーキングでも満たせない。
どんなに美味しいクア・アイナのハンバーガーを食べても満たせないのである。
それは、あの赤と黄色のマークのお店でしか手に入らない。
あの紙に包まれていないと意味がない。
あの入れ物にポテトが入っていなければ意味がない。
あの赤と白と黄色のストローで飲まなきゃ意味がない。
そう、それはマクドナルドじゃないと意味がない。

嗚呼マクドナルド、いと恋し。




何なんだ、ヤツは。

ヤツを見ると、イラッとするし、ゾワッとするし、しまいには泣きたくなる。ヤツが私に近づいて来ようものなら、全身の毛という毛が逆立ちそうなくらいの恐怖を覚えて、いてもたってもいられなくなって、その場から思わず逃げ出してしまう。できることならヤツの姿なんてもう二度と見たくないし、声も聞きたくない。とにかくもう、想像しただけでも恐ろしい。

 

 

 ヤツとはそう、



鳩である。

 

 


まず、容姿からして不気味すぎやしないだろうか。どこを見ているのかわからないあの目なんか、まるでこの世の終わりを一度見て来たかのような色をしているじゃないか。ぬらりと光る首もとは、世界一邪悪な魔女が研究に研究を重ねて作ったスープみたいな色をしている。

 

それに、裸婦画に出てくる女性のような、見ていて心が不安定になるあのなんとも言えない体型。思い出すだけでゾッとする。容姿だけでも不気味なのに、ヤツら独特のあの動き、あれがまた恐ろしい。胸から上の部分だけを奇妙なリズムで動かしながら、音も無くこちらに近づいて来る。「何か用ですか」とでも言いたげな、あの妙に自信に満ちあふれた雰囲気も気に食わない。



 

とにかく私は、鳩が嫌いなのである。

 



無論、私が鳩をこんなにも嫌うのには理由がある。小学校5年生まで、私はマンションの13階に住んでいた。私の部屋は北向きの四畳半で、日差しもあまり当たらず、いつもじめっとしていた。気持ち程度のベランダがついていたが、利用することはほぼ無かった。ベランダの手すりには、ほぼ毎日鳩がとまっていたが、特に害はなかったため気にしていなかった。

 

ある日、真夜中に鳩の声で目が覚めた。窓を閉めているにも関わらず、悲鳴のような鳩の鳴き声がベランダから聞こえてきたのである。あまりにもうるさいので、何事かと思い窓を開けてみても、いつもの手すりに鳩はいない。すると、さっきの悲鳴のような鳴き声が、ベランダの右隅の方から聞こえてきた。


真っ暗で何も見えないこともあり、急に怖くなった私は、慌てて隣の部屋で寝ていた兄を起こしに行った。事情を説明すると、兄は懐中電灯を持ってベランダに来てくれた。そして兄は、ベランダの右隅にいる鳩を懐中電灯で照らしながら、眠たそうな声でこう言った。

 

 


 

「おい、産んでるぞ」

 




中電灯の光に照らされた鳩は、とにかく体中に汗をかいてぐっしょりしていて、余計不気味に見えた。光に照らされた鳩と目が合った瞬間、私の体はぶるりと震えた! 



鳩は我が家のベランダで、産んだのだ。


あまりにも生々しい光景だった。自分の家で新しい命が生まれたのだから、当然祝福でもしなければならないところなのかもしれないが、小学生の私には、なんというかとてつもなく、キツかった。結局小鳩たちがお空を飛べるようになるまでは、うちのベランダで育てるほかなく、ベランダをこれでもかというくらい汚されながら、巣立つまでを見守ったわけだ。(といっても気づいたらいなくなっていただけだけど。)

 



あれから10年経った今でも、鳩を見るとあの時のことを思い出して、なんかこう、キツい。なんかキツいという言葉がこんなに似合うヤツ、他にあるか。いや、無いね!



読み返すと、若干言い過ぎた気もするが、とりあえずそんなわけで、私は鳩が嫌いなのである。




炊きたてのご飯を茶碗に盛り、一かけらのバターを乗せ、お好みで醤油をかける。全体を包み込むようにしながら箸でゆっくりと混ぜていると、バターと醤油の香ばしい香りが、ご飯の湯気に乗って漂ってくる。

全体が上手く馴染んだところで、食べる。美味い、実に美味い。私はグルメリポーターではないから上手く言葉では言い表せないが、なんというか、一度食べたら忘れられない味なのである。甘いのかしょっぱいのか、和風なのか洋風なのか、よくわからないこのどっちつかずな感じが、なぜか絶妙なバランスで成り立っていて、実に美味いのである。

我が家ではこの絶品を、「バタゴー」と呼んでいる。世間では「バター醤油かけご飯」などと呼ばれているらしいが、我が家では、そんな長ったらしい名前では一度も呼ばれた事がない。少なくとも私が物心ついた時には、「バタゴー」と呼ばれていた。

バタゴー」の名付け親である母に、なぜそう呼ぶことにしたのか聞いてみると、

「リモートコントローラーよりリモコンの方が言いやすいでしょ。どこのお家もそう呼んでいるわよきっと。」

と誇らしげに答えてくれた。


試しにグーグルで「バタゴー」で検索してみると、二件しかヒットしなかった。ちなみに、二件とも「バタゴー」とは全く関係のないサイトだったのは言うまでもない。


とにかく、「バタゴー」は、我が家では愛称が定着してしまうほどの大人気メニューなのである。子供でも簡単に作れる手軽さから、学校から帰ったあとのおやつの定番として、小学校の頃は私もよく食べていた。スナック菓子よりもマシだと思ったのであろう、父も母も、「バタゴー」だけは、いくら食べても怒らなかった。

しかし、仮にもバターとご飯である。太らないわけがない。


気づけば私は小学校6年生にして、身長139センチにも関わらず体重49キロ、体脂肪率約40パーセントの超肥満児になっていたのである。


になって冷静に思い返すと、朝、昼、晩の三食は人並みにしか食べていなかったし、スナック菓子も滅多に食べなかった。暇さえあれば外で友達と走り回っていた私をここ まで肥大化させた犯人は、間違いなく「バタゴー」だったのである。しかしそんな私も、思春期になり自分の体系を気にし始めると、「バタゴー」を口にする機会はだんだん減っていった。最近では、半年に一度食べれば良い方、というような感じである。




先日、妙に小腹が空いたので、久々に「バタゴー」を食べた。バターと醤油の香ばしい香り、油分で光り輝く米粒たち。食べた瞬間、「これだ」と思った。私の小腹が欲していたものは、「バタゴー」だと。



に食べると、やっぱり美味い、絶品である。あっという間に一杯目を食べきり、さぁおかわりをしようかと思い炊飯器に手を伸ばした時に、思いとどまった。もう肥大化は御免である。名残惜しさと懐かしさを感じながら、泣く泣く、そっと炊飯器のふたを閉めたのであった。

 




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