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充実した一日を生きる

一日を真に充実して生きるには、一体どうしたらよいかが問題でしょう。その秘訣としては私は、その日になすべきことは、決してこれを明日に延ばさぬことだと思うのです。【505】

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これは痛感するとこでありますが、まだまだ覚悟たりていないのでしょうね。

一日が人生の縮図ということになると、昨日の一日はどうだったのかと感じますね。

充実した一日、時間を過ごしたのかは細かくして考える必要がありそうです。

朝は案外と充実して出来るのですが、仕事が始まるとまた違ってくるものです。

5時くらいには起きる。

本を読み

運動する

一日の予定を確認する

細かな時間の使い方は嫁が一番すごいと感じます。

すぐやる実践をしています。

自分の一日を眺めてみますと結構無駄が多いのです。

反省ですね。

教育の意義は立志に極まる

教育の意義は、立志の一事に極まると言ってもよいほどです。故にまた真に志が立つならば、ある意味では、もはやしいて教え込む必要はないとさえ言えましょう。というのも真に志が立ったら、自分に必要な一切の知識は、自ら求めて止まないからであります。【92】

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立志とはその人が人生における自分の使命の意義を、いかほど強く自覚して生きるかにかかっている。

なるほど。

人生目標をしっかりと立てるということは、若いうちと年齢がある程度いってからでは当然違います。

しかし、このタイミングも人それぞれなんでしょうが、若いうちに気づくことはある意味では幸せだと思います。

立志ということまでいくとなると、必要なものは自分で吸収していこうと強く思うでしょうね。

教授がいわれるように学生時代の忙しさと働いてからの忙しさは違います。

また、吸収速度も違います。

こう生きると決めた人ほどすごいものですね。

思いつめる力

「自分もいつまでもこんなことをしていたんでは、大した教師にはなれないだろう。一端の教育者となるためには、何とかして現在のこの生温るさを克服しなければならぬ」と日夜思いつめるところがなくてはならぬのです。この思いつめる力そのものが、実は刻々に、自分に対して内面的な力を与え、それがやがてまた将来の飛躍への原動力となるのです。【238】

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真の教育というものは、相手の眠っている魂をゆり動かし、これを呼びさますところまでいかなければならぬ。

これは人に何かを教える立場になれば、しっかりと考えなければいけないことです。

しかし、学校の先生を選べないという現実もありますから難しいところです。

あたりはずれがあることも受け入れるだけの、心の基本は家庭教育にあるのでしょうね。

自分の子供や周りの人の魂をゆり動かすことができたら自然とそんな人が集まるのでしょうかね。

思いつめることは時として必要ですね。

思いつめるというかしっかりと考えることは大事なことです。

これから先このままでいいのだろうかとか、真剣に考えてみるとよいのかもしれませんね。

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