9月頭から始まったニューアルバムのリリースツアーも、昨日の広島公演を終えて、残すところあと3公演となった。早いものである。

今回のツアーはかなりバタバタとしたスケジュールで動いていたため、あまりゆっくり各地を堪能することはできなかった。しかし、それでもしっかりと珍事には恵まれ、非常に充実したツアーとなった。大阪ではトイレで延々とへそを洗い続けるおばあさんに遭遇し、金沢への移動列車ではトイレの鍵を閉め忘れて素敵なお兄さんに見事にドアを開けられ、岡山では大切にしていた腕時計を狭いホテルの部屋の中で見事に紛失した。それでも今考えればそんなことは気にならないくらい、各地で沢山のお客さんに囲まれ、とても楽しいライブをすることができた。来ていただいた皆さん、本当にありがとうございました。

というわけで、今は広島から東京に戻る新幹線の中でこのブログを書いている次第である。いつもは屍のように爆睡する私だが、なんだか今日は色々と思うこともあり、珍しく窓の外をぼんやり眺めたりしている。

今どこらへんかはわからないが、山々と田んぼに囲まれたのどかな風景が窓の外には広がっている。この上ないくらいの快晴で、新幹線内にいても、暑い日差しが差し込んでくる。本当にのどかだ。一生この景色が続けば良いと今は思う。

マンションやビルなど、空を遮る建物はここにはない。空は青く高く、そして大きく広がっている。窓のブラインドを全開にすれば、さぞかし美しかろう。

しかし今、私はブラインドを半分降ろした状態でいる。たかが20cm程度、しかしその20cmをどうして開けないのだろうか、ぼんやり考える。

無論そんなことは無意識であるし、特段意味なんてない。ただ眩しいから、暑いから、それだけである。
でもひょっとして、それってものすごく損をしているんじゃないかとふと考えたのである。

思えば私は、窓のブラインドに関わらず、事誰かと接する時に関してもそうである。あと少し開ければいいところを、開けられないままなのである。めちゃめちゃダサい言い方をするならば、心のカーテンってやつをだ!!(ダセェ

その根底にあるのはトラウマでもコンプレックスでもなく、たった少しのめんどくささと、申し訳なさである。私はいつだって人の様子をチラチラ気にしてしまっている。嫌われるくらいなら無関心でいてもらったほうが良いと、思っているのかもしれない。だから、誰に対しても変わらずにいられる人がとても羨ましい。それが多少横柄であっても、それはそれでかっこいいと思うのだ。なぜ自分にはそれができないのか、なぜ開けられないのか、正直よくわからない。腹の底で他の事を考えているのではなく、ただただ、嫌われたくないと、抜き足差し足、石橋を叩いて渡る。

ありがたい事に、最近は本当に毎日のように好きな人に出会う。かっこいい人と出会う。自分の非力さに気付かされる。その度にどう話して良いかわからなくなる。ちゃんと伝えられるのか、自分にその言語は足りているか、考える。考えているうちに、言い訳と落とし所ばかり考えてしまう。情けない。

そんな私だが、ライブの時だけは本当に何も考えずにいられる。一人でステージに立って、歌って、話す。何を話すか決めてステージに立ったことはない。いつだって行き当たりばったりだ。言い訳ができない場所だから、ライブが好きだ。(でも上手くいかなったら本当に生き地獄だ)

ここ一年、ライブでたくさん話すようになった。元々は声の調子が良くなかった時にはじめたことだったのだが、そうしてから、お客さんが増えた。ライブ中の曲への気持ちの入れ方もわかるようになってきた。自分の間というのが、少しずつわかってきたのだ。

毎日楽しい。奇跡的に楽しい。生まれて初めて行く場所なのに、自分の歌を聴きに来てくれる人がいるというのは、本当に奇跡みたいなもんだと思う。どこで知ってくれたんだろう、どこから来たんだろう。少なくともその時間が、その人にとって無駄な時間ではなかったことを祈るばかりだ。嫌われたなら仕方ない。また好きになってもらおう。

まだまだ規模感の小さい私がこんなことを言うのは、悦に浸っているようだしキザだしダサくて嫌いだ。でもそう思うのだ。有難いのだ、本当に。自分がそういられる場所というのは、本当に貴重なのだ。

