叡智の源

真の叡智とは、自己を打ち越えた深みから照らしてくる光であって、私達はこの光に照らされない限り、自己の真の姿を知り得ないのであります。【80】

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人と禽獣の違いは何かという部分ですが、単的に言うと自分の人生の意義を考えるかどうかということにもなるようです。

教授の言葉は実に力強く考えさせられるものがあるわけですが、自分を知るということは実際考えなければ出来ないことでもあります。

そういうことが哲学というものなのかもしれませんが、本能だけで生きるのは人間らしくないような気もします。

"耆に学ぶ"という本の中に、先生は「私の書いたものが死後30年たってお読みいただくなれば、これ以上のことはございません」という言葉あり、今年がちょうど30年。

なんだか縁を感じました。

2050年には日本民族は目覚めるということです。


導きの光

そもそも人間界のことというものは、一人の人間が自己に与えられた職責に対して、真に深く撤していったならば、その足跡は必ずや全国各地の同じ道を歩んでいる幾多の人々の参考になり、その導きの光となるはずであります。【58】

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今現在の自分の、職責を全うするためにはそういう気持ちの芽生えを感じなければならないのでしょうね。

実際、読んで実行しないのあれば意味のないことでノウハウコレクターみたいなもんです。

気づいたらすぐに実行していくというのは実に簡単なことであり難しいことです。

自分の天分、素質を生かす。

そのためには、自分の仕事をどのような気持ちでこなすのかということも考えなければいけません。

本物は持続する

人間の決心覚悟というものは、どうしても持続するものでないと本物ではなく、真に世のため人のためには、なり得ないのであります。【51】

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孔子の言う、吾十有五にして学に志すの「学」をしっかりと受け止める必要があるということでしょうね。

志学というのは実に継続しなければ成り立たないというのはその通りなんだと思います。

3年、5年と続いたという程度ではとても遠く及ばず生涯を貫くものなのでしょう。

それにはまず読書、特に偉人の伝記から学べと教授はいいます。

湧き上がるものがないといけませんね。

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