月別アーカイブ / 2021年12月

単純なものだからこそ

植物というものは、動物、とくに人間から見れば、生命の最も低い発現段階といってもよいでしょう。すなわち、宇宙の大生命は、植物としては、その最も単純な姿を示すわけです。が同時にすべて単純なものは、つねに自己の全体の姿をはっきりと現すと言えましょう。

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人間は考える葦である。

そんな言葉を思い出しました。

植物が単純とはなかなか難しい表現ですが自分自身は鏡がなければ見えないというは実際そうです。

単純なものはいい。

人間的威力を鍛錬する

真の修養とは、人間的威力を鍛錬することです。無力なお人よしになることは、大よそ天地に隔たることと言ってよいのです。つまり真の内面的な自己を築くこことです。その人の前で、おのずから襟を正さずにはいられないというような人間になることです。

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まずは読書をすること、そして実行することが大事だとありました。

修養にはとにかく読書が必要。

寝ても覚めても読書。

同じ時間なら難しい本を読みたいところですが眠くなります。

それも修行かもしれません(笑)

天真

人間というものは、その人が偉くなるほど、しだいに自分の愚かさに気付くと共に、他の人の真価がしだいに分かってくるものであります。そして人間各自、その心の底には、それぞれ一箇の「天真」を宿していることが分かってくるのであります。

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この章は松陰先生の片鱗という部分です。

松陰先生が如何に優しかったかということを語っています。

教育は、人間は自分で自分の至らなさに気づいて、それを自ら克服することを出来る人を育てることだとありました。

会社という組織もまた、教育現場みたいな一面があります。

まずは、自分に気付くことですね。

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