曲がりなりにも人前で歌を歌わせていただいているので、私はしばしばツイッターでエゴサーチをする。

基本的にリプライでいただく感想は、ライブなりCDなりで私の事をすでに知っている人達が、私に宛てて書いてくれているので、有難いことに好意的な意見がほとんどである。それに対してエゴサーチで見つける感想は、本人が読まない前提で、関取花について「初めて見た印象」であったり「聴いたことあったけどこんな人だったのか」など、より客観的な感想を書いてくれているものが多い。こういう感想にこそ、自分では気づいていなかったダメな部分を知るヒントが隠されていると思うので、私はエゴサーチをしては、来る何らかの機会に備えて参考にさせていただいているのである。

少し前の話になるが、いつものように私がツイッターで「関取花」でエゴサーチをしていたときのことである。私はある呟きを発見した。内容としては、以下のようなものだった。


「ラジオから関取花ちゃんの歌が流れてきた。懐かしいなぁ、昔ヘアメイクを担当したことがあった。あの撮影、楽しかったな…」



「花ちゃんには歌い続けて欲しい。私はもう、ヘアメイクの仕事は辞めてしまったけど…」



「でもいいの。今はやっと天職を見つけられたから…今の私が本当の私だから…」


私は普段ヘアメイクをつけることなんてほとんどないので、この時、すぐにこの人が誰かピンときた。また、ツイッターの名前から考えても、間違いなかった。

しかし、確かに一度ヘアメイクでお世話になってから会う機会もなく、数年が過ぎ去ってしまっていた。まさかこんな形で発見するとは…しかしヘアメイクを辞められていたとは。はて、天職とはなんなんだろうか。気になった私は、彼女のツイッタープロフィールを見てみる事にした。するとそこには、




「六本木で夜の猫をやっています。」





マジか。



猫になったんか。



六本木の猫になったんか。




ニャんてことだ(寒


そしてプロフィールには、リンクが1つ貼られていたので、気になった私は即座にクリックした。

やがて開かれたウィンドウ画面には、自分では到底たどり着かない世界が広がっていた。

そう、彼女は六本木のSMの館の飼い猫になっていたのである。(写真の中の彼女は、首輪を付けていた)

顔は間違いなく私がヘアメイクでお世話になったその人であったが、とてもそのような印象はなかったので、驚いたと同時になんだか見てはいけないものを見てしまったような気分になって、私はそっとウィンドウを閉じたのだった。


それからは、何も知らなかった事にしようと思い、詮索もせず、彼女が六本木の猫になったことは忘れようと努力をした。しかし、CDのリリースがある度に、やはり昔お世話になった人達の顔は思い出すわけで、もれなく今回のリリースに際しても彼女のことを思い出した。


しかし、どんなにエゴサーチをしても、彼女を見つけるヒントである「六本木の猫」サーチしても、彼女のことは見つけられなかった。うろ覚えではあったが、なんとか記憶をたどり、やっとこさ再びたどり着いたその館のホームページにも、彼女の姿は見つけられなかった。

今彼女はどこで何をしているのだろうか、違う街で猫になっているのか、新たな天職を見つけたのか、はたまたヘアメイクの現場に戻っているのか、真相は謎のままである。

しかし、たとえ彼女がどの街を彷徨っていても、自然と耳に届くような歌を歌わねば、と思う。目指すは遥か彼方、君の住む街だ。




…ということで、あらためて10月5日に初のシングル「君の住む街」をリリースします。とても良い仕上がりになってます。よろしくお願いします。売れろ。






ある日、電車に乗っていた時のことである。

隣に座っていた4、5歳の女の子と、彼女の母親の会話が聞こえてきた。純真無垢なキラキラの瞳で、彼女はお母さんにこう言った。



「わたしはどこから産まれてきたの?」



で、出たーーー!その質問!!と内心思いながら、私は耳をそば立てた。一体どんな返事をするのだろう。するとその子の母親が、穏やかな表情でこう言った。



「天使が運んできてくれたんだよ」



100点!もう、100点満点!グッジョブ、お母さん!これには女の子も、そうなんだ〜と納得の様子であった。

幼い頃に誰もが一度は持つこの疑問、そして一度は投げかけるこの質問。たとえ真実は一つだとしても、すぐに真実を事細かに話す親はあまりいないだろう。だから、それぞれの答え方で、それぞれの「産まれてきた場所」をまずは教えるのだ。

