月別アーカイブ / 2019年08月

ガンが不治の病だって?
ガンが日本人の死因1位だって?
ぜんぶウソだよ。
目を覚まそう。

_var_mobile_Media_DCIM_104APPLE_IMG_4834.JPG

ガンの正体は、ただの真菌。
要するに体内に元々いる菌のことで。
その常在菌の真菌が、免疫下がったときに細胞の中に入ることで、細胞が真菌をやっつけようとしてできるシコリ。

これを、ガンって呼んでいるだけ。
そして、このガンの本当の治療法はここ通り。
アルカリ性で殺菌力の強い重炭酸ナトリウムでその細胞を殺菌するだけ。
この単純で正確な治療方法は古代文明の粘土版にも載っているほど、大昔からポピュラーなもの。
風邪よりも大したことない病気だった。

では、なぜ
ガンの治療と称して、放射線を使った治療や、あの苦しい科学療法が行われて
余命を宣告されて
最後にはみんな亡くなるのか⁈

ロックフェラーがかつて
この単純なガンの治療法の真実を独占し、医者達に
これをガンという不治の病だとして
放射線治療、科学療法をたっぷり施すことで
(健康な細胞すべてを蝕み最後は死に至らしめる方法。)
製薬会社、医療機関、保険機関を使ってがっぽり金儲けをしようぢゃないか。
という企みのもと。

現代人はまたまた騙されているのでした。
医者達の中にはもちろん、この単純な本当のガンの治療法を独自で研究し見つけ出し、余命4ヶ月と言われた人やその他のガン患者を多勢簡単に治した医者がいる。
彼はもちろんそのことを論文にして国に提出したのだけれども
国ぐるみの陰謀であるこの不治の病ガンの捏造なわけで
その医者は
許可されない医療行為を行った、として牢獄に入れられた。

私たちが知っておくべきこと。
それは
ガンについての真実。
ガンがただの真菌によるものであるにも関わらず
現代では病院に治療を求めにいくと
放射線治療、科学療法で殺される。
そして日本一の不治の病としてデータが出てガン保険が儲かる。

いわゆるガン細胞といわれるものは、私達の免疫が下がったときに起こる体が真菌をやっつけようとしてできるシコリのことだけど。
本来人間の体は、正常な免疫力のもとに、真菌が細胞に侵入しようとすればその菌を常に殺すように体内で働いている。

この人体の中で菌を殺す免疫の成分のことを、サルベストロールという。
このサルベストロールは、主に野菜と果物に豊富に含まれている。
「リンゴ一個で医者いらず」
とはまさにこのこと。


野菜と果物を主食によく食べることで、サルベストロールを摂取できて
人間の免疫力は正常に働く。
ガンにはならない。

しかし、ここまでも知ってる彼らの陰謀は用意周到。
私達が、果物や野菜からサルベストロールという免疫になる成分を摂取できないように、野菜や果物を遺伝子組み換えをしたり、農薬漬けにして栽培することででサルベストロールを殺している。

なので残念なことに、いまサルベストロールは、有機栽培で育てられた野菜や果物の中にしか無い。
だから、有機野菜や有機果物を食べよう。

彼らが私達についている大ウソ。
ガンにまつわるこれらの重大なことを理解した上で
子宮頸がんワクチンを思い出す。
ガンに対する私達の無知につけ込んだ恐ろしいワクチン。
中身は殺ゴキブリ剤とねずみの不妊薬。
これを打たれて失神した日本の中高生567人。
海外では死者多数。
彼らは日本人を不妊症にして、人口削減を目論んでいる。

ファストフード、コンビニ弁当、その他添加物入りのすべて食品はすべて
私たちの免疫を下げて、ガンにさせて、正しい治療をひた隠すことで
製薬会社、医療機関、保険機関で大儲けする仕組み!

最終的に殺される市民。
真実を知った私たちには知恵がある。
もうその手には、乗らせない。

小児病棟であんなに苦しい思いをして放射線治療、科学療法を受ける小児がんの子供たち
今すぐ病棟から連れ出そう。
子供たちの免疫を破壊するすべての添加物入り食品、ファストフード、コンビニ食品を子どもから離そう。

有機栽培の米、野菜、果物を食べよう!
(特に有機栽培で育てられたブロッコリーにサルベストロールが豊富!)

家族や親類、自分がもしガンになっても
もう恐がる必要はない。
まず、自分でできることは、免疫を上げよう。
よく笑い幸福感で満たされた精神は体内の免疫機能を正常化する。
さっき言ったとおり食を見直す。
(有機食品、無添加食品で!)

