2015.09.02 release
1st full album
「黄金の海であの子に逢えたなら」


CD詳細やツアー日程、その他リリースまわりの情報はスペシャルサイト にて。



前作「いざ行かん」から1年半、色んなことがあったけど、
皆さんのおかげでまた新しいアルバムを出せることになりました。
大好きな人たちと作った、大傑作です。本当に沢山の人に聴いて欲しいです。

積もり募る話は沢山あるけれど、とりあえずはご報告まで。




飛んでけ!









今日は朝っぱらからバタバタしてしまった。
というのも、21:30からの打ち合わせの予定を、なぜか9:30からだと勘違いしてしまったからである。

8:50起床、猛スピードで準備をして、駅まで自転車で大爆走、急行電車にかけこんだ後、9:30頃無事に渋谷へ到着。待ち合わせ場所を確認しようとスケジュール帳を見ると、「21:30に渋谷の◯◯で打ち合わせ」の文字。やってしまった。もう少し寝ていたかった気もしたが、早起きは三文の得と言うことで、お洒落にブレイクファーストなんかもありでしょうよ、ということでどこかに入ることにした。

渋谷なんて、探せばいくらでもお洒落なカフェなんてあるだろうに、ここで朝っぱらから私の「めんどくさい病」が発動した。駅の通路から下を見渡せば、既に凄い人である。そして強い日差し。しかもランチならまだしも、よく考えたらこんな時間からやっているカフェは駅中しかないだろう、という言い訳と発想で、結局どこにでもあるスターバックスコーヒーで済ますことにした。

それでも、本でも読みながらお洒落にサンドイッチとアイスコーヒーなんて良いじゃないの、なんて考えながら席につくこと約10分。


完食、完飲、あろうことか持って来ていた本も読了。


せめて11時まではここで時間をつぶそうと思っていたのだが、これではどうも居心地が悪い。ということで、そこまで欲してはいなかったものの、アイスコーヒーを再び注文し、(スタバはその日中なら二杯目は100円で飲めるのだ)今度は慎重に飲むことにした。

本も読み終わってしまったので、なんとなくiphoneをいじってみたりした。しかし特にやることもない。無駄にshazamを起動して、店内に流れている曲が何か調べてみることにした。しかし起動した時に流れていたのはBell and Sebastianの知っている曲だった。あまり意味がない。それでも他にやることもなかったので、一応検索、やはりすぐに曲がヒットした。するとなんだか、shazamがドヤ顔で「ほら、お前の知りたいもん、これやろ、調べたったで、よかったな、ほなitunesで買いや!ほれ!買いや!」と言ってきている気がして、食い気味でアプリを終了させた。残り2cmくらいアイスコーヒーを残したところで、最後の手段、睡眠作戦をとることにした。目が覚めると10:50、上出来である。

11:00になれば大体の店が開店しはじめるはずである。さてどこに向かおうか。
本屋にしようか、ファッションビルにしようか、はたまたお洒落カフェでも開拓しようか。さんざん迷った挙げ句、というのは大嘘で、即決でブックオフで向かった。 

というのも、つい数日前、久々に大学時代の後輩の女の子とご飯を食べた時のことである。
下北沢で待ち合わせをして、二人でタイ料理を食べに行った。

「女が二人集まるとすぐタイ料理行きたがる」「あと近場の海外旅行の話な、タイとか台湾とか韓国とかな」「それな」

なんて話をしながらとても楽しい時間を過ごした。20:00くらいから23:00くらいまであれやこれや話しながらご飯を食べて、まだなんとなく帰りたくなかったので、ビレバンに行くことにした。下北沢はリハーサルなどでよく行くが、ビレバンは一人ではあまり行かないので、久々だった。最近の流行を目の辺りにし、おろおろとする一方、面白いものもたくさんあった。漫画のコーナーに行くと、見たことのない漫画が沢山あった。

私は実は漫画をほとんど読んだことがない。
家にある漫画は、ちばあきお先生の「キャプテン」とその続編の「プレイボール」だけである。(これは私の人生の教科書といっても過言ではない。ちなみに意外と丸井が好きだったりする。)

