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6月16日、6月23日と、2週連続ライブ、ご来場ありがとうございました。

梅雨シーズン、そして毎回直前まで天気予報ではライブ当日に雨マークが出ているのに、6/16、6/23とも「晴れるので大丈夫です」とツイートしましたが、それは適当に言っているのではなく、ちょっとだけ未来が見えるので、実は知っているのです。

(6/23は、自分が雨に当たらなかっただけで、タイミングと場所によっては雨が降った人も居るかもしれませんが…)

・・・・・・

ハラユカ。さんが1年かけて作った6/23の『平穏なパレード』、本当に素晴らしいものでした。

(今日のブログはライブレポではないので、レポート的なものはまた後日書きます)

ハラちゃんがN区のともりさんと行った会場の飾り付けや、フードメニュー、世界観の設定、動画製作などなど…

自分の出番だけではなく、共演者さんの出番にも、自分の出番と同じだけ手をかけた情熱と、優しさも素晴らしいし、

同時に、

ハラちゃんが、そうしたんだ。素晴らしかったんだ。と言うことを、一生懸命、世界に発信していた共演者さんたちも、本当に素晴らしいと思いました。


誰かに一生懸命やられると、自分が一生懸命じゃなかったことがバレてしまう。
あの人がすごいよ!と言うと、すごいあの人にファンが取られてしまう。

だから極力、現地で見た人の良さは、うま~く発信しないアーティストさんが多いですしね。


負けず嫌いな人だと、相手の創作物には極力触れないで、諸々の挨拶を済ませるようにしてるのを、ライブハウスでもSNSでもよく見ますね。

この日は共演者さんが、割と全員

「これは、こうこうこうだから、凄くて…」
「こんなようなこともあるけど、だからこそ…」


と具体的な話し方・書き方をする人達だったりして、「本当に考える人、創作が好きな人、心と発言がちゃんと一致している人特有の言葉だなー」と思って、なんだかとても心地良かったです。

・・・・・・

ハラちゃんのやりたいことはハラちゃんの頭の中にあると思っていたから、私にできることは、基本的に集客しかないと思っていました。

私もこだわった主催ライブをいつも心がけてきたからこそ、心配なこと、感動したこと、心強く思ったこと、その日、たくさんありました。

たくさんの輝いたものが、たくさん勉強して、苦しんで、悲しんだからこそ輝いて見えるものが、そこにはたくさんありました。

手伝ってくれる人が居るのは嬉しいけど、
同調してくれる人が居るのは嬉しいけど、
褒めてくれる人が居るのは嬉しいけど、

それで、集客がない優しい人、集客が少ない優しい人をたくさん背負って行くとしたら、ものすごく苦しいんですね。


みんな光を求めていて、みんな光の近くに居たかったりして、実際に必要な分よりも、出たい、やりたい、ないしは手伝いたい、と言う人は、すごく多かったりするのです。(ハラちゃんのイベントの事ではなく、ぜんぶ自分の体験談を喋っていて、6/23のイベントとは一切関係がございません)


でも、ライブにおいて一番力になれるのは、結局、集客が高いことなんです。


強くて、初めて人の力になれるんです。


「弱い人間でも出来ることがあるならやりたい、混ざりたい、手伝いたい、必要とされたい」

でもホントはないんです。本人の思う以上に、それは微力なんです。


強い人が、弱い人を一緒に連れて行くのは、「今のあなた」が役に立っていると言うより


勉強をさせてるんです。

いつか同じくらいの力を持って、どこかで、誰かを助けるための。


お金を生み出せない人に、自分の稼ぎを分け与え続けるのはなかなかキツいし
自分でお金を生み出せないと、やっぱり、分け与えた糧の重さもピンと来てないわけで


お客さんも、「この人は優しいから、頑張ってるから」と、好きとか、楽しいとか、上手とか、クオリティが高いとか、そういう感情よりも、「なんとかしてあげなくちゃ…」と思わせる人に優先的にお金を払いがちになってしまって

それはなんだか、真綿で首を絞めるようで、心地良い沼に沈んで行くようで


そういうコミュニティ形成だと、今度は、「ほら、ここにも、あなたより弱い人が居るよ。さぁ、この人にも良くしてあげて。次は助けてあげないのかい?」と、「口だけで何もやらない人」が周囲に多くなってきて、その人達が、他人に乗っかって正義感が満たされる、心地良くなる方向へ向けて走り出してしまって、

