月別アーカイブ / 2017年05月

自分が自分の足で立って、自分の生活設計は私以外の誰もできない。自分の幸せは私以外の誰もつくれない。その反対に、自分の不幸せも私以外の誰もつくらないという、その自立を私たちはだんだん身につけていなければならない。

愛と励ましの言葉366日 5月19日の渡辺和子さんの言葉です。

自分のことはまさしく自分にしかわかりません。

自分の心の中は他人は見ることはできません。

自分自身の心の中を客観的に見ることはとても重要なことです。

どうあろうかは自分で変えられると思いますがそれが難しいですね~。

それこそ潜在意識なんでしょうね。

思考の切り替えのスイッチが必要ですね。

今日の論語はこちらでした~。

曾子疾あり(そうししつあり)。門弟子を召して曰わく(もんていしをめしていわく)、予が足を啓け(わがあしをひらけ)、予が手を啓け(わがてをひけ)。詩を云う(しをいう)、戦戦競競として深淵に臨むが如く(せんせんきょうきょうとしてしんえんにのぞむがごとく)、薄冰を履むが如しと(ハクヒョウをふくむがごとしと)。而今よりにして後(いまよりにしてのち)、吾免るるを知るかな(われまぬがるるをしるかな)、小子(しょうし)。(泰伯第八)

曾先生は病気が重くなって死の近いのを悟り、弟子たちを枕元に呼んで言われた。
「私の手や足を出して見なさい。詩経に(恐れおののいて深い淵に臨むように、また薄い氷をふむように)とあるが、これからはもうそんなに気を遣う必要がなくなるだろう。ありがたいことだ。そうではないかね、みんな」

曾子は弟子達と共に、孔子の教えのままに「考経」を作った。そのはじめ「身体髪膚之を父母に受く、敢て毀傷(きしょう)せざるは考の始めなり」とある。そうしてこれを、生涯実践し、その実証を死の床に於て自らの体を以て弟子達に示したのである。曾子が後世「宗聖」と仰がれる所以もまたここにあると思う。

親から預かった体を傷つけてはいけない。とありました。

自分の死が近い時にこのようなことを考えれるというのは幸せだなあと思います。



どんな小さい行でもいい


積み重ねられたものは


木の実のようにいつか


その人を円熟させる



坂村真民一日一話の今日5月19日の言葉でしたー。

今日も一日がんばります。

自分が「聞きたくない意見」をいってくれる人を大切にしないといけません。そういう意見こそは、案外、自分の取るべき道を、より明確にしてくれるものだからなのです。

愛と励ましの言葉366日 渡辺和子さんの5月18日の言葉です。

自分が聞きたくない意見というものはあるものです。

特に自分が正しいと思っているようなことを否定されるのは辛いことです。

でも、本当は自分自身がわかっていることでもありますね。

そういう意見をいってくれる人のなかでも家族の言うことは特に大切にしなければなりませんね。

自分を一番見てくれているのですから。

今日の論語はこちらでした~。

君子(くんし)、親に篤ければ(しんにあつければ)、則ち民仁に興る(すなわちたみじんにおこる)。故旧遺れざれば(こきゅうわすれざれば)、則ち民偸からず(すなわちたみうすからず)。

「偽政者(君子)が親戚に手厚くしたら、民は自ずから思いやりが深くなる。古いなじみを忘れなければ、民は自ずから人情が厚くなる。」

親族(親、兄弟)を大事して、昔ながらの友達を大事にすれば、人々も人情や思いやりを持つということでしょうか。

経営者の場合は親族や昔ながらのお客さんを大事にしなさいってことでしょうか。

いろいろな感じ方をするのが論語のよさと聞きました。

もっと年をとってから読むとまた違った感覚にもなるのかもしれません。

聖人の胸中は常に多事を楽しむ。愚人の胸中は常に無事にして楽しまず。(講孟箚記 安政三年六月四日)

心ある立派な人の胸の中は、いつも仕事が多くて、それを楽しんでいる。愚かな人の胸の中は、いつも仕事がなくて、楽しんでいない。

仕事は多いですが楽しんで今日も一日がんばります。

人間にとって、どなたかが温かい優しい手を差し延べてくださった時に、それを素直にありがたくいただくこともたいせつです。しかしながら、いつも他の方が助けてくださると思いこみ、他人の好意を当てにして、それがいただけない時のその方を恨んだりすることは間違いです。

愛と励ましに言葉366日 渡辺和子さんの5月17日の言葉です。

相手のことを考えれば恨むことはないとは思いますが被害者意識の強い人もいるでしょう。

そういう人に自分自身の心を乱されるのは本末転倒ですね~。

心の変化は自分自身の問題です。

前向きにポジティブに考える習慣が必要ですね。

これは訓練で解決するしかありません。

そいうことを考えるようになるには時期や環境があるかもしれませんね。

今日の論語はこちらでした~。

今日から泰伯第八ですね。

子曰わく(しのたまわく)、恭にして(きょうにして)礼無ければ(れいなければ)則ち労す(すなわちろうす)。慎にして(しんにして)礼無ければ(れいなければ)則ち葸す(すなわちしす)。勇にして(ゆうにして)礼無ければ(れいなければ)則ち乱す(すなわちらんす)。直にして(ちょくにして)礼無ければ(れいなければ)則ち絞す(すなわちこうす)。(泰伯第八)

先師が言われた。
「恭(うやうや)しくして礼によらないと疲れる。慎んで礼によらないといじける。勇ましくて礼によらないといじける。真っ直ぐで礼によらないと人を締め上げることになる」

礼を忘れずに手本となれと論語コンプリートにはありました。

礼とは何か「人間関係を円滑にすすめ社会秩序」とありました。道徳的なことでしょうか。

武士道の礼は、他者を尊重し、思いやる心とあります。

今日も思いやりをもってがんばります。

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