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私は人は変われると信じてる。


それはある講演に参加した時も思ったことで

人が変わるきっかけは

他者との関わりが必要で

人と人は刺激し合って気付くことがある生き物だから。


その講演では

加害者が本を出すことに対して

理解出来ないと論ずる方が居たのだけど

本に関わった方は

ニュースでは伝えられなかった加害者側の精神状態や

彼女もまた被害者だったことも伝え

彼女が変わろうとしていることを手伝う気持ちもあった

「人が変わろうとしているのを手伝った」

と反論でもなく思いをしっかり話したんです。


もしかしたらその加害者のように、

同じ状況から抜け出せない人の手に本が届くかもしれない。


もしかしたらその人が、悪から抜け出すきっかけになり

ひとつの命を守るきっかけになるかもしれない。


私はそう思っていた。


罪を犯した人間に対しての考えほど難しいものはなく

社会から追放ではなく、ただ更生する方法を考えるのが

人道的なのかもしれない。


それが権力を持っている、他者に影響を与える人ならば

その権力を一度手放さなければいけないと個人的には思う。


権力者やリーダーが、偏見を持っていては絶対にいけない。


多くの人に影響を与えてしまうのだから。


ただ、間違いを犯さない人間なんて居ない。


私なんて、子供とのことで日々、自分の対応が間違っていたのか

あの言葉は間違っていたのか、考えるだけで泣きそうに今もなるから。


子供に願うことは

人を傷付けない人になって欲しい、ということだけ。


身体的、精神的に人を追い詰める人間にはなって欲しくない。


その為にも偏見を植え付けないことが今の私自身のテーマ。


『すばらしき世界』を観た時に

実は後半で描かれる役所広司さん演じる三上が対峙することになる

「いじめ」のシークエンスに胸が締め付けられた。


「いじめ」は身近なところに存在する、その時に声を出すことで

そのコミュニティから放り出されてしまうことが多い。


だから声の大きな人の言葉に違和感を感じても

自分の居場所を守るために見てみないふりをしたり。


それも罪なのかもしれない。


人を変えることは、社会を変えることであって

最近ずっと学んでいる「いじめ」の構図を変えること。


映画『プラットフォーム』のように、皆で団結して

「いじめ」をする(権力のある)側よりも多くの人数が「NO」と口にする社会。

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それはいじめをする人を攻撃するのではなく

「あなたは間違っているから、変わろう」

と伝えることな気がする。


その人が権力者なら降りることが大事。


話はそれてしまったけれど、

私は、多くの人は変わると信じてる。


『すばらしき世界』


明日から公開になる。


ケーブルテレビCH700無料放送と

YouTubeでは今週金曜から

「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」で放送です。