ご多分に洩れず、私もかつて同じ質問を母にしたことがある。「私はどこから産まれてきたの?」と。あれは小学校に上がるか上がらないかの頃だったと思う。

今でも忘れはしない。私の母は確かにこう言ったのだ。




「首よ」



「首から産まれてきたのよ」




あまりにも自信満々に、あまりにもさも当たり前よといった感じで母が言うので、私はそれを信じた。かぐや姫の竹が首になったような感じで産まれたのか、と思った。今になってみれば、それがどれほどえげつない光景かは想像しただけでなんていうか本当にあれなのだが、何しろ純真無垢な少女の頃である、そうか、首から産まれたのか、と妙に納得してしまったのである。





(当時想像していた図。狂気でしかない。)




それからしばらくして、友達と「どこから産まれてきた談義」になった。
ある友達は「天使が運んできてくれた」と聞いたと言う。また他の友達は、「コウノトリが運んできてくれた」と聞いたと言う。二人は話しているうちに、「きっともともとは天使が運んでいるんだけど、途中でなんらかの事情でコウノトリに預けた場合、コウノトリが赤ちゃんを運んでくる場合もある」という結論に至った。そして、「花ちゃんはどこから産まれてきたの?」と聞かれたので、私は自信満々に、こう答えた。


「首」


「私、首から産まれてきたらしい」



その直後、謎の沈黙と不穏な空気が私たちを包んだことは言うまでもない。しかし、そこは純真無垢な少女たち、なんとかして穏やかな結論に持っていこうと頑張ったのだった。色々考えた結果、


「もう、花ちゃんのお母さん天使だったんじゃね説」


に辿り着いて、一件落着した。

それからしばらく、私は天使から産まれた天使の花ちゃんのキャラだったが、その中身があまりにも天使っぽくなかったので、あっという間に忘れ去られたのだった。


もしも私に子供ができたら、どんな風に伝えるだろう。電車に揺られながら色々考えてはみたものの、自分の母親を越えられるパンチのある答え方は、未だに見つかっていない。

それにしたって首はひどい。今度会ったら母親になんであんなこと言ったのか聞いてみようと思う。しかし、私があまりにもブログやラジオで母親のネタを話すので、最近ちょっとわざとウケを狙って話してくる傾向がある。だから、あれで聞いてみようと思う。




そう、LINEでね (どや)



=====



ということで、ブログがLINEブログになりました。と言っても特に変わったことはありません。(過去の記事もこのブログで読めます。)

これからも気ままに更新して行きますので、何卒よろしくお願い致します。

先日、電車に乗っていた時のことである。
隣に座っていたOLらしき女性二人が、たまごっちの話をしていた。25歳前後、おそらく私と同い年くらいのようだった。なにっちが好きだったとか、何色のたまごっちが欲しかったとか、聞いているだけで懐かしくなるようなワードが飛び交っていて、私も思わず、ふと小学生の頃を思い出した。

たまごっちが流行っている頃、わたしはドイツに住んでいた。とは言っても日本人小学校に通っていたので、流行り物なんかは日本のそれと基本的には変わりなかった。皆日本に住むおじいちゃんやおばあちゃんに送ってもらったり、お父さんに出張ついでに買ってきてもらったり、一時帰国の時に買って帰ってきたりと、なんらかの方法で日本で流行っているおもちゃやゲームを手に入れていた。

その中でも皆が我先にと手に入れたがったのがたまごっちだった。全盛期の頃なんかはクラスのほぼ全員が持っていたのではないだろうか。白いたまごっちはレアだとか、珍しいキャラを出すための裏技だとか、毎日たまごっちの話で持ちきりだった。

はじめのうちはそんなに興味がなかったものの、あまりにも皆が楽しそうに話をしているので、次第に私もたまごっちが欲しくてたまらなくなった。そしてすぐに、両親にねだった。

私の両親は、普段、誕生日やクリスマスのイベントごと以外にはプレゼントを与えない人たちだった。私もそれが当然だと思っていたし、なんでもない日に何か貰えるほどいい子ではない自覚はあったので、特にねだることもなかった。そんな私がその時ばかりはあまりにもしつこかったので、両親が困惑していたことを今でもよく覚えている。