そして、最後に正しいガン治療を行っている医者に看てもらう。
日本の有明にある、がんセンターも全国にあるがんセンターも
ウソのがん治療でどれだけ儲けているか⁈

いつも、免疫を正常に、保ちましょう☆



(引用終わり)

人工的に作られる肉の話を紹介する記事を紹介します。
_var_mobile_Media_DCIM_104APPLE_IMG_4939.JPG

食の安全はどうやって守るのか。

食品業界は安全・安心を訴える一方で儲けを優先させれば、人工的に肉をつくることもできる。

廃棄処分するはずの肉を横流しで販売を行う時代では、ありえないはなしではない。
食の安全は自身で守るしかない。
「おいしそうなハンバーグやソーセージに男は手を付けようとしなかった…」
「なぜ食べないんですか?」「雑巾だからです」。食品業界の暗部を描いた相場英雄さんの小説「震える牛」にこんなやりとりがある

▼男は食肉加工会社の元工場管理責任者。目の前のハンバーグなどは同社の製品だった。老廃牛のくず肉や内臓、血液を「マジックブレンダー」という独自の装置でひき肉にし、大豆かすから作った"代用肉"と多量の水を加えて増量。さまざまな添加物や化学薬品で本物らしい味を付ければ出来上がりだ

▼社員が「雑巾」「工業製品」と呼んで決して口にしない代物を、同社は「100%ビーフ」と表示して出荷。安売りスーパーや飲食店に格安で卸してぼろもうけする-という設定だ

▼もうけのために食の安全を無視した悪徳商法が現実にもあった。「雑巾」にも匹敵する、異物混入の疑いのある「廃棄物」と聞けばぞっとする

▼有名カレーチェーンから冷凍カツの処分を委託された業者が横流しし、店頭に並んでいた。他にも多くの廃棄食品を売りさばいていた疑惑も。処理費用をもらった上、食品と偽り転売してもうける。言語道断のマジックだ

▼背景には安売り競争の激化もあろう。小説の会社社長は「半額セールをやると飛び付く連中が味なんか分かるわけがない」と言い放つ。つい安さに目が向くが、安全にも目配りできる消費者でありたい。

=2016/01/22付 西日本新聞朝刊=


世の中には、「信用される人」と「信用されない人」がいる。
_var_mobile_Media_DCIM_104APPLE_IMG_4721.JPG

各々(おのおの)の信用度に、仮に0%から100%と偏差値のようなものを振ったとすれば、信用度0の人はお金を貸してもらえないでしょうし、信用度100%の人は1兆円でも借りられるということになります。

こうした金融的な信用のほかに、どれほど仕事を任せられるかでも差が開きます。

あなたが社長だとしたら、信用度0の人には仕事は任せられないが、信用度100の人に多くの仕事を任せるだろうことは火を見るより明らかでしょう。

もっと身近な問題で考えてみましょう。

友人がどれだけあなたの夢ややりたいことを実現するために動いてくれるかという場合でも、信用度30の人より信用度70の人を応援するはずです。

つまり、信用される人の方が、より自由な人生を切り拓けるということ。

世の中全体も、そんな仕組みで動いているのです。

だからここでは、「あの人には信用がある」とか、「この人物は信用できる」というときの信用(クレジット)を「他者から与えられた信任の総量」と定義します。

信用(クレジット)は、いわば、ゲームにおける「経験値」。

人生ゲームを有利に進めるためには、勉強や仕事を通じて、これを高めておくことが必要だというわけです。

中学生向けに書いた拙著では、基礎編として、「高クレジット人間」のための10ヶ条を次のように並べています。

第一は、挨拶ができる。

第二は、約束を守る。

第三は、古いものを大事に使う。

第四は、人の話が聴ける。

第五は、筋を通す。

第六は、他人の身になって考える。

第七は、先を読んで行動する。

第八は、気持ちや考えを表現できる。

第九は、潔さがある。

第十は、感謝と畏れの感覚がある。

その中で、3の「古いものを大事に使う」とは、

祖父が使っていた古い腕時計をしている人はなんとなく信用できますよね。

新品を次々と消費する人より、大事に使うと価値が増幅することを知っているという意味です。

5の「筋を通す」とは、

ロジカル・シンキングのリテラシーが高いこと。

話が論理的でないと、たとえ感情的に共感されたとしても信用はされないでしょう。

グローバルな関係を作りたければこれが欠かせません。

また、「あの人の生き方には一本筋が通っている」というように、テーマのある人生、ライフワークを感じさせる生き方をしている人は尊敬される。

特に人生の後半には、この美意識や哲学性が大事になります。

8の「気持ちや考えを表現できる」とは、

プレゼンテーションのリテラシーが高いこと。

9の「潔さがある」とは、

超の付く高齢社会では、高齢者同士の評価として、また若者が先輩上司や年配者を見る評価としても、「潔さ」の観点がクローズアップしてきます。

自立が怖いからと、いつまでも会社や組織にぶら下がっている人は、後進に道を譲る「潔さ」がないと評価されるでしょう。

10の「感謝と畏れの感覚がある」とは、

成熟社会が深まってくると、人間の宗教性が問題にされるようになります。

宗教性とは何か?…ひと言でいえば「感謝」と「畏れ」の感覚があるということ。

特定の宗教に帰依したり信徒にならなくても、この感覚は得られます。

何かいいことが起こったときに、それを自分の実力とだけ考えないこと。

51%実力かもしれないが、49%は他者や環境や自然の力によってもたらされたとする気持ち。


(転載終わり)

↑このページのトップへ