月別アーカイブ / 2021年12月

無礼講

人間の地金は、お酒の席でよく分かるものです。いい年をしながら、宴会を無礼講だなどと考え違いをして、勝手のいい放題をしているようでは、人間も一生浮かばれんですネ。

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宴会というのも実際本当になくなりましたね。

断る理由も今はありますので体的には楽になりました。

いかなる時でもしっかりと自分をもち人を批判することなどの話に入るこむのはやめねばなりません。

考えてみると人のことは本当によく見えるものです。

人の気になるところは自分ももっている部分でもあると自覚しなければなりませんね。

人を知る

われわれ凡人には、いかに優れた方でも、まず十年くらい私淑しないことには、その方の真のお偉さを知ることはできないようです。その人を真に知るとは、その方の現在わが国における位置を知るのみならず、さたに一歩すすめて、その方の歴史的位置を知ることです。ここまで来なければ、真にその人を知ったとは言えないでしょう。

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人生の中で、これはと感じる人というのは実践がともなっている人である。

と私は思います。

伝記を読み、古典を読む。

そしてアウトプットしながら実践、実行する。

何事も忘れずにがんばります。


真に教育者の名を値するような人々は、超凡の大志を抱きながら、色々と世間的な事情によって、それを実現するによしない立場にたたされた人傑が、現実的にはそれを断念すると共に、どうしても自分の志を、門弟子を通して達成せしめずにはおかぬ、という一大願を起こすところに、初めて生まれるもののようです。
孔子しかり、プラトンしかり、わが松陰先生またしかりです。

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先生というものはこうあってほしいですね。

自分のことを振り返るとどうでしょうか。

記憶に残る先生は少なく、すべて大人になってからの経営者の方が教育者であったような気がします。

吉田松陰先生だけ教授は特別だとも思います(笑)わがとつけっちゃってますから

目指すべき目標の教育者なんでしょうね。


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