月別アーカイブ / 2017年05月

「好きである」ということは、必ずしも「愛している」ということではありません。「好き」というのは、自分にとって好ましいかどうかという関係にかかっていますが、「愛する」ということは、自分の好き嫌いとかかわりなく、対象を「価値あるもの」と見なすことなのです。

愛と励ましの言葉366日 5月3日の渡辺和子さんの言葉です。

愛とはとっても尊いものですね。

好きとか嫌いのレベルのものではないというこが「愛」なのですね。

愛することができるような人になるためには自分の心の状況をしっかりと認識できるような人間でなければならない気がします。

今日の論語はこれでした~。

子曰わく(しのたまわく)……其の人と為りや(そのひととなりや)、憤を発しては食を忘れ(ふんをはっしてはしょくをわすれ)、楽しんでは以て憂を忘れ(たのしんではもってうれいをわすれ)、老の将に至らんとするを知らざるにみと(おいのまさにいたらんとするをしらざるのみと)。(述而第七)

先師が言われた。
「……その人柄は、道を求めて得られないときは自分に対して憤りを起こして食事を忘れ、道を会得しては楽しんで心配事も忘れ、そこまで老が迫っているのも気づかない人だ、とね」

う~ん。論語コンプリートにはこうありました。

孔子様の人柄は、勉強が好きすぎてごはん食べるのも忘れちゃって、勉強がうまく進むと悩み事も忘れちゃって、もう年だと気づかないような人。

自分の心の状況で、う~んとなったり、はっと気づきがあったり一日一話を考えることも、また楽しいことです。

今日も一日がんばります。

自分がしたいことでもしないですませられる人間、または、自分がしたくないことでもしようと自分に言い聞かせている人間というのが、自主性ー自分が自分の主人であるという強さを持った人間といえるのです。

愛と励ましの言葉366日 5月2日の渡辺和子さんの言葉です。

自分が自分の主人。

すべては自分自信が決断していくことですね。

誰のせいでもなく自分の問題です。

いつでも自分をというものをしっかりと意識して人のせいや社会のせいなどにしない自分自身でありたいです。

ただ、自分を責めてばかりにもならないようにしなければなりません。

自分自身の宝物は人それぞれもっているのですから。

思いやりですね~。

今日の吉田松陰一日一話もこれでした。
「人は唯一誠あり(ひとはただいっせいあり)、以て父に事ふれば考(もってちちにつかうればこう)。君に事ふれば忠(きみにつかえればちゅう)、友に交はれば信(ともにまじわればしん)。此の類千百(そのたぐいせんひゃく)、名を異にすれども(なをいにすれども)、畢竟一誠なり(ひっきょういっせいなり)。」(講孟箚記)

人はただ一つのまごごろをもって、父に仕えれば考となり、君主に仕えれば忠となり、友と交際すれば信義となる。このようなことはたいへん多く、名前は異なっているが、つまるところはただ一つ。「まごころ」である。

畢竟、つまるところは「まごころ」や「思いやり」なんですね。



今日も一日がんばりま~す。



今日の論語はこちらでした~。

子の雅に言う所は(しのつねにいうところは)、詩、書、執礼(し、しょ、しつれい)、皆雅に言うなり(みなつねにいうなり)。(述而第七)

先師が常に標準語で言われたのは、詩経、書経および礼の書物であった。

古典を大切にということでした。歴史に学べということでしょうか。

2500年前の人が歴史に学べと言っているんですから、今の世の中は歴史に学ぶところだらけだと思うんですが。同じ過ちを繰り返すんですね。(笑)

美しさというものは、修行を必要とする。
それは、きれいさと異なって、上から塗って安易に出現するものでも、お金で買って身につけるものでもなくて、
長い年月をかけて磨きこまれたものであり、内から輝きでるものでしかない。

愛と励ましの言葉366日 渡辺和子さんの5月1日の言葉です。

本当に美しいというのは内面のことなんでしょうね。

それは、男の人でも女の人でも思いやりのある人かもしれません。

思いやりのある人は感謝の気持ちを常に持ち合わせていますから美しいですね~。

今日から5月で4月もあっという間でしたね。

月が変わるたびに時間というものを認識させられてしまいますね。

今日の論語はこちらでした~。

子曰く(しのたまわく)、我に数年を加え(われにすうねんをくわえ)、五十にして以て易を学べば(ごじゅうにしてもってえきをまなべば)、以て大過無かるべし(もってたいかなかるべし)。(述而第七)

先師が言われた。
「自分に数年を加えて五十になるころ頃までに易を学べば、大きな過ちは無くなるだろう。」

年をとっても学ぶことが大事ということでしょうか。易経は当時でいうと占いと人生哲学の学問みたいです。

吉田松陰一日一話にも、「已むべからざるに於て已む者は、已まざる所なし。」安政三年五月二十九日「講猛箚記」

人としてやめてはならないことを平気でやめてしまうような者は、どんな大切なことでもやめないことはない。

人として学ぶことをやめてしまうような人は、他のことも人のせいにしてやめてしまうと言われているように感じました~。

休みまであと2日。全力でできることをします。

今日も一日頑張ります。

なんとか雨☔️ギリギリ。 ワイルドスピードは面白かった。

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