「本当に優しい人」が、「優しい人を演出したい人」の歯車みたいな扱いになってきてしまって、そういう流れもたくさん経験積みで、私もそういう流れを作り出す人になってしまうことが過去に非常に多くて、ああきっと、色々な人に迷惑かけたかもなーと思ったりして

弱い物を助けるって、基本的には優しいからこそしてあげたくなるし、心地良いことかもしれないし、


でもそれって誰かが前に進んでいたかな、成長していたかなって思うとね


僕は、僕を応援してくれるお客さんが、本当に優しい人達だからこそ


「良い人だ、優しい人だ」と思ってもらえる人になるより
「どうにかしてあげなくちゃ」って思ってもらえる人になるより


黙って強い人でありたいと、最近はよく、思っています。

集客がないと誰も助けられないと書いたけど、それは私が凄いのではなく、お客さんが凄くて、お客さんがそうさせてくれています。

威張るほどファンが多いわけじゃなくて、全国各地で最低限いろいろやれるだけ、人様の世話になったりしなくても済む程度の支持を頂いているってだけで、もっとお客さん居る人もたくさん居るわけで、ワイも、もっともっとたくさんの方がライブに来てくれるようになりたい、そしたらとっても嬉しいけど

でも、人って必要とされたがりだから、弱い人って、弱い人のとこ行くのね
弱い人って、弱い人のとこ行って、そこで今のままで強い人、になりたがりなので
お客さん全然来てない人のほうが、ずっと話してもらえるし、1人だけ大事に特別扱いしてもらえるし、そういうのが良いって人も居るよね

R&Rで予約しても、主催ライブ以外、別にオマケとかつかないからね
わざとつけてないんだけどね
「うちで予約すると、こんなものが付きます!」と、本来、協力しあうべきところで、八百屋さんみたいな客引きしてるの、私は好きじゃないので
感謝の気持ちでオマケつけてるなら別だけど、内心は集客に必死だから付けられたオマケって、負のオーラきついっす

そんなR&Rの応援、日頃、誠にありがとうございます。

今回の平穏なパレードは、

「良い人だから、なんかしてあげようと気を使う」
「良い人じゃないから、悲しい気持ちになる人を最大限減らすために気を使う」
「結局、すべての時間を気を使うことにだけ使って終わり」

とかじゃなくて、

もう、みんな良い人なの解り切ってるし、凄腕のクリエイターだからこそ、私は何も手伝わなくて良いと思って、だから、直前で「謎解きゲーム」など発明して、珍しく「作ること」に全力になれて


「目立とうとしてる!ファンを取ろうとしてる!」と思うタイプの共演者さんだと、私は自分の個性を発揮しないで、存在感を消すこと、ダメ人間を装うことに、注力してしまいがちなので…


「ああ、自分、今日、クリエイターやってるなぁ」と思ったら


4/28以来、またライブ本番中に、ジワッとしてしまいました。

「やるな、やるな」の多い世界で、「やれた」だけで、奇跡なんですよね。

R&Rの主催ライブも手が込んではいるけど、ハラちゃんのイベントのように、こだわった飾り付けはされていないことが多くて

それは、単純に「周囲に男性が多くて、男性と言うのはそういうセンスはあまり無い事も多くて苦手だから、苦手なことをやらせないため」とかでもあるけど

遡れば昔、R&Rの主催ライブで、ゲストさんに「好みじゃないから取って欲しい」と本番始まってから言われて、イベントオープン後に、すべての飾り付けを撤収したからでした。

1曲目のフロントラインで、ちゃんとオルゴールのイントロ開け・演奏開始と同時に照明さんがバンッ!ってステージを光らせたのが、「照明、オートにしたまま放置してる人も多いのに、ちゃんと仕事してくれる人だな~」と思って感動して、そのときに、ハラちゃんが飾ったステージの星を見て、遥か昔に、自分が飾り付けを取れと言われたのを、ふと思い出したのです。

R&Rの主催ライブは、ゲストさんの集客頼みではなく、毎回8割以上は自分のお客さんなのだけど、2割以下の「それは嫌だ」、「それをやると、嫌な人も居るかもしれないよ~~~(←本人が嫌なだけで、たぶん、嫌な人なんて、他に誰も居ないのだろう。今思うと)」を長年ずっと聞き続けてきた側面はあって、

