ここ数年、ネックレスをつけていない。理由は単純で、ライブ中に邪魔だからである。

しかし、まだそこまで音楽に夢中ではなかった学生の頃は、アクセサリーだとネックレスをつけることが多かった。指輪やピアスに比べて、最も手っ取り早く人目につくお洒落アイテムだと思っていたからである。

森ガールに憧れていた時代には、お洒落というものと森というものの概念が色々よくわからなくなって、鳥かごをひもに通してネックレスにしていた。

山ガールに憧れていた時代には、山になんて行ったこともない上に、世の中で一番苦手な動物は鳥だと言うのに、木に刺さったネジをひねると鳥の鳴き声がして鳥が寄ってくるという謎のアイテムをネックレスにしていた。

原宿系に憧れた時代には、とにかく何に対しても攻撃的でありたくて、なぜか斧のネックレスとペンチのネックレスを重ね付けしていた。

多分、その時々のなりたい自分や思い描く世界観の象徴を、自分なりに考えて首からぶら下げていたのだと思う。

今思い返すと、もっともっと昔から、その癖はあった。

私がまだ小学校に上がるか上がらないかの頃、いつも小さな十字架のネックレスをしている友達がいた。その子は同い年だったが、周りのみんなに比べて少し大人びていて、私はぼんやりと、なんか良いなあ、かっこいいなあ、と思っていた。何しろ、十字架というのが良かった。ハートでもお花でもなくて、十字架というところに無性に心惹かれた。幼心に、何かブレない「芯」の象徴のように見えたのだ。

しかし、勿論子供なのでお金も持っていない上に、親に物をねだるということもできない性格だった私は、試しに木の枝で十字架を作ってみることにした。結果、完全に金魚のお墓に立てるそれにしか見えず、とてもネックレスとして使う気にはなれなかった。


そんなある日、私はある物に出会った。

当時はドイツに住んでいたのだが、毎年夏休みには日本へ一時帰国していた。母の実家に家族全員で遊びに行き、大人たちが晩御飯の買い出しなんかをしている間、私と兄は近くの市民プールに遊びに行くというのが恒例となっていた。プールのあとには、祖母か祖父が、いつもセブンティーンアイスを買ってくれた。はしゃぎ疲れた身体で食べたあのセブンティーンアイスの味は、今でも忘れられない。プールのあとのボーッとした身体に、アイスの冷たさと甘さが染み渡るあの瞬間が好きだった。身体の真ん中に芯が通る感覚がしたのだ。

そんなことを感じながら、食べ終わったあとのセブンティーンアイスの芯を、私はぼんやり眺めていた。


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(画像はグリコさんのホームページよりお借りしました)


おや、見ようによっては…


しかも、まるでここに紐を通してネックレスにしてくれと言わんばかりの穴まで空いているじゃないか…



これは…



十字架のネックレスになるのではないか…


私は母の実家に戻るなり、なんでもいいから何か紐をくれないか、と言った。そして誰もいない洗面所に行き、大事にポケットに入れて持ち帰ってきたセブンティーンアイスの芯にその紐を通した。首からぶら下げ、私は鏡を見上げた。十字架のネックレスをぶら下げた私は、少しは大人びて見えるだろうか。




抱いた感想はただ一つだった。



なぜ私は首からゴミをぶら下げているのだろうか…


鏡の中には、想像していたネックレスとは程遠い、謎のプラスチックを首からぶら下げた自分が映っていた。どこからどう見ても、十字架には見えなかった。せいぜい、良く言ってもおしゃぶりであった。

なんだか悲しくなった私は、何も言わずにそっとそれを外した。そして、ゴミ箱にさっと捨てた。


ちなみにこれは後日談だが、この少し後に、鍵のモチーフのネックレスがどうしても欲しくなった時があった。その際は、コンビーフの巻き取り鍵で代用してみたのだが、これも首からぶら下げてみたところ、あまりにも滑稽だったのですぐにやめた。

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(画像はノザキのコンビーフさんのホームページからお借りしました)

