新幹線の中で食べるお弁当って異常に美味しくないですか。特に行きの新幹線。

ミュージシャンという仕事は移動が多い。特に私は先日新譜をリリースしたばかりということもあり、今月はツアーやらキャンペーン(新譜発売に伴うメディア出演などの様々な稼働)やらで、ありがたいことに毎日のように全国各地を行ったり来たりさせていただいている。

距離的に北海道や九州となると飛行機で行くことも多いのだが、それ以外は基本的に電車移動である。なかでも私は新幹線移動が大好きだ。
理由は冒頭にも述べた通り、お弁当が異常に美味しく感じられるからである。

かと言って、なにか特別なものを食べるわけではない。駅弁とか、駅中のお惣菜やさんで買ったお弁当とか、そんなものである。でもなぜか普段よりも数倍美味しく感じる。

なぜそう感じるのかここ数年割と本気で考えていたのだが、特に理由がわからないでいた。
窓の外の流れる景色のせいかと言われるとそうでもないし、あの不思議な静寂のおかげかと言われるとそれも違う。なんならテーブルは小さくて食べにくいし、車両が揺れるから飲み物も飲みづらかったりする。なぜだ。なぜなのだ。

しかし、つい先ほどその答えがわかってしまった。頭の中にピコーン!と光が一本通った感じがしたのだ。

ほらあれよ、コナン君がトリックのからくりを見破る時になるやつ。「なるほど、そういうことか……!」→ピコーン!→パシュッ→眠りの小五郎召喚→「この中に犯人がいます…」のあの時のあれよ。

そう、まさに今朝のことである。お弁当を物色していたら思いのほか時間がかかってしまい、私は新幹線内に乗り込んでから自分の座席のある車両に向かって移動していた。

すると途中で、修学旅行の団体が貸し切っている車両を通った。まだ他の色を知らない黒髪、少し丈のあまったスラックス、鮮やかな濃紺のハイソックス。少年少女たちはキャッキャと笑いながら座席をクルクルとまわして向かい合わせにして、ただ話をしたりUNOをしたりしていた。スマホをいじっている子なんて一人もいない。ゲームをやっている子もいない。私が学生の頃となにも変わらない修学旅行の景色がそこにはあった。(その子たちは14、5歳くらいに見えたので、私とは十数個歳が違うはず)

そしてどこかから、「先生ー、お弁当って何時に出るんですかー?」という声が聞こえた。
その瞬間私は、ああ、これだ! と思った。

私が新幹線でお弁当を食べた最初の記憶は、間違いなく修学旅行である。遠足や運動会の時の個性豊かなお弁当たちも好きだったが、新幹線内で支給されるいつもとは違うお弁当、あれには妙にテンションが上がった。普段食べたらなんてことないのかもしれないけれど、なぜかいつもより美味しく感じてペロリと完食していた。

お腹が空いたから食べようとかお昼の時間だから食べようというよりも、「今日一日を楽しむための腹ごしらえ」という感じが好きだった。

あれから十数年が経ち、私も28歳になった。今では一日を始める時、ついつい「今日一日をなんとか乗り切ろう」ということばかり考えてしまう。

でも、今でも行きの新幹線でお弁当を食べているとあの時の気持ちが蘇って、こう思えるのだ。「今日一日を思い切り楽しもう」と。だからきっと美味しく感じるのだ。

ということで私は席に着くなり、今朝張り切って購入したデカイおにぎりと唐揚げなどが入ったヤングなお弁当を食べはじめた。

気分はもう修学旅行である。このお弁当を食べ終わったら、あの頃聴いていた曲でも聴きながら修学旅行の思い出でも振り返ってみようかしら。そんなことを考えながら、私は箸を進めた。

そして完食。ペロリと完食と言いたいところだが、正確に言うと、なんとか完食した。


そこで気が付いてしまった。


おかしい


気持ちが悪いぞ。


正直ね、今日は結構朝早かったんですよ。

だけど張り切っちゃったんですよ、お弁当。

しかも食べながらもう気分が乗っちゃって、中学生男子ばりのわんぱくな早食いしちゃったわけですよ。

そしたらもうあれよ

なにこの

圧倒的胃もたれ

ツラさしかないんだが

朝から唐揚げとか無理するんじゃなかった

あの頃とはやっぱ違うわ

ということで音楽なんて聴く余裕もなく、とにかく何もかも忘れて仏フェイスで眠ること数十分。なんとか落ち着きました。

でもなんかいいよね、修学旅行ってハプニングもつきものだもんね。あれいちいち楽しかったなあ。

ということで、今日明日は関西キャンペーンです。気持ちだけはあの頃のフレッシュさを思い出しながら、思い切り楽しもうと思います。








ちょっと待ってくれ。


夏じゃねえか。


暑いのが嫌いだとかそういうわけではないのだが、こうも季節の移り変わりのグラデーションが極端だと、いろいろと追いつかない。その最たるものが服装である。

今春から少しずつ大人の女性なファッションも取り入れようと思い、私は薄手のジャケットを二着購入した。ベージュのものと、紺のものである。しかしどちらもまだ一回ずつしか着ていない。

