先程Twitterで
下記のように火球が目撃された…
というニュース記事を元に
色々と考えを膨らませた事があって、

そこから自分なりの視点とか
更には発達障害などの問題についても綴った内容
(リンク内のツイートとツリーと同じ内容)
を載せたいと思う。


火球…

火球といえば
ウルトラマンに出る
宇宙恐竜ゼットンの吐き出す
1兆度の火球を真っ先に思い浮かべてしまう…

ということで

ニュースになる火球が
それだったら嫌だなぁ…

我思う秋の日の夕刻。

(とても酷い内容)


多分自分の脳内世界としては

吉田戦車の不条理漫画とか
変な世界観も多分に混じってるから

「○○だったら嫌だなぁ…」
みたいなイメージは

吉田戦車漫画から
インスパイアされた部分でもある(はず)

あとは
前述のように
火球→火球といえばゼットン

みたいに脳内で様々な連想をするのが当たり前になってるから

こうして何かを載せた後も
書いた内容から色んな事をリンクさせて

その繋がりから続きもどんどん載せるので

特に相手の意図を読めないタイプは
着いて来れなくなりやすいのだろう。

ちなみに上記の内容も 
人によれば「自己分析」のヒントにもなるし

物事にはそうする(そうなる)理由があるからこそ

その時の自分の気持ちにしても
「何故そう思ったか?」
を分析すれば

自ずと理由が見えてくるし

逆に自分自身の問題に気づく事さえあるはず

(残念ながらそれが出来ない人も多い)


考えを膨らませ続ける

みたいなのは恐らく
ADHDなどに見られる脳内の多動性と
共通したとしても

感覚優位の右脳だけじゃなくて
論理的思考にも繋がる
左脳もきちんと連携させれば

意味を持つ中で
脈絡無い考えでは無くなり

脳内多動ではない「思慮深さ」という武器にもなるのではないだろうか?

まぁ
右脳だけとか左脳だけ…
みたいな偏りがあって

相互の繋がり(神経伝達)が上手くいかず

前頭葉を含めた
○○の部位なども弱い…

みたいに
脳の全体を使いこなせないからこそ=
発達障害なんだろうし

これはこれで
人間的で複雑な脳を持つが故の

人類全体の課題にもなってるとは思う。


自分の場合上記の流れのように
取っ掛りは些細な内容でも

自分なりに考える中で
更なる気付きを常に得てる感じなので

気付いたら深い考えに発展してる…
みたいなのはしょっちゅうあるが

これも以前載せた
真理追求型のギフテッド特性だからなのかも知れない。

(他の人が真似できる保証も無い)

これを書きながら
ふと思ったのは
Twitterのせいぜい140文字だと
「起承転結」の中の

「結」だけで考えやすくなるのかも知れなくて

考え方によれば
140文字とか短い範囲で
思考しようとすればするほど

結果重視の「単細胞的」思考になりやすいのかも?

(だからかTwitterは賢い人が少ない)

次から次に考えが浮かんでも
それを上手くまとめ切れないのが
ADHD的な人に多いのだろうし

逆に浮かぶイメージが限定的で
その事ばかりに一極集中しやすいのが
ASD傾向だろうから

これを△(正三角形)に例えるなら
底辺が視野の広さや視点の多さとして

ASDだと視野が限定的=
底辺の短さ=
正三角形を作れたとしても
大きくない=広がりをみせない思考

というロジックから 

彼らなりに色々考えたとしても
自分からすると
「どこか賢くない」 
(大きくない正三角形的)印象だし

逆にADHDだと
脳内多動=視点の多さ=
底辺の長さを用意できても

纏まり難い=正三角形になりにくいのでは? 
(答えに辿りつきにくい)

逆に
右脳寄りのADHDや
左脳優位のASDとは違い

右脳左脳をバランス良くリンクさせると

とてつもなく大きな正三角形のように
広く深い思考が出来るのかも知れないし


自分などはこうして考えれば考えるほど
色々気付いたり見える事も多いから 

考える事が楽しくて仕方ない。

(これでも学生時代は勉強嫌いである)


考えるのが楽しく感じる要素としても
例えば小さい時などに

「いい事を思いついた!」
みたいな時って気持ちが高揚して
ウキウキしなかっただろうか?

自分の場合は
最初は些細な事からでも
考えを膨らませる=いい事思いついた!
の連続なので

考えが発展して気付きが多い程
自己の成長も感じるし
その「気付きと考え=脳=心」の成長もまた楽しい。


とはいえ
Twitterでは社会についての
問題提起もよく載せるので

世の中の問題=
いい事思いついた!=
考えがより発展する=
結果、色々気付くものの

スケールが大きすぎて自分だけではどうにもならない事ばかり

な部分まで見えると、ウキウキするどころか

絶望的な気持ちにはなるが…


※補足のリンク