私は、風の谷のナウシカをきちんと見たことがない。

あれだけの名作である、テレビでも何度も放送されているし、実家にはDVDだってある。
友達の家で鍋をしながら見たこともあるし、主題歌も歌える。だけど私は、最初から最後まで、きちんと見たことがないのである。

決してつまらないからとか、途中でどうしても眠たくなってしまったとか、そういうことではない。


理由はたった一つ、




ただの嫉妬である。




姫様と呼ばれるご身分であられながら、庶民の少女達にもまるで実の姉のように接し、谷の人々からも絶大な信頼と支持を得ている。それでいて思い切りがよく行動力があり、しなやかな身のこなしでメーヴェも操る。アニメだとわかっていても思わず見とれてしまうような、凛とした実に美しい顔立ち。己の危険も顧みず王蟲を抱きしめる様はまさに圧巻。天使、女神、あるいはジャンヌダルクか!!それがナウシカ様なのである。ちなみにお胸も大きい。


はじめてナウシカ様を見た日のことは今でも割と鮮明に覚えている。恐らく小学校低学年の頃だったと記憶しているが、幼心に、「こんな完璧な人間がいるはずがねぇ…いてはならねぇんだ…」と思った。

映画を見ながら何度もナウシカ様のあら探しを試みた。でも、ナウシカ様はどこまでもナウシカ様だった。どこをどうしたって、私がナウシカ様に勝てる要素なんて、これっぽちもなかった。

ナウシカ様が王蟲を抱きしめているまさにそのシーンを横目に、私は工作のりのアラビックヤマトを瓶の蓋に塗りたくって放置しておいたものを、ぺりぺりとはがす…という実に地味な遊びに興じていたのである。

ボロボロになったナウシカ様は、もう見ていられなかった。あまりにも美しいからである。家族は皆、息を飲んでナウシカ様を見つめている。感動屋の母は、涙を流していた。
なんだか悔しくなった私は、ぺろんとはがした謎の物体をこれ見よがしに家族に見せつけた。




「見て、アラビックヤマトこんなんなった!!!」




するとどうだろう。




「うるさいぞ」


「今いいとこだったのに」




「ナウシカはそんなことしないぞ」






人生初すべりである。
ごめんね、私はナウシカみたいじゃなくて。確かに王蟲とか来たら速攻逃げるタイプだわ、姿勢悪いからメーヴェも多分乗れないし。大体あの青いスーツ着たら多分レゴみたいになるし。


それはそれはあっけなく、私はナウシカ様に完敗した。洗面所に行って、アラビックヤマトの残骸を握りしめながら、一人で泣いた。ラストシーンなんて絶対に見てやるものか、と。


それ以来、風の谷のナウシカが放送されているのを見かけると、あの時の苦い思い出が蘇り、いてもたってもいられなくなるのである。今はさすがに24歳にもなったのでナウシカ様に嫉妬することはないと思うが、偶然テレビをつけたらやっていたから、どれ見てみるか、くらいのテンションじゃないと対峙できない気はしている。
できれば、「おうナウシカ~元気だった~?いやマジあん時はごめんだわぁ。」くらいのフレンドリーさで出会いたい。

しかし、現在一人暮らしの私の部屋には、テレビがない。このままでは不戦敗である。思い切ってTSUTAYAにDVDを借りに行くか、いや、それはなんだか悔しい。でも今この年齢で、もう一度ナウシカ様ときちんと向き合いたい。だって多分、24歳ってナウシカ様と同い年くらいでしょ?


少し、嫌な予感がしたので、念のために検索をかけてみた。








「ナウシカ  年齢」 













…16歳。













明日TSUTAYA行ってきます。
















































先日4月28日、母を連れてポールマッカートニーの東京ドーム公演に行った。
5月10日は母の日ということで、少し早い母の日のプレゼントである。

ポールのライブは私なんかが説明するまでもなく、本当に素晴らしかった。なんというか、天国のようだった。これには母も大満足だったようで、「冥土の土産ができた」と、終演後は興奮冷めやらぬ様子で無邪気にキャッキャと騒いでいた。