 
そんなこんなで、今ではめっきりネックレスをつけなくなってしまった私だが、可愛いネックレスを見かけると、こうしたどうしようもない思い出が蘇る。その度に、なりたい自分が明確だった、欲しい象徴が確かにあった、無駄なもので無邪気になれたあの頃の自分が、無性に恋しくなるのである。

先日、そんなことを思いながら、久しぶりにネックレスをつけてみた。ライブもないし、ただ出かけるだけだし、たまには良いだろう、と。








…なんかめっちゃかぶれた。



なんだか眠れないので、想像で男子バンドを組んでみた。

【バンド名】
The Sleeping Real

【編成】
平均年齢19歳 大学生

・ギター&ボーカル
面白くないけど普通に良いヤツ
邦ロックが好き 
好きなブランドはRage Blue
ライブ前はファミチキ食べる

・ギター
おとなしいけど何故かモテる(塩顔)
Franz FerdinandとVampire Weekendが好き
今年フジロック行った
インスタめっちゃハッシュタグ付ける

・ベース
お調子者 少年ジャンプ大好き
レッチリが好き
八重歯がある
彼女は金髪のボブ
iphoneの画面バキバキ

・ドラム
マイペース  
先月シガーロスのCDをTSUTAYAで2枚借りて衝撃を受けた
「音楽性の違い」という言葉が最近頭をよぎっている 
オニツカタイガーのスニーカー履いてる


せっかくなので、ライブも想像してみた。


【本日のセトリ(ブッキング 持ち時間30分)】
1.感情2号線(四つ打ち)
--MC-- 軽く自己紹介 
2.シックスセンス (イントロ チョッパーベース)
3.指先(エモめバラード ラブソング)
--MC-- ライブ告知のあとボーカルがいろはすを潰す
4.ありあまる鼓動 (間奏でギター前に出る)
5.白夜(なんか普通に良い曲)

【ライブ後の流れ】
・打ち上げは串カツ田中
・そのあと幸楽苑へ移動
・午前1時にベースとドラムが軽くもめる、ギターはずっとツイッター
・午前2時 話題尽きる
・午前3時 ドラム寝る 
・午前4時 ボーカルあったかいお茶もらう
・始発で各々帰宅 

【備考】
4ヶ月後 解散




以上です。暇かよ。




少し前、近所の焼き鳥屋で一人で飲んでいた時のことである。

私はいつもカウンター席に座るのだが、その日は水曜日のダウンタウンの放送日だったので、店内のテレビが見やすいテーブル席に座っていた。そしてその向かいのテーブル席には、男女二人組が座っていた。サラリーマン風の男性と、OL風の女性で、どこにでもいる、小綺麗ないかにもお似合いな二人であった。

私と彼ら以外に他の客はおらず、店員さんも、ボーッとしながらテレビを見ていた。いよいよ、今週の「説」がはじまる、そんな時である。

男性の方が突然、「すみません、テレビ消してもらっても良いですか?」と言ったのである。

店員さんは少しびっくりした様子で、テレビを消した。私もびっくりすると同時に、水曜日のダウンタウンの続きが見れない悲しみと怒りに襲われた。しかし、いや、待てよ。少し考えてみると、そんな思いは消え去った。


きっと、これはプロポーズをするに違いない。

年齢的にも結婚のことを考えても良さそうな二人だ。地に足のついた、きちんとした職業にも就いていそうだ。たまに見つめあったりしていたし、去年の夏はあんなことしたよね、なんて話もしていた。きっとそれなりに長くお付き合いをしたんだろう、変にかしこまってレストランでプロポーズをするより、近所の焼き鳥屋の方が、彼ららしいのかもしれない。ひょっとしたら、初デートの場所の可能性だってある。私は他人のことながら、この歴史的な瞬間を逃すまいと、ビールを飲みながら耳をそば立てた。

すると案の定、男性の方が、これまでの二人の思い出や、彼女のどういうところが素晴らしいかを語り始めた。

高尾山に二人で登った時、俺よりも先にすいすい登っていく姿を見て、たくましいな、と思ったよ。料理は下手だけど、上手になったよね。3Dの映画を見に行ったのに、メガネをかけないで見たせいで気持ち悪くなって途中で出て行ったよね。

