あっという間に年末ですね。
いかがお過ごしですか。

私は今日は1歩も家から出ずに過ごしそうです。
こんな日、何日、何ヶ月?ぶりだろう。

いや、でも夜ご飯の買い出しは行かなきゃかなあ。
もうここまでくると意地張りたくなりますね。

外、さむいだろうなあ。
雪降ってる地域もあるそうな〜。
皆さん、あったかくしてください。


そしてそして。
今夜、ドラマ「猫」最終話です。

あっという間。
こんな日がくるとは。

わたしにとっては、ドラマ初主演が「猫」でした。

まいにちまいにちドキドキしてましたが、
もう終わってしまうのはすごくさみしいです。

「猫」という曲を初めて聴いた時に、浮かび上がってくる物語や情景に、心が動かされた感覚をずっと覚えています。

あいみょんさん、そしてDISH//さん。
大切に作られ、歌われ続け、それが多くの人の心に届き、それぞれの中で思い描かれる「猫」の世界があって。
みねこというひとりの人間として、「猫」から生まれたひとつの物語の一部になれたこと。

しあわせでした。とっても!

そして金井監督、松本監督、プロデューサーのみなさん、光司役の前田旺志郎くんはじめ、素敵な共演者の方々やスタッフの皆さんのおかげで、金子みねことして生きることができました。
本当にありがとうございます。

最終話。

絶対に。観てください。


なんだか最近は、文章を書くときに、長々と書くのは無粋じゃないかなあとか色々考えてしまいますが。

でも今日、「猫」が終わる前に、やっぱり書き残したくなって。
終わったあとにでも、思い出した頃にでも。
読んでくれたらうれしいです。


この作品に入る前は、金子みねこを生きることに、覚悟が足りないと感じて、でもどうしたらいいのか分からなくて。
その時に、はっきりと言ってもらったことがありました。

今、この瞬間も命が無くなろうとしてるひと。
大切なものを失ったひと。
命がなんなのかわからないひと。
大切なひとがいるいるひと。
素敵な出会いをしたことがないひと。
そういうひとが観るかもしれないと。

頭の中ではわかっていても、言葉で言われて、堰を切ったように感情が溢れました。

瞬間的に、頭の中にブワーッと浮かぶ身近な大切な人たち、そして会ったこともないけど思い浮かべてしまう女の子が、確かにいました。

止めようと思っても止められない、自分の意思とは遠いところから涙が込み上げてきて。
その時に、涙は自分の中ばかりじゃなくて、人のことを想った時に流れるんだと教わりました。

それは撮影中に、みねこの感情がわからなくなった時に、監督にも言われたことで。
自分のことばかりじゃなくて、みねこというひとりの人間のことを、彼女のことをただ、想ってほしいと。

勝手だけど、みねこを生きることを通して、想っていた女の子がいました。

しょせんお芝居だから、本当は嘘だとしても、その瞬間、一瞬でも、嘘じゃないって、本物だって思ってほしい。
届かなくてもいいから、ただ、責任を持ちたい。
その子に対してだけでも、嘘のない感情でいたいと心から思いました。

そのほかにも、命がなんなのかわからないひと。
素敵な出会いをしたことがないひと。
色んなひとがいて、ただ、すべての人に、この作品が届くように。

そもそも、どんな風に生きていても、いつ突然神様が悪送球を投げてくるかなんて誰にもわからないわけで。

届け、と願っても願っても、
私にできるのは、すべてのひとの生きる現実を想って、金子みねこのことも、真実として生きることだと思いました。

届いたかな。
いや、届けます。
今でも、願ってます。
届けー!!

