自分の気持ちをうまく言葉にまとめるのに時間がかかってしまった。

待ってくれてたみんなごめんなさい。めちゃくちゃ長くなると思うから大切なこと最初に書いときます。


Rhythmic Toy Worldは、2019年4月3日に4枚目のミニアルバム「PLACE」を発表します。

短い間でしたが、お世話になったビクターエンタテインメントのBLACK SHEEP RECORDSを離れて、STROKE RECORDSに戻りこのアルバムを出します。ここからつらつらと書いていく言葉は、Rhythmic Toy Worldというバンドのこれまでの歩みとこれからの覚悟、貫いていきたい信念の話です。ここで読むのをやめる方は、この話を誰かにするとき、僕らの気持ちを読み取ろうとしてくれる人の気持ちを尊重した上で発言してもらえると幸いです。





 Rhythmic Toy World(以下リズミック)は2009年11月9日に結成されました。

今年で10年を迎えます。バンドの活動というのは人の目に触れるまでにかなりの時間を要するのが多いです。僕らもそうでした。

三重県から「音楽をやりたい」という漠然とした想いを抱いて上京し、入学した大学でベースの須藤くんと出会いました。入学式のあとのオリエンテーションで同じグループになったのがきっかけ。昔から人懐っこい須藤くんはすぐに話しかけてくれて「俺、埼玉県出身の須藤憲太郎です!これからよろしく!」そう言って握手を求めてくれました。「こういう人が友達いっぱい作って楽しいキャンパスライフ送るんやろうなあ」って思ったのを覚えてます。その時、須藤くんはバンドはおろかベースも始めてなくて、音楽やりたくて上京してきた僕とは今後絡むことはないだろうなって思ってました。


 大学生活が始まって、当たり障りのない生活を心がけてた僕はとあることをきっかけにクラスメートから疎遠になりました。言葉足らずな僕のせいではあったと思いますが登校しても誰にも話しかけられず、話しかけても無視されるという日々を過ごしました。そうこうしているうちに「ここにいる人たちはおもしろくない。ここに居ても時間の無駄だ。」なんて自分の落ち度を棚に上げて他人のせいにして学校に行かなくなりました。


 何か生活に変化やきっかけが欲しくてバイトを始めようと思い、駅で見つけたタウンワークを眺めて居酒屋のバイトの面接を受けることにしました。その居酒屋で当時バイトリーダーをしていたのがドラムの磯村貴宏でした。面接に受かり、働き初め、先輩や同期と過ごす日々が僕の心の支えになりました。


 その頃、三重から一緒に上京してきた友とMASS OF RUSTICS(田舎者の集まり)というバンドを組みました。ベース、ドラムは大学で意気投合した数少ない友達。期間は短く、数回ライブをして解散。でも曲を作ったり、一緒に夢を語り合ったりしてるだけでなんだかバンドやれてる気持ちにはなれてた。同時にバンドを続けることの難しさに気付き、一人で活動を始めました。


 なんとか作った5曲くらいのオリジナル楽曲を持って当時流行っていたmixiで知り合った方々が企画するライブに出演させてもらい弾き語りをしてました。最初こそ意気込んではいたものの、ギターが上手く弾けない僕は活動に光を見いだせず、おざなりな日々を過ごしていました。それでも「唄だけ歌って、他の人に演奏してもらう形で活動してみないか?」というお話をいただき、それに向けて準備をして。でも、心のどこかに「よく知らない人とバンド活動をしてうまくやっていけるかな?やっぱり自分が惚れ込んだメンバーとバンドやりたいな。」そんな気持ちが生まれてきた。気付けば大学3年になっていた。


 そんなタイミングでたまたま須藤くんと校内で再会し近況を語り合った。須藤くんがベースを初め、バンドを組んでいたことはなんとなく知っていた。「ベースが上手くなくてさ、こないだクビになったんだ」そんな話をしてくれて「俺も全然うまくいかなくてさ。難しいよなバンドって」なんてことを話したと思う。「うっちーてどんな曲やってるの?」と須藤くんに聞かれ「弾き語りやけどこんな曲を。」と言って聴いてもらったのが『メッセージ』でした。


