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ようこそ 卑弥呼ワールドへ
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ここは、卑弥呼ことヴァイオリン弾きはらだまほのブログです
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卑弥呼の航海日誌・目次

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それでは卑弥呼ワールド、ぜひお楽しみくださいませ


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我が師匠、羽石道代氏の演奏会へ出かけた。羽石道代プラスシリーズ。実は初動のときから欠かさずに馳せ参じている。あれはまだ自分が中学1年生の頃であったか、いや2年生か。この度は第10回とのことで、今回をVol.1、5月の公演をVol.2と銘打っての2本立てである。

以下、演奏会へ赴いて得た超個人的所感をつらつらと記したい。


この日は先生が「いつかは」と思っていたシューベルト最期の歌曲集「冬の旅」をメインに置いたプログラムで、さらにはバッハのシャコンヌから始めるあたり、覚悟しか感じない。「死」の先に行き着くものは、何なのだろうか。

プログラムを読むと、先生とシューベルトの出会いが綴られていた。それは小学生の頃で、曲は「即興曲Op.90-2」、そして「冬の旅」であった。

はて、わたしのシューベルトとの出会いは何であったか。恐らくは歌曲「魔王」であろう、また教科書で併せて紹介されていた「野ばら」であろう。

そして、次なる出会い、かつ初めて真に対話したのが、まさに「即興曲Op.90-2」だった。先生が「次何を弾こうか」とおっしゃったとき、「何か弾きたい作曲家はないかい」と訊かれてすぐに答えが出なかったわたし。先生がレッスンに同席していた母に「お母さま何か弾いてほしい作曲家います?」と振ると、母はさほど迷いもせずに「シューベルト」と言った。

奇しくもわたしはその頃人生で初めての失恋を経験することになる。恋の終わりかけから終焉そしてその後を共に過ごした曲。あの曲を弾けば、今もあの日の苦い気持ちを思い出せる。でも、思い出すのはその苦味だけ。相手のことでは、ない。それはちょうど、「冬の旅」の第二部では"彼女"の存在が出てこないように———。

75分に渡る盛大な失恋ソング「冬の旅」を聴こうというその時にOp.90-2の存在を思い起こさせられるとは、そういった非常に個人的な理由からではあるが、ある種の"偶然""縁"を感じざるを得なかった。

即興曲を弾いたときから、わたしはシューベルトの"病んだ和声感"に魅せられていた。屈折したクロマティックな和声進行が、乙女心を掴む。おこがましくも、シューベルトその人の肩を優しく抱擁したい欲求に駆られる。

恥ずかしながら「冬の旅」の実演に接したのはこの夜が初めてのことで、そういえばこの歌曲集を最初に耳にしたのも、即興曲を弾いた際に「知らないだと?! とにかく聴きなさい」と先生からフィッシャー・ディースカウのCDを渡されたときだったと記憶している。

すっ、と始まったその長旅は、思っていたよりもあまりに自然に柔らかに耳に届いた。もちろん録音だって美しいことは美しいが、声の力強さが際立ってしまう。同じ空間で、生身の人間から放たれる声の、温かさよ。それは押しつけがましさを欠片も持たずに、しっとりと染み入ってくる。

「冬の旅」の主人公が、夜の静まり返った街で歩みを進める図を思い描く。

主人公と自分とでは時代も違えば場所も違う。自分は失恋したところで、そんな、いくらか自虐的な旅に出ることもなく、ただ日常のことをポーカーフェイスでやり過ごすだけ。けれど、心の中では主人公の如く、気持ちはさすらいロマンを追う。夕闇迫る都会の街で寒風に吹かれながら、それが自分の髪を乱していることも忘れて人混みとネオンの中に幻想を見たことがなかったか。

いや、ないのだが。

そんな昭和の失恋ソングを絵に描いたようなシチュエーションは妄想の中にしかないのだが、たとえばわたしが即興曲を弾いていた頃は、初夏ではありながらも、関東平野の畑の中で心が凍てついていくのを感じていた。地平に見える日光連山と八溝山溪。視界を遮るものが何もない広い空は憎いほどに青く、手を伸ばしても届かない。

