夜は花冷え。春休み、というものは特にないのだが新譜を世に放って少し落ち着き余裕を得たので、最近は学びながら作るをしている。こうやって作るのが一番楽しいな。この間、同じ生業の人とご飯に行ったとき「音楽活動を"仕事"とあまり思えていなくて、そう呼ぶことが憚られる」ということを発言したら僕もそう!と共感してもらえてなんか嬉しかった。責任を捨て置く、ということではなくて、「れをる」は誰かの娯楽であり自分にとっても娯楽でありたいなと思う。


彼の訃報をきいてから一週間が経とうとしている。表向きに交友があったわけではないから本当は書くつもりは無かったんだけど、気持ちの落とし所が見つからないので書き留める。

数年前、共通の知人から「wowakaがれをるに会いたがってるよ」ときいてびっくりしたのを覚えている。なんで、ときいたら「れをるの尖ってるところがいいって」と言われて、一体どんな話をしてたんだ、と思いつつも嬉しかった。嬉しかったというか、それまでの自分が救われた気がした。自ら話すことをしなくても、認めてもらえたような気がした。それからヒトリエのライヴを観せてもらったり、お酒の席で偶然逢えたりして、酔いどれたwowakaさんとも話すことができた。わたしは仲が良かったと言えるポジションではなかったけど、誰よりストイックだったwowakaさんに何かのシンパシーみたいなものを感じていた。信念みたいなもの、大事にしているものは、話さなくてもその音楽を聞けばわかった。色んな人のあなた宛のメッセージを見るたび、そうやってわたし以外にもたくさんの人の背中を押してきたんだと知る。もともと交わることもないはずだったけど、だからこそ、もっとたくさんのことを話せた気もしている。なんかたくさん口惜しいけど、もともと交わることもないはずだったから、また逢えるような気もします。