 須藤くんはとても気に入ってくれて「命かけたバンド、うっちーとやりたい!」と出会った頃と同じ真っ直ぐな目で言ってくれた。でも不安は抱えながらも、CDを出そうという話が既に動いていたこともあり断った。ただ須藤くんは、それから何度も合う度に誘ってくれて「本当はこれぐらいアツいやつとバンド組みたいのにな」って気持ちになっていった。


 ある日「俺は曲とか書けないんだけど、地元にきっちゃんていう幼馴染がいて、もしうっちーとバンド組めたらギターはそいつしか居ないって思ってるんだ!ダメ元でそいつの作った曲を聴いてほしい!!」そう言って渡されたイヤホンを耳につけ再生ボタンを押した。その時、僕の中で何かスイッチのようなものが鳴る音が聴こえた。「この人と結婚するんだ」みたいなのあるって聞くけど、それと同じ感覚だと思う。多分。いや、絶対。「このきっちゃんていう子と会いたい!スタジオ入ろう!」ってお願いをして後日スタジオに入ることになった。でも当日キシミンペイという男は来なかった。寝てたとのこと。でも、不思議とイライラすることもなくて、ロックだな!って思った。そこもかっこいいなって。不思議だけど。

 須藤くんが「きっちゃんに聴かせたいから何か歌ってよ!」と言ってくれたんで、スタジオで弾き語りをして、それを録音した。後日同じ授業を受けていた須藤くんが授業中にめちゃくちゃ嬉しそうな顔をしてこっちを見ながら何やら口をパクパクさせていた。授業を終えて須藤くんの所に行くと「きっちゃんにこないだの録音聴かせたんだよ!そしたらさっき連絡がきてね!うっちーに会いたいって!一緒にバンドやりたいって言ってる!!」とのこと。なるほど、それをさっきからパクパクさせてたのね。嬉しかった。根拠なんてなかったけど「このバンドをやるために今までがあったのかもしれない」そんなことを思った。


 そこから3人でスタジオに入るようになり、須藤くんがスカウトしてきてくれたドラムと4人で活動を初めた。スタジオ終わりに飲みに行った居酒屋のメニューから名前を取り「メガポテト(仮)」というバンド名で活動を始めた。ただ、さすがにこれじゃライブハウスに出られないよという話になりバンド名会議へ。

 僕が考えてきたRhythmic Toy Worldという名前をメンバーは気に入ってくれたけど、須藤くんがどうしても「SHOOTING STAR247」というバンド名にしたい!!と言うので仕方なく多数決を取ることに。結果は4対0でRhythmic Toy Worldに軍配が。おいちょっと待て。須藤くん。なぜお前もこっちに入れてるのだ。そんなおちゃめなところが彼の好きなところの1つでもあるが・・・。

 こうしてめでたくバンド名が決まり本格的に活動が始まった。それが2009年11月9日だった。


 そこからみんなで曲を作りライブ活動を初めて4ヶ月ほど経ったある日、ドラムから辞めたいという話をされた。西新宿のサイゼリヤだった。

 きっちゃんと須藤くんは初めてのメンバー脱退に放心状態になっていた。でも僕はどうしてもこのバンドの歩みを止めたくなくてテーブルの下でガラケーをポチポチ。磯村貴宏にメールを書いていた。「磯くん、いまうちのドラムが抜けるっていう話をしています。良かったらサポートでもいいので叩いてくれませんか?」すぐに返信が来た。「お疲れ様!めちゃくちゃすごいタイミングなんだけど俺のバンドさっき解散することが決まったんだ!正式メンバーで叩きたい!」と。タイミングってあるんだなと思った。そしてサイゼリヤを出て残ったメンバー3人で脱退するメンバーを見送った。

 「ドラム、、、、どうする、、、、。」うなだれる二人に僕はこう言った。「大丈夫!もうドラム決まったから!」二人の驚きに満ちた顔は今でも忘れられないし僕にはドッキリの才能があるのかもしれないと冗談交じりで思った。

 磯くんがやっていたバンドは、事務所にも所属し、CDも出していたのでライブハウスにも知り合いが多く、彼の加入によって僕らのバンド活動は大きく動き始めた。

 

