月別アーカイブ / 2018年03月

聖徳太子が示している通り、人間社会において「和」が大切であるということはよくわかりますが、なかよく、なごやかに接するためにはどうしたらいいのでしょう。
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ヒントは『論語』の中にあります。

弟子の子貢が孔子にたずねました。

「先生はいろいろなことをおっしゃっていますが、一言で教えてください。一生実行していかなければならない心構えは何ですか」


孔子は答えます。


「其れ恕か(それじょか)」

「それは恕である」ということです。

恕とは会意文字(すでにある漢字の意味を二字以上あわせて一字とした漢字)で、心の如しという意味です。


誰の心かというと、相手の心、第三者の心のことです。

つまり「恕」とは、人の立場に立ってものごとを考えること、おもいやりのことなのです!!


広い心で相手をゆるす、という意味でもあります!!


3月も半ばですが…!


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今日は、全国的に「雨」が降ったところが多いみたいで。まだまだ寒く、せっかく新しい月になったというのに、と思う人もいるかもしれません。

でも「3月のはじめに雨が降る」って、じつはとても素敵なことだと思うんです。随筆『徒然草』でも語られるように、古来から日本の人々は、花や植物の芽吹きをうながす春の雨を、どこか高揚感をもって眺めてきたといいます。

寒気がすこしずつほぐれていく春先の、やわらかな雨。降る時期や、降りかたによってそれぞれに名前がつけられていること、知っていましたか?

「春の雨」の、名前を呼ぶとき。

 

春雨(しゅんう)

冬が明けて、心身ともに弾むころに降る雨のこと。まだ冬が明けたとは言えないくらいに寒い日々ですが、すこしずつ、日暮れの時間も遅くなっています。この春雨が降るのも、もうあと少し。

 

甘雨(かんう)

草木にやわらかく降る、けぶるような春の雨のこと。農作業のはじまりに降るこの雨は、穀物ばかりでなく野の草花にもそそぎ、その成長をたすけます。春の雨景色には、どこかゆったりとした「甘さ」があるということから、こんな名前がついたのだそう。

 

紅雨(こうう)

雨にはもちろん色がないけれど、ときに花粉や黄砂を含んで色味をつけ、かすかに紅色を帯びたような雨が降ることがあるのだとか。花々にやさしく降りそそぐ、春の雨景のこともこのように呼ぶんだって。

 

雪解雨(ゆきげあめ)

雪をとかす春の雨。北国でも、この雨が降れば春はもうすぐ。田畑を目覚めさせ、木々を芽吹かせ、花に色をつけ、人々によろこばれる「嬉しい雨」と言われています。

 

菜花雨(さいかう)

菜の花の頃に、花が咲くのを急き立てるように、しとしとと降りつづくあたたかい雨。この雨がやむ頃には、野には一面、黄色い花でいっぱいになるそう。

 


1本の棒を立てようと思っても、
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なかなか立つものではない。

たとえ立てることができても、左右からの衝撃が加われば、簡単に倒れてしまう。

しかし、1本の棒に対して左右から2,3本の支えをつけておけば、なかなか倒れなくなる。

家を建てるときにも、大黒柱の周りに、

たくさんの梁をつけて頑丈な構造にするのは、

支えがあるほど、家の強度が高まるからである。

このアナロジーは、私たち人間にも当てはまる。

感情がグラグラしていて、いつでも不安な気持ちで生活している人は、支えてくれる人が少ないのである。

「支え」が多い人ほど、不安が消える。

逆にいえば、人間関係のネットワークを
たくさん張り巡らせ、

何か問題が起こったときには、

すぐに助けを求められる人のほうが感情は安定する。


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