少女漫画に関しては今までの人生で読了したことがあるのは、森ガール時代にハマった「ハチミツとクローバー」のみである。(もはや森ガールの理想男子のテンプレ、眼鏡パーマの真山が当時大好きだった。ちなみに実写版は加瀬亮さんだった。あっぱれですな。)

しかしその日ビレバンで、「花ちゃん、絶対「こじこじ」好きだからマジで読んだ方がいい、絶対好きだから!」と後輩に勧められて、はじめて漫画を大人買いした。(といっても4巻だけだけど)結果約一日で読了し、「こんなに面白い漫画を私は知らなかったというのか…」と大後悔したのであった。こじこじ様様である。


そんなわけで、漫画への探究心が今までにないくらいふつふつとしていた関取は、ブックオフのコミックフロアに直行した。しかし、漫画を買いにいったことがないので、探し方さえわからないのである。まず、出版社ごとに分かれていたり、愛蔵版は違うところにまとまっていたり、もう何がなんだかわからないのである。
普通の本を探す時は、目当ての作者の名前か、もしくはジャンルで探せば良い。しかし、特に「この漫画が欲しい」というわけではなく、「何か面白そうなのないかな」という軽い気持ちでコミックジャングルに単身乗り込んだ私がそもそもの間違いだった。しかもこれはブックオフあるあるなのかなんなのか、コミックフロアにいる人達の手つきというか探し方がもはやプロっぽいのである。コミックディグりの猛者とでも言おうか。

とりあえず、これまで読んだことのないジャンルのものを読もうと思い、青春トキメキ☆ドキドキクロニクルな感じの少女漫画を買おうと思った。学生時代、よく友人達が言っていたことを思い出したのだ。


「少女漫画は、ときめきとは何かを教えてくれる」


なるほど、言い得て妙である。
そこで私は、恥ずかしさをグッとこらえ、店員さんに尋ねることにした。


「…君に届けはどこですか」


店員さんに案内されて、コミックジャングルをかき分けて進んだ。すると、聞いたことのあるタイトルの少女漫画がずらりと並んでいた。そしてなぜかそれらの表紙を見ていくと、その度に私の頭の中には「福士蒼汰」という文字が頭をよぎるのであった。もうなんというかどれを見ても「福士蒼汰」だったので、どれから買っていいかわからなかった私は、少し試し読みをして、ハマりそうなものを一巻だけ買って帰ろうと思った。

どれ、と一冊手をかけてみると、それにはビニールでカバーがされていて、中を開けることができなかった。お、たまたまか…と他のものに手をかけてみるも、やはりどれもビニールカバーがされていて、私は「福士蒼汰」をちっとも味わうことができなかった。(売れ筋商品にはビニールカバーがされているらしい)

立ち読みできる漫画も中にはあったが、少女漫画超初心者の私は、入門書はどうしても外したくなかった。どうしても、世間の皆がこぞってときめくそれを買いたかった。

試しに一巻、「君に届け」だけ買ってみようか迷ったのだが、財布を見るとあいにく手持ちがなく、買うにはお金をおろしにいかなければならなかった。そこでいつものめんどくさい病である。そこまでするのはめんどくさいと思ってしまったのだ。まあ、今日のところは君に届かなかったってことで、退散することにした。

そして結局本のフロアに行き、大好きな椎名誠の本(
福士蒼汰」感ゼロ)を一冊だけ買った。ブックオフを出ると、ビルの隙間に見える空は青かった。心地よい風も吹いていた。目の前をお似合いのカップルが通り過ぎた。そして私は咄嗟に思った。



「嗚呼、ビールが飲みたい」




そして気づいた。







「このまま少女漫画を読まないでいたら、私は大変なことになる」と。










しかし結果、お金をおろすのはめんどくさいという理由と、早く家に帰りたいという思いが先行し、今は自宅に一旦帰ってこのブログをあぐらをかきながら書いている次第である。
目の前にある本棚で、「新宿遊牧民」の背表紙が、こちらを見てにへらと笑っている、そんな昼下がり。





