そしてぽつりと一言、「ありがとね、大人になったね」と言った。

なんとなしにつぶやいた母のその一言が、なぜか頭の中をぐるぐるまわり、次の日もその次の日も、なんだか耳の裏に張り付いていた。

はて、大人になるとはなんぞや、と。

お酒を飲めるようになることか?はたまた一人暮らしをできるようになることか?あるいは自分の子どもができて、母親や父親になることか?きっとどれも正解なのだと思う。しかし、なんだかどれもいまいちピンとこないまま、この数日間を過ごしていた。

そして今日、いつものように打ち合わせを終え、夕方から個人練習でスタジオに入り、日が暮れた頃にスーパーで買い物をして、大きなギターケースを背負いながらとぼとぼと道を歩いていたときのことである。


「わっ!!」


私の真後ろ、わずか50cmほどのところで、食料品店が外に山積みにしていたワインの山が倒れたのである。ざっと見ただけで20本以上、道中に瓶の破片とアルコールの匂いが飛び散った。商店街にいる人々は皆振り返り、おろおろしていた。お店の奥から店員さんが数人出て来て、一斉に掃除をはじめた。店員さんは皆、しきりに「申し訳ございません、申し訳ございません」と繰り返していた。

「お怪我はなかったですか?」

と一人の店員さんが私に話しかけてくれた。勿論怪我などはなかったので、大丈夫ですとだけ返し、変にそこにいても手伝えることもなかったので、私はまたとぼとぼと歩き始めた。そしてふと考えた。

「待てよ、あと1秒遅かったら、私は今歩けてないかもしれないぞ」

そりゃそうだ。もしも頭の上から大量のワインが雪崩のように倒れて来たら、お怪我どころの騒ぎではなかったはずである。頭に瓶の破片がささっていたかもしれないし、目にガラスの破片が入ってしまっていたかもしれない。そう考えると、少しゾッとした。しかし同時に「私、ついてるぞ」と思った。

思い返すと、今日は良いことがたくさんあった。

・一昨日イヤフォンを道で落としたので、同じものを電気屋に買いに行ったら、最後の一つで、しかも以前買った時よりもなぜか500円ほど安く買えた。
・ギターケースが壊れてしまったので、新しく買ったものにポケットの中身を移していたら、100円玉が出て来た。
・シャンプーとコンディショナーが、同時になくなった。(特にこれにはテンションが上がった)

ざっとこれくらいのことではあるが、とても重要なことである。
たかが不幸中の幸い、されど不幸中の幸い。最悪な場合を免れられたというだけでも、儲けもんである。

そういえば、この不幸中の幸いに気づけるようになったのは、最近になってからである。
ほんの1、2年前までの私は、そんなことにはまったく気づかなかった。最高以外は最悪、一人でイライラして、くだらない小さなミスを、何日も引きずることもあった。
しかし、今は違う。無論、すべてが完璧に上手くいけば言うことはない。しかし人間なのだから、毎日がエブリデイパーフェクト!なんてあり得ない話である。ましてや大人になるにつれて、理不尽なことも増えるし、これまで気にしなくてよかったはずのことにも沢山直面する。それでも、その中に不幸中の幸いを見つけられれば、ただの完璧を上回る面白さを見つけられるかもしれない。

そういえば、数年前の初売りで、これまた母と一緒に福袋を買いに行った時のことである。
アウトドア系のショップで1万円の福袋を買い、すぐにカフェに入って中身を確認、マウンテンパーカーやリュックなど、さぞかし実用的なものが入っているのだろう…と期待に胸を膨らませ、いざ袋を開けてみると、どうだろう。そこにはアウトドアのアの字もない、あえて言おう、「クソださい」ものばかりであった。福袋ではなく、鬱袋である。

忘れもしない、なぜか全面にスタッズがあしらわれた白いレザーのかばんと(なぜか子犬くらい重い)、2002年の日付が入っている黒いTシャツ(イベントのスタッフTシャツのようなもの)、黒いレースのアームウォーマー(ゴスロリ用か庭仕事用か、真相はいかに)、テンガロンハット(嘘だろ)と、逆に全身コーディネートしたくなるくらいのそれはもうゴミのような(以下割愛)