昨年のワンマンくらいから、「人様を立てて、人様を最優先した上で、その上で自分も、自分のお客さんも悲しませないこと」が、やっと出来るようになったんですけど

平穏なパレードのステージに上に、星がいくつも輝いているのは

それだけで、本当に簡単ではないことがわかるのです。

「派手ではないけど、やさしいひかり」的なことを、ハラちゃんはパンフレットとかに書いていたけど、

どのような人生を送ってきて辿り着いた人が言える言葉なのか、その言葉の重みも、伝わってくるのです。

・・・・・・


実は世界の色々なところで起こっていることって、起きていること自体には、あまり差がなくて、「受け取る側の、受け取り方」であると思う。

楽しい場所が用意されているわけでもない。楽しくない場所が用意されているわけでもない。

幸せになるのも、不幸になるのも、ある程度は、その人の、「生きる才能」。


平穏なパレードでR&Rの出番にステージに上がったとき、うちのお客さんが、一番奥で立っているのが見えました。少し遅れてきたから、座れる席が無かったんでしょう。


正確には、シッティングイベントでかなり混み合った状態、かつ、フードやドリンクが充実した飲食イベントだったので、お客さんの間を縫って無理やり座れるような席ならばどこかにあったかもしれないけれど、演奏中に客席をグイグイ入っていくのは、アーティストさんにも失礼だし、食べている人の飲食スペースを減らすのも申し訳ないしと言った感じで、


もろもろ考えると、その時点でその人に取って都合の良い席、と言うものがなかったと言うことでしょう。


歌っていて、後ろの方のお客さんを見て、


「良かったー!立ってるのが、あの人で良かったー!」


と、私は思いました。


椅子席がやや足りなかったということは、予想外にお客さんが多かったと言う事で、「おめでとう!たくさん人が来てくれて良かったね!」と思う人がほとんどでしょうけど、

「せっかく来たのに、椅子が無かった!チケット代に飲食費が入っているのにご飯も食べられる状況じゃない!自分は来なくても良かったんだ!何だこのイベントは!」

と言う考え方をする人も、ゼロではないのです。


出演者さんの人間性=お客さんの人間性であることがほとんどなので、

平穏なパレードでは、嫌な考え方をしたり、ネガティブを人にぶつけるお客さんは居ないでしょうが


私は長い活動で、そういう考え方をする人達にも沢山出会い、沢山涙してきました。


人間のほとんどは、楽しかったことよりも、怒りや悲しみなどの負の要因をアウトプットしがちで、それはアウトプットしないと自分の中で閉じ込められないからなのですが、

例えばそこに100人のお客さんが居たとして、99人の人が楽しいと思っていても、99人はサイレントなことが多くて、たった1人の満足してない人だけが、「椅子が無かった!」とSNSに書いてしまい、それが仮想世界では「マスの意見」と勘違いされるようなことは多々あります。


本当に素晴らしいイベント、本当に素晴らしい人達が居ても、負のオーラの方が、どうしてもSNSで強くなりがち。


楽しかったことを書いている人達は、「自分が書きたい」よりも、「それが応援になると解っている、それがアーティストの活力になると解っている、ファン活動に慣れた人達」であって

だいたいの人は、何もSNSに書きませんね。


私を応援してくれる人が、もし

「どうとでも幸せになれるのに、わざと1歩も踏み出さないで不幸を選ぶ」

お客さんたちだったら、友人のライブで、友人を悲しませることになってしまったりもする。そして、そうじゃないから活動できている。

「幸せになれるのに、わざと、1歩も踏み出さないで不幸を選ぶ人」と言うのは結構居て、

例えば、座る椅子がなければ、誰のせいでもないので、ライブハウスの人にでも「椅子ください」って言えば、3秒で終わる話。

「サービス業なんだから、椅子がないことにすぐ気付いて、すぐ出せ!」と言う人は、おそらく生きてきて、一度も仕事でミスをしたことがないのだと思う。

ロリポップ☆ベイべー歌唱中に、立っているそのお客さんに強く目線を合わせて手を振ってみたら、こっちからは、逆行でシルエットだから、向こうの顔も何も見えないんだけど

向こうが振る手が力強くなったので


「あー。楽しんでるし、椅子がないことも、ぜ~んぜん気にしてないわ~。そこを気にして烈火の如く怒る人だって、ワイは、沢山見てきたんや…」と思ったら


涙出ちゃうよね。


そのお客さんは物販時間中に、お客さんがみんな謎解きで楽しんでいる風景を1人でご飯を食べながら見ていたのだけど

それを私は、メニューもメニューなので、「居残り給食www」と思って、遠くから見て一瞬笑ってしまったのだけど


よくよく考えると、

「ライブ本番中に座れない→ご飯食べられない→食べられるタイミングを自分で見つけて、食べた」のであって、


「物販時間は、もうキッチンを閉めたがるライブハウスが普通で、事情がどうあれ、それに遅れたお客さんには対応しません!と言うライブハウスがほとんどの中、あの時間帯にも、ご飯を出せる状況のライブハウスさんの神対応」