ステージの上以外でも、そうなれると良い。いつだってあと20cmブラインドを開けられるようになれば、何かが変わるのかもしれない。

そうこうしているうちに、二時間が経っていた。窓の外には、マンションが見える。街はどんどん都会になっていく。東京なんて、きっとあっという間に着いてしまうんだろう。

ブラインドを全開にしてみる。緑はもうなかったけれど、思ったより空は高かった。






でもやっぱ暑い…


閉めるか…














諸君、聞いてくれ。

私は今猛烈に太っている。少し前から自覚はあった。

しかし、

「今はツアー中だから」

「今日は良いライブができたから」

「マジ食欲の秋」

などとその都度理由をつけ、いつだって自分を甘やかしてきた。美味しいものを食べるということは本当に気分が良い。重くなっていく身体とは裏腹に軽くなっていく心。私は9月に入ってから、みるみる肥大化していった。

私の部屋には全身鏡がない。従って、自覚症状が大体ものを言う。しかし、その「自覚」から私は逃げていたのだ。そう、体重計に乗らなかったのである。
毎日風呂上がりに、嫌でも目に入る鮮やかなブルーの体重計。私はそいつを一睨みし、「たかがグラム単位で明日の気分が変わるなんてナンセンスだ」などと意味のわからない理由をつけて、片足さえ乗せることなく、軽々と(実際には重量感たっぷりに)飛び越えてきた。

しかし今朝、なぜか体重計に乗ってみようと思った。理由は簡単である。太ったことを自覚せざるを得ないくらい、どうにも身体が重いのだ。それも疲れやむくみといった類のものではない。明らかに脂肪と言う名の悪魔に取り憑かれた重さなのだ。わたしは恐る恐る体重計に身体を預けた。





ZEKKU 
~I can't say anything~




私は自分の目を疑った。体重計の液晶には、過去最高まではいかないにしても、近年稀に見るハイスコアが表示されていた。私は一人で「マジか、おー、マジか、マジかー」と思わず独り言を連発した。気が動転したのである。

そのあと深呼吸をし、身体の角度を変えてみたり、片足だけで立って見たり、膝を曲げてみたり、両手を上に上げてみたり、様々な体勢で体重計に勝負を挑んだが、私の完敗だった。これはいかん。いよいよ本格的にダイエットをはじめなければならない。


その時である。私の心の奥底にいる花ちゃんが、確かにこう言った。

「別二イイダロ」

いかんいかん。お前の言葉には騙されないぞ。

「別に誰に見せるもんでもないダロ」

「別にルックスで売っているわけじゃないダロ」

私には目に見えるような気がした。上下グレーのスエットを着て肩肘つきながら床に寝転んで、ポテトチップスをバリバリ食っているリトル花ちゃんが。そして言うだけ言って食うだけ食ったらそのまま寝るリトル花ちゃんが。

負けるもんか…私はなんとか私の心の中に巣食う「ぽっちゃり」という言葉に甘えているこの女に勝たなければならない。そのためには確固たる意志が必要だ。そう、思えば私は「痩せる」ということに対して異常に意志が弱いのだ。

ここ数年、様々なダイエットを試みてきた。プロテイン、おからクッキー、グリーンスムージー、ランニング、りんご、寒天、デトックススープ、ジム…どれも上手くいかなかった。理由はそう、いつだってはじめて一週間ほどで必ずやってくるあの感情である。



「メンドクセェ…」



わたしはとにかく異常なめんどくさがりなのである。できることなら省エネに省エネを重ねた行動範囲で生活したい。冷蔵庫とトイレとベッドの三点さえあれば3日くらい何もしなくても平気なくらいである。

しかしそんなめんどくさがりの私でも、一度だけ大々的なダイエットに成功したことがある。遡ること12年、関取花、当時12歳の頃の話である。

小学校の頃の私は、とても太っていた。ぽっちゃりなんてもんじゃない、かなりの肥満児であった。身長139cmにして49kg、体脂肪38%。入るズボンがなかったので、婦人用のLサイズの膝丈のサブリナパンツを、10分だけのズボンとして履いていた。おまけにめんどくさがりが過ぎて、髪は年に一回しか切らないし、伸びた髪を乾かすのがめんどくさかったから髪もほとんど洗わなかった。もう、ガチの関取である。今思うと普通にヤベェ。