もはや一つ一つ袋から出す度に笑いが止まらなくなってしまい、最後にカンガルーのキーホルダーが出て来たときには、母と一緒に涙を流しながらヒーヒー笑っていた。

そして母は言った。


「これが本当の福笑い、こんなに盛大な新年初笑い、一万円で買ったと思えばむしろ有り難い!今年は良い年になるよ!!」


そのとき私はヒーヒー笑いながら、心の中では、「母はかっこいいなぁ、大人だなぁ」と心底感動したものである。不幸中の幸いを見つけことで、母は最悪の鬱袋でさえ、一瞬にして最高の福袋に変えてしまったのだ。私はそれ以来、こんな大人になりたいな、と思うようになった。

大人になるとはなんぞや、正解なんてわからない。というか、恐らく正解なんてないのだと思う。しかし、不幸中の幸いを発見できるようになった今日、少しは母に近づけたのかな、大人になれたのかな、と思った。



話は戻るが、ポールマッカートニーの公演後、家に帰り、リビングでゆっくりしていた時のことである。

「今日以上の母の日のプレゼントなんてないかもね、来年以降何あげればいいか困っちゃうなぁ」と私が言うと、母は左手でファミチキを食べながら、右手で友人とのラインを見ながらなんとなしにこう言った。

「思いっきり好きなことやって、笑って胸を張ってくれてりゃ、そんなのなんでもいいんだけどね」

なんだか照れくさかったから聞こえないふりをしたけれど、本当はちょっと泣きそうになった。






明日からレコーディング、思いっきり好きなことやって、笑って胸を張れる作品にしてやるぜ。







ありがとう母よ、その言葉、しかと受け取った!















「dawn」

あんたに出会わない人生があれば
母の腹からやり直したい

あんたに出会わない人生があれば
腹の底から笑ってやりたい

ああ 悲しいことは消えはしないけど
あんたのことは忘れられないけど
だけど

あんたに出会わない人生だったなら
あの子の声に気づいていたかい

あんたに出会わない人生だったなら
あの子の痛みを分け合えたかい

ああ 悲しいことは消えはしないけど
ああ あの子は今日も泣いているけれど

ああ 明日はきっと笑えるように
あの子をそっと抱きしめていたい
今は




とりあえず聴いてみてください。
とても大切な曲です。




私は、スカートが嫌いだ。

動きづらいからである。
パンツ見えちゃうよ、とすぐ注意されるからである。
お股がスースーするからである。
脚が太いからである。

とまぁ今になれば理由はいくらでも挙げられるわけだが、
どういうことかそんな事を考えるほど頭のしわが増えていない頃から、私はスカートが嫌いだった。

幼稚園の卒園式では、どうしてもズボンがいい、ズボンじゃないと嫌だ、と言って母を困らせたものである。
(結局母は最高にお洒落な紺のベアロア地でできた水兵さんみたいな半ズボンのセットアップを準備してくれた。)

時期を同じくして習い始めたピアノも、発表会のない先生じゃないと嫌だ、と言ってこれまた母を困らせたものである。
決して人前に出るのが恥ずかしかったというわけではない。理由はたったひとつ、発表会で必ず着させられる、フリフリのワンピースをどうしても着たくなかったからである。
(母は発表会のない先生をなんとか探し出してくれて、私は何の不満もなくピアノを習うことができた。しかし未だに手が小さすぎて、どんなに頑張っても一オクターブは届かない。)

幼稚園の頃、私はいつも兄と遊んでいた。
友達はたくさんいたけれど、兄と遊ぶのが一番楽しかった。なんでも兄と同じことをしたかった。
兄が戦隊モノのロボットで遊びはじめたかと思えば、私はシルバニアファミリーで応戦した。
親戚からセーラーマーキュリーの人形を貰ったかと思えば、とりあえず服を全部脱がして四つん這いにさせて、シルバニアファミリーの家を攻撃しに来た敵という設定にして遊んだ。
母が実家から昔自分が遊んでいたリカちゃん人形をたくさん持ってきたかと思えば、次の日には全員ショートカットにした。(セーラーマーキュリーの仲間という設定にするため。)
子ども用の爪切りばさみで切ったから髪がひどいことになっていたらしく、母が綺麗なショートカットに整えてくれた。

