最近、インスタの更新を前より楽にできるようになった。

理由は、すこし前から投稿や、ストーリーを更新するたびにきてた悪意のあるメッセージが、ぱたりと来なくなったから。

ずっと気にしないと思ってたけど、心のどこかで気にしていた。

自分の写真をのせたら容姿について言われる。
好きなことや思いをのせたらそれも否定される。

容姿はまだ、百歩譲って、(自分へなら)ゆるせるとして、自分の好きなこととか、内側の部分を否定されるのは、本当にゆるせなかった。

そのひとがどういうひとかなんて、他人にはきっと一生わからないと思う。

それは家族や、友達や、恋人でも。
どんなに大切なひとでも、そのひとのすべてを本当に知ることなんて、一生かかってもできるのだろうか。
知りたいとは心の底から思えても、知った気になるのは絶対にしたくない。
私はそう思ってる。

ましてや、会ったこともない他人が知れるのなんてほんの一部分でしかなくて、
そこから想像してもらって、広げてもらうのが表現だったりする世界で。

それに、もしそのひとにどんなに落ち度があったとしても、他人がまるで罪を裁くかのような過剰なほどの攻撃は、なんておろかだろうとおもう。

清く正しく、一度もまちがえたことがなく、すべてを神様に見られても誇れる人生をおくっているひとなんているの。

そして、それは私もおなじだから、何度も自分の胸に手を当てて考えていた。

もちろん私は、故意に誰かを傷つけるために言葉を使うことはしないようにしてる。
どんな意見を言うときでも、人の心に素直に届く言葉をなるべく使っていたい。

それでも、無自覚にでも、一度もひとを傷つけたことがないとはいえない。
そんなの自分でわかるほど、わたしは賢くもない。

思うことは本当にたくさんあるけど、
もしかしたら自分が言えるようなことなど何もないのかもしれないと思って、いえなかった。

都合よく結びつけて、結局は自分のことばかり、自分はこんなに考えてる、と思いたいだけなんじゃないか。

それこそ。
だったら、なにも言わないほうがいいんじゃないか。

そればかりくり返して、やっと今、ここに、それでもおもってることを書こうと思った。

それでもまだ、
考えて、考えてる。

考えて考えても、完全に分かりあうことなんてきっとできない。
それでも、想像することはできるから。

今はそう思う。