 少し話は逸れるが、夢というものは時に人を弱くする。藁にでもすがる思いで今日を生きているが為に甘い誘惑に乗りがちになる。夢を食い物にするという言葉があるように、お客さんが居ないバンドを狙って「テレビに出れる!雑誌に載れる!ラジオに出れる!!」などをちらつかせ、ライブに出演させ多額のノルマを請求するという人達がいる。ここで悪質なのがお客さんが居ないバンドを狙うということ。お客さんがいるバンドは得体の知れない人達が企画するライブには出ない。僕らもその藁にすがってしまった。

 何本か出演をした後、「お客さん呼べないので、これ以上ノルマ払い続けるのは厳しいです。テレビとか出れなくていいのでライブ活動は別でやりたいです!」そう言うと「別にそれはいいけど、最初に話した通り◯本分のノルマは払ってね」との返答が来た。◯本ライブをするという話はしたが、日程も決まっていない、出れる時に言ってね程度の口約束のノルマを払わされた。40万だった。忘れない。悔しかった。でもこれを払わなかったらバンド活動出来なくされるんじゃないかっていう怖さがあって、なんとか払った。メンバーは凹んでいた。そりゃそうだ。僕は凹むとかじゃなく、本気でそんなやつらを殺してやりたいと思った。

 

それから僕の「大人嫌い」な性格が火を吹いてく。ライブハウスで名刺を渡してくる人は多い。僕は受け取りはするものの、楽屋で破りゴミ箱に捨てていた。一切心を許すもんかと。

 でも、そんな僕にだって信頼できる人は居た。僕らが初めてライブをし、それからずっとお世話になっている新宿Marbleの店長の鈴木賢介さんだ。賢介さんはいつもダメ出しをしてくれた。何回も挫折させられた。「俺はリズミックに期待してる。絶対良くなって欲しい。嫌われてもいいから言い続ける。これからも何回もケンカしてこうよ」その言葉が僕には嬉しくて「このライブハウスで頑張って、いつかソールドアウトさせます!」口癖のように言っていた。

 そうやって月日は流れ、ついに動員がノルマを超え(さっきの悪質なノルマとは違い、そもそもライブハウスには出演費というものがあって、◯人以上呼んだ場合はバックと呼ばれるギャラみたいなものが支払われる。)封筒を渡された。500円だった。バイトの時給にも満たないその500円が何よりも嬉しくて、新宿の空を見上げながら泣いたのを覚えてる。


 それから暫くして、高田馬場の居酒屋でバイトをしていた僕に再びあの音が聴こえる日がきた。

 あの人生のスイッチの音が。そう、それこそがプロデューサーであるSHO-TAさんとの出会いだった。



 バイト先にはバンドマンの先輩が居て、その人の紹介だった。

 「さなぎ」を聴いてくれたらしく電話したいとのことだった。紹介してくれた先輩のことを尊敬していたし信頼もしていたので全く構えることなくSHO-TAさんと電話をした。深夜休憩中、夜中の2時とかだった気がする。


「はじめまして。川原祥太と言います。音源聴かせてもらいました。突然な話なんですが、ある縁があってレーベルで働くことになったんだけど、良かったら一緒に行かない?」


 突然で言葉に詰まる僕に続けて


「内田くんは、音楽をやる上で大切にしたいことは何?あと、音楽をやってきた中で嫌だなって思ったことって何?」


 僕は答えた。


 「大切なことはメンバーみんなが音楽でご飯を食べられることです。嫌だったことは大人に騙されてお金を取られたことです。」


 SHO-TAさんは質問を続けた。


「内田くんはメジャーってどう思ってるの?メジャーデビューしたいって思ってる?」


僕は「メジャーに憧れは無いです。ただ大々的に宣伝をされて陳列されるCDがかっこよくて、僕らみたいにライブハウスでCDを売ってる僕らの全力の作品が同じ土俵に立たせてもらえないことが気に入らないです。だからCDショップに並べてもらえるならメジャーかどうかは気にしません。」そう答えた。