何をするにも兄と一緒が良くて、スカートを履くとなんだか急に「兄弟」が「兄妹」になってしまう気がして、嫌だった。なんとなくそんな感覚は覚えている。


小学生になると、学校の友達と遊ぶことが増えた。男の子の友達も、女の子の友達も、たくさんいた。小学校低学年を過ごしたドイツと中国の学校は、男女の境目がなく、皆とっても仲が良かった。

しかし、小学校3年生になるかならないかの頃、日本へ帰国して日本の小学校に通い始めた私は愕然とした。

仲が悪いのである。

当時、「エキス」とかいう今考えるとナンセンスすぎて笑ってしまうくらいのよくわからない遊びが流行っていて、「女子の持ち物に触れたら女子エキスがうつるぞ!」とか言って、掃除の時間に机を動かすのさえ、男子は男子の机、女子は女子の机しか運ばないような、そんな感じだった。
それでも女の子の友達はいっぱいいたし、体脂肪率38%で、風呂にも入らず歯も磨かず平気で10日間過ごしていたような私でも毎日楽しく過ごしていた。
今考えると、関取という名字でこんな状態でよく友達に囲まれた学校生活を送れていたな、と思う。
(ちなみに当時の私は「朝青龍の顔真似」という持ちネタがあって、これは、「花、朝青龍やって~!」と言われたら満面の笑みを浮かべるだけ、という最高に安易なものだった。)


まぁとにかく、まともに男子と喋らないまま小学校を卒業し、中学生になった。
いつまでたっても「エキス」だなんだと言っている男子が私は大嫌いだったし、中学生になってからも、小学校の同級生の男子がやっぱり嫌いだった。

しかし、中学一年生のいつだったか、同窓会をやるだのなんだのという噂を耳にしたのである。
バカヤロー、誰がいくか!あんな半ば差別みたいなことをされておいて今更どんな顔して会おうってんだ、と思ったのだがどうやらそんな頑固者はあまりいなかったらしく、皆あっさり「久しぶり~」なんて言って同窓会で安っぽい感動の再会をしているのであった。(ひねくれ)

ちなみに、私の一生で一番の親友であり、小学生の頃から一番仲の良かったRちゃんは、このことを受けて中学一年生当時こんな名言を残している。





「頑固者なんて私たちくらいなもんで、皆もう男女交際を求めて集まる年頃になったんだよ。」





とまぁそんなこともありつつ、ここらへんから私はなんというかあっさり手のひらを返す男子よりも、それにあっさりと乗っかる女子に妙な嫌悪感を覚え始めたのであった。

中学二年生の時にも、男子が「女子全員にあだ名つけようぜ」とかなんとか言って、女子全員あだ名をつけてケラケラ裏で笑っていた。(ちなみに私のあだ名はピクミンだった。理由は知らない。)
何もしていないのにちょっとすれ違いざまにぶつかっただけで舌打ちされたりシネだの言われた。女子ってだけでだ。
だけど文化祭になると妙に張り切って男女の距離が縮まってカップルが増えたりするのだった。通称文化祭マジックというやつである。

そこでもやはり私がイライラしたりするのはなぜか女子に対してであった。
女子は妙に賢い。妙に賢いというのは妙に怖かった。
変な話、どんなに仲良くしていても、たとえばクラスのガキ大将的なやつと私が溺れかけていたら、ガキ大将的な方を結局助けるんじゃないか?とか、そんなことばかり考えていた。
そして私は一人で勝手にどんどん心を閉ざして行った。(被害妄想も甚だしい)

そしてそんな「フツーの女子」と「アタシ」は違うのだ、ということを明確にするために、なぜか私は白いヘッドホンをつけるようになった。
白いヘッドホンをしてバスに乗って、窓の外を眺めながら、ちょっと遅刻気味で登校するアタシ。「花って変わってるよね」と言われるのが何よりのステータスだったのだと思う。
つい二年前まで「花☆CD MIX」とかいうラベルを律儀にMDに貼って、ツタヤで借りたヒットランキング1~10位の曲をいつも聴いていた可愛い純粋な私はどこへやら。
KinKi Kidsはシガーロスに、浜崎あゆみはビョークに、バンプはキングクリムゾンに…私の音楽プレーヤーはどんどん白いヘッドホン仕様に塗り替えられて行ったのであった。