しかし幸いにも「明るいおデブちゃん」だった私は、沢山の友人に恵まれ、とても楽しい小学校生活を送っていた。

そんなある日、中学校入学の準備をあれこれはじめていた春休みのことである。2つ上の兄がやってきて、こう言った。

「お前、小学校まではギリそのキャラでいけたかもしんないけど、中学入ったら多分そのままじゃ友達できないよ」

ハッとした。こちとら新しい友達を作ることに希望しか感じていないというのに、このままじゃ友達ができないとは何事か。

「中学になると、みんな見た目とか気にし始めんだよ、キャラがわかる前に見た目で判断されることもあるんだぜ」

その言葉に、私は思わず身震いした。あまりにも現実味を帯びすぎていて、恐ろしくなったのである。
ましてうちの兄は大真面目で、絶対に嘘を言うようなタイプではないし、小言を言ってくるタイプでもない。これはマジのやつや…と、幼心に思ったのを今でも覚えている。


そして兄は続けて言った。


「あと、二重飛びできないと友達できないぜ」




その日から、私の過酷なダイエット生活がはじまった。まずはじめに、1日をグレープフルーツ半個で過ごすことからはじめた。4日で4kg落ちた。そして暇さえあれば二重飛びをした。はじめは身体が重くてまったくできなかったが、少しずつできるようになっていった。その後も過酷な食事制限と取り憑かれたような二重飛びの練習のおかげで、入学までに38kgまで体重を落とすことができた。髪もボブにし、綺麗さっぱり、お風呂も大好きになった。そして中学に入学してからはすぐにバスケ部に入ったので、通常の食事に戻しても全く体重は増えることなく、とても楽しい中学生活を送ることができた。(絶対真似しないでね)



それがなんだ。今の私は。曲がりなりにも人様の前に出ることをしているというのに、このザマである。情けない。完全に甘えである。

「でも花ちゃんはそのままで良いです!」

「笑った顔が福々としていて良いです!」

「痩せたら花ちゃんじゃないです!」

そんなみんなの優しい言葉に甘えて、「あら、そう?じゃあ、いっかぁ」なんて言っちゃってる自分が情けない。人の優しさに甘え続ける女なんざ、ろくな女じゃなかろうよ。


だから私はここに宣言する。



あとちょっと、痩せる。




あー明日目が覚めたら長澤まさみになってないかなー








昨日、とある収録に向かう途中の電車内での出来事である。

中学1、2年生と思しき男子4人組が乗り込んで来た。
そろいもそろってTシャツの上にチェックのシャツを羽織って、なぜかこれまたそろいもそろって七分丈のズボンを履いている。無駄に早く走れそうなスニーカーからのぞく、毛玉のついたくるぶしソックスが実に愛らしい。残り少ない夏休みをエンジョイしようと、仲良しグループで集まってこれからどこかへ出かけるという感じで、なんとも微笑ましいなぁと思いながら、私は彼らの会話に耳をそばだてていた。

はじめのうちは夏休みの宿題についてやゲームの話だったのだが、私が少し携帯をいじっている間に、気付けば話題は「えっちなサイト」の話になっていた。よくよく聞いていると、「お前はどこのえっちなサイトで見ているんだ」という会話で非常に盛り上がっている。これは絶対に面白い話になるに違いない。聞くしかない。私はすぐさま携帯をポケットにしまい、窓の外を見つめるふりをしながら、彼らの会話を聴くことに全身全霊を注ぐことに決めた。

話をよくよく聞いていると、四者四様、それぞれ愛用サイトが違うらしかった。

「俺は◯◯」
「俺は××っていう海外サイト」
「俺はビデオのサンプルムービー」


そして最後の一人がこう言った。



「俺youtube」


その瞬間、先ほどまで胸を張ってそれぞれの愛用サイトを語っていた3人のテンションがなぜか爆発的に上がったのがわかった。


「お前、まじか!!」

「すげぇ!!youtubeでそんなの見れんのか!!」

「お前すげーな!年齢制限が~とか出てくるじゃん!あれ、どうしてんだよ!?」

「履歴とか母親に見られたらまずくね!?」



彼らにとって、youtubeでえっちなビデオを見るということがどれほど凄いことなのか私にはわからないが、どうやらそれは革命的に凄いことらしかった。

そしてyoutube愛用者の彼が、自慢気に説明しはじめた。
彼らもさすがに周りを気にし始めて小声で会話していたので、細部までは聞き取れなかったが、大体こんなことを言っていたと思う。