私は今日、赤坂でランチをした。
野暮用があり、ちょうど青山~赤坂エリアにいた私は、せっかくだから「昼飯」ではなく、「ランチ」がしたい、そう思ったのである。

赤坂と言えば、TBSや赤坂BLITSは勿論のこと、イケイケな有名起業のオフィスが連なる、高級ビジネス街である。ちょうど私がランチを食べようと思ってぷらぷらしていたお昼の13時頃は、会社の昼休みと時間が重なってしまったらしく、道行く人はネームプレ―トを首からぶら下げた小綺麗な方々ばかりだった。信号を待っていると、ふんわりとしたブラウスにタイトな膝丈スカートのお姉さんと、パリッとしたシャツにピカピカの革靴のお兄さんが、コーヒーを片手にお仕事の話をしていた。

「クライアントの都合で、フィックスし直さなきゃいけなくなっちゃって…」
「それ、ちゃんと上には伝えたの?」

私が普段聞きもしないような言葉達を、二人は変幻自在に操っていた。なんだかとても格好良かった。日差しが二人の白いブラウスとシャツを照らしていたこともあってか、神々しくさえ見えた。

その横にいる私はと言えば、赤と白のボーダーTシャツに(もう三年以上着ている)、ダボっとした黒いパンツ(自分で裾上げしたのでだいぶ縫い目が荒い)、足下は白いスニーカー(古着)、かばんは例に寄ってペラッペラのエコバッグ(どっかのお店のノベルティ)という姿であった。周りを見渡すと明らかに自分だけこの街から浮いているのがわかった。次第に、妙な情けなさと恥ずかしさに襲われた私は、青信号になると同時に、逃げるように歩道を渡った。
ほんの数分前まで、「今日は天気も良いし、テラス席で一人ゆっくりランチなんてのもいいわね…」などと、幸せなランチタイムを想像し、うきうきしていたというのに。歩道を渡りきる頃には、「とにかく自分がいても浮かない店はないか」、そのことばかり考えていた。



少し歩いていると、見慣れた看板が現れた。実にシンプルなデザインだが、そのオレンジ色はとてもフレンドリーな雰囲気を醸し出していた。「うちはいつだって誰でもウェルカムっすよ」そう言ってくれている気がした。
やっと見つけた安息の地。




そう、はなまるうどんである。




店内に入ると、やはりそれなりに混んでいた。
しかし、先ほどの信号のところにいた二人組のような客は一人もいなかった。そこのはなまるうどんは全席カウンター形式のため、皆壁か仕切りに向かって座っている一人客ばかりだった。店内には、店員さんの威勢の良い声と、うどんをすする音だけが響き渡っていた。ここなら何も気にせずランチを楽しめる。もはや当初想像していたランチとは違うかもしれないが、これでいいのだ。チェーンだろうがうどんだろうがランチはランチである。だってここ赤坂だし。


久しぶりのはなまるうどんにはテンションが上がった。高校生の頃、放課後によく友達と行ったものである。何を注文しようか迷ったが、もう24歳になったし、少し贅沢してもいいだろうということで、温たまぶっかけに鶏天というチョイスに落ち着いた。ご自由にどうぞの揚げ玉としょうがもたっぷり乗せれば、見た目にも鮮やかな、あの頃よりちょっと贅沢なはなまるうどんになった。久しぶりに食べるはなまるうどんはもちろん美味しかった。私は黙々とうどんをすすった。器はあっという間に空になった。


食後に水を飲みながら、ふとまわりを見渡してみた。すると、皆、うどんをすすっている最中は下を向いているが、そのすすったうどんをもぐもぐしている間は、どこでもないどこかをぼんやり見ている人が多いことに気がついた。もちろん、中にはスマホをいじりながらうどんを食べている人もいる。しかし、ほとんどの人が、目の前の壁や仕切りをぼんやり見つめながら、うどんをもぐもぐしていた。いや、よくある光景なのである。何もおかしなことはない。一人でご飯を食べに行くということは、そういうことなのだ。