届けたいと思う存在に、救われています。

それは自分がこの作品で気付けたことでもあるし、この作品を観て、届いたよ、と教えてくれた人のおかげでもあります。

本当にありがとう。

そしてまた、これは最近、お芝居の先生に言われたことですが。

役者という仕事は、自分や誰かの本当の経験や、心の中で大切なひとを殺したりすることで、そこから生まれた感情を、芝居に「利用」する。
それはとても非人道的なことだよね、と。

これこれで、確かにそうだなと、どう向き合うべきか、ずっと考えてしまいますが。

それでも。

あなたの絶望の底のような感情も、希望への葛藤も、完全にわかることなんて一生出来ないけど、感じたい、理解したいと想っていた他人がいたこと、それだけは真実だから。

あなたの綺麗な涙も、止めなくてもいいから、いつか救われますように。

みねこを生きることを通して、ただ、願っていました。勝手ながら。


ドラマ「猫」、
今夜最終話です。

絶対に。観てください。

みねこのこと、彼女のこと、最後まで見届けてください。

そしてそのあとも、続いていくはずの未来のことを、彼女の現実のことを、すこしでも想像してもらえたらうれしいな。


それでは今夜。
すこし遅い時間なので、あしたでもあさってでも?その先でも。

会いましょう。かならず。
では。
またのちほど!


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🐈

2020.12.18




すっかり寒くなりましたね。

雨で散ってしまった金木犀のオレンジ色の絨毯が綺麗だけど、なんだかあっという間で名残惜しいです。

期待外れな程 感傷的にはなりきれずー。

バスに揺られながら、久しぶりに、フジファブリックの赤黄色の金木犀を聴いた帰り道でした。

今年は秋、あった?てくらいに、気づけばもう冬のような寒さで、
なんだかんだ今年も、むしろ今年はいつも以上に、時が進むのが早い気がしてします。

雨の日のバスなんだか好きだなあ。

バスから降りて歩きながらふと足元を見たら、かたつむりに出会いました。
よーく見ないと動いてることに気付かないくらいにゆっくりと、雨が打ちつけるコンクリートを進んでいて。
かたつむり、こんな季節にもいたんだねえ。
でも、たしかに、どこかにはずっといるはずだもんね。梅雨以外はどこに隠れてるんだろう。

秋なのか冬なのか、梅雨なのか。
なんだか不思議な日でした。


最近はふと、自分がもしいなくなったら、もっと誰かに知っててほしいな、知ってたこともきっといつかは忘れるもんな、と思って、なんでもないようなところに、少しだけ自分のことを残したりしました。

その時に、前までずっと強くあったはずの誰かの心に残りたいという欲求が今は小さくなっていたことに気付いたような気がして。

何のために私はやってるんだろう。

最近は、自分の中よりも、もっと先のことばかり考えていたけど、本当は本質的な、私自身が、何のために、誰のためにやりたいのかということを忘れかけてました。


私はー!人の心を動かしたい!


特技もなくて、自己アピールが苦手な私はいつも同じことばかり言っていたけど、
ああ、落ちてもいいと思えるのはこの気持ちが伝わったときで、大抵そういうときは、結果なんてどうでも良いのに、ちゃんと届いていました。

自分自身への戒めとして、改めて。

以下は、少し前の言葉の引用です。
見たことある人もいるかもですが。



大学1年生の頃、初めての学園祭でゲストで来てくれた女優さんが、
「私はー!どこにいっても!人を笑わせたーい!」
と可愛い雰囲気からは想像できなかった魂のこもった声で言った時の、痺れるような、ああ格好良いと思ったあの気持ちを、ずっと忘れられない。

それって、おこがましいけど、私たちがここでやってきたことの根っこにあったものだと思う。

人の心を動かしたい。お金をたくさん稼ぐこととか、すごい勉強することとかも大切だけど、私にとってはそれよりもずっと大きなことに思えて、それを共有できるみんなに出会えて、しあわせだった。

私はやっぱり、人の心を動かしたい。1人でも、ほんの1ミリでも。誰かの生み出すもので人の心を動かすなんて、だってすごくないですか。
人間ってすごい。たった1人が、何万人の心を動かすことだってあるんだよ。
それって奇跡みたいなことだと思う。

私は子供の頃からその奇跡にとてつもなく惹かれて、ずっと見ていたくて、どうしたって抗えなくて追い続けて、気付いたら私の夢は、おこがましいけど、そんな奇跡をつくることになってる。