それでも私の両親は、なかなかたまごっちを買い与えてはくれなかった。しかし、それでもしつこくねだり続けた私を見て、クラスの皆が持っている中一人だけ持っていないのは可哀想だと思ってくれたのか、ある日父親がついに買ってきてくれたのだった。

私は涙が出るほど嬉しかった。あの小さな画面、三つのボタン、ボールチェーン。皆が持っているたまごっちが、やっと私の元にやってきたのだ。ありがとう、ありがとうお父さん。本当にありがとう。

私はすぐに電源を入れた。画面には小さなたまごが一つ。そうか、はじめは皆たまごなんだよな、どれくらいしたら生まれるかな、早く私もベビっちが見たいな。そんなことを思いながら、私はたまごが割れるのを待った。

しばらくすると、たまごにヒビが入り、少しゆれはじめた。来る、来るぞ。私の胸の鼓動はどんどん早くなっていった。

ヒビがどんどん大きくなり、たまごが大きくゆれはじめた。生まれる、生まれるぞ。私は画面を食い入るように見つめた。そしてその時がきた。


ピーーーという大きな音と共に、ついにたまごが割れた。そしてたまごの中から、念願のベビっちが現れた




     





かと思った。










しかし、そこから生まれてきたのは













もう一度言おう。






ただの亀



私は何が起きたかわからなかった。これはたまごっちじゃないのか。小さくて丸いおまんじゅうみたいなべびっちが生まれてくるんじゃないのか。なぜ亀なのか。なぜ割とでかめな亀なのか。


いや待て。もしかして、めちゃくちゃレアなキャラが出たのかもしれない。私は小学生用の雑誌についていたたまごっち図鑑を広げて、ただの亀を探した。いない。どこにもいない。そして、幼心に私は気づき始めた。


これ



パチモンだろ…


そもそも、絵のテイストが全然違う。完全にアメコミ風だし、めっちゃ笑ってるし、すごいこっちを見てくるし。しかし、まさか言えるはずがない。お父さん、これパチモンだよねなんて。

そして私は泣く泣く、そのかめっちで遊んでみることにした。とにかく、三つのボタンがあることはたまごっちと変わりない。たまごっちは確か、この三つのボタンで食事を与えたり、ゲームをしたり、電気を消したり、そういったお世話ができたはずだ。かめっちはどうだろうか。まず一番左側のボタンを押してみた。




「food」




おぉ。どうやら食事は与えられるらしい。早速食事を与えることにした。美味しそうに食べている。しかし可愛くねぇ。まぁ良い。




次に真ん中のボタンを押してみた。



「clean up」




おぉ。なるほど、食事を与えたあとにはかめっちも用をたすらしい。その際はこちらで掃除をしてあげれば良いのだな。良かった、このボタンがあって。




そしてラスト、一番右のボタンを押してみた。きっとゲームか何かができるはずだ。あっち向いてホイとか、そういうやつ。私は期待を込めてボタンを押した。






「PM14:00」



時間



まさかのただの時間





ゲーム機能がついてるだなんて、少しでも期待した私が馬鹿だった。かめっちは思っているよりもひたすら現実的なゲームだったのだ。生まれて、飯を食って、用を足して、時を重ねる。生きていく上で必要最低限の行動だけで、彼は生きていくのだ。そして私は、それを見守ることしかできないのだ。すごい、深い、深いよかめっち。


そんなわけで、わたしとかめっちの奇妙な日々が始まった。きっと徐々に愛着が湧いてくるはずだ。何しろ亀だ、これから長い付き合いになるはずだ。思い切り可愛がってあげよう。そう心に決めてから三日後のことだった。いつものように画面を覗き込むと、そこに表示されていたのは

 







「†」



まさかの十字架


亀は万年生きるんじゃなかったのか


あまりにも急な出来事に、私は驚いた。嘘だろ。まだ名前だってつけちゃいなかったんだぜ。

でもここはまだ小学生、また新しく育て始めれば良い。そう思い、一度電源を落とし、再起動してみた。





「†」






そう。かめっちはやり直しのきかないゲームなのだ。一つのかめっちからは一つの命しか生まれないのだ。生まれて、飯を食って、用をたして、時を重ねる。そしてやがて、死ぬ。そして二度ととやり直すことはできないのだ。やはりかめっちはどこまでも現実的なゲームだった。さようならかめっち。ありがとうかめっち。もう私、たまごっちなんていらないよ。