私は人より寒がりなので、これまでの経験上ジャケット的なものは持っていると割と重宝する。みんながシャツを一枚でサラッと羽織っている時期に、私はそこにさらに一枚羽織っているという感じである。職業柄もあるが異常な風邪恐怖症なので、基本的にはその日一番冷え込む時間帯に合わせた格好で出かけることにしているのだ。暑ければ脱げばいいし。

私のイメージする5月末は、まさにそんな時期だ。半袖にジャケットを羽織るのがちょうどいいはずなのだ。なのになんだこれは。30度どころか35度じゃないか。ベージュのジャケットなんて脇汗必至じゃないか。

全然関係ないけど脇汗パットってムズくないですか?うまく貼れた試しがない。友達に手を振ると同時に外に出てきちゃったことはあるけど。まあいいや。

これも温暖化の影響かとも思いつつ、4月末なんかはむしろ時期の割に寒かったような気もするのだが気のせいだろうか。


マジで大丈夫か、地球の情緒よ。

私は君が心配で仕方がないぞ。


もし何か悩みがあるなら言ってほしい。相談になら乗るぞ。まあ大体なんの相談をされても「人生ってタイミングだからねえ」としか返せないことで有名な私だけれど。

それかあれか、もしかして恋の病でメンタルをやられているのか。なるほど、それなら得意分野だ。なんでも聞いてくれ。恋の悩みに効く魔法の返答を私は持っている。「いやあ恋愛ってタイミングだからねえ」だ。

ほどよく君の気持ちが楽になる適当な答えならいくらでも用意しておくから、どうか私に一つだけ教えてほしい。


衣替えのタイミングを。



あ、あと脇汗パットの上手い装着の仕方もわかるならぜひ。






どうも、関取花です。皆さまゴールデンウィークはいかがお過ごしでしょうか。

さて、基本的にはこのブログでは日常の中で起きたことや思ったことなんかをマイペースに書いています。電車での移動中なんかの暇つぶしにでもなってくれれば幸いだな〜という感じです。

なんですが、今日のはちょっとだけゆっくり読んでいただけたら嬉しいなと思います。ほら、きっとゴールデンウィークそろそろやること無くなってきたぜって方もいらっしゃるだろうし! ね!

ということで少し長くなりますが、良かったら是非読んでやってください。

私、関取 花は5月8日(水)に「逆上がりの向こうがわ」というミニアルバムをリリース致します。レーベルはユニバーサルシグマさんです。メジャーデビューです。

作品に込めた思いなどは、これから順次公開されて行くインタビューなどでたくさんお話させていただいたので、ここでは割愛します。素晴らしいライターの方々がわかりやすくかつ愛を持ってまとめてくださったものを、是非読んでいただきたいのです。そしてよかったら、きっとその記事には、そのライターさんのお名前がどこかに必ず書いてあるので、よかったらそれも探してみてください。きっと面白い取材を他にもたくさんされているはずです!

つい熱くなって話が早速ちょっと逸れかけましたが、そうそう、「なぜCDを買って欲しいのか」です。

いやでも、そういうことなんです。「クレジット」がきちんと載っているのは、たぶん、CDだけなんです。CDには歌詞カードというか、ブックレットが付いていますよね。その一番最後のページに、ズラリと並んでいる名前たち、それです。この作品を作るにあたって、一体誰が何をしてくれたのかが書いてあります。

サブスクリプションで聴いていただくのも、ダウンロードで聴いていただくのも、もちろん嬉しいです。もう、ただただありがとうとしか言えないです。でも欲を言うなら、あくまでも欲を言わせていただけるのなら、ぜひCDを手にとっていただきたい! なぜならダウンロードなどの"画面"には、「関取花」の名前しか載っていないからです。本当はもっともっとたくさんの方々と一緒に作っているから、それを知っていただけたらもっと良いのになって思うんです。