ああ、世界はわたしを見放したんだ。だったら好きにするがいい。わたしも勝手にさせてもらう。

中二病も相まって、それくらいのことは考えていた。

皮肉にも、当時のわたしにとって"彼"の存在は音楽への影響も大きかった。彼と同じクラスになりたいと願い、春の出会いと別れを思い浮かべて弾いた"悲愴"の2楽章は、実力のわりにうまく弾けて褒められた(わりには、である、ピアノが下手という前提は忘れてはならない)。

彼との終焉は徐々に見えていたので、その悶々を詰め込んだ即興曲も、割合うまく弾けた。その後ショパンの"別れのワルツ"を弾いたが、これもちょうど心境がうまくシンクロしてそれらしい表現を下手なりにも見出した。

興味深いのが、ヴァイオリンで弾いていた曲には彼とのあれこれを反映していない点だ。曲のストーリーにうまくフィットしなかったせいもあるのだろうが、当時ヴァイオリンは家族のいるリビングで弾き、ピアノは誰もいない部屋で弾いていたからかもしれない。ひとり、自分の気持ちと向き合いながら鍵盤を追う時間は、ヴァイオリン弾きのわたしにとってはちょっとした息抜きでもあった。

シューベルトの音楽には、そんな、10代の甘酸っぱい記憶を思い返させられる、というのが今20代を生きるわたしの見解だ。けれど30代になると、その"甘酸っぱい"には20代も含まれるのだろうか、とも考える。

何はともあれ、シューベルトには"青春"という言葉が似合う気がする。

シューベルトの音楽で最初に知ったのは「魔王」だが、シューベルトという人をわたしが初めて認識したのは、母の会話の中だったはずだ。

我が母は子供の頃、たまたま家で手にしたレコードに入っていたシューベルトの「未完成交響曲」にやみつきになり、学校から帰って夕方になるとひとりレコードに針を乗せて聴いていたらしい。

先生しかり、母しかり、幼き日の出会いとは一生心に残り続けるもので。はて、わたしがそんな「永遠の片想い」をしているのは、どの曲だろうか。

片想いとは、美しい。それは報われないという意味ではない。見返りを求めない、純粋で、捻くれのないひたむきさ。

あなたがわたしのものになって、現実にまみれてしまうくらいならば、永遠に手に入らないとしても、いつまでもわたしの理想のままでいてほしい。両想いになって報われてその気持ちが濁るくらいならば、永遠に片想いのままで、いい。

そんな身勝手で利己的な恋も、人生にはあって良いだろう。

まぁ、そんな恋ばかりだと、人はどんどん脆くなっていくのだが。

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まあとりあえず何でもいいからみんなVol.2行ってきて。5月15日よ。虎ノ門よ。わたし行けない気がするから、どうかこの皆勤賞バトンを…誰か……。

おしまい。



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年末年始、家のことでごたごたとしていて、新年の抱負を書きそびれてしまった。
2月にはなってしまったが、まだ間に合うと信じている。

書く目的としては、自分の内に秘めたものを明文化することで潜在意識に願望を刷り込むこと。
ここ数年ひっそりと年始に抱負を書くようにしているのだが、これが見事に何を書いたのか忘れている。
しかし面白いのが、翌年になって見返すと、半分くらいは実行しているのだ。

試しにここで昨年の抱負を振り返ろう。昨年は珍しくブログに書いて抱負を公にしたようだ。


▶︎コスムジカのマネタイズ:◯
わたしはマネタイズに全く貢献できていないが、昨年は二、三、PR案件をいただくことができた。わたしというライターとしてはインタビューをしたことと新連載を始めたことが書ける功績だろうか。

▶︎音楽家の文章に触れる:×
正直これはあまりできなかった。読もうと思っていたものの20%しか消費できていないので、これは2018年に引き継ぐこととしよう。

▶︎演奏会をひらく@ロンドン:
自主企画でもやろう、と思っていたら、ありがたいことに、学校から機会をいただいた。あ、2018年だけど。

▶︎動画を撮る:
多くはないが、いくつか演奏の動画を撮って、YouTubeチャンネルも開設した。またちょっとしてネタ動画も作った。そして昨年は公式インスタグラムの開設→動画だけをアップするアカウントにし、それが密かなバズを見せたのが記憶に新しい。今年も続けてく所存。めざせ、バッハコンプリート。