 「そうなんだ。俺も一緒なんだよね。これから一緒に音楽で戦っていこうぜっていう俺が言うのもおかしな話なんだけど、俺も大人が大嫌いだし、夢を食い物にするようなやつら本気でいらないと思ってる。いつまでも中指立てていきたい。そんな俺と一緒にやりたいってもし思ってくれるなら、今度メンバーのみんなとご飯に行きたい。ちゃんと話をさせて」



 これだって思った。こんな人に出会うために俺は名刺を破り続けてたんだと。すぐにメンバーに連絡をして5人で会うことになった。高田馬場の串鉄という居酒屋だった。メンバーは最初めちゃくちゃ緊張してたけどすぐに打ち解けていった。空気感の相性みたいなものなのかな。

 その日言われた言葉で印象的だったのは「リズミックが車を運転する。俺はナビになるわけじゃなく道を照らすライトになりたい。進みたい道を決めるのはリズミック」あたたかい言葉だなって思った。僕が抱えてる大人への不信感というものを否定することはせず、それでも前を向く勇気が出てくるような、そんな言葉だった。帰り道「どう思う?俺はあの人とやりたい!」とメンバーに言った。「あれだけ大人嫌いだった直孝からこの話が来たときから信じてたよ。お前の決断についていく。」そう言ってくれた。


 その日、Rhythmic Toy Worldは本当の意味でRhythmic Toy Worldになったんだと思う。


 それから僕らはSHO-TAさんが入社した株式会社ビックヒットカンパニーが運営するレーベル「STROKE RECORDS」からCDをリリースするべく5人でスタジオに入り1枚目のミニアルバムである「軌道上に不備は無し」を完成させた。

 それと同時にSHO-TAさんと近藤社長が僕らのために音楽事務所「Teamぶっちぎり」を社内に設立してくれた。


 先に言っておくと、僕らはチームで動いている。運命的な出逢いを手繰り寄せて、メンバー、SHO-TAさん、マネージャーのりゅーじ、PAのケンタさん、照明のカンコさん、ライブ制作の前田さん、スタッフのムドウと気が付けば随分仲間が増えた。僕はチームのみんなを誇りに思っている。この人達と一緒ならどこまでもいける気がするんだ。弱いところも見せあって共に成長していく。仲間でありながら、それでいてライバルのような、かけがえのない存在がチームである。


  話を戻す。ツアーを回りながら曲作りは続き、「オリンポスノフモトニテ」、「XNADIZM」とミニアルバムを立て続けにリリースし、すぐさま「いろはにほへと」のシングルをリリース、1枚目のフルアルバム「BUFFeT」をリリースした。

 ライブ活動をしていく中でとんでもない話が飛び込んでくる。森永DARSのタイアップだ。『いろはにほへと』がゴッドタンという番組のエンディングテーマを任せていただいたことがきっかけで、森永製菓の方が僕らの音楽を知って下さり、密かにライブに何度も遊びに来て汗を流してくれていたそうだ。「何か一緒にお仕事させてもらえませんか?」という言葉をかけていただき、初めてのCMタイアップ。夢のような話だった。リズミックの曲がテレビから流れてきた時、涙が止まらなかったのを覚えてる。

 そして「輝きだす」を発表し、2枚目のフルアルバム「HEY!」を完成させた。ツアーのファイナルは赤坂BLITZ。当時トレードマークであった三つ編みを前日に切り落とすという暴挙もあった。チームは、いつだってみんなに衝撃と刺激を与えたいっていう考えで動いているのでこれからもとんでもないことやることもあるかもしれないけれど、その時は一緒に笑ってくれれば僕らは嬉しい。


 その後、3枚目のフルアルバム「TALENT」をリリースしたが、CDの売上も動員も減った。

 この作品だけは、今までずっとプロデュースしてくれてたSHO-TAさんの手を借りず、セルフプロデュース作品だったので、思い入れは強いし今でも大好きな作品だけど、結果的には、大きな赤字を生み出して事務所に打撃を与えた。