そんな暗黒の高校生の時期、ヘッドホンをしながらいつも思っていた。
男子はいいなぁ、と。
取っ組み合いの喧嘩をしたり、気に入らないことがあったら同じグループのやつでも容赦なく文句言ったり。
男子はいいなぁ、男子はいいなぁ、とずっと思っていた。
考えすぎて、勝手に悩んで、ふさぎ込んで、変わってるなぁって言われたくて、男子に憧れて、私ってまるっきり女子だなぁ、と思った。


大学生になってからは、バンドサークルに入って、男女の関係もフラットになり、特にそのことについて考えることはなくなった。
それでも、学祭のステージでSUPER BUTTER DOGのコピーバンドのステージ中に、テンションが上がって3mくらいの高さの塀から飛び降りて骨折した先輩や、ギターソロで急に暴れ始める先輩を見ていたりしたら、やっぱり男子っていいなぁと思った。
私も真似をして、なぜかサンボマスターのコピーバンドでボーカルをやった時に、床に寝転びながら「ラブアンドピース!ラブアンドピース!!!!」とシャウトしまくっていたら、当時好きだった男の子から「本当に病気みたいだからやめたほうがいいよ。」とマジレスされたのは今でも覚えている。



とにかく私はずっと男の子に憧れていた。
今でもそうだ。男性ではない、男の子に、少年に憧れている。



ライブのステージを見て感動する時もそうだ。
「あ、この人、この人のまんまステージに立ってるんだ」、とか、「人生で一番楽しい、ここで死んでもいい」みたいな顔をしてステージに立っている人を見ると胸がドキドキする。それが女性であれ、男性であれ、そこに確かに見える少年があまりにも眩しすぎて、涙が出てくる。
私の中にもまだあるかなぁ、という希望と、私はこういう風にはなれないんだろうなぁ、という絶望とで、涙が出てくる。
歌詞で泣く時もそう、本を読んで泣くときもそう。
バカみたいにまっすぐだったり、バカみたいに惨めだったり、バカみたいに必死だったり、バカみたいに夢を見ていたり。そういう文には自然と涙が出る。だからレイ・ブラッドベリの小説が世界で一番好きだ。


私はそういう人に憧れて、そういう文が書きたくて、そういう歌が歌いたかった。
だけど私は少年にはなれない。そんなことわかっている。
そもそも、なりたいと思ってなろうとする時点で、私は少年の才能がないのかもしれない。
でも、そうやって少年に憧れてずるずる来たせいで、自分が女子であることをすっかり忘れてしまっていた。
だから、女の人の書く女の歌に興味がなかったし、聴いても、ふ~ん、くらいにしか思わなかった。


だけど最近はじめて涙した。
女の人が書いた歌に、女として、人生ではじめて涙した。
これまで歌を聴いて流した涙とは違う、なんだか不思議な泣き方をした。
(ちなみに、特に最近何かあったわけではない。我が輩は安定の喪女である。)

とにかくそんなことははじめてで、もうその日から妙に胸がざわついて、いてもたってもいられなくなって、
とりあえず髪を切った。髪を染めた。

この一年くらい、1000円カットか2000円カットにしか行っていなかった私だったが、
思い立って、台風の前日の夜、表参道まで行った。
高校生の時ぶりに、赤茶にして、大学生の時ぶりに、前髪を眉毛の上にした。

気分が変わった。
帰り道はひどい雨と風だったけど、そんなの気にならないくらい気分は最高だった。
真夜中なのに真昼みたいな気分だったし、大雨なのに五月晴れみたいな気分だった。
赤茶にしたからアイシャドウの色を変えた方がいいのかな、とか、せっかくだからトリートメント買おう、とか。
とにかく私の中の何かが終わって、何かが急に始まった気がしたのだ。


