月別アーカイブ / 2018年03月

40年以上にわたって、超能力や超常現象を研究し続けてきて、いちばんおもしろいと感じているのが、「ありがとうの不思議」です。

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心を込めなくてもいいから、「ありがとう」と言うと、2万5000回を超えたあたりで、多くの例では、突然涙が出てきます(出てこない人もいます)。

なぜ涙が出てくるのかはわかりませんが、泣いて、泣いて、涙が出尽くした後に言う「ありがとう」は、ほんとうに心の底から感謝が込められた「ありがとう」になります。

その心の底から湧いてくる「ありがとう」をさらにもう2万5000回ほど言って、計5万回の「ありがとう」になると、なぜか突然、幸せが現実化し始めるようです。

神様のもとでは本来"幸"も"不幸"も現象としては存在しないのですが、私が幸せで心地よいと感じることは存在します。

そういった、私にとって幸せだと感じられる現象が、片っ端から起きていくのです。

本来の私たちは、すべてのことに感謝できる能力を、神様によってインプットされているようです。

家族、夫婦、友人、知人、お金や仕事、健康…目の前のあらゆることに、心の底から手を合わせられるのです。

病気や事故のような、普通に考えると困難な出来事さえ、私たちは「ありがとう」と言うことができます。

そういう私でいると、奇跡が起きます。

例えばガンになってしまったとき。

「どうして自分だけが」とつらい思いをして、「ガン細胞は敵だ。ガンと戦うぞ」と決意する人がいますが、そうするとガンに倒れます。

それよりも、ガン細胞を味方だと思ってしまうほうがいい。

すると、ガンが味方をしてくれる可能性があります。

このガン細胞に、話を聞いてみたとしましょう。

「今のままの生活を続けると、あなたの体は死んでしまうよ。だから、もうちょっと違う生き方をしたほうがいいと思うよ」

と、知らせてくれているかもしれません。

今のままの生活とは、「人生のあらゆることに感謝する」という生き方を忘れて、人生を思いどおりにしようと、がんばったり努力したり気合を入れたりすること。

競争社会で生きていくために、競ったり、比べたり、争ったりすること。

物事に対する優しさを失っていること…。

そういう生活を体が嫌がる。

それで、ガンが出現するようです。

ガン細胞がやっているのは、「あなたは本来もっと優しい人なので、それを思い出しなさい」という、はからいのようなものです。

いつも笑顔で優しい人に戻るために、病気になる。

だから、病気になったら「ありがとう」なのです。

私たちの多くは、目の前の出来事に対して、「状況を改善したい」「願いが叶えばいいのに」という夢や希望を持って、思い通りにならない物事をリストアップしがちです。

親は学校の先生から、「リストに挙げたことを思いどおりにすることこそが幸せだ」「夢や希望や望みや願いを語りなさい」「願望を実現しなさい」と教わってきたからでしょう。

でも、幸せな人生には、いっさいの夢や希望はいりません。

なぜなら、私の人生で起きることは、病気であれ事故であれ、100%、今の自分に必要な「ありがたい」ものだからです。

与えられたものに対して「まだ足りない」「別のものが欲しい」と夢や希望を持って、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を言うことは無意味。

それよりもむしろ、「うれしい、楽しい」「あぁ幸せ」と言って、今ある幸せを数え上げてみる。

「ありがとう」と口に出して感謝する。

そうすればきっと、膨大な数の幸せの存在に気づきます。

「今この状況が幸せの極致なのだ」と気がついたならば、私たちは今この瞬間に、幸せになることができます。

幸せとは、求めて求めて何かを手に入れることでなく、今、目の前に存在する現象について、「私」が「幸せだ」と思うこと。

そこに尽きるのです。



人生で、言葉遣いはことのほか大切だ。
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使い方一つで人生が180度変わる。