たとえば、作詞作曲はもちろんすべて私がしていますが、曲によってプロデューサーさんについていただいているものがあります。今回で言うと二曲、「太陽の君に」の亀田誠治さんと、「春だよ」の野村陽一郎さんです。そもそも私がお二人の存在を知ったのは、CDのクレジットででした。好きな曲を聴きながら、「一体この曲をアレンジしたのは誰なんだろう?」と思ってクレジットを調べたのが、そもそものきっかけです。(音楽をちゃんとやる前の学生の頃から、なぜか私はクレジットを見るのが好きでした)

ネットで調べたら今の時代ならすぐに出てくるのかもしれませんが、曲によっては細かい情報までは出てこない場合も多々あります。それに、CDを聴きながらブックレットを眺めていると、ほかにもいろんな発見があります。「良いなと思ったらこのドラマーさんだったんだ!」とか、「この曲じつはエレキもマンドリンもアコギもクラシックギターも実は鳴ってたのか!よくわかんないけどなんか音に温かみあったわ!」とか。「この人この楽器も弾けるのか!」とか。たぶんそういう情報までは、ネットだけではなかなかたどり着けないと思います。

今回のミニアルバムは6曲入りですが、残りの4曲にはプロデューサーさんはついていません。信頼し尊敬するレコーディングメンバーの皆さんと相談しながら作りました。もちろんそういった方々にお声がけさせていただいたのも、自分の持っているCDのクレジットでお名前を拝見していたからです。「いつかこの人とできる日が来たらこんな曲やりたいな〜」と勝手に想像していた方々が目の前に来てくれて、一緒に録音をしたんです。感動です。皆さん素晴らしい演奏をして下さいました。その音を、できればきちんとその方々の名前と共に、たくさんの人に記憶していただきたいなと思うわけです。

そしてもちろん、クレジットに書いてあるのはミュージシャンの名前だけではありません。アートワークを手がけてくださった方、カメラマンさん、ヘアメイクさん、スタイリストさん、ローディーさん、エンジニアさん、レコーディングスタジオさん、マスタリングスタジオさん。そしてマネージャーさんやレーベルの関取花制作チームの皆さんなど、もうあげたらキリがないのですが、でもとにかくみんなの名前が平等にズラリと並んでいます。 この作品のために汗水垂らして下さった方の名前がすべて、きちんとそこに刻まれているわけです。そのことをなるべくたくさんの人に、ちょっとでも知っていただけたらなと思うんです。

今回あらためて、こんなにたくさんの人が関わっているんだ、と思いました。メジャーデビューするにあたり、当然ですが制作に関わる人も増えました。久しぶりに、良い意味で怖くなりました。こっからはもう後戻りできないぞ、と。そして、気合いが入りました。いつか全員に叙々苑奢れるように絶対なるぞ、と。今回のCDのクレジットに入っている名前は、「いつか叙々苑奢りたい人リスト」でもあります。

私は19歳の時に「THE」というミニアルバムを作りました。当時は「これで絶対飯食えるようになってやる」なんて思っていなかったので、自分の意志なんてほとんど持っていませんでした。途中で、「私が思っている以上にものすごい数の人たちが動いている」ということに気づいた時には、怖くなりました。一番肝心な自分自身の足元が不安定にぬかるみまくっていて、これじゃあいつか前に進めなくなるぞ、と思ったからです。

でも今なら大丈夫です。もう怖くありません。 おばあちゃんになるまでこれでご飯を食べて行きたいと胸を張って言えます。なぜなら音楽が大好きだからです。そこで出会う人たちが大好きだからです。だから、もっと鮮やかな向こうがわの景色を見たいです。見せたいです。

足下はもうちゃんと固まりました。というか、たくさんの方がしっかり支えてくれていることを知りました。あとは蹴り上げて、私が逆上がりをするだけです。任せてください。私、やるときはやる女です。(たぶん)



まあジャケット撮影では身体が鈍ってて逆上がりできなかったんだけどもそれとこれとは別の話だから(たぶん)


あ、ちなみに初回限定版には、そんな制作風景の裏側が収められた「どすメンタリー」のDVDもついてます。

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とかなんとか言っている相変わらずな様子もきちんと収められています。


あと、各CDショップ特典もあるんです。
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私の仮の身体であるどすこいちゃんも、一肌脱ぐってことでついにブラジャー姿さらしたぞ!!並々ならぬ気合いを感じるだろう!!


