月別アーカイブ / 2019年03月


今回は
発達障害による固定概念の強さが 
影響する事で
差別主義な考えすら起こる事例についての考察をしたいと思う。

予め伝えておきたい事としては
発達障害の思考の問題についての
問題提起とはいえ

先天的な脳の機能障害についての
状況は人それぞれではあるし
「発達障害」だからと
一括りには出来ずに

様々なタイプがいる事も熟知した上での考えなので

発達障害者への差別や攻撃などと誤解して欲しくないので
このように記載しておこうと思う。


実体験に基づく事で
数年前にある発達障害者と
SNSで知り合い

その人は一見すると
大人しくて、人当たりなども含めて
悪い印象は無かったのだが

SNSの性質上
その人と他の人とのやり取りなどから見えた事として

例えばその人の中では
「生活保護受給者」というのが
楽をして生活する悪い人間
という固定概念で見ているようで

普通に考えれば
その人(受給者)の心身の障害や
社会的背景や生育歴など
様々な問題が起因して、経済的な
困窮に至っているのだから

生活保護受給者だからといって
怠けているとか
悪い意図で税金による補助を受けている...
という「悪者扱い」は
多角的に物事を見据える事が出来る人や
ニュートラルな思考の持ち主なら
起こりにくいように思うのだが

その人の場合は
それまでに普通にやり取りしていた相手でさえ 
「生活保護受給者」
というのを知った瞬間に

やたら攻撃的になって
相手の生活保護に至る背景などを一切考慮せずに相手を叩く事を
していたし

そういった極端な行動や考えというのは
その人の発達障害の有無が影響していたのは否めず

例えば発達障害がある事で
脳の機能的な部分が制限される
事で思考にも影響してしまい

「考え方そのものが偏りやすい」

という事は脳科学や精神医学的な見地からも言われているし 

(脳の機能障害が共感性にも影響する事で自分の視点ではない他の人を取り巻く状況などについては考えや想像が及ばない問題も起きやすい)

自分のこういった推察や分析のように「根拠のある論理的な視点」
とは大きく異なる
「○○だから○○に違いない!」
「○○は悪だ!」
みたいに

他者の考えすら誤りであるかのような極端な考えを有してしまう
発達障害の脳が引き起こす弊害について憂慮しているし

例えば
特定の人種や性別などから
その相手の人間性や、生き方の 
善し悪しは判断出来る訳がないのに

「○○人は悪い連中だ!」
みたいな考えから 

ヘイトのような
過激な発言をする人が
インターネットなどでは目に付くし

当然その「先天的な人種」というのがその人の思考や生き方そのものに反映される訳ではなく

後天的な環境要因によって
良くも悪くも脳のインプットとして
学習した事が

人の思想観念に影響する事で
特定の考えや行動に繋がるのだが

それについて物事を分けて考える事が出来ずに
「○○人だからこういった事をするんだ!」
みたいに捉えるタイプは
やはり脳の認知の問題が関わる
発達障害を疑う余地があるし