今でこそ、その光景を当たり前だと思うことができるが、ほんの一年前まで、私はこの光景に違和感を覚えていた。一年前まで実家で暮らしていた私は、基本的には家に帰ってご飯を食べていた。家では家族の誰かがそこにいたし、もしいなくてもテレビがあった。たまに外で食べるときには、必ず友達などと一緒だったので、目の前には必ず誰かの姿があった。その頃、どうしてもお腹が空いて、一人で店に寄ってご飯を食べた時、非常に困惑したのをよく覚えている。




「どこを見て食べれば良いのだろう」




実にちっぽけでくだらないことだし、食事中なんだから何も考えないで、ご飯のことだけ考えればいいんじゃないかと思われるかもしれないが、果たして本当にそうだろうか。片手にどんぶりを持って、片手にお箸を持って、もぐもぐしているときは、当然ながら両手は塞がっていて、本も読めないし、スマホもいじれない。テレビもないし、会話をする人もいない。誰かを観察する?いやいや、そんなのただの変なやつじゃないか。いやはやどうすれば良いのか、全くもってわからなかった。結局いてもたってもいられなくなって、ひたすら下を向いてご飯を食べた。ゆっくりと一人で外食をして帰るつもりが、そわそわして、結果いつもより急いで食べて帰るはめになった。
しかし今日の私は違った。当たり前のようにぼんやりと、目の前の仕切りを見つめたり、どことも言えない店の空間を眺めたりしながら、うどんを食べ終えていた。そして食後、あらためて色んなことを考えた。

一人暮らしをはじめてから、そろそろ一年が経つ。きっと、知らない間に、一人でいることに慣れてきているのだと思った。私の部屋にはテレビがないし、ご飯を食べながら音楽をかけたりもしない。両手がふさがっているので、勿論本も読めないし、スマホもいじれない。だけど毎日、何の違和感もなく、ぼんやりしながらご飯を食べている。特につまらないと感じたこともなければ、むなしいと思ったことも、今のところはない。
しかし、これからそういう時期がくるのかもしれない。家の中でご飯を食べながら、どこを見ていいかわからなくなって、むなしくなる時期も、いつかくるのだと思う。

大学生の頃、一人暮らしをしているある友人の家に、よく泊まりに行っていた。その子は一度アメリカの大学を卒業してから日本の大学に入学してきていたので、親元を離れてから随分と経っていた。頭も良くてアクティブで、楽器も上手だった。ちなみに声の低さや顔立ちがMEGUMIによく似ていた。
特に大学一年生の夏休みは、ほとんどその子の家に泊まっていた。今考えると、一日中ごろごろして、何をするでもなくそこに居座っていた私は、本当にただのしゃべるぬいぐるみみたいなものだったと思う。だけど、その子はいつも「別に全然ええよ」と言ってくれていた。絶対に迷惑なことだってあったはずなのに。

一度、その子に聞いたことがある。
「自分で居座っといてあれなんだけど、どうして毎日他人が家にいて平気なの?」と。(今考えると非常に非常識な自己中そのものである)

その時彼女は、
「え、だって一人でご飯食べたりするのむなしいやん」と答えたのだった。

私は「そっかぁ」とは言ったものの、その意味がよくわかっていなかった。ずっと誰かがいるより、一人の方が気楽でうらやましいのになぁ、と思っていた。今ならほんのちょっとだけ、その言葉の意味がわかるような気がする。



そんな彼女は、年内に結婚するという。
これからは、一人でご飯を食べてむなしいと思うことなんてなくなるのだろう。

こんな言方をしたら大変失礼だが、そこそこの友人というか、同級生が結婚するということは今まであっても、本当の本当の友達が結婚するというのは、彼女がはじめてである。正直、花嫁姿を想像しただけで涙が出そうになる。心の底からめでたいと思う。

