新しい年だから何かはじめてみようだとか、今年こそ何かを成し遂げようだとかを何回も繰り返して人生を構築していく。それらは大体実行されることもなく、その年の下半期に差し掛かると来年は、なんて言い出す。タイムスリップをしているようだが体だけは少しずつ老いていく。その往来に希死念慮を拾っては捨てる。
このブログも限りなくそれに近いので急に辞めるかもしれない。

僕に必要なのはきっと時間の有限性を知ることと、自分が必要とされる居場所だ。誰だってそんなことはわかっているけれど理解していない。スノードームに閉じ込められて初めて理解できるものなのかもしれない。
体の寿命と心の寿命が同じだったなら僥倖だ。

去年は三曲を投稿することが出来た。曲も動画も未熟だけれど少しずつ聴いてくれる人が増えてきてとても嬉しい。
たださっきの話を踏襲するとこれではまだまだすぎるのだ。時間は有限で、自分の居場所を早く見つけなければいけない。残り僅かなモラトリアムをこんな風に消費していいのだろうか?と毎日考えながら生きている。
「こんなはずではありませんでした。」という傲慢を免罪符にやり直せるのも今だけだ。
一年後に同じブログが開設されないことを祈る。


魚は水中に差し込む光を朝だと認識するんだろうか。滲んだ朝を背に深く潜っていく夢を見る。