とにかくCDの詳細はこちらから


ああ、気づいたらこのブログ書いてから3時間が経っていました。正直もう書きたいことがありすぎて何が何だかわかりません。途中で熱いモードになりすぎて、なんか急に恥ずかしくなって露骨にCDの宣伝書いてみたりしてみました。すみません。

でも、本気です。純粋に、心からたくさんの人に手にとって欲しいと思える作品ができました。曲はもちろん、アートワークの細かい遊び心、ちょっとしたフォント、今までで一番私らしい顔をした写真たち、そしてクレジットに並ぶ皆さんの名前まで、是非その手にとって、焼き付けていただきたい。

たくさんの力を集めて、一つの素晴らしい作品ができあがりました。



今の私と、私を作ってくれるすべての人がそこにいます。だから、ぜひCDを買って欲しいです。


関取花「逆上がりの向こうがわ」、5月8日発売です。


よろしくお願い致します!!











今日は入っていた仕事がなくなったので、昼間は散歩に出かけた。風に飛ばされた桜の花びらを追いかけたり、やたら早足なおじいさんになんとなく付いて行ってみたりしていたら、いつの間にかいつもと違う見慣れない道に出ていた。異様にゴミ捨て場が荒れている、なんだか不気味なマンションの前を通ると、鼻をつくような異臭がした。 

それまで、好きな音楽を聴きながら、自分でも引くくらいゴキゲンで歩いていたので、急に現実に連れ戻されたような気がして、正直、かなり気分が落ちてしまった。

はあ、とため息をついて地面に目をやると、ハルジオンの花が咲いていた。酒の空き瓶や生ごみ、泥だらけのマットレスが散乱するゴミ捨て場の隅っこ、コンクリートの隙間で、健気に咲いていた。
 



「花ちゃんの花は、何の花なの?」
 


小さい頃、母に尋ねたことがある。チューリップかな、バラかな、ガーベラかな。その時私の頭の中には、お花屋さんに並ぶ、色とりどりの華やなお花が並んでいた。母の答えはこうだった。
 


「花ちゃんはね、雑草だよ」
 


あまりにも想像と違う回答だったので、一瞬頭が真っ白になった。雑草。私は雑草なのか。母は続けてこう言った。
 


「ハルジオンって知ってる? 私あの花を見た時、いつか自分に子供ができたら、こういう子に育ってほしいって思ったの」

 
ある日、少し落ち込むことがあった母がうつむきながら歩いていると、誰にも気づかれないようなところで、ひっそり、でも懸命に根を張って咲いているハルジオンを見つけたのだと言う。
きちんと花壇に植えられている花や、華やかに束ねられた花束の花たちも綺麗だけれど、ふとした時に人の悲しみや苦しみにもそっと寄り添えるような、そんな子になってほしいと思ったのだと言う。
 

「華やかじゃなくてもいいから、泥臭くてもいいから、自分なりに一生懸命生きる人っていうのも、素敵でしょ」
 

幼心にてっきり、自分の「花」と言う名前は、「花のように誰からも愛されるような子に育ってほしい」とか、ただそう言う意味でつけられた名前だと思っていたので、驚いた。でもなんだかその理由を聞いて、想像していた以上に、ものすごくしっくり来た。そしてなんだか、とても誇らしかった。
 

「あー、だけどね」
 

母は笑った。
 

「その時は、まさか自分が関取っていう苗字の人と結婚するとは思ってなかったのよね、さすがに」
 

「関取に花だから、結果的に思った以上にどすこい感の強い仕上がりになった」
 


確かに「関取花」と聞くと、貴乃花や若乃花といった名前が自然と脳裏に浮かぶ。

今でもたまに聞かれることがある。「女の子なのに、どうしてお相撲さんの名前みたいな名前にしたんですか?」と。いえいえ、本名なんです。世界一素敵な名前だと思ってますよ。ちなみに先祖は関所の門番とかそういうあれらしいです。
 

そんな私「関取 花」のメジャーデビューミニアルバム「逆上がりの向こうがわ」が、5月8日に発売されます。たくさんの人にお水を注いでもらって、たくさんの人に光を浴びせてもらって、とても良い作品ができました。私なりに一生懸命作りました。ぜひ買ってください。

どこかの誰かの日常の隅っこで、この花が咲いてくれたら嬉しいです。
 

 小学校三年生の時、同じクラスに柴田くんという男の子がいた。柴田くんは、見た目も普通、テストの点数も普通、運動神経も普通の、何というか、ただの柴田くんだった。そんな「ただの柴田くん」が、突然「ガノフ柴田」になったのは、ある秋の日のことであった。