彼女の方は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、彼の話を頷きながら聞いていた。

そして、彼は大きく深呼吸をした。


来るぞ、来るぞ。

間違いない。次に来る言葉は「僕と結婚してください」に違いない。


見つめ合う二人。そして彼は言った。


「別れてほしい。」



その瞬間、店内の空気が凍りついた。キッチンから溢れ出す煙も、エアコンから吹き出る風も、回っていた換気扇も、一瞬にしてすべての動きを止めたように感じた。


彼女が口を開いた。


「…どうして?」


彼は饒舌に、君が悪いんじゃない、君はこんなに素敵でなんとかかんとかで、とかなんとか御託を並べて、でも結果、要約すれば、ほかに好きな人ができた、ということだった。

彼女は泣いていた。そりゃそうだ。あれだけ褒め称えられて、最後のセリフがこれだ。あんまりだ。

店員さんは、テレビのリモコンをいじいじしながら、気まずそうにしていた。私は内心、頼むからテレビを、水曜日のダウンタウンをつけてくれ、と願った。もうこの空気をぶっ壊せるのは、ダウンタウンのお二人しかいない、と。

しかしもちろん、そんなこと勝手にできるわけもなく、このとんでもない空気が流れる店内には、女性が鼻をすする音と、男性のため息だけが聞こえていた。

しばらくして、女性は、「わかった、少し考えたいから時間をください。今日はもう帰って。」と言った。

男性は頷いて、女性を置いたまま席を立った。すると店員さんが、やや尖った声でこう言った。「お会計お願いします。」これはグッジョブである。これで女性の方が男性のぶんのお会計までしたら、なんかもうやりきれなさ過ぎて私まで泣けてくる。男性は気まずそうに会計を済まし、店を出た。

男性が出てからすぐに、女性はビールを注文した。そして、「あ、テレビ、つけてください!」と言った。

テレビ画面にはダウンタウンのお二人。「説」を見ていない私でも思わず笑ってしまうような、ボケツッコミを繰り広げていた。

さっきまで泣いたいた女性も、笑っていた。

そして、リモコンを持っていた店員さんが、厨房の奥にいるもう一人の店員さんに向かって、爽やかな笑顔でこう言った。



「やっぱD.Tっすよね」




待って

なに、D.Tって



まさかのこの店員さん、超ナチュラルに、ダウンタウンをD.Tと略したのである。完全にE.Tの発音で。うそだろ。ダウンタウンは、ダウンタウンだろ。ていうか、


「やっぱダウンタウンっすよね」
〜Fin〜


これでよかったじゃないか。そしたらこの夜の一連の流れ、凄い綺麗な終わり方ができたじゃないか。なぜ。なぜそこで謎の略語。最後の最後で、私は煮え切らない気持ちになった。モヤモヤしすぎて、ビールを少しこぼした。


それからと言うものの、私の頭の中では、ずっとこの説が渦巻いている。




「ダウンタウンのことをD.Tって略するやつ、他にいない説」




 

皆さんのまわりに誰かいたら、ぜひご一報ください。


(話の流れ的に一部、敬称略にさせていただきました。すみません。)

約一年間、パーソナリティを務めさせていただいていた番組が二つ、今月末で放送終了となった。

一つは、FMyokohama「帰ってきたどすこいラジオ」という番組である。これは、以前同局で放送していた「どすこいラジオ」という番組が、月日を経て奇跡的に復活したもので、大枠は変えずに、コーナーなどをプチリニューアルして放送してきた。毎週月曜日の深夜24時からの放送ということもあり、また長い一週間が始まってしまった……と少し憂鬱な気分になるこの時間帯を、どうにか楽しいものにできないかと、とにかくなんでも笑い話にして話そうと決めていた。日頃の自分のどうしようもない失敗談や、深夜につい自分がいつも食べてしまうデブ飯の話などを聞いて、一人でも多くの人が、「こいつ(関取)本当ダメなやつだな、さすがにこいつよりはマシな一週間送れるぜ」と思って笑ってくれたら、本望だと思った。