 やりたいこととウケるものは違うってよく聞いてはいたが、全くもってその通りになってしまい、僕らは大きな挫折を経験した。


 それでも支えてくれるみんなのおかげで、なんとか現状維持風に見せながら活動を続けていく中、メジャーデビューのお話を頂いた。


 メジャーデビューできるバンドなんて一握り。誰もが精一杯、いつでも正念場。一発逆転を狙ったメジャーデビューなんて思われてもしょうがない。でも、自分たちが落ち込んだ時に支えてくれたみんなが喜んでくれればそれでいい。きっと喜んでくれる気がする。だからメジャーデビューを選んだ。


 運命が味方してくれるかのように、メジャーデビュー前に弱虫ペダルのオープニングテーマのお話を頂いた。メジャーデビューするからアニメのタイアップみたいに思ってくれた方もいましたが、はっきり言っときます、関係ありません。弱虫ペダルの制作スタッフの皆さんはそんなこちらの状況関係なしにお話をくれました。だからこそ最大級の感謝を込めて「僕の声」を完成させました。そして同時期に行われていた「TALENT」のツアーファイナルの渋谷O-EASTでメジャーデビューを発表。みんながくれた「おめでとう」は死ぬまで宝物です。本当にありがとう。


 そしてメジャーとして「SHOT」というフルアルバムを完成させた。

 

 アニソンタイアップやメジャーデビューの恩恵もあってかライブの動員は「HEY!」の頃くらいまでは戻った。でも体感的にはそれ以上だった。みんなからの気持ちの強さが違ったんだと思う。間違いなく僕らの背中を押してくれているみんなが居た。ツアーファイナルのZeep DyverCityを埋めることは出来なかったけどみんなを連れて行きたかった。顔をクシャクシャにして喜んでくれているみんなの顔がステージから見えた瞬間に僕たちの挑戦は大成功だったんだよ。


 精神的な話はここで終わり。

 あと少しだけ現実的な話を書くよ。


 書くか迷ったけど、みんなが僕らに悩みをぶつけてくれるのに、僕らが弱い部分を隠すのは卑怯な気がするから書く。


 僕らはメジャーデビューするまで事務所もレーベルも同一社内にあった。

 ライブの収益、つまり物販やチケットバック、CDの売上全てが僕らの活動費になっていた。

 でも、メジャーデビューすると事務所は変わらずだけど、レーベルは社外になる。つまりCDの売上に関する収益が社内に入ってこなくなるということ。だから動員が以前と変わらなくても活動費は大きく減る。

 これはすごく大きな問題だ。お金のために音楽をやってるのか?と言われると心に何か大きな針が刺さるような感覚にはなるが、僕らはもう全員30を越えた。お金がなければ活動できないとは言わないけど、お金を生み出せる音楽をやっていかなきゃいけない。だって僕らには守りたい人達がいる。辿り着きたい場所がある。そのために一番防がなきゃいけないことは息切れすることだ。

 生活に対する不安、何が起きるか分からず模索する日々を支え合うのはメンバーであり、チームのみんなだ。だからこそ息切れはしちゃいけない。でも、じゃあなんで10年という時間をリズミックと向き合うことが出来ているのか?それはリズミックにチカラを貸してくれる沢山の関係者のみなさんの顔が浮かぶから。

 「こないだ子供が生まれたんだ」

 「結婚をしたんだ」

 「部署が異動になったけど変わらずサポートしていくよ」

 「今度みんなで作戦会議がてらご飯でもいきましょう」

 書ききれないほど日々、家族を守りながら僕らを信じてくれる人達が居る。その人達の顔が浮かぶ度に「まだやれる。もっといける」そんなチカラが湧いてくる。


 メジャーになると、関わってくれる人が増えた。

 みんなが漠然と考えるメジャーっていうものを想像してくれたらそれでいいと思う。とにかく大きくて、沢山の人が居る。追いつかないくらいに。自分たちのCDを一人でも多くの人達に届けるために動いてくれている、その人の顔も、名前も覚えられないくらいに。全員と言葉を交わすことは不可能なくらいに。


