世の中では

神田沙也加ちゃんと村田充さんの離婚問題においての

プチ論争が起こっているそうですね。


子どもが欲しかった私と、前向きになれなかった彼女とで折り合いがつかず」

これが村田さんのブログです。


子供を産まない=後ろ向きってこと?


こんな書き込みがあるそうで

男性サイドからこの言葉を発してしまったから

言葉足らずで説明が不完全だったんだな

芸能人は大変だ、プライベートまで

時には語らなければならなくて可愛そうだ

と勝手に思っておりました。


最近、見た新作映画に

「"隠れビッチ"やってました。」

というのがあり

タイトルとのギャップに驚いたんですが

人はそれぞれ

生まれてから今まで違う環境の中で

違う人生を歩み

やがて出会うのだから

考え方が違うのは当たり前なのです。


映画はそれに焦点を当てておりました。


恋愛ごっこは出来ても深い恋愛は苦手。


そんな佐久間由衣ちゃん演じる

主人公の過去が明らかになっていくと

深い深い心の傷が浮き彫りになっていきます。


"愛しているなら

全部、自分の気持ちを受け止めて欲しい。"


そこにとらわれた主人公の

傲慢な考えの根底には何があったのか?


果たして、人は愛する人の考えをすべて

受け止めるべきなのか?


とても大事なことが描かれていました。


神田沙也加ちゃんとこの話は

無関係ですし

本人に話を聞いたわけではないので

まったく違うとだけ言っておきますが

人にはそれぞれ

成長の中で生まれた考え方があり

例えば

「結婚するなら最愛の人と」という

一見当たり前の考えの先に

「愛する人との子供が欲しい」

はイコールではなく

「子供はいらない」もあれば

「子供は今のタイミングじゃない」という

考え方もあるんです。


好きな仕事をしている女性たちが

多分、ぶつかる「出産のタイミング」という壁。


子供は欲しくない、ではなく

子供を産んだら仕事が出来なくなるかも?

という不安。


子育ては母親の仕事だから

夫もそう望んでいるから

自分の大好きな仕事への夢を犠牲にしてまで

やらなくちゃいけないんじゃないか?

という固定概念。


これについても

来年公開の「Red」に登場する議題。


そして、この固定概念に囚われた

夏帆ちゃん演じる

主人公の過去と未来も、捻れた

「結婚観」への囚われ。


女として産まれて、が根底のテーマ。


女性は子供が出来たら、ある程度

好きな仕事を諦めないといけない。

そもそも何故? なんで母親だけなの?


いやいや、男性だってもしかしたら

今の収入を考えて、結婚出来ない

子供を持つ自信がない人だっているだろうし。


好きな仕事をしたいと思いながら

子供を産んだ私からしたら

再婚した私からしたら

「結婚=2人で頑張って生きる約束」

であって

子供を産むタイミングの掛け違えで

別れた夫婦も

ずっとモヤモヤしている夫婦も知っている。


子供はいつか欲しいけれど今は無理。


それも理解出来る。


男性からすれば

収入の問題だったりするかもしれないし

女性からすれば

好きな仕事を続ける上では

夫や周囲の協力がなければ成立しないだろうし。


村田さんを攻めるわけでも

神田沙也加ちゃんを擁護するわけでもない。


ただ、このニュースを見て

世間の人の考えを目にしながら

自分が経験して思ったのは

子育ては、大人ひとりで出来ることではない。


夫婦なら夫と妻はもちろんで

シングルの人も多い世の中だから

周囲の支えも大事、大事。


いやもっと大事なのは、社会が

子育てしながら働く人々へ

一緒に子育てするような環境作りや経済に

尽力してくれたら

好きなことを諦めるとか

どちらか片方に負担が増える状況になって

結果、精神が病むとか

そんな人が減ると思うのです。


これはまったく

今の神田沙也加ちゃんニュースとは

関係がないことですが

結婚=子供=子育ては母親が担当

という考えからは、ハッピーが生まれない。


ハッピーを生むのは沢山の人の思いやり。


私も他人の子にも自分の子にも優しくありたい

子育ては難しくて

子供が居なかった頃にはなかった

ストレスというか、子供へのイライラが増えると

そこに気付かされるんです。


完璧な親なんて居ないんだ。


完璧な親ってなんなんだ?