「ああで、こうだったから、今ごはん食べてて、みんなと謎解きが出来なかった!仲間はずれになった!シオンちゃんが悪い!orシオンちゃんの作り上げた創作内容が悪い!と、こちらに怒りを向けてくるような人にも、たくさん、たくさん出会ってきたこと」

を考えると


1人給食 とは、並大抵の人が出来ることではなかった。
優しさの塊みたいな人しか出来ない芸当であった。

ことを、爆笑したあとに気付きました。


・・・・・・


最近よく、頭に「負けず嫌い」と言う言葉が浮かびます。

円陣組んで謎解きをしているお客さんに向けて、

「みんなはさー、シャイだったり、無口だったりするけど、割と負けず嫌いだと思ってる…」

と、遠くから言ったら


ニタァ…


と数人振り返ったので、

みんな、やっぱり負けず嫌いなんだなーと思いました。


そして同時に、「いい意味で、負けず嫌い」な人しか、自分が負けず嫌いであると言う自覚がないので、これもまた、素晴らしいことだと思ったのです。

世界の全ての人が負けず嫌いである。と、最近思います。


な~んかこの出演者さん、たぶん、私を下に見てきてるなー、マウント取って来るなー、「フーン、こういうバンドも居るんだねー、自分は好みじゃないけど~~www」みたいなオーラをわざとバリバリ出すなー。って共演者さんで、うちよりお客さんが沢山来て盛り上がってるのを、一度たりとも見たことがないし、


実際にはファンが少ない人ほど、ファンが誰も来てなかった人ほど、「たくさんのご来場ありがとう!」って絶対SNSに書きがちな気がする。

1人~2人のファンだけが、ひたすらSNSで強気な感じ、盲目的な感じ、インテリジェンスな感じで、共演者に一切触れることなく、延々と推しだけを称えているアーティストさんは、絶対にライブ動員がその1~2人しかなかったりするし…

みんな、とても負けず嫌い。

自分の世界が、自分が良いと思うものが、多数に認められないことを、
自分の世界が他人の世界に負けることを、とても怖がっている。


「あなたが負け」なんて、ほとんどの人が言わないであろう世界線で、

いつかの昔に、きっと、心無くそう誰かに言われた、認められなかったトラウマをずっと持って

二度と、「あなたが負け」と言われまいとして生きている。


世の中には、2種類の人間しか居ない。


良い意味で負けず嫌いの人と、悪い意味で負けず嫌いの人。


私は、R&Rファンはシャイで優しい人達だと思いがちなのだけど、それは大きな勘違いで、きっと、負けず嫌いなんだと、今月になってふと思った。

優しいから周囲に配慮出来てる、マナーを守って、他人を立てて、遠慮がちに生きてるのではなくて。


懐が広いから、ときどき嫌なものを見ても、気にしてないでいられるんじゃなくて。


声が大きい人並みに、時に不満に思ったり、憤ったりしてるんだと思う。


それでいて人に対して依存したり、甘えたり、誰かを攻撃したり、SNSで誰かが傷付きかねないような事を書いたりしないのは、負けず嫌いだからなんだよ。

さほど綺麗ではないことも多々ある世界に、一生懸命、一方的に綺麗なものを放り続けて、何も帰ってこなくても、でもその生き方を貫くのは、負けず嫌いだからなんだよね。


・・・・・・

主催ではなくブッキングライブで、R&R動員が33人くらいだったときに、動員1人だったアーティストさんのファン(もちろん誰だか知らない人)に、昔、

「推しは、あれこれ、どうこうで、とても素晴らしかった」
「R&Rの出番は寝てた」

と、SNSに書かれたことがあります。


悔しいんだと思います。
認めたくないんだと思います。
その時点で、その人にとって私は名前も知らないバンドなはずなのに、わざわざエゴサ出来るように、バンド名を書くんだもの。

