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『マンダロリアン』のザ・チャイルドは

何故、卵を食べてしまっても

申し訳ないと思わないのだろう?
 

この描写を入れた製作陣の発案は面白く

のちに

ザ・チャイルドが

子供を孵化した可愛がるシーンがあり

別れるのを惜しむのだけれど

マンドは「もうペットはいらない」と切り捨てるのです。

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経験を積んでいないから

感情のきびもまだ色とりどりではない

幼子の脳はシンプルなので

キレイ=食べたい=美味しかった=また食べたい

になるだろうし

その母親の目に隠れて食べているから

彼女が悲しむ姿も見ていないし

こっそり食べる理由は、マンドに怒られたからで

何故、食べてはいけないのかハッキリとは分かっていない。


けれど、それが孵化して赤ちゃんになった姿は

可愛くて、愛でていたいという感情が生まれるのも

『マンダロリアン』では、子供の発達過程として描いているんですよね。


まぁ、マンドの子育ては、かなり雑なのでたくましく育つでしょうが

感情の部分ではいささか不安(苦笑)


それはさておき

「他者の気持ちを考える」ことを教えるのはなかなか面倒なのです。


子育てをしているとぶち当たる

ザ・チャイルド的行動を取った時の話し方。


叱ったら、親の目を盗んで行動を続けるがほぼ。


お母さんが悲しむことや、これが命の卵であることや、生まれるのを一緒に楽しみにしよう

と何度も何度も伝えるしかない。


こうやって他者の気持ちを考える癖付けが

今は特に必要なのかもしれない。


マスクをしていない人をすぐ怒る前に

その人には疾患があるかもしれない。


子供を産み捨ててしまった人は

誰にも頼れない状況で、未来が不安で不安で

ノイローゼになっていたかもしれない。


一方的な見方にとらわれない多角的な考え。


子供たちの中に勝手に芽生えるのではないらしい。


「いちいち考える」訓練という意味で

映画を見た後や絵本を読んだあとに

話し合わないといけないんだと気付かされた

子育てに試行錯誤のわたしであります。