吸い込んだ空気が、否応なく冷たいダメージを肺に与える。

匣の外に未だ基準点を持つ僕らの身体は、この不気味な冷酷さに吐き気を催す。

何もかもが増殖を続け、慢性的な体調不良の中で生きる個性。1色のかけがえのないもの。

無数に混ざり合い、黒く黒くなってしまってはいないだろうか。

色は重なり合いの中でより黒く、光は重なり合いの中でより白くなる。

光を失ったのはいつからで、どう拾うのか。

閑話休題

前作で取り上げた、「選択」について。

今まで自力に頼ってきた僕に、一緒に考えてくれる友人ができた。

世間的な先入観を排して、僕という一個人の見方を理解した上でのアドバイスをくれる。

恵まれた縁に感謝したいし、少しでもそんな存在になりたい。

おすすめ美術館

大阪市立美術館

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表面がはっきりと熱を帯び、裏面はぼんやりと熱を爆ぜる。

身体中に散りばめられた感覚点は、一様に気持ちのいい答えを出してはくれない。

繊細でいて曖昧な装いを纏いながら、中心核の出立ちとは如何。

心がその自我を主張するとき、その個体は選択を強いられる。はたまた、選択の具象化こそ個体であるのか。

選択とは、世界の収縮を意味する。

隣の惑星が放つ光の遮断と引き換えに、限られた範囲を写すレンズのピントが合ってくる。

もう随分明瞭な被写体に、どんなレタッチができるだろう。

閑話休題

今日京都駅で声をかけられた西洋人夫妻と東京までを共にした。

オランダの方らしく、仕事を退職後は夫婦で世界中を旅しているのだそう。

日本でどこにいったとか、こんなのがすごかったとか、いろいろ教えてくれた。

何もかもがきれいに鮮明に見えているように思えた。素敵だった。

おすすめ美術館

マウリッツハイス美術館(オランダ)

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澄みきった緑に光を醸成した赤が鋭利な青で斬りかかる。

そんな自然の摂理を解さず、断片的にしかヒトは捉えていない。

負をまとった感情が束に成り、悪臭が立ち込める群生地に、求心性が存在しうる現状。

毒の回った生き物は、画一性と排他性の症状に苦しむ。

一方で、無関心に見捨てられた僕たちの仲間は、まだすぐそばで待っているようにも思える。

物質的価値を奪われた彼らは、感覚的、特に嗅覚的に架け橋を築いてくれる。

無視し続けた友人を部屋に招く勇気。

本質への洞察こそ共通のテーマであり続けなければいけないのだ。

閑話休題

自転車をなくして徒歩が多くなった。

歩いているからこそ見つかるものがあるというのは本当のようだ。

団地を通る中、キャッチボールをする親子の会話。

休日に子供と外で遊ぶことが目標として輪郭化できた。

末筆

はんべえにうしと、続々とブログを始めてるが、全く参考にされていない。もしかして失敗例なのか。

おすすめ美術館

リートベルク美術館(チューリッヒ)

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