月別アーカイブ / 2011年08月

このひとつ前の『神様のカルテ』に寄せて頂いたコメント。


温かくって、ひとつひとつが心からの言葉で

書き込んでくれたこと自体に深く感謝しています。


ありがとうございました。


それと同時に『神様のカルテ』は自分の体験と投影する作品だと

深川監督や映画プロデューサーが言ってたのを思い出しました。


「寄り添う」こと「見届ける」ことが実は出来なかった私だから。


白血病で大学病院に入院して私と姉が出かけた隙に息を引き取って

家族の誰にも看取られずに亡くなった離婚した父。


大腸がんで私立病院に入院し、大手術で今は通院で済んでいる母。


『神様のカルテ』は大学病院と私立病院での医師と患者の関係を

描きながらひとりの若い医師が末期がんのひとりになった老女との

出会いで、「寄り添う」ことの大切さや将来の方向性を考えて行く

そんな成長物語です。


最期に寄り添えなかったから、父の最期を知らないのが

心残りでもあり、でもいよいよという時に

初めて父から謝罪のような手紙をもらったのを思うと

もしかしたら分かっていたのかもしれないと思うんです。


だからでしょうか。


心残りのないようになるべく人と向き合って心で話しをしたいと

今は思いながら、それについてセンシティブになってしまうのは。


お盆だから、この話題がちょうどいいのかもしれない。


医療ドラマでもなく、ひとりの医師の心と患者さんの心と

看護婦や妻、彼の友達の心を大げさではなく丁寧に綴っているから

櫻井くんという国民的アイドルが主演であって

決してアイドル映画ではないんですよね。


こうやって色んな映画を繊細なくらい感じられるのは

父と母の体験や歩んだ道を子供として経験したことであって

多くの人と出会えて経験したお陰だから。


今思うとね、両親にも感謝してるんです。



それと、今日は8/20に公開になる映画『シャンハイ』

舞台挨拶付き特別試写会の司会をして帰って来ました。


『ザ・ライト』も撮ってるミカエル・ハフストローム監督は

今回が初来日。


渡辺謙さん、菊池凛子ちゃんも海外から帰って来ていて

2人とももちろん英語が喋れるので、謙さんが通訳のように

打ち合わせで時々、私と監督の仲介にもなってくれたり(笑)


太平洋戦争開戦前夜までの出来事をシャンハイを舞台に

戦争ではなく、あくまでもその時、彼らは何を守り

何を失ったのか……を描いている作品。


「これは戦争映画ではなく人間ドラマ」と言った

渡辺謙さんの締めのコメントが今も耳に残っています。

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「生きていると、前へ前へと気持ちがゆき、急いでしまうけど…

 本当に大切なことは、一番初めの場所にあるのかもしれないわね」


これは『神様のカルテ』の中で末期がんの患者さんが呟いた言葉。


すごく好きなセリフなんですよ。


今日は『神様のカルテ』看護師限定いのちのトーク試写会の司会。


櫻井翔さん、深川栄洋監督が上映後のトークショーに立ち

更に聖路加病院の日野原重明先生も登壇したんですが

看護婦さんがほとんどの試写会は色めき立っていて

白衣も眩かった(笑)


この映画で上映後にステージに立つのは初めてと言う

櫻井くんと深川監督は、観た人のリアクションが気になるし

緊張すると呟いておりました。


「末期の患者さんを救うことは、難しいい~だからこそ

 寄り添うことが大切だと思ったし、撮影中も多くのキャストや

 スタッフに寄り添われて、演じきることが出来ました」


一止先生を演じた櫻井くんはこう言ったけれど

聖路加の日野原先生も「一緒に過ごす、寄り添うこと」

を強く訴えていました。


深川監督も実際に末期の患者さんと撮影前に会うことが出来て

お話を聞いたりできたそうです。


「でも映画を観てもらいたかった」


 そう、完成を待たずにその方は亡くなられたそうです。


この舞台挨拶を司会するにあたって、映画はもちろんですが

日野原先生の著書『生き方上手』を読んだり

改めて脚本を読ませてもらいました。


救うことは出来なくても、寄り添うことは出来る。


寄り添うこと、って究極の癒しじゃないか!?


