全力で迫る

尊敬するということは、ただ懐手眺めているということでなくて、自分の全力を挙げて相手の人に迫っていくことです。地べたをはってにじり寄っていくようにです。つまり息もつけないような精神の内面的緊張です。薄紙一重もその間に入れないところまで迫っていく態度です。【487】

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自分の全力を挙げて相手に迫る。

それが出来ないのは生命力がまだ弱いということです。

そういう意味では、まだまだ生命力が弱いのでしょうね。

ほふく前進してでも相手に迫るという気迫が足りないというところでしょうか。

理解できない言葉というのがあるんだと感じることがありますが、それでもしばらく考えてみることは必要です。

とにかく本とも縁ということで眺めたり一行でも触る見ることも良いとどっかに書いてありました。

それには伝記を読めという意味も多少理解出来るところです。

教授に迫るためには教授の人生を知る必要がありますね。

偉人の教えを反芻する

とにかくわれわれ凡人は、偉人の教というものを、常にわが身から離さないようにししていないと、わが身の反省ということも、十分にはできがたいものであります。ところが反省しないと、せっかくの燃料としてのこれらのものも、ただ汚いまま、臭いままで終わってしまいます。【324】

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偉人の教えということで言えば、今年は教授で攻めたいところです。

人生二度なし、真理は現実のただ中にありと本の題名にもあるように教授の教えをしっかりと考えていきたいものです。

一日を考えてみたとき、やはり明日へとつながる反省をしていないのではないかと思います。

出来なかった事は、そもそも計画的に問題があったり今日出来なくても困らないことだったりするわけですが、そこを押し通してやり切るということが大事なのは明白ですね。

そういうことを1mm改善できるように日々を過ごさなければなりません。

そこはやはり凝り性とか意地とかも大事になるかもしれませんね。

嫌なこともやり続けることで何かは変わるものですよね。


希望

人間は、自分一人の満足を求めるチッポケな欲を徹底的にかなぐり捨てる時、かつて見られなかった新たな希望が生まれ出るものです。【88】

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欲も自分の欲を満たすような私欲というものが問題になる。

欲ということを考えると一言文句を言ってやろうと考える場合がある。

そいいう時にどういう心の動きがあるのかと、考えることが出来るか出来ないかということも重要だと感じます。

GWで渋滞している。普段車をあまり乗っていないような人が乗ったり、地方からの人が道をよくわからないで変な運転をしているような場面が多々あります。

その時の心がどうなるかだと思うのです。

経済が動いて多少なりとも世の中が良くなって来ているかもとか。戦争がない日本は幸せだとか。そういうことを考えられると腹も立たないわけです。

しかし、一方では全く私欲でイライラしてあおってみたりする人もいるわけです。

どちらに心が動くかよく考える必要はあるような気はします。

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