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スカーレット・ヨハンソンと

アダム・ドライバー扮する夫婦が

お互いについて書いた文章の音読から

物語がスタートする

映画「マリッジ・ストーリー」


この夫婦は

離婚をしようとしているのです。


一見、互いをリスペクトしている内容なのだけど

間に弁護士を挟んだことで

互いに対する嫌悪感があらわになっていくという

ストーリーライン。


ノア・バームバック監督ならではの

日常で少しづつ積み重なっていく

心の機微を会話劇で見せるスタイル。


愛する子供がいる上での離婚ほど

辛いものはないのだけど

この映画からもうひとつ重要なことが

浮き上がってくるのです。


それは「妻の役目」「夫の役目」


妻というものは

子育てを担当し、仕事もセーブして

夫の負担にならないよう家庭を守るものなのか?


夫というものは

家庭を持ったら、家族の為に稼ぐべく

子供との時間をセーブして

外で頑張って働き、家は安らぎの場で

あるべきなのか?


一見、当たり前のことを書いているけれど

果たしてこれが当たり前のことなのか?


この映画を撮ったノア・バームバック監督は

自身も

女優のジェニファー・ジェイソン・リーと

息子をもうけ、離婚を体験したらこそ

この考えの不思議に気付かされ 

映画を作ったのかもしれない。


いくら稼いでいようとも

子供と過ごす時間が少ない方が

離婚においては

子供と暮らすには不利になる。


そもそも何故、妻が離婚を思い立ったのか?


スカヨハ演じる妻は、元々、女優であり

子供が生まれて

忙しい夫の負担にならないよう

子供中心、家庭中心

家庭での夫の世話もしつつ

自分の意思を諦めて生きてきたと口にします。


日本だけではない、アメリカの夫婦でもある

妻は子育てと家庭を担当

夫は仕事を担当。


社会が作り上げた一般常識とやらに

がんじがらめになり、自爆した妻と

それを当たり前のこととみなし

仕事の忙しさにかまけて

妻の願いを聞くこともしなかった夫。


女性だって働いていい

母になっても働いていい

子供は夫婦で育てる。


父とは子供にとっての育ての親であること。


夫婦とは、共同作業しながら生きるということ。


互いに、互いの考えを都度、確認し

修正しながら互いに成長し

子育てにおいては、一緒に育て

互いに補い合うものなんじゃないでしょうか?


「普通は〇〇だから」

なんてものを信じてはいけないのです。


人それぞれ違うし

人は色んな経験から成長し

考えも変わるから

互いの意思を確認し合って

生きることが互いを幸せにするんだから。


それが夫婦円満の秘訣なのかもしれないですね。