そして、そうこうしているうちにたまごっちブームも落ち着き、わたしは結局本物のたまごっちを手にする事はなかった。


そんなことを思い出しながら、隣に座っている女性たちの話に耳を傾けていると、聞き慣れた言葉が飛び込んできた。





「そういえばせきとりっちっていたよね」







「いたっけ?せきとりっちとかウケる」


 





いや、かめっちの方がウケるから。










そいつが突如として私の眼前に現れたのは、6月の終わり頃のことだった。

その日は梅雨真っ只中で、私は夕方から急に降り出した雨から逃げるようにして家路を急いでいた。最寄駅から私の家までは徒歩10分ほどの道のりだが、ゲリラ豪雨のような雨の中、傘もささずにいたせいか、いつもより異常に長く感じられた。日焼け止めを塗った肌が勢いよく雨を弾く感じが、なんだか妙に気持ち悪く、とにかく早く風呂に入って、この憂鬱な感じを洗い流したい、そう思いながらなんとかアパートまでたどり着き、駆け足で階段をのぼった。

私の住んでいるアパートは内廊下になっていて、ホテルのように各部屋の玄関が向かい合っている。部屋に入る前にその内廊下で雨を一払いしている時に、私はそいつに出会った。

そいつは、ちょうど廊下の真ん中あたりで、所在なさげに小さく縮こまっていた。ボロボロの姿で、何も言わず、動きもせず、ただそこにいた。その光景はあまりにも異様だった。でも、部屋に入るためにはそいつの横をどうしても通り過ぎなければならない。私は恐る恐る近づいた。一歩、二歩、私が近づいて行ってもそいつは微動だにせず、ただ黙って、内廊下の天井を眺めていた。どうして一人ぼっちなのだろう、どうやってここにたどり着いたのだろう。そんなことを考えながら、私はそいつを横目に、なるべく風ひとつ立てないように、部屋のドアを閉めた。


翌朝、ゴミ出しに行くために私は再びドアを開けた。燃えるゴミの日は収集車が早く回ってくることが多く、その日も窓の外から聞こえる収集車の音で目が覚めた。私は寝ぼけ眼でゴミ袋を持ち、バタバタと階段を駆け下りた。そして、なんとかゴミの回収に間に合い、ホッとしながら部屋に戻ろうとしたその時である。

そいつは昨日よりもやや私の部屋に近づいたところで、昨日とまるで同じように天井を見上げていた。急いでいたため部屋を出る時は気がつかなかったが、そいつは昨日からずっとそこにいたらしい。

気味の悪いような気もしたが、朝の光を浴びたそいつは、昨日よりも少し人間味があるように見えて、哀愁漂うその小さな姿と相まって、なんだか可愛く思えた。しかし、それは同情だとか愛情だとかそんな類のものではなく、ある種怖いもの見たさのような興味というだけであった。

それからそいつは変わらず私の部屋のドアの前にいた。来る日も来る日も、誰かの帰りを待つかのように、ただそこにじっとしているのだった。

ある日の夜、寝苦しくて寝付けずにいた私は、自分の部屋の天井を眺めながら、そいつのことを思っていた。毎日毎日、内廊下の天井を見上げて、一体何を思うのだろう。そもそも、この内廊下を共有しているのは六部屋であり、どの部屋もかなり狭いワンルームのため、必然的に一人暮らし、六人がこの階に住んでいることになる。つまりそいつは毎日毎日六人の人に横目で見られながら、誰にも手を差し伸べられず、しかしどこかに葬られるわけでもなく、ただ放って置かれているというわけである。もし自分がそんなことをされたら、いてもたってもいられなくなって、発狂でもしてしまうだろうな、と思った。

そいつのことは何も知らないけれど、おそらくそいつにも良い時代はあって、自分をその胸に抱いてくれた人もいて、それが今やボロボロの姿で見過ごされる毎日かと思うと、来世でこそは幸せになってほしいとさえ思った。まったく馬鹿げているが、本気でそいつの幸せを願ったのだった。そして私はいつの間にか眠りについていた。