ミュージシャンというのは、音楽性は勿論の事、思想やファッションなども含め、本来憧れられるべき存在なのかもしれない。それで言うと、ラジオで話していた私の話を聞いて、私に憧れる人なんていないと思う。どこに、冷凍チャーハンを冷凍のまま食べる女に憧れる人がいるだろうか。どこに、白米にラードをワンバウンドさせてそこに醤油を垂らしたものを深夜にかきこみたいという女に憧れる人がいるだろうか。どこに、好きだった人から三国志のラインスタンプしか返って来なくなった女に憧れる人がいるだろうか。あらためて思い返すと、本当にクズエピソードばかりである。

しかし、そんなひどい話を話していたおかげなのか、なんだこいつと思ったのか、物好きが多いのか、ラジオきっかけでライブに来てくれる人が、この一年ですごく増えた。そしてたくさんの人が、「めっちゃあの話わかります」とか、「私もこういうことやっちゃうんです」とか、くだらない話を気軽にしてくれるようになった。私はそれが本当に嬉しくて、「憧れられるミュージシャンもいいけど、なんかこいつ自分に似てるなって思われるようなやつがいても良いのかもな」、と思えるようになった。この番組のおかげで、自分のことを少しだけ、好きになることができた。

もう一つは、i-dioというメディアで放送してきた、TS ONE MUSIC ARROWS「水曜日の土俵際」という番組である。こちらでは、「帰ってきたどすこいラジオ」では意識してあえて話さないでいた、真面目に音楽の話をするコーナーを、毎回必ず設けることにしていた。(ちなみにその他のコーナーは、基本的にはどうしようもない話である。)
i-dioは、アプリで聴けるラジオのようなものなのだが、とても音質が良い。なので、普段自分がレコードで聴くような曲や、ライブで聴いて感動した曲、影響を受けた曲などを率先して紹介した。放送を聴ける時はなるべく自分でも聴いていたのだが、このコーナーでの自分は、酒に酔って少し饒舌になっている時みたいで、ちょっとウザいけど、割と好きだった。クソまじめに、この人の何がすごいだの、この曲のBメロのどこがやばいだの、熱苦しいくらい嬉しそうに話す自分は、青春時代、夢中になっているものについて友人と語り合ったあの頃の様だった。自分はやはり音楽が大好きなんだということを、あらためて実感することができた。


そもそも、「帰ってきたどすこいラジオ」の前身番組である「どすこいラジオ」を始めた時の私は、あまりライブなどでも喋る方ではなかった。どちらかというと、始めに自己紹介をしたら、訥々とライブをして、最後にライブ告知だけをするようなタイプだった。とにかく今よりも暗かったし、誰にも自分のことなんてわかりっこないと思っているタイプだった。そんなこんなで勝手にストレスを溜めていたのか、ある時から徐々に声が上手に出せなくなってしまった。原因は、自分でもわからない。声のイップスみたいなものだったのだと思う。耳鼻咽喉科に行っても、わざわざ電車を乗り継いで専門医に声帯を見てもらっても、どこに行っても言われることは「異常なし」。それなのに、日に日に歌の音程は取れなくなって行った。ライブをするのがとても怖くて、出番直前に、「やりたくない」と泣いたことも何度もあった。

そんな時にたまたま、ラジオの話があった。もう何をやっても八方塞がりのような状態だったので、藁にもすがる思いで、とにかくやってみることにした。ディレクターさんに一つ一つ教わりながら、ガチガチで録った初回のことは、よく覚えている。あとから放送を聞いてみたら、自分の話し声の暗さに驚いた。どんなに明るく話そうとしても、とにかく暗い。こんなやつの話や歌、誰も聞きたくないぞ、と思った。そこからは、歌が上手に歌えないなら、せめて話だけでも、このラジオだけでも頑張ろうと思うようになった。そして、何か面白そうな話題はないかと日課のように探すようになってからは、毎日が少し楽しくなった。
ライブでも、今日は声が震えて歌が思うように歌えそうにないと思う日には、曲数を減らして、その分MCを増やす事にした。どんなに気分が重いライブの日でも、思い切って、「そういえば全然関係ないけどちょっと聞いてくださいよ、この前ね」と話し出してみる事にした。どうしようもない話でも、その場にいる人が笑ってくれて場の空気が和むのを感じると、ホッとした。そして、そのMCの次にやる曲は、割と良い感じで歌えることに気付いた。そうやって少しずつ、自分との付き合い方を知って、またライブが好きになって行った。

