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人を拒絶したり、否定したり、批判したり
エッジは立ってて一見強そうだ

でも、ほんとは、
そうしないと保てないのだろう
自分を


人を責めたくなくて、
その根源である正義感が
やたら強く、つらくて

正義感は諸刃の剣だ
吐き気のするような傲慢さを
手放したくて
自分を踏みつけ貶めるコトを沢山した

自分を穢して
人を責める権利?根拠?を失くせば
人を赦し受け入れて生きられると思った

道ならぬ恋に落ちた時、そう思った
それは、大昔のこと(笑)


正義感を踏み潰し、
暗黒に身を埋めていると、
今度は責めのベクトルは
自分に向かう

自己嫌悪、自己卑下、
いいことなし(笑)
しかも、正義感ってどこまでも
ゼロにはならないらしい。

で、認めることでしか、
平常は望めないらしいと気付いた

世の中の誰もが認めないのなら、
自分自身で認めるしかないのか、と
自分を容認することが一番
変容というものに近かった気がした。


今回も色々あって、
人を悪く思いたくなくて、
自分を悪くする(1歩引く)思考をしたら
とてつもなく落ち込みが強くなった。

あかん。
やっぱり、自分が「1」でなければ
保てないし、歩き出せない。超えられない。

そして、多分まわりまわって、
自分が「1」の方が、人を尊重出来るから
役に立てるのかもしれない

ようやく、自分に軸が戻ってきた。
ほんとに酷い目にあった。


でも、1つ。
今回実感したのは、
人を責めたい気持ちが強くなる時は
無闇な正義感(自己正当化に近い)が
むくむくと頭をもたげていて
傲慢になりやすい、っちゅーこと。

「自由」と「認める」
これは大事だな。

自戒として、覚え書きしておこ😊🍀

ああ、海のような広い心を持ちたい✨