公開中の『スキン』を見た時、考えたんです。


『はちどり』を見た時、思い出したんです。


初めて選挙権を手にした時も考えたと思い出しました。


亡くなった父は男尊女卑、家父長制万歳、韓国、黒人嫌悪

な昭和一桁生まれで、今思うとあり得ない言葉や偏見を幼い私に浴びせ続け

よく手もあげておりました、昭和の日本の父の典型みたいな戦争もお国のため的な思想で。


かたや母には韓国人の友達も居たし、多くの友達が居ました。


「結婚したければしたらいい。子供が欲しければ産めばいい。

人にも家族にも迷惑をかけなければいい。あなたが幸せならそれでいい」


と穏やかな口調で話し、偏見もほぼ持ち合わせていなくて

母が私たちを養っていたから、休みなく働く母の背中を見て育ったと言えます。


「大学に行くお金も無くてごめんね、だからせめて好きなことを仕事にして欲しい」


幼い私だって気付けたのは、母の対応を見ていたからなのと

結婚だけが幸せじゃないし、働くのは誰でも良くて

大切なのは家族を支え、周囲の人に感謝を忘れない人の言葉だと

子供ながらに気付いたからです。


今思うと、父の時代の教育とすり込みなのだろうし

うちに娘しか生まれずに、悔しがっていた父が

私に男の人の名前、漢字を付けたのも

あまりに悔しかったんだと思うと、残念だったね、とニヤニヤw


亡くなる時は

「もし、結婚して、子供を産んだら、苗字を伊藤にしてほしい」

なんて言うくらい

自分の苗字や血の継続を気にしていた父は、やっぱり

家父長制に囚われて生きてきたんですよね。


だから私は、夫婦別姓選択制度に対して賛成派w


そして、韓国も好きだし、海外の友達も居るし、もし父が生きていたら

笑いながら良いところを10個言い返すでしょう。


そして父の願いを見事に裏切り、女の子を産んだ私を見て嘆かれたら

女の良いところを10個あげることでしょう。


ふふふw


そんなこんなで

誰に対しても、様々な国出身の日本に住む人

ジェンダーも関係なく平等であれ、と願います。


選挙も「〇〇に入れろ」と父に言われたから、逆にやたらと調べて

大抵は違う人に入れていることも多かったかも。


思想が違うってことでw


大切なのは、どんな境遇の人に対しても、考慮出来る思想の人。


困っている人には手を差しのべてくれる人。


偏見のない住みやすい東京になって欲しい。


て、ことでそろそろ都知事選、出しに行かなきゃ。