(そりゃね、歌も上手くないしね、年も年だしね、本件に限らずさ、「なんでコイツの方がこうなるねん!!!!」って、どうしてもアーティストさんもお客さんもなる可能性があるからさ、頑張らないといかんよね…いや、正直練習量は割と多い方だと思うんだけど、不器用なんやろか…)

でも、じゃあ、共演者をわざと下げてくるようなファンが付くアーティストさんなのを知らなかったか、と言うと、漠然とは想像してた。
想像できるからと言って、対バン形式なんて発表があるまで、あんまり誰が出るか解らない部分があるから、完全に避けられるものでもないけど…

イベントをやる人がこうだから、ライブハウスの人がこうだから、となると、こういう人が集まってきて…
とは漠然と気付いていて、「あなたしか頼れないから」、「あなたはお客さん沢山呼べるから…」と言う言葉に「お願いされてるから、なんとかしなくちゃ…」と思って出たライブでした。

「ものづくりが楽しいから、やろう!」ではなく、「お願いされたから、期待に答えなくちゃ…」と私が行動を起こすときほど、ロクなことになりません。

その日はイベントにも好かれていなかった。「売上げ立ててくれて、ありがとう」とも言われてない。自分が良いと思ってやっていること、自分が良いと思って出している出演者さんより、穴埋めくらいで呼んだつもりのバンドには、やっぱり穴埋め程度で居てほしいのだろうと思う。

R&Rのライブは基本的に雨が降りませんが、雨が降るとき、なぜ雨が降るかも決まっているので、


遠からぬ将来、雨の日にライブをやることが、1回だけあると思います。


僕はその日、過去のその日と同じように、同じ人たちに、現場でマウントを取られたり、またSNSに色々書かれるなどして、ファンを悲しませてしまうかもしれないことを、今からとても心配しているのですが(てかもう既に遠まわしに結構やられている)

余裕がない人に向かって、R&Rファンが「敵意ありませんよ!みんなで楽しみましょう!私達は、あなたの推しもリスペクトしますよ!」と言う態度を取ったところで、さらに相手の余裕を無くす、さらに攻撃態勢になる可能性もあるし

私が日々、「戻ってこなくても、恩を世界に売っていけ!!」とか説いてたせいで、いつか、ノーガードのまま殴られるファンが出やしないだろうかとか

じゃあどうするの、無力と無知を装って、これからもしょうもない自分で居るのかいとか、色々考えたのだけど

そのうち、もし雨の日に、毅然としてカッコイイ僕をライブハウスで見かけたら

たくさんの暖かい人達のおかげで、

きっとノーガードのまま殴られても、きっとR&Rファンは、良い方向に負けず嫌いだから、自分の力で光を見出すことを信じて

そうしていると思ってください。

・・・・・・

単純に音楽ジャンルや、外見とかで、ファンが形成されているわけではなくて


光の方向を向いてみんなで共鳴していたり、
闇の方向を向いてみんなで共鳴していたり、


音楽活動しているのだから、たくさんの人に知ってもらって、聞いてもらえたら一番なのだけど


R&Rが一生必要ないひとも居れば、
R&Rが伝えようとしていることが、まだわからない手前の道を歩いている途中のひと、
負の方向に惹かれたり、違うものを勉強する期間が必要で、一時的にR&Rが必要なくなっているひと、
今はご無沙汰だけど、またそのうちR&Rのところに帰ってくるであろうひと、


いろいろな人が居て、大きい流れの中をたゆたって、くっついたり離れたりしている。

いまR&Rが必要なひとが、いまR&Rのライブに来ているので、その人たちに向けてお伝えしたいのは、

長年、「良い人であれ」みたいなことを言ってきたのだけど、もうずっと前から良い人しか居なくて、ただの良い人だと、不幸もぜんぶ拾ってしまう人、自己犠牲になってしまう人でもあるので、

今後は、「強い人であれ」と言うようなことを、やっていけたらいいなぁと思っていますね。

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デザインフェスタと西九条ブランニューと池袋RUIDO K3では百発百中でベースアンプから音が出ない男、久しぶりの登場。(たぶん1年ぶりくらい)

ぢるさんファンにおかれましては、ぢる本人より、ベースアンプへの声援をお願い致します。

ご来場、誠にありがとうございました!!!

デザフェスに行ったのか、築地市場に行ったのか謎です。

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