今日の私は、彼女の着るであろうしなやかな純白ドレスと、真っ白く伸びるうどんを、知らず知らずのうちに重ね合わせていたのかもしれない。…いや、それは真っ赤な嘘で、今こじつけただけである。しかも全然うまいこと言えていない。失敬。




そして私は、ゆっくり時間をかけて食後の水を飲み終え、はなまるうどんを後にした。
店の外に出ると、お昼休みから会社に戻る人達が早歩きで歩いていた。真っ昼間の日差しは、5月とはいえ熱く、とても眩しかった。良い天気だなぁ、と思った。彼女のことを考えて、柄にもなく空を見上げて歩いてみた。早歩きの人々を横目に、ゆっくりと、一歩一歩、踏みしめるように。





踏みしめるように。




踏みしめるように。










踏み…





あ…







気づくと、踏みしめていた。













…犬の糞である。










なぜ高級ビジネス街に犬の糞が落ちていたのか。そしてなぜ私はそれを引き当てたのか。もうわけがわからない。しかも冒頭の方で述べた今日の私のファッションを思い出して欲しい。白いスニーカーである。白だぞ、白。









「それまで、はなまるな一日だったのに!!」

















ほんの一瞬、うまいこと言えたかな、と思ったんですけどね、全然でしたね。
今日はもうおとなしく寝ます。






















日付が変わってしまったが、今日は私とアニーさん(tricolor、john john festivalほか)の二人編成でのレコーディングだった。アニーさんは、細かいことを伝えていないにも関わらず、曲を作ったときから私がずっと思い描いていた音をすぐに出してくれた。そうだ、ずっとこんな音を乗せたかったんだよなぁ…と、ラフミックスの音源を聴いて、思わずニヤニヤしてしまった。そんなアニーさんには、5月27日の吉祥寺キチムと、6月28日の大阪・難波ArtYardStudio(ワンマン)でのライブ にゲストで参加していただきます。皆さん、是非遊びに来てね。



さて、話は変わって、ラッパーの話である。


5月1日からはじまった今回のレコーディングだが、本当に自分の大好きなミュージシャンの方々に囲まれて作業を進めている。スタジオも少し変わったところで録っているので、せっかくだからレコーディング中の風景や空気感を残しておきたいと思い、その様子も毎回ビデオやカメラで撮影してもらっている。
その撮影をしてくれているのはR君という青年なのだが、見た目も爽やかで非常に礼儀正しく、年下とは思えないくらい撮影も素晴らしくこなしてくれて、私はいつも尊敬の眼差しで見ている。そんなR君だが、昔は頭にバンダナを2PAC巻きにし、ブリンブリンのネックレスをつけてガチガチにラップをしていたのだと言う。マジILL。最高にILL。超KICK ASS。(言いたいだけ)いやはや、人生何がどう転ぶかわからないものである。

R君にラッパー期があったように、私にも色んな「期」があった。


「コンバースの靴ひもを根こそぎ派手なやつに変えちゃう期」

「ボブにして眉毛を薄くすればマジでカエラちゃんになれると思ってた期」

「変形アイテムをさらに自分流に変形させちゃう期」

「逆にユニクロしか行かないとやたらと言いたがる期」



そんな中でも、最もやりすぎてしまったのは、




「森ガール期」




である。「森ガール」と聞けば皆さん大体想像はつくと思うが、念のためWikipediaから引用して説明すると、


森ガール(もりガール)とは、ファンタスティックな文脈で「森にいそうな女の子」をテーマとする、ゆるく雰囲気のあるモノを好む少女趣味のありよう、またはそのようなファッションスタイルである。

コンセプトはあくまでも空想的なものであり、実際の森林での活動を指向するファッションではない。



とのことである。実際に写真が見てみたいという方は、是非「森ガール」で画像検索をしてみてほしい。

高校一年生の頃、私はまさに森ガールにどハマりしていた。茶色いボブヘアにゆるふわなパーマをかけ、ほっぺにはピンク色のチークをし、生成り色のトップスにロングスカート、ソックスとレッグウォーマーの重ね履きが定番であった。まわりにはあまりそういった格好をしている友人はいなかったため、たまに私服で遊ぶときには、よく褒められた。「すごい、花は森ガールを確立しているね」「妖精さんみたい」「今度いつも行くお店連れてって」など、それは女子高生の自分が悦に浸るには充分すぎるくらいの褒め言葉だった。
そこで満足しておけば良いものを、人間とは不思議なもので、何をするにも褒められるとさらに欲というものが出て来てしまう生き物なのである。




