先日「男性から好きと言われたことがない」的な発言をしましたが、、 思い出しました! ありました!笑 正確には、私に言ってくれたのではなくて「周囲に向かって公言してくれた」のですけどね。詳細はこのリンクに👇

過去にもらった愛であっても

受け取った私の中には
そのエネルギーは確かに存在していて(生きていて)
 
記憶は薄れても
受け取った愛のエネルギーは不変で
ずっと生き続けている
と、感じています

だからかな?
私が過去に愛した男性全員を
今も好きなままでいられるのは

それにね
上記リンクのブログに登場する彼や
北斗の拳の歌のラブレターくれた彼のように

当時、付き合ってもいなかったし
私は相手を好きではなかった
それでも、私に愛をくれた人がいて

その愛だって、今もこうして
私を励ましてくれたり、前を向く力になってくれて
ずっとずっと支えてくれています

私はありがとうも言えてないのに。

あったかくて、優しくて
嬉しくて
涙が出てきます


今日は、もう一つの
過去の恋愛エピソードを話しますね


🌸愛に来てくれた人🌸


今、つくづく実感してるのですが

「会いに来てくれる」行為って
それだけで
「愛そのもの」 だと思いませんか?

私の顔を見に来てくれるんですよ
そのための時間を作って
大切な時間を使って

この世に肉体を持って生きている人間にとって
時間は、有限です
買いたくても買えない
人と貸し借りできない
時間は、すなわち命の長さですから
その人だけの
何よりも大切なものですよね

その有限である時間、命を
「私に会う」ために使ってくれるのです

「ただ会いたいから」
それだけの理由で来てくれるんです

例えばね
男性だったら、体が目的とかありますよね
セックスしたいから近寄ってくる人
わんさかいます
あとは、お金が目的とかもね
「何かを貰うために来る人」たちですね

その一方で

セックスできないってわかってるのに
お小遣いもらえるわけでもないのに

私に会いに来てくれて
一緒に時を過ごしてくれる

その心がね
本当に、あったかくて、優しくて
こんなに嬉しいことはないのです


前置きが長くなっちゃった 笑

今から9年程前、40歳の頃にね
居てくれたんです
私を支えてくれていた人が

付き合ってなかった(付き合ってくれなかった)けど

私に愛を与えるために、現れて
愛を与えるために、いつも会いに来てくれていた人


長くなっちゃったので
次回につづく✨