翌朝ドアを開けると、そいつはいなかった。まるでずっと何もなかったかのように、そいつが現れる前の内廊下に戻っていた。私はなぜか妙にホッとした。そこが土であれ、愛する誰かの胸であれ、然るべき場所にそいつがきちんと帰ったのだと思うと、なぜか妙に安心したのだった。

そして私はそのあと洗濯機を回しながら、あらためて思ったのだった。


  




ユニクロのブラトップ、最高。 




ブラトップはそんな心配ないもんね、考えた人すごいよね。







要するにアパートの内廊下に誰のか知らないボロボロのブラジャーのパットが落ちてたってだけの話です。暇かよ。


東京は新宿、雨上がりの曇天、華の金曜日。

今日は朝からバイトだった。パソコンに半日向かっていたので、身体がどうしようもなく重い。それでもこの石のようになった肩に、私はユニクロで買ったセール品をぶら下げてとぼとぼと大都会・新宿を歩いていた。(パンツ2本とTシャツ3枚で5000円くらい。激安。)

スーツを着た社会人の人々とすれ違う度に、色んなことを思う。私はどんな仕事をしている人に見えるのだろうか。プー太郎に見えるのだろうか。それとも、社会人らしく見えているのだろうか。楽器を持っていないと、いまいち自分がわからなくて、思わずうつむいてしまう。

街の端々では、これから飲みに行くのであろう新卒1年目と思しき集団が、居酒屋のキャッチにつかまっている。きっとどこに行っても楽しいよ、と思いながら、眩しすぎる彼らに目が眩みそうになり、私は逃げ込むように紀伊国屋書店に入った。

店の前に置かれたワゴンには、又吉先生の新作がズラリと並んでいた。可愛らしいお洒落な女性が、パネルの写真をスマホで撮っていた。ファンなのだろう。その横では、待ち合わせをしているのであろう、高級そうな着物にルイヴィトンのバッグを持ったホステスらしき女性が2人、何やら談笑をしていた。すれ違うと、良い香りがした。女の香りだった。

店内に入ると、一人の小綺麗なお爺さんが立ち読みをしていた。新宿飲み歩き散歩、みたいな本を、食い入るように見つめていた。妙にホッとして、私もその本を手に取ろうと、お爺さんの斜め後ろに立ったその時である。









「ブッ」







…屁であった。



それは、清々しいほどに美しい、なんの濁りもない、絵に描いたような屁の音であった。

私は感動した。こんなにも美しい屁の音があるのかと。何しろ清潔感があった。健康的なスタッカートだった。匂いもなかった。何よりお爺さんの動じなさが凄かった。確実に、誰に聞いてもそのお爺さんがこいたのに、全く動じないのである。よく見ると、若干尻が後ろに突き出ていたような気もするが、もともとややや腰が曲がっていたことあり、そんなこと今更どうでもよかった。

そして何より、私はなぜか妙に安心した。名前も知らなければ、話したこともない。何にも彼のことは知らないけれど、あぁ、きっとあのお爺さんは長生きするなぁ、と思ったのだ。本当は何かの大病を抱えているかもしれない。奥さんが亡くなっているかもしれない。それでも、私が見たお爺さんは紛れもなく人として健康だった。周りのことを気にせず、好きなことをするその姿勢は、今日の私には、どうしようもなく輝いて見えた。カッコイイと思った。


よく、友人達と飲んでいると、好きなタイプはどんな人か、という話になる。私はいつも、「心身ともに健康で、サバイバル能力のありそうな人」と答えている。しかし、「例えば?具体的にどんな人?今まで出逢ったことはあるの?」と聞かれると、うーん、となってしまっていた。しかし、今なら言える。あのお爺さんがタイプだと。というか、ああいうお爺さんになれる人がタイプだと。


華金の新宿に怖気付きそうになっていた私に、お爺さんの屁が勇気を与えてくれた。まるで音楽のようだ。思わぬところで耳にした誰かが、勝手に元気になったのだ。最高にPOPだ。これこそJ-POPだ。いや、J-PUPか。









J(爺さんの)-PUP(プップ)








うわー、全然うまくないわー、面白くないわー。でも許して、華金だし。





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今週も皆様お疲れ様でした。




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