子どもたちが1つ学校に上がり
長女 中学生、次女 小学生になった。

長女の学年は8クラスもあって
好きな人とは離れ離れになった、と
嘆いていた。
親友とは同じクラスだから
幸先良い方、と笑っていた。
男子は嫌だけどクラスの女子とは
みんなと仲良くなれたよ
毎日、楽しい!と
ウキウキ通ってる。

次女も、同じマンションに住んでる子と
同じクラスになり、行きも帰りも
ベッタリ仲良しになった。
いつも一緒だから寂しくないよ
元気に通ってくれてる。

私は、PTA役員を引き受けて
子ども会の役員も引き受けて
マンションの役員もしてる。
会合が忙しい時間帯にあるのが
嫌だな、と思う。

過保護とは思うけど
長女に次女の世話任せられないし
次女には悪いけど
いつも連れて歩く。
私には免許がないから
集会場所が遠いと1日憂鬱。

ストレス溜まって
缶チューハイにハマり
夜はやることやったら
ほぼ飲んでる。
お酒が飲みたいんじゃなくて
酔ってるのが楽しいというか..
怒る気力がなくなるので
優しい人になれる。

食費計算して浮いたお金で
暴食分の食料買って
誰もいない昼間に
食べたいもの食べて 
極限まで吐いて。

何してるんだろうって思うよ。

誰に言っても解決しないし
暇でいいよねって言われるだろうし
お前より大変な思いしてる人は
沢山いるよとかそういう説教
されても、はぁそうっすか、って
響かないし

死にたいっていうか
消えたい と思う。

私が存在したって記憶も消えて
家族よろしくやってって欲しい。
私は家族にとっても、
面倒臭い存在だと思うから。

なんかね、
なんかね、
疲れたんだと思う。

誰の注目もないこの場所が
王様の耳はロバの耳の話みたいに
思えて、吐き出した。

こんな話、馬鹿みたいに
沢山あるんだろうし
可哀想とか言ってもらいたい
訳じゃなくて

今日も、生きれたね
やったね😊 とか
言われたい。

そんな話。

生理痛、ひどい方。
毎月、決まった日に来るから
生理周期は正確なんだと思う。

不定期に来る人もいるみたいだから
それはそれで大変だろうけど。

生理で子宮が動く。
そのせいで腸も動いて
過敏に動いて、おなかが下る。
生理痛があるのに、腹痛もある。
痛みが酷くなると迷走神経反射で
意識が飛ぶ..

いつそう酷くなるか分からないから
外出は極力避けたい。
駅で、スーパーで、倒れて
一瞬、意識も飛んで
救急車呼ばれてること数回。
ほんとすみません。
申し訳ないです。

毎回、同じ病院に運ばれて
痛み止めの点滴受けて
気をつけるも何も、まぁ
どうしようもないな、と
言われる始末。

反射を引き起こすような
痛みを軽減できればなぁ、と
思う今日この頃。

私の父母はどちらも頭が良くて
良いとこの大学を出てて
お見合いして結婚したって聞いた

兄や妹も頭が良い

私だけ ダメみたい

中1の数学で躓いてから
数学は無理になって
英語も文に直すのは無理

父親は転勤が多くて
いずれ地元に帰るからって
私の高校はその地元から
通える高校に行くことになってて
育った街から出ることになった
1人で

下宿先は父方の祖父母宅
そこから父親が決めた
女子校に通う
晴れてる日は自転車で
雨や雪の日は歩いて 4㌔

1年通って、祖父母宅近くに
アパートを借りて母、妹が
入ることになった
私もそこに戻った
父は単身赴任で隣の県へ
兄も大学をそこにして
一緒に引っ越して行った

私の傍にはいつも小さな子が
いたから一緒に遊んであげてただけで
小さな子の世話が好きだった訳ではない
それを 世話好きと見なして
高校から指定校推薦もらって
地元の短大に行きなさい と 父母

なりたいものはどうせ認めてくれない
なんだかんだ言ってお金が無いと
やっていけない し
言うこと聞いてるのが
1番楽に生きていけると思った

父親が単身赴任で居ないことを
良いことに 高校は不登校になって
あちこち遊び歩いた
定期テストの時だけ登校して
テストだけ受けて
こっそり抜け出して家に帰る

高校3年になって
もう休んだら短大の推薦は出来ないと
言われて 渋々行くようになる
相変わらず数学と英語はダメなまま
作法と国語関係と暗記系で
テストの点数は何とか保ってた

指定校推薦してもらって
短大入って 幼児教育に関わる科で
子どもについて学んだ

先生や保育士の資格も取れる科
だったけど 実習と演習が怖くて
父親に初めて反抗して
卒業だけはする と約束した

単位ぴったりで卒業して
それからはバイトばかりして
掛け持ちしたりして
家にはあまり帰らず
友達のところを転々として
1番楽しかったと思う

その先の生活が不安で
結婚していつも一緒にいる
誰かを作りたかった
その時会う人たちから
付き合いたいと言われると
結婚前提として 父に会って と
言うと 皆 引いて 会わなくなった

バイトが終わるのが遅くなった時
ご飯食べた? と声をかけてきた
人がいた

まだ って言ったら
俺もまだなの 今日だけでいいから
一緒に食べに行こう って
車のドアを開けてくれた

惹かれるような人じゃなかった
その頃の好みはヤンキーぽい人
だったのに
その人は 全然ヤンキーとは
程遠くて でも
優しい感じがした

ナンパだったけど
色々話をした
それからバイトがある日は
その人と夜は一緒にいた
私の下らない話を
ウザいとか無駄とか言わず
聞いてくれて
いつしか付き合ってるようになって
父親に挨拶行くよ と言ってくれた

単身赴任を終えて帰ってきた父に
会って欲しい人がいる と話して
家に招いた

父は 転勤ばかりで
寂しい思いをさせてたこと
厳しくしすぎたこと を
彼に話した

彼はよく笑った そして
幸せにする と約束してくれた
結納して 住む家を決めて 
入籍して 挙式して
夫婦になった

共に暮らし始めて 2ヶ月後
妊娠が分かって両家に伝えて
とても喜んでもらって
大事にしてもらった

今は子どもがもう1人増えて
女の子 2人
短大の時の幼児教育を
習ってきて 良かった
慌てることなく お母さん
出来てると思う

カレーも作れなかった私でも
今は お母さんのご飯
なんでも美味しい 大好き と
言ってくれる子達がいて
夫になった彼も 普通に
美味しい と評してくれる

私がなりたかったものは
お母さんだったのかな
子どもを 生きてるものを
生き甲斐にするのは
良くない と聞いたことがあるけど
ずっと お母さんでいたい と思う

私が母にして欲しかったこと でも
して貰えなかったこと が嫌な思い出
比べないて欲しい
お姉さんだから 妹だから
コロコロ態度を変えないで欲しい
兄や妹にしない意地悪を
私にだけしないで欲しい
言ったことあるけど
お母さんだってそう言われて育った
て 言われて 願いは却下された

私は 自分の子達に 
しないって決めた
あの思いを させないって決めた

これから長女は中学生
次女は小学生に上がる

長女は行きたい高校があるから
中学でも 色々頑張らないと と
今から張り切っている

夫は病気が原因だけど高校中退して
私は親が指定した高校に入るしかなかったし 
そもそも 中学入る前から
行きたい高校 なんてものを
考えたことすらなかった

子達には生きたいように
生きて欲しい と願う

私は夫と子どもに変わる生き甲斐を
探して見つけたいと思う

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