この事実に私たちはどこまで気づいているか。

レディーガガがタイでの公演中に、ツイッターで「偽物のロレックスを買うわ」とつぶやいた。

この発言を一部のタイ人が「わが国を侮辱している」と怒り、タイ当局はアメリカ大使館に抗議する騒ぎにまで発展した。

彼女は冗談のつもりだったろうが、ちょっとした一言がこんな大事になるのだ。

就活の面接でも、言葉遣いは決定的な意味を持つ。

容姿や表情、態度などで第一印象をよくしても、受け答えでミスしたら、とても合格はできない。

ケンカのときに、興奮して、つい地を出してしまう人もいる。

お金持ちの令嬢とつきあっている男がいた。

彼はどうしても彼女を手に入れたくて、とくに言葉のやりとりには慎重を極めた。

だが、あるとき怒りのあまり思わずいってしまった一言、「テメェ」がすべてをおジャンにしてしまった。

政治家は失言で政治生命を失うこともあれば、経営者も不祥事の際に「知らなかった」といって退陣に追い込まれるケースもある。

何気なく発した自分の一言が、意図を超えて独り歩きし、悪く受け取られたり、批判の対象にされる。

「そんなつもりで、いったのではない」

いくら弁解しても、一度口から出た言葉は、もう元には戻せない。

ネットのブログで、 些細な批判を受けた男が、ムキになって相手を罵倒する言葉を使ったところ、その男をよく知る人間から思わぬ過去をバラされて、会社をクビになった例もある。

いくら気をつけていても、一度発信してしまった言葉は、全世界に拡散してしまう。

写真や身元が特定できる場合、世界のどこから誰が何をいってくるかもわからない。

思えば恐ろしい時代になったものである。

こんな時代に必要なことは何か。

言葉に関する感性を磨くこと。

語彙を豊富にすること。

言葉の基本的効用をよく理解しておくことである。

といって、これらのことは一朝一夕には身につかない。

とりあえず、以下の三点に配慮することだ。

●相手が誰であれ、まずしっかり聞く

●目上には、肩書や力関係がどうあれ敬語を使う

●目下であっても丁寧語で話す

この三原則を守りつつ、言葉遣いの辞典的な本を一冊座右に置いて、少しでも疑問があったら調べること。

また先輩、後輩、同僚の言葉遣いを観察して、豊富な事例を頭に入れ、できる人の真似をすることだ。

真似の仕方は「要点だけを取り入れ、あとは自分なりに」というのではダメ。

言葉磨きというと、その方面のマュアル本を買ってきて学ぼうとする人が多いが、「見よう見まね」こそが、最高の学び方なのだ。

なぜか。

思い出してほしいのは、赤ん坊のとき、どうやって言葉を覚えたかということだ。

大人のしゃべる言葉の見よう見まね、しゃべる真似で覚えていったのではなかったか。

あの習得方法が最高なのである。


「続け方を知らない」という指摘に、違和感を覚えた人もいるでしょう。
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「週に2回と決めた勉強を、毎週やるだけ。そんなことはわかっているよ」と。

しかし、多くの人がそれを意思の力でやろうとしています。これがダメなのです。

新しいことに取り組み始めた人が、目標を達成するまで続けるために必要なものは何だと思いますか?

根気、やる気、真面目な性格、モチベーション・・・。


こんな言葉が頭に浮かんできそうです。

しかし、こうした要素はあってもなくてもいいのです。

大事なことは、行動の繰り返しです。

例えば、英単語を覚えるために必要なものは、「覚えるぞ」という意思ではありません。

単語帳を鞄から出すという行動、それを開くという行動、書かれた単語を見て口にするという行動です。その行動の積み重ねさえすればおのずと結果は出ます。

仕事でも、例えばこんな経験をしたことのある人は多いのではないでしょうか。

「社長や上司に提案しようと自宅で作り始めた企画書を、忙しさのあまり長らく放置していたけれど、偶然できた空き時間に集中して書き始めたらすんなり完成した」

このとき、「企画書を完成させる」というゴールを達成するには、偶然できた空き時間や、その瞬間の思考力、集中力が大事だったと思うかもしれません。

でも、本当は「夕飯を食べた後はダラダラせずパソコンを立ち上げる」「企画書のファイルを開く」「10分だけでもいいから何かを書く」といった行動を続けていれば、もっと早く完成させることができたでしょう。

つまり、意思よりも行動に着目し、その行動を繰り返すことができる仕組みを作るのが大切なのです!!



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