「はじめはグラビアアイドルのイメージムービーばかり見ていた」

「でも、リンクをどんどん辿っていくとまだ消されていない動画にぶち当たることがある」


(途中は聞き取れなかった)



「 奇 跡 」



以上だけは確実に聞き取れた。彼はおそらく、寝る間も惜しんでより崇高な動画にぶち当たるために全身全霊を動画堀りに注いでいたのだ。実に勇敢な開拓者である。あっぱれである。

ただ、家族共有のパソコンで見てしまった場合には、youtube上からも、パソコン自体からも履歴を消すことを絶対に忘れてはならないということを彼は力説していた。何しろ莫大な量の動画をたどってその「奇跡」までたどり着くわけだから、履歴がとんでもないことになるのだろう。賢い子である。

なるほど、私は自分のパソコンがあるので、意識をして履歴を消す必要もないためチェックしていなかったが、確かにyoutubeの履歴はチェックしてみたら面白いことになっているかもしれないぞ、と思った。
そこで私は、youtubeにログインして、自分の履歴を見てみることにした。

するとまず、登録したつもりもないチャンネルが十数個登録されているではないか。一体これはなんなのか。少し焦りはじめた。そして、恐る恐る履歴をクリックしてみると、韓流アイドルが投げキッスをしている動画が延々とループされる動画や、韓流アイドルが泣いている動画や、韓流アイドルが汗を拭く動画などがずらりと出てきた。


身に覚えがない。一体これは何なのか。一瞬、妙にゾッとした。


しかしその理由はすぐに判明した。少し前に実家に帰った時に、実家のパソコンから、自分のアカウントでyoutubeにログインしたことがあった。恐らくそのままログアウトせずに放置してしまったため、何も知らない母がそのままyoutubeを利用したのだろう。家事で疲れた母親は、アイドルの投げキッスの動画を見てきっと元気をもらっていたのだろう。綺麗な涙にもらい泣きしたのだろう。汗を拭く動画は…知らん。

それにしても、なんだか事の流れ的に、息子のえっちな動画の履歴を見てしまった親のような気分になってしまった私は、無性に気まずくなって、とりあえずその履歴は全削除しておいた。ごめんよ母さん。


ところで、それだけパソコンを駆使して動画を検索しまくっている中学生男子が、「エロサイト」と言わないで、「えっちなサイト」と口を揃えて言っていたのはなぜなのだろうか。私はそれが、なんとも可愛らしいなぁ、と思ったのであった。ほんの微妙なニュアンスの差で、生々しさを回避できたり、可愛げが出たりするもんで、思わぬところで言葉選びの妙を再発見したのであった。少し下品な言葉には、コロコロコミック感がある方が、可愛げがあって、なんだか良い気がするのである。

よりによってそんなことをぼんやり考えていたら、すっかり朝になってしまった。
8月の終わり、窓からは少し涼しい風が吹き込んで来る。
今年の夏は、恋をせずに終わりそうだと私は悟ったのであった。














日付が変わって昨日8月1日は、福島県は猪苗代湖を目の前に、「オハラ☆ブレイク」というフェスに参加させていただいた。温かいスタッフの方々や素晴らしい出演者の方々、地の物の食事は勿論、ロケーションがとにかく最高だった。雲一つない空、きらきらの湖、連なる山々、生い茂る花や緑、カゲロウ…まさに花鳥風月、自然の景物の美しさに、心を洗われた。

花鳥風月と言えば、一つ思い出すことがある。

遡ること12年前、小学校6年生の時の話である。生意気の盛りの12歳が30名ほど集まった新学期の教室に、若い教師がやってきた。背丈は170cm弱、昔スポーツをやっていたのであろう中マッチョな健康体には、短髪がよく似合う。顔は映画「ロードオブザリング」で主人公フロドを演じたイライジャ・ウッドにそっくりだった。手早く荷物を作業机に置き、教卓に出席簿をドンと置いた彼は、黒板にチョークを走らせ、名前を書きながらこう言った。

「えーっと、ね、今日からこのクラスを一年間担任します、Sです。よろしくね!」

爽やかすぎる彼の挨拶に、生意気盛りのしけきった生徒たちは「よろしくお願いしま~す…」とだらしない返事をすることしかできなかった。

彼のことは知っていた。確か今年が教師になって二年目で、一年目は低学年のクラスの担任だったのだが、その爽やかなルックスで保護者のお母様方にとにかく大人気で、異例の大抜擢で今回小学校6年生のクラスの担任になったのである。