所詮私はただの女だなぁ、と思った。


気分を変えたければ見た目から入って、髪色変えれば気分が上がって、化粧を変えればよそ行きの気持ちになる。
少年になりたいけれどなれなくて、本当は少年に憧れている私を誰かに見守っていてほしいだけなのかもなぁ、と思った。
昔好きだった人のことを思い浮かべればやっぱりちょっとおセンチな気分にもなるし、モテたい、痩せたい、恋をしてみたい、少しチヤホヤされてみたいのだ。

私はブスだしデブだし卑屈だしひねくれだし、女子力なんて下の下の下だ。
だけど、自分が女子であるということを否定する理由もないなと、ただふと、思った。


少年になれなかった女って、なんだかそれもそれで素敵だと思う。
憂いがあっていい気もしてくる。

秋だからってさ、こんな恥ずかしいこと書いちゃって。
すぐに季節のせいにして、すぐに芋とか食べちゃったりしてさ。



そういうとこも、所詮私はただの女だ。



考える割に単純で、とりあえず見た目から入って、季節が変われば気分も変わるようなやつだ。
でも、少年も多分そんな感じだろう、そんなところもあるだろう。変身ベルトが化粧品になっただけの話だろう。




何をそんなにこだわっていたんだろうなぁ、女子だってロマンがあるし、それもそれでいいじゃんなぁ。




















あ、全然関係ないけど最近のマイブームはざっくりハイタッチです。










































終電で乗り換えミスをした。
うっかりだった。本を読んでいたら本来乗り換えるはずの次の駅だった。
駅に着いたら小雨が降っていた。


私は最近一人暮らしをはじめた。
毎日家計簿をつけている。
節約してもお金は実家暮らしの時の何倍もかかる。
少し先までの移動ならもっぱら自転車で行くし、タクシーなんてもっての外である。
何なら「絶対乗らない」と決めていた。

でも今日は運が悪かった。
タクシーに乗らないと帰れない事態を招いてしまった。
しかも今日は実家に帰る。
母から帰りにアイスとパンを買ってきてと連絡があった。
母は寝る前のアイスが好きだ。なんとしてでも今夜は帰ろう。
ということで、仕方なくタクシーを待った。

しょぼくれた駅のロータリーのタクシー乗り場には、私の前に既に3人並んでいた。
皆そこまで酔っ払っている感じではなく、単純に寝過ごしたとか、そんな感じの理由でここに来てしまった雰囲気だった。

小雨は音もなく、あたりは歩いている人もおらず、だれも一言も話さず、とても静かだった。
私はさっきまで、「せっかく節約していたのにタクシーに乗るなんてムダ金じゃないか、最悪だ。」「アイスはどこのコンビニで買えば一番溶けないか。正直めんどくさいぞ。」とか、とにかくイライラしていたが、あたりが妙に穏やかな静けさに包まれていたので、なんだか少しだけ落ち着いてきた。


そのときである。








ペチャッ



チャッ





ンチャッ




ヌチャッチャッ







ニュチャッ








先程までのおだやかな静けさの中に、不快な音が突然混ざってきた。
ふと後ろを振り返ると、メガネをかけたごく普通の男性が立っていた。
身長は高く細身で小奇麗な、どこにでもいそうな男性だった。



しかし彼は、そう。


何を隠そう、





クチャラーだった。
(クチャラー=ものを食べるときにくちゃくちゃ音を立てて食べる人)





私は一瞬にして青ざめた。
私はクチャラーが大の苦手である。
ましてイライラしている夜に、いつ来るかもわからないタクシーを小雨の中で待っている時に、真後ろの空からまるで降り注ぐように聞こえてくるクチャサウンド。耐えられなかった。
嘘だと思うだろうけれども一応言っておくと、なんだか悔しくてやりきれなくて、愛しさでもなく切なさでもなく心強さでもなく、クチャ音のせいで涙が出た。




なぜだ、なぜなんだ。
なぜ今夜なんだ。ただでさえイライラしているこの夜に、なぜ神様は私にクチャラーをお与えになったのです、おお神よ。
もはやすがる思いでタクシー会社に電話した。