「見守ってるよ、アナタならきっと大丈夫。乗り越えられる」


「いつもと様子が違うけれど何か不安を抱えているの?」


この言葉って寄り添って、アナタを見つめているって証し。


映画にも一止先生と榛名さん夫婦のそんな掛け合いがあって

ホンワカする素敵なカンケイなんですよね (-^□^-)



追伸:森光子さんの長~いお手紙をなんとか読み終え

   ひまわりを皆に渡すお役目を終えて安心しきった私。

   ひまわりや配られたカステラの写真、撮り忘れたのでした。

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ここ最近は、吸収月間にしてるんですよ。


「ルパン三世展」に行き、漫画家、アニメーターの方々の

プロフェッショナルな仕事の痕跡を目にしてね。


次の日は、今開催中の「三大映画祭週間2011」に行って

日本で公開されていない映画祭で監督賞や審査員特別賞を

取った海外の映画を見て。


また合間をみて見に行きますが。


今日は『鉄腕アトム』の音響デザイナーである大野松雄さんを

メインに、今も活躍する音響効果技師の方々のインタビューも

入れながら、大野さんのゼロから創る音という

プロフェッショナルを目にするドキュメンタリー映画

『アトムの足音が聞こえる』を見に行きました。


その上映に樋口監督と音楽ライターの田中雄二さんの

トークショートがあって、映画での音響効果の役割を聞いた後

漫画家のとりみきさんと映画プロデューサーの坂本さん

田中さん、樋口監督と飲んで帰って来ました。


あと2年くらいで映画業界歴20年になる。


まだ知らないこと、学べてないこと、見られていない映画や

携わったスタッフの名前や役割の無知さを痛感して

映画を語るなら吸収したいし、尊敬の念を込め、知り

語らなきゃと強く最近は思ってるんですよ。


昔、買い集めていたスクリーンやロードショー、バラエティ

キネマ旬報、プレミアなどなど、当時の映画評論家の方々は

しっかりと知識のある上で過去作と比較しながら評論したり

監督や俳優の新ネタがあったりして

読んでるこちらも勉強になってたのデス。


なのに今は、意外と多いのが、自分のキャラを押しだし

面白可笑しく解説し「泣ける」「笑える」「好き」「キライ」

と書くことが増えていて、誰でも評論できる時代。


私もきっとそうしてきたこともあっただろうし

今もやってるかもしれない。


だから心理学を勉強したりして、アート映画を色彩心理で

分析することを思いついたり、映画の登場人物に自分が

投影しやすいように解説出来たらと思ったものデス。


だけど一般のテレビや雑誌は、奇抜さや派手さがなければ

映画紹介は難しいのでしょうか?


それとも自分の映画知識が足りなすぎるんでしょうか?


映画司会者というのは、私が業界に入ったばかりの頃は

専門職でもなく、確立されてなかったし

あの頃は、映画を解説したり、番組や雑誌でインタビュー

する人になりたくてこの世界を目指した。


だけど今は大好きな仕事で、喋る事や声のトーン

言葉のボキャブラリー、尋ね方をDJやレポーター、ナレーターを

経ながら探求してきた私には、もはや運命の仕事だと思ってる。


『アトムの足音が聞こえる』


大野松雄さんという80歳になっても現役の音響デザイナーさんの

生きざまを見て樋口監督はこう言ってました。


「人生折り返し地点に来て、今後の自分について

 どうなっていきたいか考えた」


私も同じ事を考えていました。


映画を応援する喋り手という意味で、思い付きで着けた肩書き

「映画パーソナリティ」は

映画司会者で映画紹介者という形で定着して来て

映画キャンペーンの女房役的に映画関係の方々の聞き手

紹介者的になってきました。


果たしてこれからどうしたいんだろう?


結婚して出産して引退したいか?


生涯、現役で司会や映画周りの紹介本を書いたりして

生きていきたいか?


出来るならどっちもだけど。


何を探求して生きたいか。


答えが出るまでもう少し時間がかかりそうです。


アナタは後半の生き方を決めていますか?

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