しばらくして「どすこいラジオ」は終了したが、すっかりラジオの虜になってしまった私は、youtubeで勝手にラジオをやることにした。関取花の「ごっつぁんラジオ」という、ほぼ編集なしの、ガレージバンドで一発録りしたものである。ラジオよりもゆるい内容だったが、これを続けていることに意味があると思った。そして、いつかまた自分の番組がやりたいという思いは強くなって行った。今だったらもう少し良い番組にできるかもしれないと思った。そしてそんな中、また「ラジオをやらないか」という話があり、FMyokohama「帰ってきたどすこいラジオ」が始まったのである。

ある時(初めての出演はいつだったかちょっと記憶が曖昧なのだが)、FMyokohama仲間ということで、wacciの橋口洋平さんがパーソナリティを務める、YOKOHAMA RADIO APARTMENT「ドア開けてます!」という番組にゲスト出演させていただくことになった。今でこそライブでご一緒させていただいたり、恋愛相談までさせていただいたりと、自分にとってお兄ちゃんのような存在の橋口さんと知り合えたのも、ラジオのおかげなのである。初めて番組にお邪魔した時から本当に楽しくて、ブース内にいる私たちは勿論、ブース外にいるディレクターさんも手を叩いて笑いながら聞いてくれていた。それから、何度もゲストとして呼んでいただき、その度に涙が出るほど爆笑して、そのあとにはきちんと音楽の話もして、毎回帰りたくないくらいだった。「何かあったらいつでも呼んでくださいね!」と冗談でいつもディレクターさんに話していた。そしてしばらく経ったある日、何を隠そうこの橋口さんの番組のディレクターさんが、「ちょっと、その"何か"なんだけどさ」と、i-dio TS ONEでのパーソナリティをやってみないかと、話を持ってきてくれたのである。

そんなこんなで、本当に色々なきっかけや人々に救われながら、この一年間、私は二つの番組をやらせてただいていた。星の数ほどいるミュージシャンの中で、自分のようなまだまだこれからの人間が、二つも番組をやらせていただくなんて、本当に奇跡みたいな話だと思う。数字的に言えば、きっともっと有名な人がやった方が良かったのだと思う。でも、終了してしまった今だからこそ言えるのかもしれないが、胸を張って、どちらも本当に良い番組だったと言える。勿論、もっとあんなことをしてみれば良かったとか、願わくば生放送だったらとか、考え始めたらキリはない。でも、それはまたいつかの楽しみにとっておこうと思う。

正直今は、スケジュール帳に収録予定がないのを見ると、胸にぽっかり穴が空いたような気持ちになる。どれほどそれが自分にとって大事な物だったかというのは、失った時初めて気付くとよく言うが、まさにその通りである。

もしいつか、また自分の番組ができる時が来るなら、その時は、もっとたくさんの人に聞いて貰えるような人間になっていないとな、と思う。そのために今は、がんがん曲を作って、ばんばんライブをして、どんどん成長して行かねばならない。酒ばっか飲んでいる暇はないぞ、自分よ。あと、面白い事探しも忘れずに。人生なんてネタ探しなのだから。


最後になりましたが、「帰ってきたどすこいラジオ」と「水曜日の土俵際」両番組のディレクターさん、その他のスタッフの方々、そして何より、聞いて下さっていたリスナーの皆さん、一年間、本当にありがとうございました。

とりあえず今度はライブで会いましょう!

