不幸の中にある教訓

不幸というものは、なるほど自分も不幸と感じ、人もまたそれを気の毒、哀れと同情する以上、一応たしかに不幸であり、損失であるには違いないでしょう。しかしながら、同時にまたよく考えてみれば、かつては自分が不幸と考えた事柄の中にも、そこには、この人の世の深い教訓のこもっていたことが次第にわかってくるという場合も、少なくないでしょう。【436】

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こういうことは実際、常に考えなければいけないことだとも思います。

ただ、表面上成功者に見えても実際は相当の苦労もしている場合も多いわけですし、これからそういう場面も出て来るということもあると思います。

ここ何年かのコロナの問題などについても、恐らくそうなることでしょう。

業種によっては良いとか悪いとかあると思いますが、これからは逆転する場合もあるでしょうしいろいろだと感じますね。

そういう場面場面のことだと認識し、今最善を尽くすことが大事だということなんでしょうね。

今不幸でも、今幸せでも全力で挑むほかないということでしょうか。