「いやいやいや、なんつーかさ、あれだよ?わかるわかる!今まで皆を見てくれていたほかの先生たちに比べて俺は年齢も若いし、なんだこいつと思うでしょ?でも逆に考えれば年齢が近いぶんだけ皆の気持ちもわかるしさ。今までの先生とは、ちょっと違うかもしんないけどさ。ていうかあれでしょ、普通先生って自分のこと俺とか言わないでしょ?笑 まぁそんなわけで…」


秒速だった。直感だった。すぐに私は確信した。


やべぇ…苦手だ…


急いで親友のRちゃんの方を見た。彼女も私を見ていた。頷いている。
そして彼女の口が動いた。

「ガ ン バ ロ ウ」

私もゆっくりと頷いた。

彼はその間も喋り続けていた。学生時代はラグビーをやっていたこと、スーツの色はグレーの方が若々しく見えるからいいんだってこと、あとまぁ全然覚えてないけど多分どうでもいいこと。
そうこうしているうちに、皆彼の話に飽きはじめて、各々こそこそと喋り始めた。一人が二人になり、二人が三人になり…みるみる間にクラス中が騒がしくなった。次の瞬間である。




バンッ!!!!!!!!!!!!!!!!



ざわめく木々達の元に突然落ちた雷鳴のごとく、その音は響き渡った。
S先生が、教卓を叩いたのである。思わずシンとする教室。
そして彼は言った。


「おい、お前ら…


なめんなよ?


めっちゃキメ顔で、こちらを見ている。両の手を教卓につき、前のめりの体勢で、斜め下から睨みつけながら、クラスの一人一人の顔を確認するように眺め回している。お調子者の男子は、ニヤニヤするのをこらえながらも少しビビった様子で、S先生を見ている。反対にクラスのマドンナは、目をハートにして彼を見つめている。私はRちゃんの方をチラリと見た。親友の彼女はどうだろうか。すると、彼女もこちらに気付いたようで、また小さく口を動かしてきた。


「…ッズオー」

なんだろうか。首を少しだけ傾けると、もっとわかりやすく口を動かしてくれた。

「キ ッ ズ ウ ォ ー … 」

皆さんはご存知だろうか。その昔、井上真央さんが子役時代に主演されていた昼ドラ、「キッズウォー」を。井上真央さん演じる主人公茜は、派手な髪型にルーズソックス、男勝りで口は悪いけど、人一倍正義感が強く、理不尽なことがあるとどんな不利な状況だろうと果敢に立ち向かうとてもかっこいい女の子だった。その決め台詞が、「ざけんなよ?」だったのである。そして茜はいつも教室の自分の机を蹴っ倒していた。マジか、茜の真似なのか。しかも「ざけんなよ?」を「なめんなよ?」に、「机を蹴る」を「机を叩く」にマイナーチェンジしたのか。だとしたら、だとしたら。


だ、だせぇ…


吹き出しそうになるのをこらえながら、必死で前を見据えた。S先生は、まだ教室を眺め回している。なんとか目をそらさねばと視線をずらすと、その先には先生用の作業机があった。そして私は発見してしまった。



意味わかんないくらいでかいアラビックヤマトを。






(左端が通常サイズ、私が発見したのは右端)





…限界だった。もう無理だった。


「んふっ」


思わず笑い声が溢れてしまった。そしてS先生が言った。


「どうした?なんかおかしいか?」

まさか、「アラビックヤマトがでかすぎて」笑ったなんてこの空気の中で言えるはずもなく、気の小さい私は弱々しく、「え、いや…すみません…」ということしかできなかった。

ほどなくして、その場はおさまり、皆の入る委員会を決めることになった。
放送委員会、飼育委員会など、様々な委員会がある中で、最も不人気なのが、運営委員会だった。委員会の中では一番偉いのだが、放課後に残って作業をしたり、議事録を書いたり、各行事で皆の前で挨拶をしたりする機会も多く、割とめんどくさいやつである。勿論誰も立候補なんてしなかった。しかし、決まるまでは他の委員会は決められないとS先生が言う。運営委員会は、基本毎週火曜日と木曜日の放課後に集会があるということで、S先生は、席順に、生徒一人一人に火曜日と木曜日の予定を聞き始めた。

