月別アーカイブ / 2021年01月



「時間が経って色々なことが流れていって、慣れなんてとんでもないけど、ありがたさがわからなくなってきてたなあと実感した今日だった。

悔しいことに不感症になってきているけど、あの日、人生で一番悔しくて泣いた次の日だったからこそ、今があること忘れないでいたい。

あの日の私は、客観的に見てもぎらぎらだった、こんなへにょへにょな私だから信じられないかもだけど、本当にこれからの人生で死ぬ気で取り返してやりたいと思っていた。そんな気持ちが無かったら、今頃もっと地獄だった。

事実として、それがちゃんと、届いたということ。今更初めて、私はあの日のぎらぎらをちゃんと全部あの時間に残せたかなって考えた。

 明日が来る前に、まさかのこの奇跡みたいなタイミングでそのことを思い出させてもらったこと、出来過ぎなくらい有り難い。
あの悔しさぶりにトイレで嗚咽するほど泣いたのが今日で、本当に良かった。まだ本当に現実になる前のうちに悔しくなれた。

きっとこれからの方がもっともっともっと悔しさを味わうんだろうけど、その何倍もわくわくしたい。

あの気持ちごと忘れないための、ジンジャエール。」

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カネコアヤノちゃんのバンドセットが終わって、ネバヤンの前にふと携帯を見たら、マネージャーさんから連絡がきていた。
後にも先にも、私が初めて立ったカンヌのこと。そこに立てるよ、と。
私は偶然にも、一番に伝えたいと思えるひとたちと同じ空間にいて、なんだか人生のいろいろな瞬間が走馬灯のように過ったライブハウスの夜だった。
そんな2年前の春の日記。


なんか最近の私は、とってもだめだ。
かるい。ふわふわと、風船みたいに飛んでいきそう。

これって良いことでもあると思う、というか今日まで、この頃いい感じー。そう思ってた。
でも今日、とってもだめだと思った。

いや、だめなんかじゃないけど、きっと変わったということは良いこともたくさんあって、それでもやっぱり何もない私がここにいるきっかけのぎらぎらだけは、飛んでいかないようにしっかり掴んでないとだめだ。

昔と違っていろいろな人が見るし、きっと、ああごめんね、って返したくなるようなコメントもくるけど、私が発信できる場所くらい、こういうこと残さないとだめだ。
こういうこと言わなくなったら、むしろ誰か怒ってほしい。
ふわふわと飛んでいきそうになったら、この紐を掴んでほしい。

さいきん、どこかで紐を握ってくれているような存在に久しぶりに会えたからか、深夜だからか、きっと朝には後悔するけど、なんだか今日は言葉が自由で、気持ちがよいです。

あ、とっても明るい気持ちです。
爽やかな気持ち。
ジンジャエールを飲みたい。


おやすみなさい。





みなさんお元気ですか。

最近の私です。

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数日前、親知らずを抜きました。

長いこと騙し騙しで過ごしてきましたが。

少し前、いよいよ痛みだした上の歯を抜いて、その時は一発で終わって拍子抜けしたものの、下の歯は横に埋まってるから歯茎を切らないといけないと脅されてびびりまくっておりました。

緊急事態宣言下の今、お仕事もおやすみが続くのでこれはついにやるときがきたか、、、、と決心した次第です。

予想通り、なかなか力尽くのオペでした。
終わったあと顎外れてないか確認しました。
無事でよかった〜

経過はというと、
ここまで腫れる、、、、?
ともはや楽しくなってきて、輪郭ムーミンじゃんって笑いながら自撮りしてましたが、痛み止めが切れるともうずっと呻いてます。

右頬に何か生き物がいる、、ってくらい重みと温もりを感じます。
いなくなったのに、今まで以上に存在を強く感じる。親知らずさん、今までありがとう。はやく成仏してね。

そんな感じで、最近はお粥を主食に過ごしております。
7日に七草粥をつくって食べたばかりなのに。
おかゆなんて、年に一度この日に食べるか食べないかだと思っていたのに。

昨年、7日の夜にスーパーをはしごしたのにどこも七草が売り切れていた悔しさを晴らすため、今年は5日の夜にスーパーで見つけて即買いました。

七草粥を作るための2日のいのち。
冷蔵庫を開けるたび、未来の予定がそこにあるのがなんだか嬉しくてほっとしました。
わかるかな。

そんな感じで、私はすこしヘビーなおうち時間を過ごしてますが、みんなは何して過ごしてますか。

近々またみんなとお話しする機会があればいいなあ。

では、また。
治ったら美味しいもの食べるぞ〜。


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🦷 🦷 🦷 🦷 🦷



1月3日。

一粒万倍日。でした。

私はこの日のために満月の夜に、財布をふりふりしました。
(前回のブログ参照)

なのに、見事に。
1月3日、新調したお財布を、家に忘れてしまったのです。

満月にふりふりしたお財布、、
この日がくるまで使わずに部屋の一番高い本棚の上にいたお財布、、
そして何よりひとつのことに引っ掛かると先に進めなくなってしまう私の性格、、
お買い物する目的はバッグにいれっぱなしのおばあちゃんのお古のお財布でも果たせるのに、気付いたら反対電車に乗って最寄り駅までもどってました。

そ、し、て❕ニューお財布💰
無事に家までもどり、1月3日、初卸。
るんるんでお買い物しましたよ。
わ〜い。豊かになるぞ〜。

占い、好きです。
信じる信じないとか以上に、とっても好きなのです。

今年も大好きな石井ゆかりさんの「2021年の星栞」をかじりつくように読んでいますが、そのはじめに書かれていた文章の最後のひとことが、本当に良くて。


「鼻で嗤いながらも、占いを読みたくなるとき、あなたは心に希望を抱いています。

未来へのほんのわずかな希望、それがあるだけで、私たちはどうにか、生きていけるのです。」


これを読んだとき、おこがましいけど、ずっと思っていたことに重なってびっくりしました。

「占いを見るということは、たとえ今日一日の運勢だとしても、先の未来のことを考えてるということで、
未来なんてなくて死にたいと思ってる人は占いなんて見ない。
だから占いって未来の希望だよね。」

うろ覚えだけど、こんな大変な世の中になる前に、友達と外でお茶をしながら、占いについて私が話していたことです。
なんだかこの会話がすごく昔のことのように思えるのは、自分で言ったことなのに今と響き方が全然ちがうからだろうな。

あたりまえに続くと思っていた未来が止まってしまうこと。
誰かにとっては、明日の自分がいないということ。

そんな今まで想像もしなかったことに、たくさん頭を巡らせた2020年でした。

だからそんな昨年の終わりごろ、石井ゆかりさんの言葉は、本当にすっと入ってきました。


もちろん、占いにかぎらず!
買い物をすることだって、洗い物をすることだって、すこし先の未来を生きる自分がいるからできるささいな行動ひとつひとつが、希望なんだと思います。
日々の中に、希望っていっぱい溢れてるなーと思います。

まだまだ大変な世の中は続きそうですが。
みんなは今日、未来のために何をしてますか。


あ、今年のカレンダーは、月の満ち欠けカレンダーを買いました。

眺めながら、次の満月はいつかなあってすこし先の未来にわくわくしてます。


今年はブログの更新もがんばるぞ。
それではまた〜。


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🌕 🌖 🌗 🌘 🌑 🌒 🌓 🌔





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