不完全だから

子供を授かって、少しは成長しろと

空の上の人たちが思って授かった

人生史上最大のミッションだと。


そして

仕事を続けたくて母親になりたい人がいるなら


どっちも出来るよ。


周りに必死に助けを求めながら

誠心誠意で子供とも仕事とも向き合う

心意気さえあれば。


全部、自分がやろうとしなければ。


父親になる人や、両親や周囲に

甘えて良いんだから。


好きなことを仕事にしている母親の背中を見たら

きっと子供も好きなことを仕事にしたくなる。


そう信じておりますよ。
































_var_mobile_Media_DCIM_144APPLE_IMG_4065.HEIC↑ (WEB映画番組マイデジ 「映画が好きすぎて」)


「なんで?」「どうして?」

が小学生になっても口ぐせだったのです。


3、4歳にこの口ぐせが出てくるのは

あたり前なんだろうけれど。


この「なんで?」「どうして?」から

映画は生まれるんじゃないでしょうか。


インタビューも映画解説も同じ。


世の中、「なんで?」「どうして?」で回っていて

人との会話も一方通行にならないためには

沢山の「なんで?」「どうして?」を持ち合わせていれば

きっと時間ってあっという間に過ぎていく。


最近、この「なんで?」「どうして?」を

持ち合わせていない人たちが

少し多いのかもと気付き始め

電車やカフェに居ても

2人で会話しているのに

携帯を見つめながら

自分の話をし合っている人たちをよく見かけ。


人に質問するのが苦手

人に聞くのは相手に迷惑かも

と思っているならば

逆で

自分の話を自分からするのが得意な人は

どれだけいるんだろう?

と気づくのも大事だったり。


聞かなければ距離は縮まらないし

なにより

魅力的な人かも知れないのに

相手が話し下手なだけで

つまらない人と思ってしまうのは

とても傲慢なこと。


相手のことを聞くことができたら

その人の魅力を引き出せるし

人に尋ねることが出来る心を育てることが

人間力に繋がるんじゃなかろうか。


だって

人の疑問に答える映画は魅力的でしょ?

そんな意味では

映像のクオリティはもとより

「アナと雪の女王2」も

キャラクターの感情の変化は少し

荒かったけれど

全体的には素晴らしい脚本だったし。

bQgm2ySwRV.jpg

これから公開される

「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」

の脚本の構成も素晴らしい。

rKdSOItWAa.jpg

シリアルキラーに恋をした女性視点で描く

ザック・エフロン主演「テッド・バンディ」

のアプローチも

人が疑問に思う「なんで?」に答える映画であり

発想力が秀逸でした。

FvvnUU9s8U.jpg

「なんで?」「どうして?」

は、人と仲良くなるだけでなく

人の心を掴む魔法のことば。


だから沢山、互いについて

情報交換しようよ。


良いところ、魅力的なところが見つかるから。


映画でも

「なんで?」から「それはね」

という答えを持っていながら

更に私たちに考える"余白"を与えてくれる

脚本なら

間違いなく素晴らしいのだから。




_var_mobile_Media_DCIM_143APPLE_IMG_3988.HEIC

弾丸の韓国旅行から無事、帰還。


映画の看板を横目に買物と食で過ぎた二日間。


_var_mobile_Media_DCIM_143APPLE_IMG_3977.HEIC

マ・ドンソクのこのビジュアルに俄然

好奇心がムクムク湧き上がりましたが

12月公開、しかも映画館に行く暇なく。


私が居ない日本にはローマ法皇が

来ていたそうですが

旦那くんによると

4歳の娘がいわく

「ローマのエライひとより

ワンダーウーマンのほうがエライよ

だってわるいひとをやっつけるから」

だそうな。


なんだ? この比較は。


英才教育は順調です。


ただいま。

R_uu6_O5Sh.jpg

↑このページのトップへ