「ピアノの稽古です」「塾です」「ECCです」なかには、「二年前からずっと飼育委員会がやりたかったんです」という子もいた。皆うまいこと理由をつけて、さらりとかわしていった。勿論言葉につまっている子も何人かいたが、人前で話すのが苦手そうなおとなしい子には、S先生もそこまでつっこまなかった。

いよいよ私の番がきた。

「塾です!!」

きまった。これで私の番は終わりだ。心底ホッとした。

そして次の子、その次の子…と教室を一周したが、結局「じゃあやりますよ」という子は現れなかった。そしてなぜか、二周目に入ったその瞬間である。

「花」

耳を疑った。今私の名前を呼んだのか?動揺した。

「花、木曜日なんだっけ?」

「…ピアノです!!」


「あれ、さっき塾って言ってなかったけ?」



…おわった。



そして私は運営員会に決まった。さらにその中でも運営委員長を務めることになった。(じゃんけんで負けたのだ)楽しかったけど。


そんな最悪の幕開けではじまったS先生との一年間は、かなり強烈だった。その中でも色濃く覚えているのが、花鳥風月である。

体育の時間になると、決まってS先生はお決まりのファッションに身を包んだ。日差しの強い真夏だろうが、日差しも別に強くない真冬だろうが、決まってキャップを後ろ向きにかぶって登場するのだった。そして、いつも「花鳥風月」とプリントされたTシャツを着ていた。これがでかでかとプリントされていても結構ツボなのだが、もう意味わかんないくらいちっちゃく胸元にプリントされているのだった。ラコステのワニ、四匹分くらい…とまではいかないかもしれないが、気持ち的にはそれくらいの感じだった。それが私はめちゃめちゃツボだった。だってアラビックヤマトはめっちゃでかいのに…と思うと、もうだめだった。もはや逆に可愛い。むしろ推せる。


はじめの印象こそ最悪だったが、S先生はS先生なりに一生懸命な人だった。若くして6年生の担任を任され、きっとプレッシャーもあっただろう。生徒と年齢が近いから、偉そうにせずに友達になるつもりで頑張ろうとしてくれていたんだろう。運営委員会を決めるときも、なんとなく私のキャラを見抜いていたのだと思う。実際、S先生はあのあとから私のことを凄くおもしろがってくれて、こんな生意気で抜けてる私のことを可愛がってくれていた。そんなことで、たまに空回りしちゃうこともあるけど、根は熱くていい人なんだと私もクラスの皆も、少しずつわかっていった。

そして月日はあっという間に流れ、卒業式の日。

卒業証書の授与も終え、皆小綺麗な服に身を包み、席についていた。
あとは先生からの言葉と、「起立、礼、さようなら」だけである。私たちは、いよいよ小学校を卒業する。あんなに毎日、早く終われと思っていた学校が終わるのが、どうしようもなく寂しかった。ずっと終わって欲しくないと思った。はじめてS先生に会った日、うるさくしていたクラスの皆も、今日ばかりは静かだった。

そしてS先生が口を開いた。


「多くのことは言いません。きっとこの一年で、僕も皆も、たくさんのことを教えて、教えられて来たから。」


4月は教室に入ってくるや否やあんなにベラベラ喋り倒していたS先生が、こんなこと言うなんて。何かぐっとくるものがあった。


「だから…」


なんだろう。最後にかっこいい一言でもあるのだろうか。期待に胸が膨らんだ。



「歌を歌います。…聴いて下さい、山崎まさよしさんで…"振り向かない"」



…??


…??????


…!?!?!?!?!?!?


教室を包み込む静寂。何が起こったか誰しもが理解できなかった。
そしてS先生はあろうことか、教卓に座って、アカペラで歌い始めた。




「君の気持ちが揺れたのはごく自然なことなのさ…♬」




…当たり前である。


しかしこれは動揺だ。動揺で皆の気持ちが揺れているのだ。
そしてクラスの皆が思った。



はやく終われ…。



ついさっきまで、あんなに終わってほしくないと思っていたのに。涙が滲みかけた瞳は今やサラサラの砂漠と化していた。そこからは正直もう何も覚えていない。気付けば曲は最後のワンフレーズだった。


「~確かに歩き出すよ…Mm…」


終わったのか…?これは…?今のはなんだったんだ…?拍手、拍手か…?ここは拍手か、そうだな、拍手だな!!!!!


