月別アーカイブ / 2020年05月


こんばんは。
皆さんいかがお過ごしですか。

この時間でも過ごしやすい気温になってきましたね。
そのせいか昼間がいつまでも続くような気がして、気付いたらついつい夜更かししてしまうけど。

私は相変わらず、
お絵描きしたり、漫画を読んだり。

そして最近は、一年前のことを思い返していました。

一年前の今頃は、なんとカンヌの地にいました。

本来なら、今年も今頃開幕しているはずのカンヌ国際映画祭。

昨年、監督週間にて、三池崇史監督の『初恋』で
皆さんと一緒に参加させていただきました。

あんなに素晴らしい場所に連れて行っていただけた経験は、ずっと忘れられません。

カンヌ映画祭をはじめ、またたくさんの、世界中の素晴らしい映画の祭典が行われることを祈るばかり。
私も絶対にまた行きたい。

この一年、本当に素晴らしい経験をさせていただいてたなあと、改めて。


そして、一年前を振り返った時に、もうひとつ思い出すことがあります。

一年前、私がカンヌに発った日。

その日は、10年間一緒に過ごしてきた
愛猫のミシェルの命日でした。

私が朝早くにカンヌに発った、その日の夜でした。

ミシェルは、少し前から急にごはんを食べなくなって心配していたけど、まさかあんなに突然お空に行ってしまうとは、誰も思わないくらい元気でした。

少し心配だったけど、帰ってきた頃には元気になってるかな、なんて言っていたくらい。

私はそれからもしばらくの間カンヌに滞在していたので、
その間母は、連絡はずっと取っていたけどミシェルのことは私に言わないでくれていて。
そのため私が知ったのは、5日後の帰国した日でした。

家の前まで迎えに来てくれた母に、
「ミシェル元気?」と聞いたら
「ミシェルは、二階のお部屋にいるよ。」
と答えたので、
「ミシェ〜」って名前を呼びながら二階へ向かいました。
その時、いつも階段の下にあったミシェル用のトイレはなくなったことに少し気付いたと思います。

そして、二階へ上がると、
小さくて真っ白なお骨の箱が、ひとつ置いてありました。

それからは、涙がボロボロ止まらなくなりました。

最後の夜に、お風呂場の脱衣所の、隅っこで隠れるように寝ていたのを見ました。

思い返したら、今まで10年間、そんなところで寝たのを見たことはなかった。

猫が死に場所を探すというのは迷信かもしれないけど、
きっと、そういうことだったのかもしれない。

もしも、私がカンヌに発つ前にミシェルがそうなってしまっていたら。
ただてさえとてもかなしいのに、きっともう、ボロボロになってしまっていたと思います。

だから、自分勝手なこじつけかもしれないけど、
そんな姿を見せないように、頑張って、待っててくれたんじゃないかと思えてならないです。

そして、その一年前に亡くなったおばあちゃんの一周忌は、ちょうどカンヌでは上映日で、そちらも行けませんでした。

おばあちゃんも、2年前の、私にとって大切な日が終わったそのすぐ直後でした。

おばあちゃんは花が好きだったので、
その日に使うための造花の花束を「綺麗だね」と言っていて、
その日が無事に終わったらあげる約束をしていました。

今も私の部屋に、造花の花束は飾ってあります。

人生でいちばん嬉しいことと、悲しいことがあって、
人生は怖いくらいにバランスが取れているなと思っていました。

母は、しばらく日々が過ぎても、朝目が覚めた時、夜寝る時、いつもの癖でミシェルの名前を呼んでいました。

ミシェルがいないことに気付いて、呼ぶのをやめることはもっと悲しくなるから、
今までと変わらず、いつものように
「ミシェおはよう」
「ミシェおやすみ」
と言うことにした、と言っていました。

