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『「もうゆるして」結愛ちゃん虐待死で探偵が見抜いた一家の真実(リンク)』から転載します。
------3より
厳罰化など以降の対応

できれば、意識の高い「伝説の探偵」読者の方には、「児童虐待」についての各種報道をネットで検索してもらいたい。結愛ちゃん同様、かなりの数の読んでいられないような虐待死を目にすることだろう。

結愛ちゃんの事件は警視庁が冒頭に載せた、いわゆる反省文を公開して、多くの大人たちの心を動かし、児童虐待について意識の高まりの兆しが見えてきた。私は児童虐待の現場で、よく地域の現場警察官と話をするが、特に児相の動かない職員らと話したあとだと、そのマトモさに少し心を取り戻すことがある、、、。

ただ世の常、こうなると厳罰化を短絡的に政治家が決めていこうとするが、単に厳罰化するのでは、密室で起きること、乳児・幼児が被害を受けやすいことや親子間で起きることだけに、実態の隠蔽がさらに起きることが懸念される。

できれば、ここには高度な工夫がなければならないだろう。その点は、専門家もいるだろうから任せたいと思うが、厳罰化というか、死を十分予測出来たのにその行為を続けたことを「保護責任者遺棄致死」とか「傷害致死」のように「致死」にするのではなく、「殺人罪」の適用もあるとするなど、法整備をしてもらいたい。

また、実際、児童相談所は専門性が高く、担当する受け持ち数はとんでもないほど数がある。だから、まずは職員を増やすことやその教育も大事だし、警察との連携を含め、地域の活動団体など民間の力も借りるべきだろう。

一方で、最悪の事態が起きないための水際対策や各地域での差をなくす必要がある。

命は失われれば戻ることはない。復活の呪文も教会での復活もゲームじゃあるまいし、現実には絶対にないのだ。失われた命は戻らない。

生きていたとしても、傷ついた心は一生抱えて生きていかなければならない、乗り越えたと思っても、今度は自分が加害者になるのではないかと苦しむことだってある。虐待は心をも殺すのだ。

もう結愛ちゃんが笑うことはないし、元気に走り回ったり、友達と砂場で遊ぶことはない、成長して友達と喧嘩したり、好きな子ができたりすることもない。

ただ、きっと結愛ちゃんは実母である優里氏を好きだった。自分が悪い子だと思い込もうとしていた。わずか5歳ながら、必死で愛情を欲していた。だから、あの反省文を書いたのだ。

わずか5歳、覚えたばかりのひらがなで、まともな大人がみれば、「なんで?」と思うような内容だが、私には「愛して欲しい、抱きしめて欲しい」。そう書いてあるようにしか思えないのだ。

それが、多くの虐待事案で起きる被害者のジレンマでもあり、私のような者がさらに悲しいと思ってしまう壁のようなものだ。

どうかもう、こんな悲しい事件が起きないように、子供たちの死を、悲しい思いを、無駄にしないで欲しい。


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