月別アーカイブ / 2008年09月

サマー・ホリデーにトルコに、出掛けた飛行機


ルームメイトのSちゃん、1番のオススメの国でもあった!


イスタンブールに着いた。
「わぁ~ドキドキトルコに来たんだぁ」
ケバブショップが、街のあちこちにあった…


トルコ人は、日本人が大好きだった。
ヨーロッパとアジアを結ぶ
大きな橋を日本人が作ってくれ
お陰でトルコが発展したから
だそうだ…
確かに、日本人だと分かると
とても、親切にしてくれて
感謝された。

トヨタを始め、日本の車が
たくさん走っていた。

感動したのは、アイスクリンラブラブ!
道端で、売ってるんだけど
水飴のように、棒に
くるくるとアイスを巻き付けてくれるのニコニコ
お餅にアイスを混ぜ混んだような
不思議な食感キラキラ
あ~、また食べたいなぁ…

この頃は、日本でトルコアイスが
売り出されるなんて
思っても見なかったわw


トルコの交通手段は
深夜の長距離バスで
町から町へ移動した。

つづく

成田飛行機→TAXI車→羽田飛行機→千歳と乗り継ぎ、帰省?した。


母の妹の子供(おなじとしのいとこ、Mちゃん)の言葉、


「みぃちゃんが、亡くなったら、次はUちゃんのお父さん、哀しいことが、続いたね…」


「えっ?」


「知らないの?みぃちゃん、死んだよ!」


号泣しょぼんだった…いろいろな思いが駆け巡った…半信半疑だった数ヶ月間、若くして亡くなった、Uちゃんのお父さん、沢田知可子の「会いたい」…


泣いたしょぼん泣いたしょぼん涙が次から次へと、あふれ出た。こんなに涙が出るんだってくらい、泣いた(゚ーÅ)ホロリ。


お母さんが、みぃちゃんのお墓に、連れて行ってくれた。


一週間後、ロンドンへ、一人で戻った。
しょぼん悲しい編 終わり

ルームメイトは、調子が悪くて、寝ていた。受話器を取った。母の妹からのTELだった。「落ち着いて聞いてね!」電話の向こうの叔母が動揺していた。「すぐに、日本に帰国してあせるUちゃんのお父さんが、亡くなったの…」


その夜、Uちゃんに部屋を譲った。次の日の朝、目の腫れたUちゃんと、ヒースロー空港に向かった。


一番早い日本への直行便は、ヴァージンアトランティックだった。真っ赤な全席ビジネスの飛行機、嬉しくて、二人ははしゃいだ。


機内の日本語音楽チャンネルから、沢田知可子の「会いたい」が、配信されていた。…泣けたしょぼんシチュエーション合いすぎ…この曲は、今だに思い出して泣けてくるよ~
つづく

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