そしていま、一年経って、

何回も、おはようとおやすみを繰り返して、
いつのまにか名前を呼ぶことがなくなったこと。

もういない存在を、「思い出す」ようになるくらい、日常ではなくなっていること。

そんなことにふと気づいたとき、
心の奥がひんやりするような、何とも言えない気持ちになります。
「寂しい」という言葉とも違うような。


最初の話に戻りますが、
今、わたしが呼んでいる漫画のひとつで、
大島弓子さんの、
「綿の国星」という漫画があって。

ちょうど、ミシェルの命日だった昨日から読み始めた漫画です。

いつか人間になれると信じて疑わないチビ猫ちゃんが主人公のおはなし。

くすっと笑ったりしながら、気付いたら涙が止まらなくなりました。

「猫はどれくらい生きられるのでしょうか
人間と同じ位でしょうか

わたしは時夫といっしょに歳をとれるのでしょうか

わたしがホワイトフィールドになったときラフィエルは見にきてくれるでしょうか

もしその日が月夜だったら二匹でダンスを踊りましょ

思いはうつりかわり
うつりかわり
かげろうのよう」

「死ぬ」ということを、
はじめて教わったチビ猫の気持ち。

あまりに愛おしくて苦しくなるほどの感性で、なんだか感想を言葉にするのが難しいけど。

とにかく、この文章を読んで、自分の中で分からなかったことが、ストンと胸に収まった気がしました。

読み終わったらちゃんと感想書こうかな。
近々、また鑑賞記録やるぞー。



_var_mobile_Media_DCIM_143APPLE_IMG_3755.JPG



hTVW5T6s3k.JPG


vDuLl9ButQ.JPG



おやすみ。





少し前から、時間をかけて部屋の整理をしています。

2つ前のブログでもちらっとのせたけど、
整理していたら3〜4歳の時に描いた絵がたくさん出てきました。

昔から絵ばかり描いてたなあ。
友達がいなかったから。

でも、母いわく。
私が絵ばかり描いてた理由は、
周りのみんながまだ何も描けない時に、私は誰よりも早く◯を描けるようになったらしくて。

そしたら、周りの子やそのお母さんとか、
みんながすごーい!と褒めてくれて、

それが嬉しくって、いっぱい描いてたんだよ。
と教えてもらいました。

セーラームーンかいてーって言われて
難しくてまだ全然描けないのに、
次の日までに一生懸命に何回も練習して描いてたらしい。

その話だけでも、昔から性格とかあまり変わらないのかなあと思いました。

ちなみに、私には、お芝居をするうえで
致命的なくせがあって、、

それは、ペンの持ち方が変なこと。
(お箸も少し、、)

一般的にもきちんと綺麗に持てた方がいいので、
今は直してます。意識してる時は。

他のしつけはきちんとしてくれた母だけど、
ペンの持ち方だけは、私があまりにも楽しそうに熱中して絵を描くから、
それを注意するのがどうしてもできなかったらしい。

でも本当に、
小さい時はずーっと絵を描いてた記憶。

家にはいつも大量の白紙があっていつまでも描けたし、
それを保育所に寄付してたくらい、家でも外でもずーっと描いてた。

だからなんだか、映像研の浅草氏は
すごく他人とは思えない。
自分みたい。笑

そして、そんな落書きたちを母は全部きちんと綺麗にとってくれていて。


k8FbsqW1CR.jpg


D2ALFKsR8X.jpg


jAyExS_AlT.jpg


mAwCVE5Qyn.jpg


_var_mobile_Media_DCIM_139APPLE_IMG_9508.JPG


123NHjW4pd.jpg


L1GfF2z_k0.jpg


RTE3lPbnG9.jpg


_var_mobile_Media_DCIM_139APPLE_IMG_9511.JPG


iwRixmtwc_.jpg



gL45rBugi4.jpg



_var_mobile_Media_DCIM_139APPLE_IMG_9504.JPG


_var_mobile_Media_DCIM_139APPLE_IMG_9494.JPG


_var_mobile_Media_DCIM_139APPLE_IMG_9491.JPG


これがセーラームーン(せらむん)


_var_mobile_Media_DCIM_142APPLE_IMG_2369.JPG


ふふふー。
パブロ・ピカソのよう。
自画自賛。

母のメモがおもしろくて嬉しい。
「お絵書き大好き」。
とっておいてくれた母に感謝。

あ、今日母の日ですねー。
みんなは何かしますか?