一見するとその前の
「後天的な部分が影響する」
という発言に対して
発達障害への考察は矛盾に映るかも知れないが

分かりやすく説明すると
発達障害の先天的な脳の影響が
思考や価値観に影響するというのは

例えば同じイヌ科の動物でも
イヌとオオカミとの差があるように
「生物としての違い」
くらいに影響が出るように認識していて

オオカミとして産まれた個体が
後天的な環境の中でイヌのように人に慣れる事はあったとしても

オオカミとしての習性や本能的な
部分は当然残っていて

イヌとは異なる
「オオカミならでは」の仕草をするとか
多かれ少なかれ差異が生じるように

生まれつきの性質というのが
存在する事で
「発達障害ならでは」
の行動パターンや思考パターンになってしまう事については
どうしても避けにくい事実なんだと思う。

更に分かりやすく言えば
人種というのは
イヌなんかに見られる
外見が違う「犬種くらいの差」だとすれば

脳の機能障害の発達障害と
発達障害が無い定型発達者との違いは

やはり
「イヌとオオカミくらいの違い」
にも言い換えられるかも知れない。


当然ながら
生物だからこその
後天的な影響がありつつも
生まれつきの部分が
行動や考えに影響する中で

定型発達者には起こりにくい認知の歪みによって
極端な考えや行動の呼び水になる性質そのものはあると言えるからこそ

冒頭で示したケースのように
定型発達者よりも
発達障害者によって
ヘイト的な活動とか
特定の政治政党に対しての
盲目的な支持すら生まれやすく

インターネットユーザーなどの中には
自分が信じる考え以外の 
異なる主義主張の相手に対して
「こういった考えもあるのか...」 とは一切思えずに

排他的かつ攻撃的になっている
現状にも繋がっていると分析している。


以前も
今の民主主義の問題についての
自分なりの問題提起をした事があるが

今の日本の民主主義について、
民意が反映されていない構図を
生み出す問題について
改めて説明をさせて貰うと

わかりやすい例だと
小学校などのクラスの中で

例えば掲示板の使い方について
皆で意見を出し合って

最後は多数決で取り決めをする...
みたいな流れは

当然ながら民主主義的な流れの中で
「民意」が正しく
反映されている事が伺い知れるが

逆に
クラスの代表者である
学級委員同士が集まって

全校生徒が利用する校庭の使い方について意見を出し合うとして

仮にクラスの中では
Aという方針が決まっていたとしても

学級委員が独断で
Bという提案をして
他の学級委員も賛成してしまい
B案が可決されたとすれば

それは民意とは言えないものに
なっているのが普通は分かるはずだが

この日本においては
政治家という方針決定の代行者に任せるやり方と
その先の事を政治家同士で
一方的に決めることさえ出来てしまう構図がある事で

実際の所は
政治家達が個人や特定の団体とか
組織の意向を優先させる中で

その前の例のように
学級委員が勝手に決める状態に 
等しい
正しい「民意」とは言えない状態になっている事に
国民がちゃんと気付くべきで

その流れそのものに疑問すら持たずに
現行の流れで決まった事に対して

「これが民意で決まった事だから受け入れるべきだ!」

みたいに言い切る人などは

残念な事に
自分自身の頭で物事を考え
更にその考えを深める教養というよりも

教わった事をそのまま覚えたに
過ぎない
知識に頼るだけになっていて

その人がいくら高学歴であっても
ある意味思考が停止しているように思えるし

この社会において
思考停止した人ばかりになると

この国は一部の人間による
私利私欲とか利権などの為に
あれよあれよという具合で
物事を取り決められる中で

蓋を開けてみれば
「こんなはずじゃなかった...」

みたいな結末に繋がる
酷い状況にしかならないだろう。

逆に
本当の民意が反映される民主主義にしたければ

それぞれがちゃんと社会の枠組みを 
決める為の会議に参加する状況を作る意味でも

村社会のような小さな
コミュニティを前提として
更にそのコミュニティの代表者同士で
取り決めた事を
その都道府県や地域全体としての
決議としていき

更に都道府県の長が集まって
都道府県の頂点である
国家の方針について決めるような
やり方ではないと

本当に民意が反映される...

という状況にはならないのでは
ないか?
くらいに思う事もあるし

どちらにせよ
今の社会は多くの人口がいるからこそ
成り立つ生産と消費の図式がある事で 

自然環境破壊や
エネルギー問題とか食品ロスの問題、
更には家畜やペットなどの
「生き物の命」すら当たり前のように
大量生産大量消費が成されるとか

倫理的にも道義的にも
様々な問題を引き起こす
バランスの悪さもある事から

やはり
地球の中での
人と自然の循環を目指す中で

従来どうりの
人類の規模の拡大に目を向けるのではなく
規模の縮小の中でそこに暮らす人々が
意識的に社会参加して

自分達の未来についての
方針をきちんと考えれるような
「社会(人類)の変革」についての
方向転換を模索しても良いのではないかと思っているし  

変化を急ぐのではなく
地球や自然との調和を優先させないと

最終的には自分達の首を絞める事にもなっていき 
自滅の道を辿るだけだろう。

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