 それがなんだか僕たちには合ってない気がした。

 正確に言うと今の僕たちには。


 子供みたいに、気持ちで動いてしまうことが多い僕らにはスピード感、ノリが命だ。

 「それいいね!!明日やろう!!」だったのが「それいいね!!じゃあ〇〇に確認して、◯◯にも確認して、、、」に変わることはリズミックという生き物には似合わなかった。

 ずっと「やったことのないことはやってみよう!!」の精神で活動をしてきた僕らにとって「メジャーデビューしたことないから挑戦してみよう!」と「インディーズに戻って挑戦してみよう!」はとても純粋に等しい気持ちなんだ。こんなにも身勝手な僕たちに「次作もウチで出しましょう!」とビクターの方は言ってくださっていた。本当にありがたいことだし、頂いた気持ちはいつか何倍にもして絶対返そうと思ってる。


 もちろん「応援をしてくれてるみんなを悲しませてしまうかもしれない」という気持ちだってあった。


 その気持ちを最後振り切らせたのは、キャンペーン(CDの宣伝)の移動中に頂いたエビサンドの思い出だった。


 タクシーに乗って移動してる中、昼食だけをわざわざ持ってきてくれるビクターの方が居た。名前も生い立ちも語り合う時間も無く、その方とはそこで別れて。その時に、何故か僕らに必要なのはエビサンドじゃなく汗と涙だと、本気で思った。

 僕らは、まだまだ夢の途中だ。いつか夢を語り合いながらエビサンドを食べられる僕らになれるように、これからもガムシャラに走って行かなければと思った。それが歩くような速度だったとしても、曲がりくねった道だとしても、振り返ってみればそれは僕らにとってかけがえのない真っ直ぐな道だから。


  僕らは、Rhythmic Toy Worldらしくあれる場所に戻って音楽をやっていく。そんな気持ちを込めて「PLACE」という名前を今回のアルバムにつけました。これは僕たちの決意と覚悟の物語。みんながいつでも帰ってこれる場所。そんなバンドになれるように。




 ここまで読んでくれて本当にありがとうございました。全部がRhythmic Toy Worldで、全部でRhythmic Toy Worldです。心のど真ん中をぶっ刺せるように、これからもぶっちぎっていきます。僕らが描いた夢を一緒に追いかけて欲しいです。


 こんな僕らですが、これからも何卒よろしくお願い致します。


2019年2月16日

Rhythmic Toy World/Teamぶっちぎり




どうも〜!

最近まで年末感を全然感じなかったんですが、

最近の寒さ

そして

夜の星空の綺麗さで年末感を感じてきました。

須藤です〜!

今年ももう終わりますね。そして平成最後の冬が終わりますね。

という事で、今年一年お世話になった
僕の大好きなスーパー銭湯に

銭湯納めをしてきました!

埼玉スポーツセンター

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です!

僕はスーパー銭湯が大好きで地元のスーパー銭湯に通いまくって1番好きなスーパー銭湯がここなんです!

会員登録は勿論、今年は10回分の回数券も購入しお世話になりまくりました!

自分はこのスーパー銭湯のお湯がとても自分に合っていてライブ終わりの次の日など良く行きました!

今年もお世話になりました!
また来年もよろしくお願いします(笑)!

まずはじめに、21日と23日に出演するはずだった郡山・盛岡のライブを楽しみに待ってくれていた皆様、イベント関係者・出演者の皆様には大変ご迷惑をおかけ致しました。改めてお詫び申し上げます。

所属事務所「Teamぶっちぎり」の3バンド
・アルコサイト
・bivouac
・Rhythmic Toy World
で出演を予定していた郡山での公演は、来年3/8に振替が決定しております。
詳しくは各バンドのHPなどでお知らせしているので、そちらをご覧ください。

盛岡、また必ず行きます!!今回の件で対応して頂いたイベンター、ライブハウスの皆様、本当にご迷惑をおかけいたしました。これからもよろしくお願い致します。

事務所ツアーファイナルは来年、1月5日!!
代官山UNITです!この日はTHE GUNG BALOONも一緒に1日を盛り上げてくれます♪
みんなで最高な一日にしたいです!!
チーム一同お待ちしております(^^)



今夜はクリスマスイブですね🎄
みんなが幸せな一日になりますように(*^^*)
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