という無言の一体感が教室中を包み、我々は盛大な拍手をS先生に送った。S先生は照れくさそうに笑いながら、「やめろよ~~!」とか言っていた。もう逆に許せる。マジ推せる。



そんなこんなで私たちは、小学校を卒業した。勿論、そのあとS先生には二度と会っていない。
そしてほんのちょっと前、親友のRちゃんと飲んでいたとき、このS先生の話題になった。


「S先生ってさ、今なにしてんだろうね、まだあそこの小学校にいるのかな」


するとRちゃんは言った。


「あれ、言ってなかったっけ?私たちが卒業した次の年かなんかに、できちゃった結婚して、あの小学校辞めたって噂だよ」

「え」


「ほら、もう一人S先生と同じ時に入って来た若くて可愛い先生いたじゃん、あの先生と」




何が花鳥風月だ…




暑い。暑すぎる。

夏は苦手である。
ちょっと動いただけで汗が吹き出る。風呂に何度入っても足りない。
日焼け止めも嫌いだ。全身毛穴をセメントで固められたような気分になる。
かといって肌の露出を控えた服を着れば、やはり暑い。もうどうしようもない。

もちろん良いこともある。
ビールが美味い。四季の中で間違いなく、夏に飲むビールが一番美味い。
アイスクリームを食べる言い訳ができる。毎日食べてもあまり罪悪感がない。

そんなわけで夏は最大の敵であり最大の味方なのである。
「夏休み」なんてまさにその象徴である。

そんな夏休み、学生の頃はとにかく怖かった。
夏休みに入れば、毎日顔を合わせている友達としばらく顔を合わせなくなる。
ただそれだけで、毎年毎年、得も言われぬ不安に襲われた。
夏休みは長い。一か月半くらいある。子どもにとっての一か月半は、とてつもなく長い。
寂しいからとか、宿題をやらなきゃとか、そんな不安ではない。
あいつもしかしたら、今頃自主練をしているかもしれない。夏休み明けには部活のレギュラーの座をあいつにとられているかもしれない。
あの子もしかしたら、毎日食事制限を頑張っているかもしれない。夏休み明けには、ぽっちゃり同盟からあの子は抜けているかもしれない。

とにかく、夏休みの間に誰かと差がついてしまうのが怖かったのだ。

ならば自分も何か頑張ればいいのだが、夏休みという不思議な時間の中で、ただぼんやりと毎日を過ごすことはあまりにも心地よく、だらだらすることも、親に甘えることも、なんだか少し許されてしまう気がして、私はいつだって、何も頑張らなかった。
しかし、何かしらの小さい後悔はその都度あっても、今になってまで「あの夏、こうしておけば」と感じることはそんなにない。よくわからないけど、縁側で鼻くそをほじくりながら蟻の行列を眺めていたあの時間は、それはそれで美しく、他の人にはない、実に私らしい貴重な夏休みの思い出なのである。しかし、ひとつだけ後悔していることがある。


恋だ。もっと恋をしておけばよかった。


浴衣を着る喜びよりもめんどくささが勝ってしまう前に、花火の美しささえ人ごみの前では何の魅力も感じなくなる前に、金魚すくいですくった金魚なんて大体その夏のうちに死ぬってことに気づく前に。恋をしておけばよかった。
夏はすべてをまぶしくさせる。若ければ、なお一層だ。ガラス玉の瞳で、万華鏡の世界を覗くことができるのだ。

今でもたまに、ガラス玉の瞳をした人に出会うことがある。無菌室でずっときれいな夢だけを見ていたような、そんな瞳だ。そんな瞳をしている人に、私は憧れる。目が離せなくなる。
そしてそういう人は大抵、似たような雰囲気を持っている。これからも何度だって会えそうなのに、明日には死んじゃいそうな、不思議な雰囲気である。
そんな人に出会うと、男の子とか女の子とか関係なく、ただただ美しいなぁと思う。あぁ、夏休みみたいな人だなぁ、と思う。なんだか無性に泣けてきたりする。

そして思うのである。あの時、まだ自分がガラス玉の瞳をしていたあの時に、もっと恋をしておけばよかったなぁ、と。もちろん、何もなかったわけではないけれど、もっとしておけばよかった。「夏休み」にもっと恋をしておけばよかった、そう思うのである。




恋がしたい、恋がしたいと思ってまた一年が経った。
今年も夏が来たのである。

今からでも間に合うと良いのだが。















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