_var_mobile_Media_DCIM_142APPLE_IMG_2427.JPG

小学生の時の日記も出てきたので。
母のことばっかりー。
仕事をして、勉強をして、家事もしながら私を育ててくれた母のことを、心から尊敬します。

一番身近で一番敵わないひと。

ちなみに我が家は、
母の日はあえて何もしないという取り決めがおばあちゃんの代からあります。
特別な日じゃなくても、日頃から感謝せねばね。
ということかな。

でも、最近はずっと絵を描いてなくて。

今は、描く時にかなりの集中力が必要だから疲れてしまい、、

もう一度子供のときみたいに、
上手く描こうとか考えずにただ楽しく描いてみようかなあ。と思い、

勢いで深夜に描き始めて夜明けまで一発集中しました。

まだ下書きだけど、
この先失敗したら悲しいのでここに残します。笑

今まではずっとてきとーな予備校の合格祈願えんぴつとかで描いてたけど、
しばらくこんな状況なので、せっかくだから初めてデッサン用の鉛筆を買ってみました。

描き進めることができるでしょうか。
また描けたらのせます。

たのしみだー。

何だか、今日は色々な情報が入ってきて、
すっかり目が冴えてしまって気付いたら空が白んでる。

やっぱり、こんな状況だからこそ明るいことを考えて、
気が滅入らないように日々をすごしたい。
それでも、今日明日を生き抜くことすら不安な世界なんて、そんなのはおかしくて、
ましてやもっとおかしいことには、どんな立場だって、ちゃんと知り、怒りを、声を上げたい。

と、強く思います。


なんだか深夜のテンションだけど、
こういう時こそ、このテンションのまま投稿した方が良いー。
不吉タイムになる前に、ぽちっ


それでは、おやすみなさい。

祈りと怒り。


_var_mobile_Media_DCIM_142APPLE_IMG_2313.JPG





音楽が好きです。

ついさっき、踊ってばかりの国の下津さんのインスタライブ配信を聴いていて、

「人を殺すために武器があるように
人を救うために歌はあります」

という歌詞が、すごく響いた。

本当にそのとおりだと思うし、
どんな状況でも、その瞬間だけでも、音楽を聴いている間、救われてることがあるから。

歌に救われる日々です。

少し前ですが、
小山田壮平さんのライブ配信を聴いていた時。
配信の最後に締めの挨拶をして続けざまに曲を歌ったのですが。

その歌い出しの「大丈夫ですよ」
という一節が、
あまりにも不意打ちで優しくて号泣してしまって、
そこから聴いてた間の記憶がないくらいだった。

その時の自分にとって、必要としてたものだったんだなってくらいに、
音楽が心の隙間にぴたりとはまって。

「大丈夫ですよ 心配ないですよ

コーラを買ってきました いつもの自販機で

大丈夫ですよ 問題ないですよ

空が高くてどこかに行けそうだ」

「投げKISSをあげるよ」という曲です。
あまりにも優しくて救われる。

それと。
眉村ちあきさんの「大丈夫」
無観客ライブ配信を観ました。
すごかった。涙が出た。

よく、聴く曲です。どうしようもないとき。

救われています。

私は、音楽が好きだけど、
自分で生み出すことはできないので、生み出せる人はすごいなあと思う。

頭の中に音が生まれて、
想いや言葉がのる感覚ってどんなだろう。

それとも、
自分の中に、本当は知らない音楽があるのかな。
流れ出さないかな〜。
ちなみに、歌はすごく音痴って言われる。笑
でもたまに歌うの好き。


お分かりのとおり、
最近は、ブログの更新がはかどってます。

こんな感じで相変わらず、
話は飛び飛びでゆるゆるですが、
更新していけたらと思います。

ではまた。
いいお天気。




↑このページのトップへ