 私の通っていた小学校では、毎年紅葉が始まる頃に、校外学習の授業があった。時間割通りの毎日を送っていることに、特別退屈していたわけでもなかったが、やはり教室の外にクラス全員で出かけるというのは、浮き足立つものがあった。


 いつもはランドセルを背負っているそれぞれの背中に、様々な色のリュックサックが背負われている。私はそれを眺めるのが好きだった。普段はあまり喋らないあの子、意外とがっつりキャラクターものを選ぶんだなとか、クラスでサッカーが一番上手くていつもキラキラしているあいつ、ジャイアンツのキーホルダーをたくさんぶら下げているけど、本当は野球がやりたいのかなとか。みんなの持ち物から勝手にいろんなことを想像しては、ニヤニヤしていた。


 三年生の校外学習は、科学館だった。いくつかの班に分かれて見学を終えたあと、そのメンバーで、外の広場でピクニックのようにしてお弁当を食べるという決まりであった。班のメンバーは、先週のホームルームで、くじ引きで決めた。私のところは、学級委員の明子ちゃんと、後出しジャンケンが異常に上手いことで有名な中嶋くんと、ただの柴田くんとの四人だった。何をしたわけでもないのにお腹がペコペコだった私たちは、芝生の上に座ると、誰からともなくリュックサックからお弁当を取り出した。  


 明子ちゃんは、リュックサックもお弁当包みも、上品なチェック柄のもので揃えていた。真っ赤の小さな二段弁当の中身は、いわゆる理想のお弁当というものだった。白いご飯、たらこのふりかけ、タコさんウィンナー、ハート形の卵焼き、ブロッコリーの上には星型に切り抜かれたチーズ、そしてウサギのりんご。大事に大事にきちんと育てられているのが伝わってくる、ザ・優等生という感じだった。


 中嶋くんは、お兄さんからのおさがりだというプーマのリュックサックと、これまたおさがりだという、なんとかレンジャーのお弁当箱だった。よく見るとすべてのものに名前が書かれていて、どれもお兄さんの名前の上に大きくバッテンがしてあった。そしてその隣に、絶対にマッキーの「太」で書いたであろう、中嶋くんの名前があった。力を入れすぎてインクが滲んじゃっている感じが、負けず嫌いな中嶋くんらしいなあ、と思った。もしかして、後出しジャンケンが異常に上手いのも、お家でお兄さんとお菓子の奪い合いとかになった時に、なんとか勝つためにいろいろと研究した努力の結晶なのかもしれない。そう思うと、私は急に中嶋くんを応援したくなった。おう、たんと食え、たんと食え。今日はお兄さんに奪われることもないから、ゆっくり食べても大丈夫だぞ。そんなことを思いながら、シンプルな焼きそば弁当にがっつく中嶋くんを見ていた。でもよく見ていると、ちゃっかりしっかり、キャベツの芯だけは避けて食べていた。ガサツで何も考えていないように見えて、意外とそうでもない。おい中嶋、そういうとこだぞ。


 ちなみに私は、リュックサックもお弁当箱も、クマのプーさんだった。小学校一年生の時に、遠足セットとしイオンで売っていたものである。いつもはキャラクターものなんてどうせ飽きるからダメという母が、「プーさんならいいよ、プーさんは別腹」と言う謎の理論で買ってくれたのだった。お弁当箱を開けると、中身は予想通りの茶色いものたちだった。昨日の残り物の炊き込みご飯、ぶり大根にきんぴらごぼう、インゲンのゴマみそあえ。見事なアースカラーである。なのに、端っこにはパイナップルと苺が入っていた。理由は聞いていないが、母のことだから大体想像はできる。「なんかほら、プーさんぽいでしょ」絶対これである。ありがたいのだが、その日はぶり大根の汁がプーさんのところまで流れてきていたので、結構キツかった。食べたけど。


 柴田くんはというと、GAPの普通のリュックサックの中から、なんかまあとにかく普通の巾着袋を取り出して、サランラップで包まれたおにぎりを食べていた。やはり柴田くんは柴田くんだ。持ち物も、お弁当も、紛れもなくただの柴田くんなのである。でもそれには、不思議な安心感があった。今回の班のメンバーが決まった時も、柴田くんがいると知って私はとても安心した。明子ちゃんと中嶋くんのような水と油みたいな二人が揃っても、柴田くんさえいればなんとかなる、そんな気がしたのだ。そして実際、今日もそうなっている。


