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ずっとこの映画に関しては詳しく呟いておりません。


それは

10/25 20時からの「映キャン!」オンライントークイベントで

しっかり語ろうと胸に秘めているから。


もちろん

『浅田家!』に関しては

応援コメントを寄せているくらい好きで

嵐ファンというわけでもないし、中野量太監督作品でも

全作品、両手を上げて好きというわけではないので

まっさらに好きなのは届いているもんでしょうか?

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さて、今日、ここにしたためるのは

『82年生まれ、キム・ジヨン』

を観たことで気付いてしまうトラウマについて。


この根深さは尋常ではありません。


私の名前、「さとり」は実は漢字で「智」

前にも書いたかもしれないですが

男の子を切望した父親の絶望の末の

無理矢理の当て字です。


父親は昭和一桁生まれだからか

見事に家父長制を夢見ていた世代であります。


そして私は父親を苛立たせるように、左利きで生まれました。


年配の世代から見ると左利きは

恥ずかしいこと、と言われています。


父は晩婚なので、多分、父世代から上の両親を持つ人達は

多くの女性は怒りを覚える前に教育のように言い聞かせられ

麻痺してしまい、押さえ付けられて育った人が多かったのではないでしょうか?


男性は、女性より稼ぐことや、大学に行って一流企業に入れば

男として一人前と言われ育った世代。


教育の中で、男だから、女だから、と毎日言われ、

だからジェンダーに囚われてしまったのかも。


「女らしさ」の定義なんて、他人が考えたもので、

そんなものは都合の良い理想論。


本来いらないものなのだ!


と反抗しまくり、ボコボコにされながら今に至る。


なのに、困ったことに

『82年生まれ、キム・ジヨン』の感想をスラスラと書けないのです。


映画では、会社よりも日常が描かれているからこそ、

それが過去の自分や家族と向き合うことになってしまうから。


というわけで

自分の子供には

どこからか覚えてくる

男の子は、女の子は、

の取外し作業の日々。


にしても、私的過ぎる映画なんですよ。


『82年生まれ、キム・ジヨン』って。


映キャン!オンライントークライブ

チケット発売中なので、是非にーーー!


(イベント詳細は下記のURLで)

映キャン!vol.3 10月の必見映画「浅田家!」「82年生まれ、キム・ジヨン」

https://peatix.com/event/1649213