「今、〇〇駅のロータリーなんですけど、タクシーってどれくらいで…前に三人待ってるんですけど、だとしたら…」




「うーんちょっとわからないですけど、20分くらいですかねぇ、はやくて」




20分。




たかが20分。されど20分。



20分間のクチャメドレーに私は耐えられるだろうか。
涙は小雨でごまかせるだろうか。なんなら大雨になってくれたらやつもクチャクチャする余裕がなくなるだろうしいっそその方がいいのだろうか。
とにかくそんなことをいろいろと考えながら絶望的な表情でヤツの方を見たら目が合った。


少し笑って、軽い会釈をしてくれた。



会釈の顎が上がると同時に「チャッ」という音がした。



でも、なんだか不思議といら立たなかった。
お互い大変ですね、という感じの会釈なのが、すぐにわかったからだ。


そして間もなく、私に自己嫌悪の嵐が吹き荒れた。

この人だって大変なのに、我慢してタクシーを待っているのに、前に並んでいる不機嫌そうな小娘を見て会釈をしてくれた。
なのに私はなんだ、クチャ音ひとつでイライラして、なんならちょっと睨もうとして。
この人はきっと一週間、朝から晩まで働いて、金曜日だからちょっと飲み過ぎて、飲んだ後の口さみしさをごまかすためにガムを食べているだけなのに。
ちっぽけだ、なんてちっぽけなんだ私は。情けない。



とかなんとか思っているうちにタクシーが来た。
私はタクシーに乗るとき、「お先にすみません」的な会釈をクチャラーの彼にしてみようと思ったが、あいにく彼は電話をはじめて違う方向を見ていたのでできなかった。



タクシーに乗って、行き先を告げた。
途中でコンビニに寄ってもらい、母に頼まれたアイスとパンを買った。それからコーヒーとコーラ。

先程の自己嫌悪を何かで挽回しなければ今日は寝られないと思い、タクシーから降りるときにでも運転手さんにコーヒーをあげよう、と思ったのだ。
「お疲れですよね、コーヒー、よかったら。」なんて、できたら素敵じゃない。







まあ、できなかった。





よくわからないけど、できなかった。
こんなに夜遅くまで頑張っているタクシー運転手さんに、「よかったら」って何か渡す資格が私にあるのだろうか、とか、完全に自分の好みでジョジョがパッケージになっているコーヒーを買ったけど、ジョジョを知らない人からしたら反応に困るのだろうか、とか。そんなくだらない理由をつけて、ようはなんだか、急に恥ずかしくなって渡せなかった。

なれないことはするもんじゃない。そういうのは可愛い石原さとみみたいな女性がちょっとエロく声をかけるからこそ意味があるのだ。私みたいなレゴに声をかけられても意味がないのである。





自宅の前で料金を支払い、ありがとうございましたと言いタクシーを降りた。
小雨はまだ降っていた。



午前2:00だというのに、家の前の花壇に人影があった。
母だった。





「よかったね~無事乗れて。お疲れ様、疲れたでしょう~」





いつからそこにいたのかは知らないけれど、待っていてくれたらしい。
涙が出そうだったけどぐっとこらえた。

クチャラーの男性や、タクシーの運転手さんに比べたら、毎日何も頑張っていないのかもしれない。
何も見えない未来に向かって、ただ好きだから歌を歌って音楽で生きていこうと夢を見ているだけの、どうしようもない娘だ。良い大学を出してもらったのに仕事にも就かないで。
酒もよく飲む。口も悪い。バカ娘だ。


だけど母がお疲れ様と言ってくれるから、きっと、ちょっとは頑張っているのかもしれない、と思った。
何がかはわからないし、もしかしたらそんなに頑張っていないのかもしれないけれど、
なんだかほっとしたというか、嬉しかったのだ。




家に帰ってすぐアイスを食べた。
母もアイスを食べた。



美味しいねぇ、と言って食べたアイスはどこにでもあるコンビニのただのバニラアイスだ。
だけど今日のは特別美味しかった気がした。



なんとなく、今日だけは子供のようにペチャペチャ音を立てながらアイスを食べるのもありかな、と思った。


















やらなかったけど。















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