 みんなで科学館の感想を話しながらお弁当を食べていると、おにぎりを食べ終わった柴田くんが、おかずが入っていると思われるウルトラマンのタッパーを開けて、「またか」とため息交じりに呟いた。柴田くんがほんのちょっとでも感情を表に出すなんて、中嶋くんがまともにじゃんけんをするくらい珍しいことである。一体何が入っているというのだろうか、私と明子ちゃんと中嶋くんは、ウルトラマンのタッパーを覗き込んだ。するとそこには、ホワイトシチューのようなハッシュドビーフのような、見たことあるようなないような、でも確実に美味しそうな肉料理が入っていた。


 「柴田くん、これ何?」


と私たちが聞くと、そのよくわからないものを食べながら、柴田くんは普通の顔で、

 

……ガノフだよ」

 

と言った。はて、ガノフとは。聞いたこともない名前に、私と中嶋くん、そしてあの明子ちゃんまでもが、頭の上にはてなを浮かべていた。それでもなお柴田くんは普通の顔で、


 「ビーフストロガノフ。ロシア料理かな。なんでか知らないけど、お母さんが好きみたいなんだよね」


と続けた。ビーフはわかった。ストロガノフとは何なのか。とりあえず強そうだ。恐らく料理の名前なのだろうが、人の名前っぽくもあるし、地名っぽくもる。あるいは、ストロング・ガノフという必殺技を省略したようにも聞こえる。しかもロシアとは何事か。何回考えても、あの柴田くんの口から、そのガノフとやらが普通に発せられたことへの衝撃と違和感が強すぎて、私たちは何も言えなくなってしまった。なんなんだ、その余裕は。なんなんだ、「またか」って。


「ゆで卵。卵をゆでたものかな。なんでか知らないけど、板東英二が好きみたいなんだよね」


くらい当たり前の感じで、ガノフを語った柴田くん。心なしか、ものすごいオーラがあるように見えた。もはやそこにいるのは、今までのただの柴田くんではなかった。そう、ガノフ柴田だった。


 その翌日から、柴田くんはクラスのみんなから尊敬の眼差しを注がれると共に、「ガノフ柴田」と呼ばれるようになった。柴田くんはストロガノフ家の末裔であることを隠すために、あえて普通の「ただの柴田くん」を演じて、みんなに気を使ってくれていたなどという噂話も広まった。そのたびにガノフ柴田は、「そんなわけないよ、俺ただの柴田だよ」と、決していい気になるでもなく、ムッとすることもなく、これまでと何も変わることなく受け流していた。その感じがなんだか逆に神々しく見えたのか、数ヶ月後のバレンタインデーの日、学年でチョコレートを女子に一番たくさんもらったのは、ガノフ柴田だったらしい。


 あの時は、「ガノフ」の衝撃と、その後についた「ガノフ柴田」というニックネーム、みんなの空気に私も飲み込まれ、わけもわからずなんとなく、あいつはすごいやつだと言っていた。でも、今ならわかる。柴田くんは、すごいやつだ。


 大人になった今でも、たった一つの些細な出来事や、環境や状況の変化によって、周りの人の態度が急に変わることはたくさんある。そのたびに、なんとか自分は自分のままでいようとするのだが、たまについ流されてしまいそうになる。そんな時私は、いつも柴田くんのことを思い出す。


 「ただの」の時も、「ガノフ」の時も、柴田くんは「普通に柴田くん」だった。常に「普通に自分」でいることは、意外と大変で、難しいことだ。それを小学校三年生で普通にやっていた柴田くんは、やっぱりすごいやつだ。


 彼が今どこで何をしているのかは、風の噂でも聞いたことがない。でもきっと、柴田くんは普通に柴田くんなんだと思う。きっと今日もどこかで、ゆで卵でも食べるような顔をしながら、例のガノフでも食べているのだろう。


 ちなみに私は、まだガノフを食べたことがない。普通に生きているけど、食べる機会がないのだ。それを小学校三年生で飽きるほど食べていた柴田くん、やはりただ者ではない。ガノフ柴田、おそるべし。

 







……。





すみません!笑



ブログのネタがいまいち思いつかなかったので、気分転換にお話を書いてみました。完全にフィクションです。昨晩急に思い立って書いたのですが、なんでこんな話を思いついたのか、自分でもよくわかりません。ただ、頭にポッと「ガノフ柴田」っていう言葉が浮かんだから、せっかくなんで笑


でも、いやあこれはこれで、楽しいね。またブログのネタが切れたらこういうこともあるかもしれません!それでは〜〜

 


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