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『マンダロリアン』のザ・チャイルドは

何故、卵を食べてしまっても

申し訳ないと思わないのだろう?
 

この描写を入れた製作陣の発案は面白く

のちに

ザ・チャイルドが

子供を孵化した可愛がるシーンがあり

別れるのを惜しむのだけれど

マンドは「もうペットはいらない」と切り捨てるのです。

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経験を積んでいないから

感情のきびもまだ色とりどりではない

幼子の脳はシンプルなので

キレイ=食べたい=美味しかった=また食べたい

になるだろうし

その母親の目に隠れて食べているから

彼女が悲しむ姿も見ていないし

こっそり食べる理由は、マンドに怒られたからで

何故、食べてはいけないのかハッキリとは分かっていない。


けれど、それが孵化して赤ちゃんになった姿は

可愛くて、愛でていたいという感情が生まれるのも

『マンダロリアン』では、子供の発達過程として描いているんですよね。


まぁ、マンドの子育ては、かなり雑なのでたくましく育つでしょうが

感情の部分ではいささか不安(苦笑)


それはさておき

「他者の気持ちを考える」ことを教えるのはなかなか面倒なのです。


子育てをしているとぶち当たる

ザ・チャイルド的行動を取った時の話し方。


叱ったら、親の目を盗んで行動を続けるがほぼ。


お母さんが悲しむことや、これが命の卵であることや、生まれるのを一緒に楽しみにしよう

と何度も何度も伝えるしかない。


こうやって他者の気持ちを考える癖付けが

今は特に必要なのかもしれない。


マスクをしていない人をすぐ怒る前に

その人には疾患があるかもしれない。


子供を産み捨ててしまった人は

誰にも頼れない状況で、未来が不安で不安で

ノイローゼになっていたかもしれない。


一方的な見方にとらわれない多角的な考え。


子供たちの中に勝手に芽生えるのではないらしい。


「いちいち考える」訓練という意味で

映画を見た後や絵本を読んだあとに

話し合わないといけないんだと気付かされた

子育てに試行錯誤のわたしであります。





青空を見て、自転車を漕いで、風を感じて

ビュンビュン前に踏み出す感覚が

心を少しずつ軽やかにしてくれ

何度も深呼吸した11/19。


『サイレント・トーキョー』12/4公開を前に

昔からの友人である

波多野貴文監督のインタビューも

YouTubeの映キャン!チャンネルにUPしながら

私ときたら色々と人に助けられてるなぁと感じた昨日。

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限られた時間の中で

インタビューする日々の中で

人の繋がりに感謝

人の優しさに感謝

猫の温もりにも感謝しかないです。
 

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今朝のめざましテレビでの『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』ヒットの解説

時間が足りずに伝えられなかったこともありましたが

やはり京アニの底力がロングランの理由なのです。

公開前のテレビ放送や配信も効力になっていますが

画のクオリティ、脚本のクオリティは、人の心を癒す力を秘めた純度の高い作品であり。


アニメの力は絶大ですが、出来れば映画館に来たことで

実写にも目を向けてもらえたらと願っています。



そんな私が「フリーランス同士の結婚について」

というインタビューを受けた昨日

気付かされたことがありました。


男女平等、という言葉のとらわれもあるんだということ。


コロナ時代に突入し

男女問わず仕事を失う人々が増え

今まで通りでは家族を養うことが困難になった人々も増え

自分の両親について思いをはせました。


うちの父親は、ある意味無職であったし

母が稼ぎ頭だったけれど

何故、離婚しないのか?

当時、子供なりに考えていました。


けれど自分が母になり、今のコロナ禍で理解できるのは

父が家に居なければ

母は働きに出られなかったし

幼子二人を食べさせるお金も無かったということ。


近くに親族や友人が居なければ

子育てしながら働くことは難しいのだから。


離婚したくても出来ない人々が居るのも

生きていく為の理由がそれぞれあり

ここは社会の仕組みとリンクしてしまう問題であり。


シングルを経験して思った子育てしながらの仕事の大変さ。


だとしたら子供の面倒を見てくれる環境がもっと社会にあれば

ひとつの命も救える気がするんです。


男女関係なく、家族関係なく、人の命を育てる世界になったら、と。

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