もっとオリジナルな森ガールになりたい――。




そこからである。深い森で迷子になってしまったのは。

手始めに私は、なぜか生成りのレースの紐をレッグウォーマーにぐるぐると巻き付けることにした。決して細いとは言えない足だったため、巻き付けるというよりもむしろ縛り上げると言った方が的確かもしれない。想像しづらいという方は、チャーシューを想像していただければ、まぁ大体事足りるだろう。

これで下半身はだいぶ派手になった。となると、次は上半身である。
下半身に負けないぐらいのパンチが欲しい。しかし、上半身も色々としてしまうと、少しごちゃごちゃしてしまう。ここは一点豪華主義で、変わったネックレスなんていかがだろうか。素材さえ決まれば、革のひもでぶら下げて、オリジナルのネックレスにしてしまえば良い。そこで森ガール関取は考えた。







鳥かごなんてどうだろうか――。






今考えると、完全に頭の大事なねじを森の奥に置いて来たとしか思えない発想である。大体私は鳥が大の苦手である。なぜ鳥かごをぶらさげたのか、まったく理解できない。しかしそこは完全に森ガール脳になっている関取、「あのね、幸せの青い鳥がね、いつでも帰ってこられるように」とか思っていたのかもしれない。ちなみに今じゃ青い鳥と聞いても、「おう、ツイッターのことだな」くらいにしか思わない。それもそれで寂しい話ではあるが。


上半身もこれで完成した。あとは首から上の部分である。顔は、メイクでどうにかなる。ではあとは何か、ヘアスタイルである。ゆるふわのパーマをかけてはいるが、+αで何かつけたい。こちらもパーツさえあれば、ヘアピンにボンドでつければ、お洒落なヘアアクセサリーになるだろう。そこで再び、森ガール関取は考えた。







どんぐりなんてどうだろうか――。






それもリアルどんぐりである。今考えると、完全に頭が麻痺してしまっていたのだろう。どんぐりのヘアピンなんて、もはや罰ゲーム以外の何ものでもない。今やれと言われたら、迅速に、そして丁重に、何より確実にお断りする。


こうして関取のオリジナル・森ガールスタイルは完成したのであった。リアルにこの格好で電車に乗っていたし、ハチ公前で待ち合わせもした。待ち合わせ場所に到着した友人の一人は言った。「ムーミン谷にいそうだね」と。そして、もう一人の友人は私の姿を見てこういった。









「いやマジのやつじゃん」










どんな言葉よりも正直なその言葉に、私はハッとした。その「マジのやつ」にどんな意味が込められていたのかはわからない。だけど、確かにハッとしたのである。「マジになりすぎた」と。それから少しして、私は森ガ―ルをやめた。



今ならわかる。引き算の美学というものが。
欲張って足し算ばかりしすぎると、本来の目的がぼやけてしまうのだ。今回のレコーディングでも、この引き算の美学は大いに役に立っている。ありがとう森ガール期。ありがとう鳥かご。ありがとうどんぐり。


おかげでとても素晴らしいアルバムになりそうだよ。












レコーディング期間中ということで、なんとなく禁酒をはじめてから、約3週間が経った。
ここまでノンアルコールビールでなんとか乗り切ってきたが、そろそろ夜中にしっぽりやりたくて仕方がなくなってきている。

というのもなにしろ、夜の過ごし方がわからないのである。

お酒があれば何かしていたのかと言われたら、別に何をしていたわけではないのだが、とにかく物凄く時間がありあまっているような気がするのである。部屋にはテレビもないし、大好きなラジオもpodcastまで全部聴いてしまっている。本を読んだり、音楽を聴いてみたりしてもいいのだが、あまりそういった気分にならない日には、もういよいよやることがない。