電車の吊り広告を見るのが好きなのである。

天気の良い日に電車に乗っていると、窓から差し込む光に思わずうっとりしてしまうことがある。ああ、なんだか爽やかなCMのワンシーンにありそうだな、と思ったりする。アイロンがビシッとかかったシャツを着たサラリーマンの方を見かけては、しっかりした奥様がいらっしゃるんだろうな、とその家庭を想像し、窓の外を覗き込む小学生を見ては、その子の明るい未来を勝手に思い描いてみたりする。

そんな時に、吊り広告がふと目に入ると、途端に現実に引き戻される。先ほどまで何事に対しても優しくなりかけていた自分の思想や視点が、ぐるりと元に戻って行く。

女性誌やゴシップ系の週刊誌(文字多めのもの、週刊文春など)も好きなのだが、私が愛してやまないのは、グラビア系の週刊誌の吊り広告である。

なぜかというと、グラビア系の週刊誌は、普段絶対に読まないからである。さすがにコンビニで一人、プレイボーイのグラビアをガン見しながら立ち読みする勇気はないし、かといって買うのもな、と思う。やはりなんだかんだ言っても私はただの女子なので、わざわざ買って、自宅で美しい女体の写真を眺めても、なんというか、何もスッキリはしない。

だから、吊り広告がちょうど良いのである。おっ、あのアイドルの子って水着になると意外とグラマラスなのね、とか、あら、この子最近ドラマでよく見るけど、本業はグラビアアイドルだったのね、とか、それくらいの感じで見るのが良いのである。限られた電車の乗車時間との相性も、抜群である。

そんな感じなので、決してグラビアに詳しいわけでもなんでもないのだが、なんとなく、そうやって吊り広告なんかでたまに見ていると、やはり最近のグラビアのトレンドは、清純そうな色の白い女の子なのかな、と思ったりする。胸がバーン!という感じではなく、本当に、浅瀬で麦わら帽子をかぶりながら、キャッキャとはしゃいでいそうな感じとでも言おうか。風に吹かれながら振り向きざまに見せるキュートな笑顔、みたいな写真をよく見かける。

しかし個人的には、そういった小動物系の女の子の可愛いグラビアよりも、挑発的なエロいお姉さんのグラビアが好きなのである。

小学生の頃、電車に乗っていた時に、プレイボーイか何かの吊り広告を見た。その当時は、井上和香さんとか、小池栄子さんとか、佐藤江梨子さんとか、MEGUMIさんとか、いわゆるイエローキャブ系のお姉様たちが、グラビア界の先頭を走っていた時期だった。そういったお姉様たちのグラビアは決まって、笑顔というよりは、常に「かかってきなさいよ」とでも言ってきそうな目つきをしていた。シンプルな単色の水着なのに、鎧のように見えた。一筋縄では行かない、たくましく、肝の座った女戦士のように見えた。なんだかかっこいいな、と純粋に思ったのを、今でも覚えている。

いろいろと表現の仕方はあると思うのだが、幼心に、これはエロい、と思った。辞書的な意味は置いといて、あくまでも私の中の勝手なイメージだが、性的な意味というよりかは、生き様から来る色気、みたいなものを物凄く感じたのだ。

あの当時、電車に乗っていた小学生男子たちは、こぞってそんなグラビアの吊り広告を見上げていた。その表情に台詞をつけるとしたら、間違いなく「スゲェ」だっただろう。その「スゲェ」には男子としていろんな意味が込められていたとは思うが、でも、やはり何か圧倒されるものがあったのは間違いないはずである。

もし今の時代に、あのお姉様たちのグラビアが載った吊り広告がぶら下がっていたら、どうなんだろうか。今は、何かにつけてウルサイことを言う人がいるだろうから、「子供も乗る電車に、こんな広告いけません!」とか苦情が来たりするんだろうか。というか、そんな時代になってしまったから、グラビアの流行も、エロいお姉様たちからキュートなアイドル系の女の子にシフトして行ったのだろうか。だとしたら、なんだか寂しいなあ。

当たり障りのない柔らかい雰囲気も大切だとは思うが、攻撃的で挑発的な雰囲気も、絶対に忘れてはならないな、と思う。それはグラビアに限らず、全てにおいて言えるだろう。「優しくなりすぎない」という美学は、何事に対しても、忘れずに持っていたい。

なんだかそれっぽい感じでまとめてみたが、これはただの吊り広告の話で、さらに、要約すると、私はエロいお姉さんのグラビアが好きだというだけの話である。それをよくもまあこんなに長々と。自分で自分にいささか呆れる。


……いや、今すごく暇なんですよ。新幹線って乗っている時間も長いし、 あとほら、吊り広告もないし。


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