▶︎論文的なものを書いてみる:
まさかの、書いた。2018年1月の話だが。遅れながらも、書いた。そして、これ、作品と同じで、いや次はもっとクオリティあげたいからまた書きたい、の心境にある、今。

▶︎英語の文法やりなおし:◯
これに関しては、実行率にして30%か。年始から初夏の頃までは毎日英文法の勉強をするまじめぶりを見せたが、夏休み以降さっぱり。この前の12月・この1月とIELTSを受ける羽目になり、かつ撃沈。反省の極み。

▶︎数Ⅱを学ぶ:×
なにひとつやっていない。

▶︎仏語の文法おさらい:×
こちらもなにひとつやっていないが、パリに2回ほど行く機会を得て、「わたしはフランス語を話せません」とフランス語で言うことができた。

▶︎ペン字練習:×
なにひとつやっていない。


まあちょうど半分くらい、何やかんや実現した。
これを踏まえて、2018年にやりたいことを書いていこうか。


▷バッハとイザイとパガニーニをコンプリート
ヴァイオリニストとして、この3つの無伴奏作品の壁を突破したい。
あながち無謀な話ではない。バッハは残すところパルティータ2番のサラバンドとシャコンヌ、イザイは5番と6番、パガニーニはあと6つ。

▷バッハの動画コンプ
先述の公式インスタグラムにて、バッハの無伴奏ヴァイオリンのための作品のダイジェスト動画をちまちまと上げている。これはコスムジカの連載のためなのだが、評判が悪くない。今年中にコンプリートしたいところだ。

▷IELTS7.0
International English Language Testing System。取りに行きます。ボキャだな。

▷本番を増やす
本業ですからね。なんか新しいことしたい。これまでになかった形のコンサート的な。
そして実は何やかんや大学2年次から年1回ペースで主催公演を開いている。これまでは室内楽のメンバーとの共催だった。これは室内楽を発表する場がほしかったことや、ひとりで2時間の演奏会をする体力気力に不安があったことによる。
しかし昨年とうとうデュオという、室内楽の最小単位を経験、かつヴァイオリン・デュオだから2時間休みなく弾き続けた(これがピアノとのデュオだと曲ごとにピアノががんばるところとヴァイオリンががんばるところとがあって少しは休めるというものだ)。
この本番から「そろそろ自分ひとりでもいけるかも?」と思い始めたので、何か企画を考えたい。

▷コンクール出てみる
なんか出てみようかと(ノープランなう)

▷仕事の単価を上げる
急に上げるのなんか無理だからいいんだけれど、フリーランスで生きていくなら長いスパンでこれを考えていかなきゃならん。

▷暮らしを楽しむ
たとえば、葉っぱからお茶を入れてみる、たとえば、散歩をしてみる。
今でもやっていることではあるのだけれど、こういう時間を意識して確保していくことで、暮らしを丁寧に味わうようにしたい。
そのほうがクリエイティビティも上がりそうってもんよ。

▷なにか有料コンテンツの配信
ちょっとこれはぼやけた野望だけれど、月額コラムなり音源配信なり、何かしかはやりの有料コンテンツに乗っかってみたい所存。


そして以下、別に2018年中に実現できなくてもいい野望を、でも誰かの目に止まったら嬉しいなって思うので、
書いておこうと思う(他力本願だな)。

▷紙媒体での連載
紙媒体への憧れはある。行く末は「音楽の友」「サラサーテ」あたりに書けるような人になりたい、はい。女性誌とか趣味の雑誌とかもいい。音楽の分野と、音楽以外の分野と。

▷インタビューされたい
わたしを掘り下げてくださるメディアさん、いつでもお待ちしております。

メディア出演
ラジオかテレビか出てみたき。なおとちぎテレビに出たことはあります。意外にしゃべれます。意外に声低めですが通る声だとは思います(意外じゃないか)


今のところはこんな感じの野望を抱いている。
さぁ、はじめよう、2018年(遅い)。


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