そう気付かせてくれたもののひとつが、この場所だったな。立場が変わっても、一生このキラキラと関わって生きれたら。



数年前の日記みたいな文章ですが、
改めてここに残したくなって。

今、もしかしたら私が、そんな奇跡を起こせるような機会に、奇跡的に巡り会うことができていたとして、あの頃の自分は、今の自分に何て言うかなあ。

新しい次の作品に向けて、忘れたくなかったので書きました。
久しぶりに更新してこのテンションですいません。笑

友達に、ブログ好きだよと言ってもらえて、そういう一言のおかげで、この場所は救いみたいになっています。

みてくれる方、ありがとうー。
台風きてますねえ。みなさん気をつけて。
あったくして、お家の中であったいもの食べてください。

ではまた。

いつかの雨上がりの虹を添えて🌈



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1ヶ月前のはなし。
「セブン」という映画を観ました。

私はこの映画を数年前に観てから、何度も思い出す台詞がありました。

「生まれてはじめてこわいと思った
こう思った

こんな世界に子供を?
こんなひどい世の中に生むのかって」

この台詞が、観終わっても、しばらく頭から離れなかった。

そして最近、毎日のように目を逸らしたくても逸せないような情報を目にするたび、胸の奥にもやもやとした黒い感情が生まるたび、この台詞を思い出します。

観たことがあるひとはわかると思うけど、
映画の描写的に、この作品が描くアメリカの都市の背景とか、この台詞を吐く彼の人生とか、その相手とか、多くの意味や理由が含まれていて、
その意味では私は共感できるほどは何も知らないのかもしれない。

でも、それだけじゃなくて、もっと広く、この世界への憎悪とか、諦観とか、どれも当てはめることができないような、強い意味を感じて。

私はその台詞を、肯定も否定もできないし、ましてや共感もできないけれど、ただ、今も鮮烈に残って、考えている。

最近、大切な友人の、心の底から嬉しい報告を聞きました。
本当に本当に嬉しくて、胸の奥から、あたたかい涙が溢れた。
理屈じゃなく、こんな風に、憂いでるばかりではいけないと強く思った。

ブログで自分の気持ちを書くとき、気付けばいつも作品を引用してばかりなのは、きっと私は、自分の言葉の説得力が自分ですら持てなくて、分からなくなるから。

それでも、作品に本当に心が震えて、共感するその感覚も、紛れもなく自分のものだと思う。
それではじめて自分がわかることもある。
極論だけど、だから映画が好きなんだ、と思う。


長々と書きましたが、これは書いてから1ヶ月くらい経ってしまった下書きでした。

時間が経って、今思うとまた不思議なくらいちがう感覚になりますが、毎日新しいことがどんどん起こっていても、変わらず思い続けていたい。
ので、記録。


最近は、昔観た作品を観返すことが多いです。

つい先日は、「千と千尋の神隠し」を映画館で観てきました。

うれしい〜。大好きな映画。

そういえば1年くらい前のブログでも、ちょうど観たことを書いてました。

何度も観返してた大好きな作品ですが、
映画館で観たのは、まさに上映当時釜爺がこわくて劇場を抜け出してぶり。笑
(1年前のブログ参照)

ほんとうによかった…!
ああ、素晴らしい。

それにしても、何度も観ていて、ましてや1年ぶりなのに、またしても今の自分にとってこんなに新しい感動があって、驚きます…。
(1年前も同じこと言ってた)

観るたびに、その時の自分にとっての大切な哲学が見つかって、心にスッと入ってきます。

他の3作品も、観ねば!
また感想書きますね。


相変わらず気まぐれですが、読んでくれてありがとうございます。

今日も明日も雨が続くみたいで気分だけでも晴れやかでいたいですが、
たまには「セブン」とか観てどっぷり陰湿さに浸るのも私は好きだったりします。

わたしの地域はそこまで雨が強くなっていないのでこんなこと言ってますが、大雨警戒が出ている地域の皆さんは、どうか安全に。
無事を願っています。

そこまで雨が強くなっていない地域でも、最低限の対策して気をつけましょう〜。


それでは、また。
更新します。






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