ここ数日間は、くだらない言葉遊びを一人で思い浮かべては一人でくすっと笑うことで暇な時間を凌いでいた。


「タイトなジーンズにねじ.com」

「三代目Jソウルブラジャーズ」

「ヌジョレーボーボー」

「洗いざらしのあざらし」



など、なんとも品もなけりゃ学もない、くだらない遊びである。
そして一通りその言葉達をネットで検索して、自分より先に思いついた人がいるかいないかで、一喜一憂していた。そこから生まれたものは、まぁ、「無」であった。

こんな時にペットでもいれば、と思ったのだが、あいにくうちのマンションではペットを飼うことはできないし、なにしろ私は、猫も犬も鳥も魚も、どっちかというと苦手である。というか、予期せぬ動きをするものへの恐怖心が昔から凄まじく、動物全般あまり得意ではない。大体そんな金銭的余裕もない。

しかし、このままではどうにもつまらなすぎる。何か新しい生命体と出会わなければ、いよいよ言葉遊びのネタも尽きてくる。というかもうとっくに尽きている。そこでふと考えた。

植物なんてどうだろうか。

彼らなら予期せぬ動きは絶対にしないし、それでいて成長も見守れる。目には見えなくても、彼らが何らかの方法で呼吸しているということは理科の授業で習ったし、空気も浄化してくれそうである。しかし部屋がなにしろ狭いので、大きいものは置けない。ライブで遠征に行くことも多いし、頻繁に水をやらなければならないものもNGである。そうすると、自ずと選択肢は一つである。


そう、サボテンである。


サボテンなら場所をとらないし、水をそんなにやらなくてもいい。何より植物の割になんだか親近感が湧くルックスをしていて、ペットに一番近いかな、と思ったのである。愛着が湧けば眺めているだけで時間も過ぎ去りそうだし、よし、サボテンにしよう。


そのとき、昔先輩から聞いたある話を思い出した。
なんでも、サボテンは人の言葉がわかるというのである。


真相を確かめるべく、その先輩は、毎日毎日サボテンに話かけたのだそうだ。
普通だったら、「大きくなれよ」「今日も綺麗だよ」「花咲くといいね」など、サボテンがいい気分になるような言葉をかけるべきだと思うのだが、何を思ったのかその先輩は、「役立たず」「お前は本当に可愛くない」「このサボテンが!」と、サボテンを相手に、来る日も来る日も罵声を浴びせ続けたのである。大体「このサボテンが!」ってなんだ。サボテンはサボテンなんだからどうしようもないじゃないか!
とにかく、そんな罵声についに耐えかねたのか、しびれをきらしたサボテンは、ある日突然爆発したのだそうだ。逆襲のシャアならぬ、逆襲のサボである。(全然うまくない)

これじゃあ全く意味がない。予期せぬ動きをするものが嫌いな私に、突然の爆発なんて耐えられるわけがない。罵声を浴びせなければいいだけの話なのだが、そんな話を聞くと、何もしないで置いておくだけでも、監視されているような気分になりそうで、なんだか怖い。それに私は自分が反抗期の頃、サボテンを1週間で枯らしたことがある。原因不明だが、根元の方から腐っていって、枯れたことは覚えている。常にイライラして両親に悪態をついている私を見て、「おい、お前性根腐ってきてんぞ」とその身を持って忠告してくれたのかもしれない。


とにかくこれでサボテンもだめになった。ではどうしたらいいだろうか。いよいよわからなくなってきた。しかし何もせずぼーっとしていると、あれやこれやいらんことまで考え事をして、どんどん不安になってしまう性格の私である。何かないだろうか。





あ、そうだ。










毎日ブログを書けば良いのだ。










ということで、「なるべく」毎日、ブログを書こうと思います。
サボっていたら、ツイッターなりコメントなりで、叱ってください。




あまり言われすぎると爆発するかもしれないので、ほどよい感じで。


















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